#29 その心、依存級
ベイルが捕まったというニュースは瞬く間に貴族間でも話題になった。特にブロン・エクランドを見捨てたという事はすぐにオービスの耳にも入り、怒りを露わにする。
「今すぐそのガキを処刑する手はずを整えろ!」
そう叫ぶオービスの命令に従って彼の傘下の貴族はすぐに動き始める。身柄の引き渡しなどの話を持っていたが、その段階でストップが入った。その話を聞いてジョナサンが生徒会室に訪れたがそこはもぬけの殻。会長の席には手紙が置かれている。それを見てジョナサンは唖然とした。
『生徒会メンバー全員でボイコットする事にします。あ、あなたが捕まえていたメルちゃんとギーザス君は回収済。どうせベイルの人質にしようとでも考えていたんでしょうけど、そんな事をしたらこの国が滅んでしまうのは目に見えているから王女として阻止させてもらいました。後の仕事はサイラスに投げてね。Byシャロン』
一度手紙から視線を逸らした後、再度手紙を確認する。
「校長先生、手紙にはなんと……?」
「現生徒会メンバー全員ボイコットするそうだ。おまけに生徒の2人も同行しているらしい」
「それは……」
「逆に考えるんだ。余計な邪魔が無くなっただけだと」
その時、教員の1人が手紙の裏に何か書かれている事に気付く。
「校長先生、裏面に文字が」
指摘された事で裏面を見るジョナサン。そこにはとんでもない事が書かれていた。
『エクランドと繋がっているようだから言わせてもらうけど、ベイルと正面切って戦うなんて自殺行為だから非推奨。死んでほしくなければあの豚を宥めておきなさい』
その文字を見てなおも頭を抱えるジョナサンは怒りのあまり手紙をびりびりに破る。
その頃、王宮にはシャロン率いる生徒会一行とメルとギーザスというメンバーが同行している。特にギーザスにとってそこはある意味地獄だった。
メルはもちろんのこと、同行者全員が美人。婚約者も良い所の坊ちゃんがほとんどだ。
(……胃がキリキリしてきた……)
手を出したことを考えてしまい、どうしても気分が悪くなるギーザス。本人はAランクの冒険者であり、その歳でAランクというのは本当に才能がある人間にしかなれないことだ。だがギーザスは最近ベイルと自分を比べ続け自信が無くなっていた。
しかしシャロンはそんな事は気にせずに他のメンバーを連れて応接室に移動する。その道中、シャロンが人を連れて戻って来たと聞きつけたウォーレンが姿を現す。
「シャロン、まだ授業期間中だろう。こんな時に戻って来るなんて一体何を考えている」
「あら、せっかく可愛い娘が戻って来たというのに酷い言い草。叔父様があまりにも仕事を振るし、サイラスたちも次期後継者としての自覚が無いようでいい加減イライラしてきたからとりあえず休むため、よ。それとも、教師陣を全滅させてエクランドを私が潰してもいいんだけど?」
「馬鹿な事を言うな。そんな事をすれば今度はこっちにお鉢が来るのだぞ。しかも男を連れ込んで――え?」
ウォーレンがその件の男を見て驚いていた。
「もしかして君はギーザス君か?」
「え? あ、え?」
「いやぁ、ジムから話は聞いているよ。その歳でAランク冒険者とは凄いじゃないか。いや、ところで、何故ここに?」
「あの叔父様がベイルに対する人質として彼ともう1人を捕まえたからよ。全く、叔父の貴族主義にも困ったものだわ」
全員が何も言わずに黙っている。ギーザスは未だに何故国王陛下が自分の事を知っているのか理解できなかった。しかも自分の父親の名前まで出ているのだから一体どういう関係なのかと疑問を抱く。
「実際、今の世の中は貴族が中心だがな」
「でもその貴族主義というのも所詮はヒドゥーブル家の中心に一部の武闘派貴族が戦ったからこそできた所業。その9割がヒドゥーブル家の手柄と言っても過言じゃないわ。まぁ、肝心のその家が権力に固執する事は無いからこんな事になっているんだけどね」
その時、誰かが近付いて来たので全員がそちらを見る。
「あれ? ギーザスじゃないか。久しぶり」
「ら、ラルドさん!? あ、いや――」
「いやいや、いつも通りで良いって」
ギーザスに畏まれそうになったのでラルドが慌てて止める。
「それで、急に呼ばれたんですけど一体何でしょう?」
「ラルドおじ様には彼の相手をしてもらいたいのよ」
「「へ?」」
「どういうことだ、シャロン」
「あら、簡単な事よ。彼にはしばらく王宮で過ごしてもらうから先取りして色々と学んでもらおうと思っただけ。ギーザス君も伝説の冒険者にしてこの国で数少ない本物の戦力と戦ってみたいでしょ?」
「そ、そりゃあラルドさんと本気で戦えるなんて願ってもない事ですけど、良いんですか?」
「ええ。何だったらアメリアとジェシカ、それとエステルも元冒険者なんでしょう? だったら2人の戦いも見てみたいと思わない? イザベルとルーチェも是非とも見てもらいたいな」
その言葉に察した3人は内心ため息を吐く。つまりそれは「お前たちはここから先は関わる必要はないから余計な事はするな」というメッセージだ。
「わかりました。私たちも彼に同行させてもらいます」
「ええ。是非楽しんでくると良いわ。ベイル程じゃないにしろ、彼もまたバケモノだから」
「…………いや、そこまでじゃないですよ」
「じゃあ王女として命令ね」
シャロンはそう言いながらギーザスに近付いて耳打ちする。
「ラルドおじ様を全員の前で倒しなさい。全力で、ね」
「……あ、はい。わかりました」
ギーザスは内心震えている。まさかそんな命令を出されるなんて思わなかったのだ。そんな様子を見てジェシカと呼ばれた女生徒はギーザスに声を掛けに行く。
それを見てからシャロンはちょっと笑みを浮かべた後、メルの腕を取った。
「あなたはこっち。お父様、執務室に向かいましょう?」
「あ、ああ」
3人が執務室に移動してメルが部屋に入る。そこには2人の男性がいた。1人は宰相で現セルヴァ公爵家当主のハンフリー。もう1人は今ではそのハンフリーの義弟というポジションとなったユーグ・ヒドゥーブル。その2人がいてメルは驚いていた。
「あ、あの……私……」
「あぁ、彼らの事は気にしないで。言わばベイルの対策として呼んでいるだけだから」
「ベイル様の対策として、ですか?」
「ええ。今の彼について情報を共有しておきたいの。例えば今のベイルの記憶喪失の件とか、あなたの本名がメレディス・エクランドだって事も知っているわ」
そう言われてメルはすぐに戦闘態勢を取ろうとするが、誰もそれに対して咎めようとしない。
「一体どうしてそんなことを?」
「私の父ラルド、そしてギーザスの父のジムがあなたの養父トーマス氏と知り合いだったのですよ、メレディス嬢」
ユーグの言葉に驚いているメル。
「その時にあなた方を保護するためのメッセージも受け取っていました。ですが――」
「……だったら何ですか? 私はエクランドとして生きるつもりはありません。私はただ、ベイル様との子どもが欲しいだけです」
3人の視線がシャロンの方を向く。もしかして今の発言でシャロンの何かに触れたのではないか、と。だがシャロンはそんな事はなかった。元々彼女はベイルとの婚姻の際に自分の妹はもちろん、婚約が決まっていない令嬢たちを全員要求する程だったのだ。そんな事で動揺するわけが無かった。
「素敵!」
「え?」
「わかるわ。だってベイルってもう人間なのに人間の枠を圧倒的に超えているもの。私も助けられた時にあまりにも強すぎて彼の子どもが欲しいって思ったのよ」
「そ、そうなんですか……?」
「もちろんよ。でも彼ったら私の身体と生まれて来る赤ちゃんを心配して全然手を出して来なかったから私がずっと襲っていたんだけど」
「わかります。私なんて何度も裸で抱き着いても全然反応示してくれなくて……」
「――いや、盛り上がっているところ悪いんだが、2人ともベイル君の心配してないのか?」
ウォーレンにそう言われて2人は驚いた顔をしていた。
「お父様ったら、何を言ってるの?」
「いや、こっちはかなりまともな事を言っているつもりなんだが――」
「ベイルに必要なのはあったかい布団と性欲を満たすメスであって、戦闘における援助じゃないわ」
そうはっきりと言った自分の娘に色々と言いたい気持ちと同時に眩暈がする。
あれから3年。自分の娘があのベイルと結婚を未だに本気で考えていると思うと流石に何かを思わずにいられない。
「だが、今の彼は捕まっているのだぞ。それもよりにもよってあのオービスだ。あの男ならば確実に処刑を行うだろう」
「その事なのですが、陛下。ずっと疑問だったのですかあの愚弟は一体どこでメレディス嬢を確保したのでしょうかね?」
ユーグの言葉にハッとなったウォーレン。
「あの、私が保護されたのはエクランド邸の地下です。その時、初めての客を取ったのですがどうしても受け入れられなくて……その、その相手に粗相をしてしまって」
「……えっと、どういうことかな? もし差し支えが無ければ教えてもらいたいんだけど」
メルはユーグに従い、自分と同じ考えを持っているシャロンがいた事もあって自分が客を取る事になったが粗相をした事。地下に囚われている間にみんないなくなっていた事を説明する。本当にそれだけしか言わなかったがそこでメルはふと思った。
「どうしたの?」
「いえ、実は少し不思議な事がありまして。父の死体の件はよくわからなかったのですが、何故ベイル様はブロンを見捨てる時に堂々と「死んだ人間の身体を壊した」と言っていたのですが……」
「……君の父親――トーマス氏の死体を発見した際に壊されていたんだよね。多分その事を――」
そこで言葉を切ったユーグにある推測が過った。
(もし仮に、ベイルがメレディス嬢に対する仕打ちを知っていたら……)
「どうしたんだ、ユーグ」
ハンフリーに声をかけられたユーグは嫌な予感をしつつメルに声をかける。
「メレディス嬢。君が知っている事で教えて欲しいんだけど、オービス・エクランドは子どもを殺すような快楽主義者だったりするのかい?」
「いえ、そういうわけではないはずです。でも、子どもなら1人、私の養父と母の間にできていた子どもがオービスの手で殺されています」
「……ユーグお義兄様、ベイルはあの決闘中に記憶が無いと言っていたのだけど」
「…………まさか、いや、あり得ない。でも……あり得そうだ」
「すまない、ユーグ君。できれば簡単に説明してもらえると助かるのだが」
ウォーレンに言われてユーグは簡単に説明した。
「エクランド領が襲撃された日、魔族はすぐにエクランド邸を確保しませんでした。その時に何らかのトラブルでそれどころじゃないというのが我々の見解です。ですがもし、そのトラブルの原因がベイルで斧剣以外のジーマノイドを撃破していたとかで、たまたま訪れたところがエクランド邸で、そこで代々のエクランド家の闇をベイルが知り、その中で子どもを殺したなどと記録があったらどうしますか?」
「いや、それはあまりにも出来過ぎている。それにあの屋敷でもかなりの数の書物があるんだぞ。その記録だけをダイレクトに――」
「異空庫」
シャロンがそう言った事でユーグの推理に抗議したハンフリーも気付いた。
「さらに言えばベイルは闇魔法を自在に操る事ができます。まぁ、言わば文字通りワンマンアーミーもできなくはない、と」
「回収だけして後から読んで実情知って暴走……」
「ベイルは彼女の事も気に入っているし、彼女がされた仕打ちを知って暴走したとか?」
そんな会話をしている中、誰かがドアを殴るように叩いた。突然の事で驚いたが、ウォーレンがシャロンとメレディスをドアから離すと同時に戦闘態勢を取ったユーグがドアを開ける。そこにはオービスが部下を引き連れていた。
「ごきげんよう、諸君。そしてやはりここにいたのか、メレディス」
「何故ここに現れた?」
「なぁに。私は自分の妹を回収しに来ただけに過ぎんよ」
部下に指示を出してメレディスを回収しようとする部下たちを一瞬で倒したユーグ。
「おやおや、君は自分の立場がわかっているのかね?」
「いやいや、そちらこそわかってます? あなたが余計なことをするだけで無駄に被害が広がるんです。あと、彼女に関してはこちらで預かるので下がってください」
「ほう。随分と言うじゃないか若造」
「無駄に歳を取っただけの豚にそんな事を言われてもね。努力が足りないとしか言えませんね」
相手は大公家。しかしユーグの方には王や姫と言った格上の存在がいる。
「バックに王や姫が付いているからと、随分と粋がるじゃねえか」
「え? 別に関係無いですけど」
「……何?」
「やだなぁ。あなた、我々ヒドゥーブル家の絶対的特性を理解していませんね。王や姫がいるのは本当に偶然。暴れたい時には暴れるし犯したい時は犯す。邪魔するものは例え強者でもぶち殺す。それだけですよ」
「随分と野蛮な思考だなぁ、おい!」
「あんたの弟と大して変わらないと思うけどね」
その発言にイラついたのか憤るオービス。その姿を見てユーグは思わず笑いそうになる。
「調子に乗っているのもいられるのも今の内だぞ、小僧。お前は貴族社会を舐めている。自分の大事なものに手を出されたくなければ大人しく――」
その瞬間、ユーグは笑顔でオービスの玉を蹴り上げた。完全に突然過ぎて理解が追い付かない全員。あまりの痛みに悶えるオービスの髪を掴んで持ち上げたユーグは日頃からは考えられない様子を見せた。
「おい豚、今なんつった?」
「え、いや――」
「何て言ったのかって聞いてんだよ、こっちは。返事ぐらいしろや、ええ?」
まだ笑顔だが明らかに目は笑ってない。それどころか今にもオービスを殺さんとばかりに睨みつけているその様に全員がドン引きしていた。
慌てて部下がユーグを潰そうとするが、その前に部下たちが地面に這いつくばる。重力魔法に囚われたようだ。
「な、何を――」
「どうせベイルがお前を殺すんだろうなって思って我慢してやったが、根本的な教育ってのが必要らしいなぁ? ええ?」
「ゆ、ユーグ君! 落ち着きたまえ、流石にここで彼を始末するのは色々と――」
「急にどうしました、陛下? 騒ぐ奴は全員殺せば良い。違いますか? ましてや貴族と称しながら戦えないブタに用は無いんですよね、こっちは。政治があるから、なんてのはただの言い訳。ましてやお前みたいな豚は何の価値も無い。何を企んでいるのか知らねえが目障りだ。ひき肉にしてやろう」
「ま、待て! わかっているのか! この私に手を出せば――」
「だから、俺の邪魔をする奴は全員消せば良い。言葉の意味がわかるか、豚? 俺にとっちゃ貴族というモノは名前だけのカスでしかない。特にお前みたいな何かを考えてそうな豚は今すぐにも殺すことが吉だ」
とんでもない事を平然と言うユーグに周りは動揺している。
「は、早くこいつをどうにかしろ! このままじゃ私が殺される!」
「…………はぁ、止めた」
オービスを解放したユーグ。突然の事に周りは動揺するが、従者を睨みつけてからオービスを蹴って外に出した。
「貴様ァ! 絶対に許さないから――」
そう言ったオービスの顔に向けって飛び蹴りを放ったユーグ。それで意識を刈り取られたオービスは身体を起こしてどこかに連れて行かれた。
「…………あの、えっと」
「あ、大丈夫? 怖かったよねぇ。あんな常識を知らないクソ豚野郎がいるとか引くよ」
さっきまでの殺意全開のユーグはどこに行ったのか、不気味な程大人しくなる。
「あ、あの……」
「良い事教えてあげるわ、メレディス。ヒドゥーブル家って新興貴族で本来肩身を狭い思いをしているはずなんだけど、配偶者や家族が絡んだ場合は豹変するのよ」
「えぇ……」
ウォーレンがゆっくりとハンフリーの方に移動して尋ねる。
「良かったな、ハンフリー。お前の妹は絶対に無事だぞ」
「…………ああ」
だがハンフリーはなんとも言えない顔をしている。
「どうしたんだ?」
「いや、ちょっとな……」
無性に嫌な予感がするハンフリー。
そんな中、1人の兵士が執務室に顔を出す。そこで彼はこう言った。ベイルの処刑が明日に決まった、と。
その頃、王国軍の修練場では人外同士の戦いが行われている。最初ラルドと一緒に現れた制服姿の男子生徒――ギーザスを見て何人かが囃し立てたが、見事に全員が黙った。
そもそもラルドと生身で戦うというのはかなり難易度が高い行為だ。しかも学園生となればよほどの才能を持っていないとなれるわけが無いのは流石にわかっていたが、ラルドがある程度の余裕があるとはいえここまで激しい戦いをする事は早々無い。
そんなレベルが違い過ぎる戦いを見ながらアメリアはため息を吐いた。
「どうしたんですか、アメリアさん」
アメリアの取り巻きの1人で新生バルバッサ公爵領にて冒険者ギルドを営んでいるヒューリット伯爵家の令嬢のエステル・ヒューリットが尋ねる。
「ちょっとサイラス殿下の事が気になってね。本当、何をしているんだか」
「あー、もしかしてあの噂、アメリアも聞いたんや」
エステルの反対側に座り、アメリアの親友でありエーディア侯爵家の令嬢のジェシカが尋ねた事にアメリアが頷く。
彼女たちは4か月前に脱退したが冒険者として活躍しており、全員がCランクの冒険者だった。今は学園、卒業後は社交界として他の令嬢や夫人を纏める事になる為に引退しているが腕にそこそこ自信があった。
「でも信じられないよねぇ。まさかウチらの婚約者に手を出している令嬢がいるって」
「え? それって問題なのでは?」
「問題よ。大問題。下手すればその令嬢が処分されるのに」
なんてジェシカは冗談のように言うが、正直なところ冗談になっていない。今はまだ止めればなんとかなるかもしれないが、場合によってはとんでもない政争に発展する。だが今はシャロンが半ば無理矢理連れて来た事もあってその状況に持っていけていなかった。
特に話題に出ている令嬢は今、サイラスやブルーノ以外にもあと3人に手を出しているという話だ。しかもその婚約者が公候爵の令嬢なのだから一家全滅させるなど容易い。特に噂ではイザベルの婚約者であり王国軍の元帥「フレデリック・イーストン」のご子息である「ピーター・イーストン」にも手を出しているというのだから恐ろしい。下手すれば国を二分にするような行為とも言える。
(……あの人はそれをわかっているの?)
正直なところ、アメリアとサイラスは上手くいっていない。いや、ジェシカとブルーノもそこまで上手くいっているわけではなかったが、それでも貴族同士の婚礼というのは恋愛感情でどうにかなるものでもないのだ。そんな事で付き合いが続くというのであれば、アメリアも今すぐ何もかも潰したいと考えてしまう。
「とにかく、学園に戻ったら注意しないと」
「……まぁ、すべてはベイル君の件次第よね。それに関してはもう決まったようなものだと思うけど」
「そうですか? 流石に彼が大人しく処刑されるとは思わないですが」
「あ、そっちに関しては大丈夫よ」
ジェシカがあっけらかんに答える。
「うん。それに関しては大丈夫」
「あ、アメリアさん?」
「だってベイルだもの。むしろそれに関して計算した上でこっちに来ているから。だからエステル、あなたは絶対に王宮から出るとか馬鹿な事をしないで。ここ程安全な場所は無いから」
と自信満々に言い切るアメリア。そんな彼女を見てジェシカは内心思った。
(ここ程、というよりもあなたの近く以上に安全な場所なんて無いんやけどね。アメリアは勘違いしてそうだけど)
そんな様子をイザベルとルーチェは少し離れて見ているが、ルーチェはその戦力差に愕然。およそジーマノイドが戦闘で起こす衝撃を生身で出している2人を見て眩暈を起こしていた。
王都には2つの区分が存在する。1つは城下町。元々王都に存在していた箇所で、主に平民たちが暮らすエリアとなる。そしてその城下町を1枚の城壁を遮って生み出された貴族たちが住まう場所が貴族街となっており、男爵以上の爵位を持つ者たちが資金次第で家を買う事ができる。ユーグ・ヒドゥーブルも妻と共に暮らしているのもここだったりする。
貴族街と城下町を区切る城壁は3か所から出入りが可能となっており、1つは西側、その反対に東側、最後に城下町側。南側では無いのは貴族街と城下町では区切るため、とも言われているが実際はわからない。
その城下町側の前にはギロチンが設置されている。これから大公家の英雄ブロンを見捨てたベイルを処刑する為に用意されたものだ。設置された看板には処刑の予定時刻は午後0時と記載されていた。
「ベイルって、あの幼い英雄?」
「何でも名前を騙って好き勝手していたって話らしいよ」
「というか、英雄を見捨てるって何様?」
そんな会話が民たちの間で行われている。城壁の上からは貴族たちが特等席と言わんばかりに登っており、見学していた。彼らのほとんどがエクランド派閥に属しているのだ。中にはジャックとの1件で大怪我をさせられた親もおり、今か今かと待ち続けている。
そこから少し離れて、ある一団がスタンバイしていた。
『本当にやるのですか、殿下』
秘匿回線を開いてブルーノが声をかける。
「当然だ。あの男に恩を売るのも悪くは無いのでな。嫌ならついて来なくていい」
『いえ、そうではありませんよ。わざわざリディアを悲しませてまで、と思いましてね』
「彼女にはわからないだろうが、私はあの男に借りがたくさんある。それにどうやら記憶が無い様だから今の内に借りを作ってやるのも良いだろう。戻ったとしても1つは返した事になるからな」
自信満々に言うサイラスにブルーノは内心呆れている。とはいえ彼はサイラスの従者で右腕。それにある意味サイラスの言っている事は間違いではないから完全に反対する気は無かった。
そんな中、学園から出発した馬車が処刑台に近付いて来る。そこから出て来た長い白銀の髪をした男――ベイルを見て一部の冒険者たちは盛り上がった。主に女絡みでベイルとギーザスに絞められた者たちである。
「貴族を怒らせるとはざまぁねえぜ!」
「そのままおっちんじまえよ!」
そんな柄の悪い罵声を聞いていたベイルは反応を示さない。今の彼には魔力の活性を封じる枷をいくつも施されているようで上手く動けず、かと言ってそれが考慮されるわけでもないので無理矢理処刑台に固定され、オービスの手の者が罪状を述べていく。
・1つ、空いている屋敷に潜り込み、書籍や資金を始め、価値がある様々なものを奪っていた
・1つ、助けた事を理由に大公家の令嬢を手籠めにし、自分の嫁になるように調教・洗脳を施した
・1つ、その妨害をした令嬢の兄「ブロン・エクランド」が邪魔になった事で罠に嵌め、殺そうとしたがしぶとく生きていたのでモンスターを使って消した
・貴族に逆らい、決闘騒ぎに発展させていたぶった
などなど、本来ならば平民ができないことをつらつらと述べていく。それを話半分で聞いていたベイルは欠伸をしていた。
「罪人、ベイルよ。これに関して何か申し開きはあるか?」
そう尋ねられてしばらく空を眺めていたベイルは思う。
「申し開きは無いけど、実はずっと会いたい人がいたんだよ」
「……会いたい人?」
「うん。幼き英雄、ベイル・ヒドゥーブル」
意外な相手に会いたいと聞いて驚く周囲。事情を知っている者は全員思った。それは無理なんじゃないかと。
「な、何故かな?」
「だって戦ってみたいじゃん。10歳でドラゴン倒したりとか魔王と戦っているなんて気になるからさ」
そんな事を言うベイルに使者は鼻で笑う。
「そうか。だが残念ながらお前はもうここで死ぬんだ」
使者が手を上げた後、ベイルが何も言わない事を良い事に合図を送る。執行人は無慈悲にギロチンを固定している紐を切って落とした。
ギロチンがその重さを利用して落下していき、ベイルの首にぶつかった。
観客がまず最初に思ったのが疑問だった。
通常、ギロチンに掛けられた場合はその重さで首を切断して頭部が転がる。だがベイルにかけられたギロチンはベイルにぶつかると同時にまるで鐘を突いた時のような音が響き渡り、そこで止まった。
「……いや、何で……」
使者もあまりの事に理解が追い付かない。だがベイルは今ので色々と察してため息を吐いた。
「あー、やっぱりこうなったかぁ」
そんなベイルは力を入れると拘束具が吹き飛び、その破片が周囲に飛んだ。固定台がもはやその意味を成さず、あられのない形で鎮座している。そんな事にもはや興味を持っていないベイルは空中から薬を出して一気飲みして後ろに捨てたがある高さに到達すると現れた時と同じように消えた。
「さてと、さっきの罪状の件だが、実はあの中で俺がした事で唯一合致しているのは最初だけだ。俺はこれでも本が好きでな、戦火如きで失われるのは後味が悪い。だから保護した。あの場に放置されていた恐らく領土の運営資金と思われる物も保管しているし、ジーマノイド関係のパーツや設計図もすべてもらった。なんか頑張っていたがすべて俺が既に知っている事だった」
とんでもない事を言い放ったベイルだが、周りが騒ぐのを無視して続きを言う。
「次に大公家の令嬢を保護した件だが、そもそも発見当時は地下にある監禁部屋に裸で放置されていたので最初から返すつもりは無かった。でもこれでも一応抱いてはいない。不能じゃないし、何だったら性欲は人の100倍はあるから大型犬が懐いているとか妄想しながら襲わないように自重していたし、今後も彼女の意思をできるだけ尊重するつもりだ」
もっとも現在進行形でその意思は全く尊重できていないが、それに関しては今後色々と考えているところである。
「それとその令嬢の兄貴を見殺しにした件だが、そもそも仕掛けて来たのは向こうだし、俺は女の子が大好きだし男は趣味じゃないし、たかが黒人狼如きに両足を骨折しているからと逃げられなかったのは自業自得。そもそもあの男は素直に降伏してやれば見逃してやったのを、逃げ出した仲間を捨ててそいつを轢き殺しているんだから生かす価値はねえんだよ。ましてや英雄を僭称している割には大したことが無い向こうが悪い!」
断言したベイルに対してオービスが何かを言おうとする前に予想以上に大きな声で続きを言ったベイルに怯んだ。
「それと最後に言っておくがな、人間共! お前らいい加減に自覚しろや! 人間ってのは人類種最弱なんだよ! その癖に技術力が魔族に劣っているとかギャグか? 何なんだよあのジーマノイドは! 特に貴族共! お前ら金持ちの家に生まれたってだけで戦闘能力雑魚過ぎなんだよ! 存在そのものに反省して死ぬ思いで努力しろや! 特にそこのデブ!」
オービスに対して指を差したベイル。一体なんだと思った瞬間、とんでもない事を言った。
「元はと言えばお前の親父が猿な上にキチガイだったから逃げられるんだろうが! それを権力に固執するあまりに余計な死人を出しやがって! しかもテメェの妹が王太子如きの婚約者になれなかったからってその罰で2歳の子どもを親とその妹の目の前で首を落とすとか頭湧きすぎだろうが! そんな奴に例えどれだけお前ら弱者基準で尊かろうが絶対に渡さねえからな!!」
「ふ、ふざけた事を抜かすな! そんな証拠、一体どこに――」
ベイルが指を鳴らすとある物が空から降り始める。その一冊がオービスの前に落ちて来たのを見て顔面蒼白。
「見晒せ雑魚共! これがオービス・エクランドが綴った変態志向日誌だ! とくと読み上がれ!」
そう言ったベイルはどこからともなくそのコピー本を大量にばら撒いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつもお読みいただき、また応援ありがとうございます。
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そしてとうとう、ベイル君はとんでもない事をしてくれました。こんなのリアルでやったら即処刑案件ですよ。
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