#31 敗北したが、それよりも今は……

 カイン・カムが魔族たちと共にアワードーンに戻って来た。脱出艇にはこれでもかと気絶している魔族を詰んでいるようで動きが悪い。

 なんとか安全にカインが脱出艇を止めると周囲に作業員と共に珍しい顔があった。


「これはこれは魔王様。まさか私の帰りをお待ちいただいたのでしょうか?」

「偶然だよ。だがおかえり、カイン。外は楽しかったかい?」

「ええ。とても有意義でしたよ。そして十中八九あの時シュトムが出会ったのはベイル・ヒドゥーブルでしょう」


 そう言ってカインはプラスチックの試験官を渡す。そこには白銀の髪が入っていた。あのどさくさでベイルの髪を回収していたのだ。


「ですがすみません。ホーグラウス王国の全滅は叶いませんでした」

「……ベイル・ヒドゥーブルか」

「ええ。あの人数もあの男の譲歩、というところでしょうね。あ、そういえば非人道的な行為を止めないと魔王様の娘のクローンを製作してハーレムを築くそうです」


 その言葉にヴァイザーは思わず噴き出した。


「どうしました?」

「いや、まさかあの男が娘とそのクローンでハーレムを築く、なんて言いだすなんて思わなくてね。それにそんな事をしなくても彼はモテるのだから簡単にハーレムを作れるだろうに。共和国の生き残りもあの国にいるのだろう?」

「ええ。何でもシャロン・ホーグラウスはその生き残りを利用して共和国を再興しようとしているとか」

「……いや、作るのは「共和国」ではなく「王国の服従国」だろうね。そんなものを許せる事は無いだろうけど」


 2人は作業員に戦士たちの解放を任せてそのまま城の方に移動し、中に入ると近くを歩いた人間たちが道を空けて頭を下げる。

 そう、人間。彼らは元共和国の人間であり、そのままアワードーンに所属していた。

 ヴァイザーはなにも人間を殲滅しよう、などと思っていたわけではない。彼が目指しているのはあくまで長寿である自分たち魔族が治める世界平和であり、人間たちの格を下げて隷属させることが目的だった。隷属と言っても冷遇するわけではなく、いずれ、ある事をきっかけに真の平等になる為である。その為のきっかけとしてベイルを考えていたが、今のベイルの行動は目に余ると思い、今では除外している。


「だが、ある意味良いかもしれない」

「? どういうことですか?」

「要は使い様さ」


 謁見の間に戻ったヴァイザー。そこにはアワードーンを支える面々たちが揃っており、ヴァイザーはそのまま玉座に向かい、座って口にした。


「さて、みんなの話を聞こうか。とりあえずレリギオンの攻略の件から」




 オービス・エクランドの反逆はあっという間に終息した。となれば次は背後関係云々というのもあるが、とりあえず行われるのはベイルの処遇だろう。

 特に今は死刑をする事が決まっているベイルを全力で捕まえようとするのが通例。だが今のベイルは反逆を抑えた立役者として、そして何より新たな技術の塊である自立飛行が可能となっている戦闘艦を保有している。

 だが戦闘艦をたった1人で操作するなんて基本的にできないだろう。それが彼らの見解だった。


『反逆者オービス・エクランドの確保、ご苦労だった。こちらに引き渡してもらおう』


 軍人の1人がそう言うとベイルは甲板から降り、地面に着地。戦闘艦をさも当然のように収納した。そんなある意味非現実的な状況に周囲は唖然となる。

 ベイルはそのままオービスと、その近くに2本の瓶を置いた後にどこかに行こうとすると魔動車が現れてベイルを囲い、そこから軍人たちが降りてきてベイルを囲う。


「ベイル、お前にはあらゆる容疑がかかっている。付いて来てもらおうか」

「容疑?」


 まさか自分にそんなものをかかっていると思わなかったベイルは疑問を浮かべる。


「いや、何故わからない」

「…………ああ、わかった」

「そうか。なら――」


 ベイルに対して話しかけて来た男は蹴り飛ばされた。軽く50mは飛ばされただろうか。男はかなりのダメージだったこともあって呻いている。


「お、おい――」

「こういうタイミングで俺を囲むって事は魔族から奪った技術が欲しいって事だろ。しかも罪状とかほざいてさ。全く、これだから人間は困る」

「き、貴様、これが何を意味するのか――」


 話している最中の別の男を殴り飛ばすベイル。その拳に容赦というモノは一切無く、無慈悲に吹き飛んで行った。

 その様子を見て新米は臆している。だがその中でもその新米を馬鹿にしながら1人の軍人が前に出た。


「調子に乗るなよガキ。大人が礼儀というモノを――」


 顎を蹴り上げて上に吹き飛ばすベイル。さらに背後からの魔法は上げた足を勢い良く地面に叩きつけて自分の後ろから土によって構成された突起物で防ぐ。


「礼儀をほざくなら、俺より弱いお前らはこうするのが1番似合うだろ」


 するとベイルを中心に半径500m以内に重力魔法を放った。中にはそれに耐えている者もいるが、ベイルは構わず言った。


「平伏せ」


 指を鳴らすとさらに強い重力が発生。ジーマノイドすらも耐え切れずに膝を付く。


「ふん。こんなものか」

「貴様……こんな事をして良いと思っているのか、ああ!」

「良いに決まっているだろう」


 その言葉に向こうが圧倒される。というよりも彼らにしてみればそんな事を言われる方が意外なのだが。


「全く。理解に苦しむな。遅刻した上に技術だけを奪い取って万々歳だと思った――」


 その時、ベイルは魔法を使うのを止めた。途端に周りは自由になったが、別の方から飛んできた殺気を感じて怯む。


「久しぶりだな、ベイル。元気そうでなによりだよ」


 だがベイルは答えない。ただ先程よりも殺気を増やし、ある意味摩訶不思議な空間を作り始める。普通の人間からしてみればその場だけは歪んで見えた。


「誰だ、お前」

「おいおい。久しぶりに会ったから親の顔を忘れ――」


 ベイルは懐に入ると同時に正拳突きを放った。しかも先程繰り出したものではなくまともに食らえば人が消し飛ぶ代物だ。だが相手は――ラルドはそれを受け止めて衝撃を完全に殺す。その時さっきまで抑えていたラルドから殺気が漏れ始めた。


「全く。困った子だ。お――」


 最後まで人の話を聞かないベイルはラルドを思いっきり殺すつもりで殴り続ける。ラルドはそれをすべて今まで共に歩んできた愛剣クールシューズで受け止めた。


「成程。かなり強くなって――」

「うん。拳じゃ無理だな。ギーザス並みに楽しめる」


 そう言ったベイルは空中からクールシューズ並にある大剣を抜く。それを見てラルドも本気になり、2人は殺し合いを始めた。


 しばらくしてやってきたウォーレンはその惨状に唖然としていた。伝説級の戦闘バカ2人が全身全霊で殺し合いをした事で地形が吹き飛んでいた。

 ウォーレンがサイラスに戦闘をさせなかったのはこれがあるからだ。

 ヒドゥーブル家の男たちはある程度の事は許容するが、例えどれだけ悪女だろうと自分が惚れた女、欲しい女は支配する傾向にある。そして同時に戦闘行為において一切の妥協を持たない。特に殺し合いとなればその潜在能力を完全に発揮し、どちらかが倒れるまでその力を使いまくる。

 この世界における最強の武力はやはりジーマノイドだ。それに関しては絶対に間違いない。というよりも、こいつらが圧倒的におかしいのだ。

 例えば巨大生物が小さい生物を捕える事が難しいように、この者たちは圧倒的な速さで移動する。その上ベイルだけで言えばジーマノイドを巧みに操り似たような事を既に実践している。そんな戦闘センスの塊同士が殺し合いをする。それは彼らにとって悪夢以外の何者でもない。だが流石に数時間も戦えばどちらもボロボロになってくるようだ。

 そんな中、1人の軍人がベイルに仕掛けようとする。だがベイルは無視して大剣と刀の二刀でラルドを倒そうと突撃。その最中に仕掛けて来た男を吹き飛ばしてラルドに仕掛け、2人はさらに膠着状態に入った瞬間、ベイルが突然充電が切れたおもちゃの様に地面に倒れた。

 周りは何のことだかわからないが、今の内にベイルを始末しようという算段はついたらしく全員が武器を抜いて近付こうとした時、突然ベイルの影から何者かが現れてベイルに近付く奴らを文字通り一掃した。

 その男はまるで今のベイルの髪を黒くしただけの存在。ウォーレンは思わず唖然とする。


「き、君は……」

「先程ぶりだな、ウォーレン・ホーグラウス。あの戦いでお前たちが生きていたのは僥倖だ」

「私の事がわかるのか? という事は――」

「ああ。マスターが自分の親父と戦っている事も知っている。まぁ、流石に父上殿もさぞお疲れのようだろうが」


 ウォーレンが視線を移すとラルドも倒れている。恐らく少し後に倒れたと思うが、こんな姿を見た事が無かったウォーレンは驚いていた。


「強者同士がぶつかれば起こる現象だ。大体、常人ならば直接食らったら汚物をぶちまける程の殺気を放出しながらあの2人を数時間も戦っていたんだ。そりゃあ精神も疲弊する」

「……君は違うのか?」

「ああ。分身とはいえ俺たちグリードは他の分身と違って独立しているからな。そんなことよりも連れて帰るんだろう?」


 自分を分身と名乗るベイルそっくりの存在がベイルを担ぐ。


「良いのか?」

「とりあえずはこのままお互いに離脱するだけだ。話は後程って事で。だが残念ながらマスターは既に学園を退学処分にされた身。言わば根無し草だ」

「わかった。とりあえず寝る場所を――」

「そういうわけじゃないさ」


 ため息を吐き、分身は説明を始めた。


「今回の敗北でマスターはさらに研鑽を詰もうとするだろう。そこで1つの結論に至るだろうな。「あ、戦場で常に緊張状態は味わった事無かったな」と」

「ありそうなことを言わないでくれないか!?」

「まぁ、拘束したとしても自力で脱出してまた全滅させられる未来も見えるしな。思えばあそこにいる雑魚共がハイエナの如くマスターを囲ったのも同じ頃か。あの時はマスターがドラゴンの血を浴びて体調が悪かったから大した反撃をされる事は無かったが、似たような結果になっていただろうな」


 倒れている軍人たちを見た分身は意味ありげな視線を向けた事で周囲はガクガクと震え始める。


「やれやれ。可哀想だなウォーレン。俺はマスターの実に半分程度の戦闘能力しか持たないというのに、その俺に視線を向けられただけでここまで怯むとは」

「…………ああ、そうだな」


 ウォーレンですら震え上がるベイルの分身の殺気。至近距離で浴びたこともあって逃げ出したくなったがプライドからかなんとか堪える。


「とりあえず君の主人はこちらで保護する。それと、君にも話を聞きたい。どうやら君はこれまでの事をすべて知っているようだからな」

「そうだな。先にこれだけは言っておこう。マスターの記憶喪失は追体験では治らない」

「待て。何故それがわかっている?」

「影分身は主と同化する事ができるが、試したができなかったんだ。それ以降、俺たちはマスターのサポートを行っている。ワイズマンが言うには外部から発生した同質魔力が身体を暴走させた際に不完全に適合してしまったから、それを取り除く要素を外部から摂取する必要があるが、これまでエリクサーを含めて試したがどれも効果無しだ」

「…………つまり、今のベイル君には過去を思い出させる手段が無い、と?」

「そういう事になる」


 すると分身の形が徐々に失われていく。唐突に起こったその現象に周りは驚きを見せるが何も感じないのか分身は言葉を続けた。


「ベイルがベイル・ヒドゥーブルである事は保証する。だがマスターが虚像を、過去の功績を受け入れるかはまた別の話。お前の娘にはしっかりと言い聞かせておけ。今のマスターを見るつもりが無いなら近付くな、とな。ああ、それと保険としてさっさと息子の婚約者を別の血の者に変えておけ」


 それを最後に分身は完全に消滅する。

 一体どういうことか、そんな疑問がウォーレンの中に過るがしばらくして納得した。ああ、これは確かにマズいな、と。




 ベイルが目を覚ました時、知っているような知らないような天井があった。周りにはメイドが控えていたのだが目を覚ましたベイルに気付いて一礼して部屋を出る。

 少しして自分がここにいる事に凄く違和感を持ったベイルはどこかに行こうとするが、何故か自分の手首に鎖が繋がった手錠を掛けられている事に気付いた。


(……は?)


 ベイルの背中に背筋が走る。何故自分の手を拘束しているのかわからないが、このままでいるとマズいと直感してすぐに逃げ出そうとする。ゲートを使用しようとするが、少しの間だけ展開されるもすぐに霧散した。


「――無駄よ」


 声をかけられてベイルは振り向いた。そこには自分でも知っている顔がそこにあり、思わず名前を呼ぶ。


「生徒会長?」

「久しぶりね、ベイル。いえ、この場合はじめましてって言うべきかしら?」

「……何でここに?」

「だってここ、私の家だもの」


 そう言われて疑問符を浮かべるベイル。


「厳密に言うと、ここはあなたが記憶を失う前に使用していた、王宮におけるあなたの部屋なの」

「お、王宮? 何でそんなところに俺の部屋があるんだ? まさか俺がこの国の王子とか?」


 ベイルは冗談で言ったつもりでシャロンはそれに気付き、同時にベイルが言ったからこそ笑う。


「違うわよ。あなたは私の夫よ」

「………………はい?」


 突然そんな事を言われてベイルは目が点になる。


(そういえば、テリーがこの人の事を「殿下」って呼んでいなかったか……? あれ? そういえば殿下って、王子とか王女とかに付ける敬称じゃなかったか? え? 俺、王族関係者?)


 まさか自分が王族関係者なのではないか、そんな疑惑がベイルの脳裏に過った。


「いや、待て。いくらなんでもそれは違うだろ。まさか俺が王族関係者とか、そういうの――」

「あら。私の事が王女ってわかってるんだ」

「ああ、この前付き合いのある奴があんたの事を「殿下」って……あ」


 その時、ベイルはふとあの時に現れた女生徒と、その時の会話を思い出した。


「そういえばあんた、体調大丈夫なのか? 入学式の時に辛そうにしていたが」

「え? 何でわかったの?」

「いや、なんとなく」

「あの時はちょっと。でもそれも無事に解決できるから良いとして、とりあえず一緒に風呂に入らない?」

「俺は1人でも大丈夫だから1人で入って来る」


 真顔でそう答えたベイルにシャロンはぐぬぬという顔をするが、ベイルはその間に手錠を破壊した。さも当然のように破壊したシャロンは顔を赤くするが、ベイルが窓から逃げようとしたので全力で抱き着いた。


「逃亡なんてさせないわよ。一生!」

「いや、俺が君が言っている存在だって保証はないだろ!」

「大丈夫! あなたの場合は完全に一致しているから!」

「一応、クリスが読めとしつこかったから同じ名前の英雄の伝記を読んだから先に言っておく! 俺はあんなお人よしじゃない!」


 ベイルはとりあえずシャロンが重ねている相手を上げる。だがシャロンはベイルが予想した斜め上の事を言った。


「安心しなさい! 記憶の失う前のあなたなんて、私の身柄よりも魔族の機体があったからそれを追って来たとか言ってたし! 助かったけど私はあくまでついでだったわ!」

「…………あの伝記には確か、姫のピンチを救った英雄のように語られていたんだけど」

「伝記なんて大なり小なり嘘があるのよ」

「今すぐ他の伝記著者とその元になった人間に謝れ」

「だが私は謝らないわ!」

「いや謝れよ! というかそれって――」


 一瞬、ベイルの頭に何かが過った。視界の中には1人の魔族が次第にボロボロになっていく映像だ。


「どうしたの? 何か私との蜜月を思い出した?」

「……いや、違う。なんか、俺が怒ってた」

「怒ってた?」

「うん。何でかわからないけど、目の前にいる魔族が憎くて憎くて仕方なくて、絶対に殺すって言わんばかりに刀を振るってた」


 それを聞いてシャロンは少し考えるが、1つだけ心当りがあった。あったのだが。


「…………そういうことね」

「どうしたんだ?」

「ベイル、私と子どもを作りましょう」

「よし、とりあえず落ち着こうか」

「一体何が不満なの? 私、自分で言うのもなんだけど美人だと思うし、おっぱい大きいし、処女よ?」

「そりゃあ養育費とか色々……いや、あんたが美人なのは理解しているけどそういうのはちょっと……」

「え? 処女は嫌? もしかしておっぱいも巨乳が苦手なの? あ、だからメレディスに手を出さなかったのね。くっ。まさかカリンの成長不足がこんなところで優位に働くなんて。でも私、処女卒業と同時にベイルの子どもを妊娠するつもりだったんだけど!? 他に私と釣り合うどころか私のご主人様として立ち回れる男なんていないわよ!」

「…………あ、ちょっと待て。今メレディスって――」


 メルの話題が出た事でベイルが反応するが、シャロンは不機嫌になった。


「何でそこで他の女に反応するのよ」

「なんかごめん。いや、俺にとっては結構重要な事なんだけど……」

「……ま、そうね。その事もあるから、とりあえず今は風呂に入って来なさい」


 何故そんなにお風呂を勧めるだろうかと思ったが、実際ベイルの身体は汚れていることもあってとりあえず大人しく従う事にした。




 その頃、ウォーレンはハンフリーや少数の護衛と共に学園――校長室に訪れていた。


「ベイルを復学させろ?」

「ああ。今の彼を国から追い出すわけには行かない。何かの目的を持たせれば国に大人しく固定できる」


 そう宣言するかのように言ったウォーレンに対してジョナサンはため息を吐く。


「冗談を言うな、兄上。あなたは一体あの問題児に何を期待しているんだ」

「いや、あの少年は十分期待に応えてくれているさ。これまでは何も言わずに国の暗部に積極的に狩ってくれている」

「それはただの偶然だろう」


 そう切り捨てるジョナサンはウォーレンの目を覚まさせる為にハッキリと言った。


「正直な話、今回の大公討滅はサイラスに任せるべきだった。だがあなたはよりにもよってそれをあの怪物に任せてしまったわけだ。わかっているのか? あなたは――」

「ジョナサンよ。お前こそ何を焦っている?」

「何?」

「お前は昔からそうだったな。貴族が優先されるべきという思考が強かった。それが今の立場に追いやられているという事にすら気付かずにな。実際、私が王に就任した時には周りからの反対が強かったが、それは王が完全に傀儡にならないようにするためだ」


 そう言われてジョナサンはウォーレンを睨むが、ウォーレンも怯む事は無い。


「確かに、今回の件はサイラスに任せても良かったが、我々にとって今一番知るべきはサイラスの実力ではなくベイル・ヒドゥーブルが本物かどうか」

「自分の弟たちに毒を盛ろうとする娘のご機嫌取りの為に、か。随分と娘に甘いものだ」

「それに関しては自覚はあるさ。だが、アレの嗅覚は本物でね。実際見事にこれまでの功績を出して来たのは彼と彼の一族だ。それにどうせただの人類は人外に勝てる保証などない。一見周りは徐々にヒドゥーブル家を取り込んでいるように見えるだろうが、取り込まれているのはむしろこっちの方だろうよ」

「それが何だというのだ。もし我々に逆らえばそれこそ法に則って―――」


 ジョナサンは言葉を切る。そこでようやく理解できたのだ。ウォーレンは勝ちを確信したかのようにニヤリと笑う。


「できないんだよ。今回、ベイル君を確保できたのは相手がラルド君で、ベイル君が同条件の戦いを受け入れたからできたこそ。だが同時に疑問が湧くだろう? 何故、そこで最強の兵器であるジーマノイドを使わなかったのかと」

「――ベイル・ヒドゥーブルもジーマノイドを所持しているから、か」

「そういうことだ。しかもおそらくドレイクーパーシリーズを遥かに超えるスペックの代物だろうな。それに近くにいた者に聞けば、2人の戦いはセンサーでは捉えきれない速さだったという」


 ドレイクーパーとは、ジークフリートを元にベイル主導で開発したホーグラウス王国で幅広く使われているモビルクーパーのプロトタイプだ。

 元々ジーマノイド自体が使用者が持つ魔力を機体に流し込む事で起動する仕組みになっている。これによって増幅機能を兼ねたコックピット背部にある魔石を改造してコンデンスコアエンジンを作動するという仕組みだった。つまりは操縦者の魔力を返還、円環させて使用していた。それ故にベイルとその機体は尋常じゃない速さを身に着ける事ができた。だが、ヒドゥーブル家程の魔力を保有している人間はほとんどいない上、その使い方は部品の消耗を速めているという事がここ数年で発見されている。

 そうとも知らないベイルはまだ高性能の機体を使用している。


「そんな化け物がたった1人でも他国に渡ってみろ、どれだけの被害が出るか考えただけでも恐ろしい」

「…………確かに、な」


 ジョナサンもベイルの戦闘能力から眼を逸らすつもりは無い。彼もまた王家の1人であり、自分の姪が王位を求めて弟を殺そうとしていた事も知っていた。その興味が映るほどに夢中にさせるというのは本当に難易度が高い。それをやってのけたベイルには興味を持っていないわけではない。だが実際はアレだと知らされれば色々と言いたくもなる。


「ジョナサン、先に言っておくがもう貴族だ平民だと言っている時点じゃない。それを言えるのは今まで平和だったからこそ。だがもう、我々は変わらなければならない」

「だからと言ってあのような無法者に好き勝手させる、と?」

「無法、か。本当にそう思うか?」

「何?」

「あの少年はギリギリの所で欲望を留めている。本当に欲望と全能力を全開にしたらどうなるだろうな。そう、例えば――記憶を取り戻し、サイラスがお前が用意した女を選んだと知ったら、いや、そうじゃなくてもバルバッサ家の令嬢たちが危険な目に遭ったらその時点でとんでもない事を起こるだろうよ」


 その言葉にジョナサンは驚いているが、ウォーレンは言葉を続けた。


「お前たち貴族派の反対を押し切って、何故バルバッサ家の令嬢をサイラスの婚約者にしたと思っている? 当時の王がバルバッサ家の人間を根絶やしにしなかったのは、自分たちが悪だと理解しているからさ。王朝を継続させるために選んだ手段、とも言えるがね。そして面白い事に、その証明をしているのは他でも無いお前だよ、ジョナサン。そして、ありがとう」

「何故、感謝する?」

「簡単だ。お前がそうやって暴走してくれたおかげでこちらは婚約破棄の算段が付いた。是非そのまま続けてくれ。ああ、それと」


 ウォーレンは自分の懐からある手紙を出してジョナサンの方に飛ばす。


「これは?」

「シャロンからの要請書だ」


 ジョナサンが手紙を開けると、そこにはシャロンの字でこう書かれていた。


『ベイルの退学の取り消しを要請します。それが叶わなければ私も現時点で退学し、現生徒会は解散する事になりますが、サイラスたちは女遊びが夢中で生徒会に来た事無いし、時期が時期だから仕事の引継ぎもまだ。私が辞めるとなったらルーチェも強制退学になるし、イザベルを酷使したらセルヴァ家を敵に回す事になるから実質今までの運営は無理ね。あ、ベイルは危険人物として私と同室になるように動いてください。よろしくね、叔父様』


 ジョナサンに突発性の頭痛が襲って来た瞬間だった。


「どうした? シャロンからの事だからベイルの退学の取り消しと同室になるように動けとでも書いてあったか?」

「よくわかったな。まさしくその通りだよ」

「だろうと思ったよ。シャロンのベイル君に対する依存は凄まじいからな。おそらく今もベイル君とイチャイチャしようと企んでいるが、ベイル君が全力で阻止しているところだろう。全く、尊敬するよ。昔の俺は彼の母親に偉そうな態度を取って妾にしようとしたぐらいには性欲に対して忠実だったというのにな」


 と笑うウォーレンに対してハンフリーが呆れる。


「まぁ、そういうわけだ。おそらくシャロンの事だからお前さんは断れない事を言っているだろうが、受け入れる事をお勧めする。それに復学してもお前にとっても私にとっても得だと思うがね」

「…………腹黒親子め」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」


 そう言ってウォーレンは席を立ち上がる。


「ジョナサン、最後に言っておくが今の我々は次世代の進化を促す必要がある。我々の世代と同じようにしていては王国の未来が無い。それだけは肝に銘じておけ」


 ウォーレンはハンフリーを連れて部屋を出てしばらく移動してからため息を吐いた。


「それで、ジョナサン殿下がベイルを復学させる可能性はあると思うか?」

「いや、復学させないと向こうが詰まるからな。ジョナサンの奴、自分の時間を欲しいが為にシャロンに仕事の一部をさせていたそうだし」

「…………あなたも良く許せましたね。そんな暴挙を」

「まぁ、将来的にベイル君を支えるなら仕事のほとんどをシャロンが引き受ける事になるのだからな。訓練だよ、訓練」


 もうウォーレンの中ではベイルとシャロンをくっつける算段は付いているかのように動いているのを見てハンフリーは呆れていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

いつもお読みいただき、また応援ありがとうございます。

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ちなみにタイトルの続きは「とりあえずこの女をどうにかしないと反省もクソもない」だったりします

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