無題の小説と過去

@jinjirou

第1話 灰色の日々

今年も二十七度目の夏が来た。

大体十八回くらい経験したところ飽きてくるアレだ。

やれ「エモい」だの「青春」だのとのたまう時期はとっくに過ぎ、今はただただ鬱陶しいだけだ。

クーラーの効いたオフィスでパソコンをカタカタして賃金をもらう。そんなルーティンの前の通勤時に暑さが加わってくるだけだ。

小さいころの僕はこの暑さに「何か」を感じていたのだろうか。

アニメや映画、小説を見たり読んだりするたびに、そう思う。

雲がわたがしに見えることも、木に止まっているカブトムシを捕まえることも、麦藁帽、いや、帽子をかぶることすら今はもうなくなってしまった。

『あの日の夏に戻れるのなら』と考えることすらなくなってしまった。

ただ、秋の前のめんどくさい時期。それだけだ。

さて、これから語る物語はそんな自分に起こる少しだけ不思議な話だ。

まぁ、ブラックコーヒーでも飲みながら適当に聞いてほしい。


「思いつかない……」

それは三年前年の七月半ば。自分は自室で頭を悩ましていた。

日課の小説投稿。その題材が全くと言って思いつかないからだ。

つい最近まで書いていた小説は、昨日無理やりといってもいい形で完結までもっていった。

プロットを書き出す段階まで行けばすらすらと行けるのだが、今回はそれ以前の問題だ。

適当に音楽を聴きながら頭をひねる。

耳元から聞こえてくる、俺・私、夏は花火見て、海に行って、喧嘩して、復縁して、キスをした的な感じの曲に無性に腹が立つ。

夏。題材としてはオーソドックス。イベントはいくらでも用意できるし、しょうもないことでいざこざも起きやすい。

「よし」

これでいこう。そう決まる。

が、何もわからない。どうする?夏×タイムスリップはもちろんのこと、夏×異能力バトルも、夏×推理もアクションも感動もすでに有名作品がゴロゴロある。

パクリじゃないにしろ、自分のゴミみたいな力量では下位互換になることは必至。

さて、と。

さっそく「夏」というワードを自分の考えから外す。

プフーという煙草の煙を吐き出すときのようなため息を出す。

昔はもっとこんなこと考えずに自由に書くことができていたはずなのに。

そう思ってしまう。

「誰かが見てくれている」とか「誰かが褒めて・評価してくれる」ことが大事になってしまったのはいつからだろう。

「よし」

そういって気持ちを切り替えると部屋の物置の奥の奥にしまってあるはずの昔の自分が書いた小説もどきを読んでみるかと思い、部屋の端っこの物置を七年ぶりくらいに開ける。

昔、音楽の時間に使ったリコーダーや図工の時間に作った紙粘土の人形がそこにはあった。

それらを、綺麗に退けながら奥の奥のほうにある自由帳を手に取る。

ぺらぺらとページを捲っては読む。

全くひどい出来だ。

お宝を守る「すとるんぐぱわー」が一番強くて、次は「白のりゅう」

漢字もろくに知らないくせにテレビで聞きかじった英語だけは昔少し話せたなぁ。という何とも言えない懐かしいようなむず痒いような思いになる。

残りのページもこんな感じだ。

正直、何ら役には立たなかった。

けど、昔の自分にはこの世界が自由に見えていたのだろう。

「よし、自分も負けてられないな」

次に書くのは「ファンタジー」に決めた。それも、ど王道の勇者が魔王を倒すだけの物語。自由に、自分の書きたい展開で、自分が主人公になったつもりで書いてやる。

ぱたり、と自由帳を閉じるともう一度物置の奥に詰め込んで、物置の扉を閉める。

そうして、パソコンにもう一度向き合うと僕は僕の物語を描き出した。


はずだった。


―――第○回○塚記念。一着は「ストリングアワー」二着は「ホワイトドーラ」

まさかまさかの大波乱が起きました。七番人気と八番人気が並んでゲートをくぐるという結果になりました……――—




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