Chunk6 波及、遠ざかるほど淡く
思い出の答え合わせに彼女を誘った。部屋の中に通すとコーヒーを一口啜り、私の目を見て問いかける。
「何が聞きたいの?」
さすがは長い付き合いだ。三週間とはいえど、こんなに短い期間で再び呼び出されるなど何かあるに違いない、半年も会わずにいるような私には珍しいことだと言われた。
「まぁ、あの時は私も驚いたよ。あんたにあんな度胸があったなんて。甘いお菓子食べるなんて兄さんには珍しかったな。」
どう言うことだろう。私の記憶と違いがある様に感じられる。元々ケントが甘いものを食べないのは、お隣なのだから幼い頃から知っている。そんな私がチョコなんて渡すはずもなく、そんなデタラメを書き込んだのはバレンタインならチョコを渡したかったと言う願望だ。一般的な経験をしたかっただけだ。
「そのついでに、告ったんでしょ? 答えは貰えなかったみたいだけど。」
そんな記憶などない。しかしリカの現実は私の意志に、いや後悔に似たあの文章に修正されている。何にしても世界はそちらに傾いている。「思いを伝える」という文も、進路の話だったはず。私にとって都合のいいように改変されている。
「あんたのために、家にいる様に釘刺したんじゃない。」
あの日、彼女は家にいて二人で行くように勧めてくれたと認識していたが、どうやらリカは初めから外出していたらしい。元来人の記憶など曖昧だと言うことは様々な実験で立証されている。今の私もそう言うことか。
リカが帰宅してからも何とも腑に落ちないこの感覚に、思考を巡らす。細かいことは元々気にしない私の、ただの勘違いなのだろうか。つまり私は2月にチョコを渡して告白し、3月にプレゼントを貰ったが7月に永遠の別れを経験したという事。それもまた事実であれば仕方がない。その手は自然とアプリを起動する。
”緊張はしたけれど、チョコレートを渡すことはできた。思いを伝えることが出来て本当によかった。気を遣ってくれたリカに感謝した。”
今度は「ケントの答えは嬉しかった」という文が消えている。その願望は叶えてくれないのか。いや現象とは同じ条件下では、無慈悲に平等に同様の結果をもたらしてくれるはず。乗り物も薬も料理も同じ科学変化が成り立たなければ信用して利用できないのだから。そうすると消える文章と消えないそれとでは明確な違いがあるはずだ。
・消えた文章から分かる事
ケントは答えてくれなかった事
リカへの連絡はメッセージではなく電話だったこと。
消えていない文章はさらに、改変されたものとされないものの二つに分かれる。
・改変されたこと
2/14、私が伝えた思いは進路のことだったが告白へと、箱の中身はチョコレートへと。
3/14、ペンダントは返された。しかし私が贈ったペンダントではなく彼からの贈り物。
じゃああのペンダントはいつ贈ったんだっけ。
アウストラス社がローンチしたSNS兼仮想空間のアプリは物質社会に一石を投じ、教育の現場でも登校拒否だが勉強したい生徒や教師選定に一役買っていた。物理的距離に依存しない特性上どの地域にいても平等で、進学率や親切度といった様々な要因で人気が異なり、また人気があれど生徒の多いクラスは各個人に向き合えない。義務教育の民営化は経済の神の見えざる手によって劣悪な環境を淘汰し、思想や能力に起因する物の捉え方の平均化は絶妙なバランスで成り立っている。
「私の時も有ったら良かったのに。」
ぽつり呟き、来週の期末試験の作成に頭を悩ませる。最近ではこのスマホを眺めるのが日課になりつつある。アプリを押すことの女々しさも大分と麻痺し始めていた。どこまでいっても私の成果は普通でそれは今に始まった事ではない。
バチっ
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