11,激しめのモーニングコール


 コンコン……


「んー……」


 コンッコンッ……!


「……なによぅ……」


 そうだ、今日は新しい小説の発売日だったはず。早く起きて買いに行かないと。ああ、でもバードット夫人に見つかったら勉強だって捕まるかしら。

 どのルートで本屋に抜け出そうかしら。


 張り付いた瞼を無理矢理こじ開けた。


「……あら? ここは……」


 いつもの嗅ぎなれた匂いじゃない。手に触れるのはなめらかな手触りのシーツ。そして温もりを逃さないフカフカの掛け布団。

 自分のシェルベッドじゃないぞ。


 少し体を動かすと、下半身に違和感があった。


「あ……そうだわ……!」


 昨日の出来事を全て思い出した。


 そうだ、父上からもらった薬で人間になって……! はいはいはいはい思い出したわ、とんでもないことになっていたんだった。

 頭の中で大まかに出来事を整理したところで、一晩熟睡できた自分の神経の図太さに感心した。


「しかもユアミが終わった途端に寝落ち……我ながら子供みたいね」


 体を起こすと、これまた見たことのない部屋だ。寝落ちした自分をセレンディッド様が運んでくれたというのか。

 感謝の前に申し訳なさの方が大きいが、ここまで来てしまったのだ、もう後戻りは出来ない。


 グッと大きく伸び、新鮮な空気を吸い込んだ。


「んん~……! このベッド快適ね。欲しいくらいだわ」


 海の中にこのベッドを持って行くことが出来るのかどうかは置いておいて、願望くらいなら吐き出してもバチは当たらないだろう。

 日は既に昇っているみたいだけど、まだ朝という時間帯だわ、我ながらこんな早く起きるなんて偉い!

 自画自賛しながらベッドの横に窓のカーテンを開けた。すると。


「ヒッ‼」

「(姫様ー‼)」


 一羽の海鳥が窓に張り付いていた。


「あッ‼ 忘れていたわ‼」


 己が地上に出ることによって道連れになった、従者の存在を今更ながら思い出した。

 慌てて窓を上げると、人魚から海鳥へ姿を変えた元人魚・ドロシーが翼をはためかせてサイドテーブルに降り立った。


「よ、よかっあぁー‼ 姫様が連れて行かれて、もうどうしようかと……‼」

「探してくれていたのね、心配かけてごめんなさい」


 よしよしと頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。


「それにしても、よく私がこの部屋に居るってわかったわね」

「昨日ずっと二人の後を追いかけて行ったんですよ! でも屋敷の中に入られたらわからないから、朝から厨房の窓で料理人達の話を立ち聞きしたんです‼」

「貴女って諜報員だったかしら」


 立ち聞きなんて褒められたことじゃないが、今回ばかりはしょうのないことだ。

 セレンディッド様に立ち向かおうとした勇気や、ペルラの部屋を炙り出したこの行動力は必ず父に報告しなければ。

 背中についた埃を払ってやった。


「けど流石姫様です! 早速目標人物と接触するなんて!」

「それなんだけど、なんでセレンディッド様はあんなところを歩いていたのかしら」

「ただのお散歩なんじゃないですか?」

「あんな真夜中に? 一人で?」

「むぅ……人間の考えてることなんてわかりませんよー」


 そう、わからない。

 何故見ず知らずの自分にここまでよくしてくたのだろうか。何か他意でもあるのか?

 ドロシーの背中を撫でながら、奥の扉を見つめる。夢うつつに聞いた話だが、この部屋の隣はセレンディッド様の部屋だと言っていた。ということは、あの扉の向こうに自分を助けてくれた男がいるのだろう。


「……まるで人魚姫ね」

「姫様は間違いなく人魚姫ですよ」

「じゃなくて、物語のよ」

「あー、あの最後は泡になってしまうお話ですか!」

「ええ。王子と結婚したいが為に陸に上がったら、偶然王子に助けられたっていう冒頭のシーンね」

「でもその物語通りだったら婚約者がいるじゃないですか! しかも相手は王子じゃなくて領主ですし!」


 それもそうだ。

 ドロシーの毛繕いを終わらせると、足にかかっていた毛布を撥ね除けた。


「これで婚約者が出てきたら私の宝物は海の泡ね」

「流石にそこまで沿いませんよー」

「それもそうね。私ったら嫌だわ、妄想癖が出てきたのかしら」


 ハッハッハとドロシーとペルラの笑い声がベッドのシーツに吸収された。


「けどビックリしましたよー。もちろん領主様と一発エンカウントもそうですけど、姫様が地上に来たことがあるなんて!」

「ああ、それね」


 露骨に声のトーンが落ちてしまった。

 一日が始まったばかりで、こんなにテンションの起伏が激しくて大丈夫だろうか。


「え、私なんか地雷踏み抜きました?」

「地雷じゃないけど、あんまり楽しくない話よ?」


 開けっぱなしになっていた窓を閉めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る