第6話 チンピラ風の男

 綾香があいりに近づくことになったのは、綾香があいりの特徴に気付いたからだ。

 特徴というのは、

「変わった人」

 とまわりから言われる人を、あいりが引き付ける何かを持っているということで、これは他の誰にも気づかれなかったことであり、逆にそれが不思議だったのだが、本当に誰にも気づかれないことから、それが当たり前のことのようになっていた。

 そのことから、綾香の方が、珍しい人という扱いになったのだが、何しろ、あいりの性格を分かっている人が誰もいないのだから、あいりに対して綾香が変わった人だということを分かるのは、あいり本人しかいないというのも当たり前のことであろう。

 そんなあいりを見て綾香は、最初は、

「何か新興宗教みたいだ」

 と思った。

 誰にも分からないように、変わった人と呼ばれる人を引き付けるのだから、何かの洗脳なのではないかと思うのも無理もないことだった。

 だが、この新興宗教という発想は、あいりにもあった。自分が人を引き付けることで、教祖にでもなったような気がしていたのだ。

 そもそも、あいりは新興宗教を悪いことだとは思っていない。今の世の中が理不尽なことが多く、何が正しくて何が正しくないのかなど、分からない。

 ただ、それは過去からずっと息づいているものであり、分からないからこそ、宗教が流行って、人が信仰することになる。信仰したものが、人を集め、お金を集める。当時の政権であったり、権力者がそこに目を付けないわけはないだろう。

 それぞれの国や地域で、別々の宗教が生まれていて、信じられるようになると、国家の体制が宗教によって左右されるようになると、流派が違うことで、人民が分裂することになる。そうなると、国家が分裂するのも同じことで、君主にとっては、許されることではない。自分たちの存亡にかかわってくるからだ。

 そうなると、反対勢力は弾圧するのも仕方がない。

 弾圧された方は、そちらの勢力で力を持ち、革命やクーデターの機会を狙い、政府も、

「いつ、クーデターを起こされるか分からない」

 ということで、心配で眠ることもできなくなるだろう。

 そこまでくると、追う方が追われる方に比べて、いかに楽であるかということで、いくら今は政権に立っていたとしても、いつ攻撃されるかも分からないという恐怖のために、政治がおろそかになってしまうと、それだけで国家が揺らいでしまう。

 行動を起こさなくても、もし政権が弱体化していれば、あっという間に瓦解してしまうことになりかねない。精神的なプレッシャーというのがどれほど強いかということである。

 しかも、それが宗教団体による団結なのだから、厄介だ。行動を共にしたりして、何よりも団結を重んじてきた団体ほど、団結力を発揮し、無限の力を秘めていると言ってもいいだろう。

 古来より、歴史は、

「戦争の歴史」

 と言われてきた。

 同じ土地に、百年以上の体制が築かれていれば、それは十分な強大国家だと言えるのではないだろうか。

 あの大日本帝国でも、始まりを、中央集権の天皇中心の国家として成立した明治元年だとすれば、約七十五年くらいと言っていいだろう、日本国憲法が成立してからの日本国であっても、約七十年と、やっと大日本帝国に追いつくというくらいで、百年にも満たないのだ、

 それを思えば、百年以上の国家がどれほどの割合で世界に君臨したかというと、結構想像よりも少ないのではないかと思わる。特に欧州のように、国家間が陸続きであれば、特にそうなのではないかと思える。

 そして、国家の興亡の原因は、そのほとんどが戦争である。

 しかも、その戦争の原因として昔は結構宗教戦争が多かった。

「宗教というのは、人を幸せにするためのものなので、戦争の原因になるというのは、本末転倒なのではないか」

 と思われるだろうが、そもそも宗教が人を幸せにするものだと誰が決めたのだ。

 宗教の考え方というのは、

「死んでから極楽に行けるように、この世をいかに生きるか」

 ということであり、この世の人の命を守ることではにあと言えるのではないだろうか。

 だが、そんな発想から、宗教団体の中には、悪徳なことを考えるところも出てくる。

 いや、ひょっとすると、宗教団体も実際には信じていたのかも知れないが、もし、そうなら、何が彼らをそうさせたのか、考えさせられるところがあるというものだ。

 世の中には、

「世界最終説」

 という考え方がある。

 国によってなのか、宗教によってなのか、考え方もいろいろだが、彼らの信じるものによって、世界がいつ終わりとなるかというものを、予言しているのである。

 世界的にはノストラダムスの大予言が有名だが、あれは、ハッキリと滅亡すると書かれているわけではなく、あくまでも、叙事詩の中でボヤかした書かれ方をしているだけで、実際の出来事から、文章を解釈した時に、

「当たっている」

 というのが多いことで有名になっているのだ。

 だから、本当に予言されたものなのかというのは、都市伝説でしかないのだが、実際の宗教では、本当に言い伝えとして残っている。信者であれば、皆信じていることで、

「どうせ、人間は最後には死ぬ」

 と考えれば、どの段階で世界が終わったとしても、不思議ではないのだ。

 むしろ宗教では前述のように、

「死んでから極楽に行けるように、この世をいかに生きるか」

 という考え方が基本になっているのだから、「世界最終説」においても、

「死後の世界を充実させたいのであれば、この世での自分を浄化する必要がある。だから、この世で貯めたお金を、お布施として団体に寄付することをお勧めする」

 というような言い方をして、お布施を募っているのだ。

 冷静に考えれば、詐欺であることは明白ではないだろうか。

 お金をあの世に持っていけるはずもないし、よしんば、持って行けたとしても、そのお金がどうして使えると分かっているのか。

「地獄の沙汰も金次第」

 などという言葉があるが、これは、地獄などということを信じていない人が、たとえ話で言った言葉であり、意味は、

「この世はすべてに金の力がモノを言う」

 ということなのだ。

 どこに地獄という解釈が出てくるというのか、つまりは、あの世というものを信じている宗教があるから、この世の表現に、架空のあの世を表現することで、揶揄しているということなのだ。

 すべての宗教がそうだとは言わないが、胡散臭い宗教というのは、

「世の中の人は、死後の世界のことを諭す材料に使えば、少なからずの人が信じ込むだろう」

 ということを分かっているのだ。

 ということは、やつらほど、あの世の存在を信じていない連中もいないということであろう。

 昔から宗教団体は戦争を起こす。それはこの世での覇権を争ってのことなのだろう。そんな彼らは、死後の世界でいかにこの世での無常を晴らして、幸せに過ごせるかを解いている。

 つまりは、死ぬことを前提にしているのは、戦争などによって死んでしまっても、それは仕方がないことなので、だったら、次の世で幸せになれるようにしたいというのが考えなのだろう。

 あくまでも、死というものが前提になっているのだ。確かに最後には死ぬのだが、自然で寿命を迎える分には、そこまで宗教に頼ることはない。

 だが、その寿命によらない死というのは、病気や戦争などが大きな理由なのだろう。戦争などは、元々宗教戦争が多いのだから、宗教がなければ戦争で死ぬ確率もグッと減ることになる。

 まるで、

「タマゴが先か、ニワトリが先か?」

 という理屈の禅問答のようである。

 そんな連中が「世界最終説」を説いたとして、次の世界で幸せになるために、カネを寄付せよというのは、徴収する連中が、

「この世で使う金、この世でしか使えないカネ」

 と徴収しているのだから、そもそもの「世界最終説」がでっちあげであり、ありえないと思っている証拠ではないだろうか。

 そんなあいりと、綾香が知り合うきっかけになったのは、ふとしたことからだった。

 何と二人がほぼ同時に同じ男性を好きになったのである、その男というのは、名前を、坂下倫太郎と言った。

 倫太郎は、見た目にチャラい男であったが、性格も言葉通り、いい加減で、特に女の子に対しては本当に適当だった、

 しかし、チャラい中でも甘いマスクで女を魅了する。さらに何もできないところが女性の母性本能を擽るので、余計に女性にとっては、

「この私がいなければ」

 と思うのだ。

 そのため、彼にとっての生命線は、

「自分にはあなたの他に、付き合っている人はいませんよ」

 と思わせることが大切だった。

 チャラい恰好をしていても、女の子が話しかけても優しく返事を返すが、あくまでも、自分だけを愛していると思わせることが必要だった。この男にはそれができた。この男が付き合う女性は、友達もいないような、引きこもりかと思わせる女性で、純粋な女性がターゲットだった。

 しっかりはしているが、こと交友関係に関してはまったくの素人。そんな女を騙して、お金を出させるというヒモのような男である。

 だから、この男は、これまでに女の子を好きになったことはなかった。なったことはなかった。別に自分の方から好きになることはなく。相手から近寄ってくるので、しかも、お互いに束縛をすることもなく、少しの間付き合っているだけで、いい思いは十分にできた。

 さらに、この男、安芸っぽうところもあって。

「そろそろ、この女にも飽きてきたな」

 と感じてきた頃、相手の女も同じように彼から去っていくのだ。

 お互いに真剣に愛し合っているわけではないのだから、いつ、どちらから去ったとしても、恨みっこなしだった。

「この人に飽きたから、次を物色」

 という程度にしか考えていない。

 まだ、大学に入った頃は、恋愛を弄んでいるくらいでよかったのだが、そのうちに、女がお金を持っていることに気づくと、

「せっかくだから、女がその気の間に、お金を使っていただこう」

 と思っていたのだ。

 この男からすれば、女性が、

「好きな男のために、お金を自分から使おうというのだから、別に悪いことをしているわけではない」

 と思っていた。

 しかも、相手もどうせ交際相手としてしか思っていない。もし結婚を考えているのだとすれば、最初から結婚を前提に考えていることを匂わせると思っていた。

 そもそも、そんなお堅い考えの相手とは続かないと思っていたので、普段よりも、飽きが早くくると思っている。

 実際に、付き合ってみて、いきなり、

「これまでとは違う」

 と思って付き合っていると、その女性はやたらと身体を求めてくるのだった。

 倫太郎も、半分は身体目的ということもあるので、相手がその気なら、気兼ねなく抱くことができると、最初は違和感がなかったのに、そのうちに、性行為自体が煩わしくなった。

 その時に倫太郎は気付いたのだ。

「俺は、癒しを求めていたんだ。身体の関係も癒しという前提があってこその欲望だったんだ」

 と感じた。

 やたらと身体を求めてくるその女は、次第に結婚も口にするようになった。お互いに身体を重ねて、契りを結んだと考えているのか、結婚が前提であると思い込んでいるようだった。

 倫太郎が癒しを求めているのと違って、その女性は何かを求めていたわけではない。

「不安を取り除きたかった」

 というのが本音だったようだ。

 チャラい男ではあるが、そんな男こそ、束縛もなく、自分を肯定してくれることも少ないだろうが、否定もしないだろう。否定するということは、それだけ不安を増幅させるものであって、最初に勇気を持って身体を差し出して、男が自分を否定しなければ、その男はそれ以降も自分を否定しないだろうと思ったのだった。

 だが、倫太郎は、何とその女性と初めて、今までと違い女性として好きになっていた。

 鬱陶しいという思いと、身体ばかりを要求してくることで、本当は、

「早く別れたい」

 と思っていたのも事実だった。

 しかし、その思いも、心のどこかで躊躇した部分もあった。今まで付き合ってきた女性とは違うという意識から、別れることへの躊躇だったのだろう。その思いは長くなるほど、別れられなくなってしまったのだ、

 そのうちに、自分が癒しを求めているということを分からせてくれたということ、そして彼女が絶えず不安から自分に接しているということが分かると、今度は今まで自分に感じさせていた思いを、自らで感じるようになったのだ。

「男の中にも母性本能のようなものがあるのか?」

 と感じたのは、その女性のことが放っておけなくなったからだった。

 相手が不安を何とか払拭しようと思っていて、その相手に自分を選んでくれたことが嬉しかった。

 今までは彼女ができたと言っても、それは何かと自分が利用するためだという意識があったから、人から好かれたということで嬉しいという感情はなかったのだ。

 だが、この時、彼女の出編で、初めて他の女性が感じるような恋愛感情を抱くことができたのだと自覚できた。

 別れたいと思っていた感情がいつも間にか、一緒にいることを望むようになった。

 セックスも嫌ではなくなった。

 なくなったとたんに、彼女の方も無理に求めてくることはなくなった。お互いに自然な時に求め合うのだが、そのほとんどが相手も求めている時なので、これほど自然な営みもなかった。

 お互いに激しく燃えあがるということもなかった。ごく自然な高鳴りが、安心感と癒しが生まれ、

「今までのは何だったんだ?」

 と感じた。

 多分に演技もあっただろう。

 自分の性欲を奮い立たせるために、相手をその気にさせるという感情、その方が性欲が増すということもあるのだろうが、相手に癒しを求めている以上、それはやはりおかしい。お互いに自然なやり取りが一番よく、そこから求めるものが相手に癒しを与えられるというのが、一番の自然なことなのだろう。

 そのことを彼女から教えてもらった倫太郎は、そこで、それまでのチャラい恰好をやめたのだった。

 金髪に染めていたものも黒髪の短髪にした、まるでスポーツマンのような爽快さをアピールしようと思ったのだ、

 だが、イメージチェンジした倫太郎を見て、彼女は引いてしまった。もう、セックスを求めてくることもなくなり、倫太郎が抱きしめようとすると、拒否するようになった。

「どうしてなんだよ?」

 と不思議でしょうがない倫太郎は、身体を求めて拒否された時に聞いた。

「どうして、イメージチェンジなんかしたの?」

 と言われて、

「何でって、君にふさわしい男になろうと思ったからさ」

 というと、

「ふさわしい? 何言ってるのよ。それを決めるのはあなたではなく私なの。今までのあなたが好きだったのに、イメージが変わってしまったら、もうあなたに魅力は感じない」

 というではないか。

 後から考えれば、その気持ち分からなくもないが、その時はまさかの自体に陥ったことで、自分が青天の霹靂にまったく対応できないことも分かり、相手に対して、自分も勝手に思い込んでいたことが分かった。

「やっぱり俺は、母性本能を擽らせて、寄ってきた女に、癒しを貰っていればいいんだ」

 と感じたのだ、

 その方が、不測の事態に陥った時に、立ち直るまでに時間が掛からないと思ったからだ。この時の女への失恋のショックから立ち直るために、半年が掛かったのだ。

 立ち直りかける寸前まで、まったく先が見えないトンネルの中にいた。出口が見えてくると、その先に何があるかが分かってきて、立ち直るのはあっという間だったのだ。思春期から結婚するまでの青年期というのは、長いようでも短いのだということを、半年間のショックから身に染みていた。

「俺にとっては、半年は出口のないトンネルを味わうには、十分な期間だったんだな」

 と感じたのだった。

 自分がこんなにも女性関係が下手くそだったとは思ってもいなかった。

「別に自分からモテようとしなくてもモテるというのに、どうしてこんなにも付き合い始めてからがうまくいかないんだろう?」

 と考えた。

 その一つとして、

「相手を好きになろうとしているのが悪いのではないか?」

 と考えたのだ、

 そもそも、女性と付き合うのは癒しをもらいたいからだと思っているわけで、本当に相手のことを好きなのかどうかもよく分かっていない。それなのに、好きなふりをしようとするから、ぎこちなくなって、せっかくモテているのに、相手にこちらの心境を見透かされ、逆の効果を生んでいるのかも知れないと思った。

 言い寄ってきた女性に対して、こちらから歩み寄る気持ちにはならなかった。相手が寄ってきても、一歩下がって、いわゆる、恰好をつけるようにしていたのだ。

 そうすると、お互いにすれ違うことはない。こちらから歩み寄ることがないからだ。意外とその方がうまく付き合えるようで、相手もこちらが望んでもいないことを次々にしてくれたのだ。

「なんだ、こんなに楽なのか」

 とその場の雰囲気に流されるかのように付き合っていると、今度は優位性が自分にあるのを感じてきて、相手が何を考えているのかが分かってくる気がした。

 たまに、相手がしてほしいと思えることをしてやると、彼女はいたく感心してくれる。

「倫ちゃんって、本当に優しいのね。嬉しいわ」

 と言って、今まで何もしなかった分を、いや、それ以上のことをしたかのように喜んでくれるのだ。

 いわゆる「サプライズ」だと思ってくれるのだろう。

 だから、頻繁に行うと、意味がない。ハードルがどんどん高くなるからだ。なかなかモテずに、

「これを逃したら、もう俺には女性と付き合うチャンスはない」

 と思っている人には、どんなにハードルが高くてもやらなければならない。

 相手の希望や欲望の上をいくような考えを持ち、行動に移し続けるしかないだろう。

 それに比べれば、何と恵まれていることだろう。

 何もしなくても、相手は寄ってくる。欲望も希望も満たしてくれて、女性関係に関しては、何んら不満はないだろう。

 そうなってくると、大学内において、自分に寄ってくる女性以外が、実は敵であるということも分かっていない。

 何かgあって助けてもらおうとしても、誰も助けてはくれない状況になっていることも分からなかった。

 一度、失敗して誰かに頼ったことがあったが、その時は助けてもらえず、何とか自力で対処できたのだが、それ以降、まわりに対して初めて敵対意識を示した。

 完全に、ぎこちなくなっていたが。それでもこの男に女は寄ってくるのだった。

 まわりの連中も不思議で仕方がなかった。

「あの坂下という男に、どんな魅力があるというんだ?」

 と一人がいうと、

「そうだよな。表から見ていても女性に優しいというわけでもないし、ストイックという感じでもない。そして、それ以外の人間を寄せ付けようとしない。よく分からないやつなんだよな」

 と言っていた。

 倫太郎がまわりの人を寄せ付けようとしないのは、自分に寄ってくる女性と緊密にならないように一線を引いている感覚と似てはいるが少し違っていた。

 倫太郎は、集団の中で行動しようとすると、まわりから嫌われているような気持ちになるようだ、それは、以前失恋した時、半年間も悩んだのだが、その時、自分が悩んでいるのに、まわりはお構いなしで誰も助けてくれようとしないことから、まわりを寄せ付けなくなったようだ。

 まわりからすれば相手に対して気を遣っているつもりで、悩んでいるのは分かっていたが、声を掛けられる雰囲気ではないと思っていたのだ。

 そういう意味ではただのすれ違いのはずなのに、どうしてここまですれ違えるのかとも思う。これも自分に寄ってくる女性を相手にするように、相手との距離感をうまくつけることができれば、それに越したことはないはずだった。

 うまくいくいかないは紙一重であり、一度掛け違ったボタンは、最後まで綺麗に合うことはないのだった。

 そんな倫太郎に対して先に近づいて行ったのは、綾香の方だった。

 綾香も別に放っておけば自分もモテるのだから、わざわざ男によっていくことはないはずだ、

 まわりが見ると、どちらもモテるのだから、普通なら二人が仲良くなるのは別に変ではないと思うのだろうが、綾香が近づく方がおかしいと思えた。

 だが、綾香はこの男に、他の男性にはない何かを見つけたようだ。

 それは、昔付き合っていた男の想い出を捨てることができないという綾香の性格が、倫太郎には気になったようだ。

 その頃倫太郎は、チンピラのような恰好をしていた。なるべく人を自分に近づけないようにしようという意識があったからだ。

「どうせ、友達ができたとしても、肝心な時に助けてくれる人なんか誰もいないんだ」

 と感じたからだ。

 それくらいなら、自分に吸い寄せられる以外の人間は、最初から寄せ付けないようにしておいた方が分かりやすい、特に、中途半端に近づいてくる連中の方が分かりにくい。人を近づけたくないと思っているくせに、どこかいざとなると人を信じてしまおうとすることで、損をすることもあった倫太郎によって、その思いは真剣に考えるべきことであったのだ。

 さすがに、時代遅れのチンピラのような姿をしていると、誰も近づいてはこない。今まで自分が吸い寄せてきた女性の数も減ってはきたが、却って、選別できるという意味でもいいのではないかと思った。

 チンピラのような恰好をしていても、それでも寄ってくるのだから、よほどの変わり者か、よほど、倫太郎と考え方が合っているのではないかと思うからだった。

 綾香のことは最初、変わり者だと思っていたが、そうでもなかった。綾香に対して、元カレとの思い出の品であったり、もらったものを捨てることができないと言って笑った綾香を、倫太郎は気になり始めたのだ。

 ここまでくれば、二人は両想いなので、付き合ってもいいのだろうが、綾香は最初からその気はなかったようで、倫太郎の方も、今までの感覚から、女性と付き合うことに対して、かなり深い考えを持っていたのだ。

 綾香とすれば、親に対しての反発から、倫太郎に引かれた部分はあった。ここでいう、

「ひかれた」

 という言葉は、漢字にすると、

「惹かれた」

 ではなく、

「引かれた」

 なのだ。

 感情が引き合っているわけではなく、ただ、関係が均衡を保っているという意味で引かれているということなので、漢字にすれば、そういう字を当て嵌めることになるのだ。

 ちょうどその頃、ちょうど反対側からと言ってもいいだろう、あいりが、倫太郎に近づいていた。

 あいりの側から倫太郎が影になって、綾香を見ることができず、綾香の方も、倫太郎が影になって、あいりを見ることができなかったのだ。

 あいりと綾香は、その頃まで、クラスメイトだったので、存在を知ってはいたが、話をしたこともなかった。

 彼女たちが、それぞれ、「くらげ」や「コウモリ」などと言われていることは、その頃まで知らなかった、

 ただ、倫太郎は、それぞれ二人のことを知っていて、そのあだ名も把握していたのだ。

 あだ名は知っていたが、どうしてそう言われているのかまでは知らなかったが、それを教えてくれたのは、倫太郎のそばにいた別の女性だったというのも、実に皮肉なことだった。

 実は、彼女もまわりからあだ名をつけられていたが、そのことをその彼女は自覚していない。だが、倫太郎は彼女のあだ名を知っていて、彼女から、「くらげ」や「コウモリ」というあだ名の話を訊いた時、

「何とも皮肉なものだな」

 と思ったのと同時に、

「俺って、あだ名をつけられやすい女性に、寄ってこられるという性質でもあるのかな?」

 と感じた。

 本人は、半信半疑だったが、その思いに間違いはないようで、倫太郎は知らないまでも、今まで自分に近づいてきた女性は類に漏れず、皆何かしらのあだ名をつけられた女性ばかりだったのだ。

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