Chunk5 未だ知らず

 彼女と別れ帰路に着くと河川敷の対岸には一際高いビルの看板に、新設された仮想旅行の広告が見える。惰性でその後のことも蘇ってくる。そのあと何があっただろう。宣告通りそれからケントとは会えなくて、怖くて連絡も取れなかった。そして来る2022/07/07、テレビに彼を乗せたシャトルの打ち上げが映る。スマホを握る手に力はもう入らなかった。この日って年に一度願いが叶う日じゃなかったっけ?


 家に着くとふと彼女の最後の言葉が気になった。


「でも、その話をしたのは3月だったっけ。」


 確かに私の性格からして、熱も冷めやらぬうちに連絡したとは考えにくい。ではいつその話をしたのか。いても立ってもいられなくなりスマホを取り出す。アプリをタッチするなり「パチっ」再び火花が散った。一瞬たじろいだが、もちろん熱さは感じない。スクロールすると現れた空白の投稿、日付は2022/02/14。何を打ち込めばいいのか。


 2022年元旦は隣に住んでいる事もあって、初詣に誘った。小さい頃から仲良しで、直接玄関に向かった。


「明けましておめでとうございます。」


 玄関を開けてくれたおばさんに新年の挨拶をすると、ちょっと待っててと呼びに行ってくれた。


「あけおめー」


 階段を降りてくると中に入るよう促してくれたリカは、何やらニヤケ顔で「兄さんならいないよ」と言ってきた。どうやらこの頃から既に忙しかったようだ。大学生ともなると学業に付き合いに大変そうだと思っていた。おじさんへも丁寧にご挨拶をして階段を上がる。彼女は悪ふざけっぽく聞いてくる。


「チャンスはあったのに結局去年はダメだったね?次のチャンスはバレンタインだね。」


 私はそんな言葉を無視して早く出ようとせっついた。外の風はもう一枚羽織るのに十分な寒さをはらんでいた。


 今思うとがっかりしていた自分を、押し殺していたのだろう。あの頃から憧れがあったのかも知れない。


「温かいし、あの展望台に連れて行ってよ。」


 02/14、珍しく家にいたケントに車を出してもらい展望台の駐車場にたどり着いた。ドアを開け外に出る時バックを落としてしまい、乾いた音に嫌な予感しかしなかった。


「大丈夫。多分……」


 私はそう言って、心配する彼と歩みを進める。森の中をうねる展望台へと続く遊歩道は、木々で覆われ等間隔にウッド調のベンチとテーブルを置いた休息所がある。少し休もうと提案しテーブルに荷物を置いて腰掛ける。四月には私も受験生、ケントは進路は決まったのか聞いてきた。


「まだ何も。」


 したいことがある訳でも、お金が欲しい訳でもない。恋愛なんて機会がなければそれでいい。やりたいことを見つけるには教育課程では短すぎる。歴史上の偉人が「ただ人よりも長く一つのことと付き合っていただけだ。」とその非凡さを謙遜していたが、そのやりたいことが見つからない人はどうしたらいいのだろう。既にそれを見つけたこと自体が天才と言えるんじゃないか、そんなことを考えていた。


「理系の学科には進むと思う。」


 そんなセリフを返すと、席を立ち二人でまた展望台を目指した。夕方ともあってチラホラ人も増え始め、期を伺って細長い赤い包装をされた箱を手渡した。先ほど落としてしまった衝撃で崩れていやしないか心配していたがそれも杞憂だったようだ。


「お返しはペンダントにしてね。」


 私の好きなブランドを催促し、少し困ったような顔の彼は思いのほか贈り物を喜んでくれた。返りの車中、例のリカの件でのお礼を言われ、困ったことがあれば何か助けになるとダイキさんの連絡先を教えてもらえた。


 そんなことを思い返し当時のことをデタラメも交えて、願望めいた内容を書き連ねる。どうせ中身を誰に見せる訳でもない。それが事実であろうがなかろうが、彼がもういないと言うことは変わらないのだから。


”緊張はしたけれど、チョコレートを渡すことはできた。思いを伝えることが出来て本当によかった。ケントの答えは嬉しかった。気を遣ってくれたリカに感謝した。”

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る