#25 わるだくみ

 この世界には、従家という特殊な家が存在する。いわばそれは貴族たちに仕える従者としての専門的な教育を受けさせることができる特別な貴族家でもあった。もっとも敷居は受験に関しては平民に対して大きく門を開いている。しかし、要求技量は果てしなく深い物となっていた。

 相当としては準男爵、あるいは騎士爵と少なくとも男爵よりかは下の位になるだろう。だがそれは一定の爵位としての基準であり、その家々ではその称号を持つだけでもかなりの信頼を置かれるのだ。

 そしてヒドゥーブル家に仕えるセバスティアン家もまた、長女のマノンもまた試験に合格しており、従者としての技量を証明している。


 マノン・セバスティアンは元々ベイル・ヒドゥーブルの専属従者だった。だが色々あって今ではシルヴィアの専属従者。今日は王都で従家の会合があったのである人物と共に出席していたのだが彼女とは別れ、王都の冒険者ギルドに戻り彼女たちのパーティメンバーが借りている部屋に移動する。


「マノン・セバスティアン。ただいま戻りました……どなたですか、彼女は?」

「ちょうど良かったわ、マノン。あなたもこの女を拷問するの手伝いなさい」

「カリン様。私はシルヴィア様の従者であってあなたの従者ではありません。大体、拷問とは随分と穏やかではないじゃないですか。一体何をしたんですか?」


 それを聞いていたカリンは待ってましたと言わんばかりに堂々と宣言する。


「この女、ベイルと一緒に寝ていたのよ」

「…………そういえば以前、シャロン殿下はベイル様の偽者に対して強酸なるものを飛ばしたって言ってましたね」


 メルの顔は次第に青くなっていく。

 どうしたものかと考えるメル。彼女が周囲に対して弁明しないのにはいくつかの理由があった。

 まず自分の正体がバレた場合、彼女たちがどのような行動に出るかわからない。ベイルに対して興味を持っているがそれが裏切りだった場合……彼女には何故か返り討ちにした挙句にいくつもの家が崩壊。そして奪った屋敷で敵対した彼女たちを自分好みの女に調教する姿が想像できた。もっとも、この3人の内2人はそんな事を望まれたら喜んで行うだろうが。

 言わなければ自分の身が危ない。しかし言ってしまって相手諸共自分もその相手をさせられる事になったらと考えるメルだが、むしろ彼女は後者の方が魅力的に感じ始めていた。

 その時、ドアがノックされたのでカリンが返答しきる前にドアが開かれる。


「えっと、どういう状況?」


 メルは椅子に座らされて拘束されている上、ベイルからしてみれば知らない少女が3人で自分の知り合いを囲っているように見えた。

 ベイルは少しの間、思考を巡らす。だが実際はこの3人の中で一番胸が小さいカリンを見て顔を背けた後に我慢できずに彼女の肩をそれぞれの手で掴んで言った。


「大丈夫。君の成長はこれからだし、君は別に胸が大きくならなくても十分魅力的だと思う。後は戦闘能力が高くてイケメンで甲斐性がある男を見つければ良いだけだ」

「…………」


 カリンは突然言われた事に理解が及ばなかった。というよりも、まさか自分の好きな人にまるで拒絶されるような言い方をされた事が何よりも悔しかった。


(……って、目の前にそれがいるんだけど!?)


 よくよく見てもベイルはイケメンの部類に入る。なにより戦闘能力に関してはジーマノイドを個人所有するのは当然の事だが、現代において最高峰の魔法使いと言われる事はもちろん、戦闘能力は少なくともAランクに匹敵する程の持ち主。甲斐性は平民基準はもちろん、無駄に贅沢をしなければ普通に暮らしていけるだろう。

 そんな相手が自分よりもスタイルが整っている女性と一緒にいれば気になるし、グレーすぎるがこのような手段に出るのは当然だった。


「ねぇ、ベイル。久々に会ったのにちょっと酷すぎない?」


 そしてカリンは意を決してようやくそう言うと、ベイルは変な顔をする。少しの間言葉に詰まっていた。


「もしかして、俺の知り合い?」

「どういうこと?」


 流石に静観していたシルヴィアも話に入って来た。まさか自分の兄がカリンを忘れる、なんてことをするとは思わなかったがどうにもおかしい。


「実は俺、記憶が無いんだ。大体3年くらい前から」


 その言葉に3人は驚く。だが同時にも合点がいったようでもあり、カリンは素早く思考する。


「そう。わかったわ」


 カリンの中である答えが出た。そしてベイルに抱き着く。

 突然過ぎる行為にベイルは驚くが、カリンの心臓もバクバクだった。そしてそれを見てメルは完全に固まっている。


「ベイル、一緒に寝ましょう」

「嫌だ!」


 秒で断ったベイルにカリンは本気でしょんぼりする。だがベイルもこれに関しては言い分があった。


「済まない。最近色々とあったから思わず拒否した」

「……へぇ。やっぱりベイルは胸の大きさで良し悪しを判断するんだ」

「いや、胸の大きさはステータスの一部だろ。そりゃあある程度ある方が男受けがいいかもしれないし成長しなければそれはそれで女性ホルモンのバランスが悪いから治療する必要があるかもしれないが、それは今はどうでも良いとして女の子が安易に男と一緒に寝るとか言ったらダメだ。ちゃんと相手を選ばないと」

「でもベイルは――」

「正直俺は人類で一番選んじゃいけない部類だと思ってる」


 その言葉にカリンは一層強くベイルを抱きしめた。その様子を見て流石にベイルも敵対行動とは思わずため息を吐く。


「いや、そんな目で見られても一緒に寝ないからね?」

「でも一緒に寝たいって思ってるでしょ?」


 シルヴィアに話を振られたベイルは思わず返答した。


「そりゃあもちろん……あ」


 今度はカリンはニヤニヤする。それほどベイルに「一緒に寝たい」と言われて嬉しいようだ。


「あー、今の無し。間違い」

「今更そうやって否定されても取り繕っているようにしか見えないけど?」

「勘弁してくれ。ただでさえ色々と魅力的な女の子が多すぎてそれどころじゃないんだ。だからその、離してくれると嬉しい」

「嫌! もう絶対にベイルから離れない! あなたが私と結婚するって言うまで離れない!」


 そんな騒ぎに発展していた時、ドアがノックされる。全員がそっちを向くと気まずそうな顔をするギーザスがいる。ベイルは天の助けと言わんばかりにギーザスを見るが、彼は今すぐにでもここから去りたいようだ。


「ちょっと寮の部屋について注意事項があるってギルドマスターに言われたんだけど、お取込み中のようで悪いな」

「いや、大丈夫! 問題無いから!」

「一応おっぱじめるから夜になるって言っとくわ。それとベイル、やるならドアを閉めろ」

「やらねえよ! 子どもできても責任取れないんだから!」

「まぁ、そう言う事にしておくわ」

「ちょ、本気で助けて! こっちは記憶喪失でどういう状況かわからないから今の状況は理性が蒸発してマジで妊娠ルート行きそうだから回避したい!」

「いやいや、そこは男としてもう覚悟を決めるしかないと思……言っておくけどカリン嬢は13歳だからな?」

「だからなおのことをアウトなんだよ!」


 本気で懇願する感じのベイル。このままでは色々と差し支えると思ってカリンに交渉してなんとかベイルを解放したもらった。




 ギーザスは本音を言うと、ベイルは自分がしたい事を遠慮なくして周りの事を考慮しない、極悪非道の悪魔というイメージがあった。女関係に対してもだらしなく、気に入った女を片っ端から手を出すようなそんな奴だ、と。

 だが実際は女関係にはしっかりしているらしい。特にカリンに手を出さないのは評価が高い。実力がある冒険者が女日照りだった場合は新人に手を出そうとすることも少なくなかったりする。だからこそ娼館に対する融通があるのだが。


「もしかして、カリン嬢みたいなツルペタに興味が無いとか?」


 とギーザスは失礼ではあるが今後の対策の為に聞いてみた。ちなみにカリンに対しては誠心誠意謝って正直に話すつもりだった。

 冒険者ギルドは入り口から中に入ると正面にカウンターと依頼リストが張られており、その隣にはパーティが借りられる会議室とギルドマスターの部屋に続く2階への階段が設置されている。そして2階の一部が吹き抜けとなっており、火事や襲撃などの状況以外ではショートカット禁止になっているのだが、そちらに向かってベイルがギーザスを殴り飛ばした。

 カリンは怒るよりも先に殴り飛ばされたギーザスを見て驚いた。


「あ、ベイ――」


 翼を生やしたベイルが吹き抜けに移動して四肢を余す事無くひたすら暴力に使い攻撃を加えた後に必殺の一撃を放つ為に少し下がる。すると突然ギーザスが空間に縛られた。


「ベイル止めなさい!」


 そう叫ぶカリンだがベイルは一切聞き耳を持ってない。ギーザスを殺そうとしている。


「エクスキューションス――」

「カリン、ごめん」


 マノンがカリンの前に移動するとシルヴィアがカリンの服の一部を「ポンッ」という小気味いい音と共に変化させた。それは所謂彼T――彼氏のブカブカすぎるTシャツを着た姿になった。胸もハッキリと乳輪が見えるギリギリまではだけさせており、足はふとももまで見えている。

 ちなみにこの小気味いい音によってベイルは反応し、今のカリンの姿を直視。それによってベイルは盛大に鼻血を噴いて落下。その量は凄まじく何人かにかかったので攻撃しようとしたが黒い影が防いでいた。そしてギーザスはなんとか着地していた。

 そんな事もあり、ギルドマスターは盛大にため息を漏らした後に立ちあがった。


「愚息が本当に申し訳ない事をした」

「本当にごめんなさい」

「いや、その、大丈夫。こっちこそありがとう」


 当のカリンは少し満足気味。というのもベイルの記憶喪失によって自分を捨てるのではないかと思っていたのだが、あそこまでしてくれるなんて思わなかった。彼女としても実際その姿を見たのはベイルだけで、そのベイルがあそこまで興奮して攻撃をキャンセルして気絶までしたのだから内心金を払いたいぐらいだ。そしてそのベイルはよほど体力を消耗したのか座っている。


「それで、俺たちに何の用だ。ギルドマスター」

「あー、お前とメルに重要な話があってな」


 一拍置いたギルドマスターはベイルとメルが座っているローテーブルの方に移動して早速説明する。


「まず寮の話だ。基本的に入寮は大した制限は無い。冒険者は格安で利用する事が可能だ。退寮の際は清掃代+入寮期間数としていくらかの代金を置いて行ってもらう事になっている。また、入寮後任務外で行方不明になった場合はともかく、任務期限が過ぎても帰って来ない場合は状況確認の為に捜索隊を派遣。所在が判明後冒険者を引退する場合は部屋は強制的に部屋を引き払う事になっている。荷物はある期間中は保管されることになるが、死亡を確認された場合は登録されている住所に送還、またはギルドの所有物とする。まぁ、ギルドでも色々やりくりするからってのもあるが、死体は基本的に持ち帰れない程のが多いし、中には家庭環境が劣悪すぎて「そんなものはいらん」と断られる事が多いからな。その場合は無理に渡さずに拒否された年月日を入れて保管。数年後に破棄もしくは他に回すってのが通例だ」

「随分と寛大な処置だな」

「昔にその事で問題が発生してな。しばらくの間は置いておくことにした。と言っても3年前の襲撃でかなり焼けたが」


 少し気まずそうにしているギルドマスターを見て何度も言えない顔をするベイル。


「まぁ、それは良い。そもそも魔族との戦争自体廃れていたからな。警戒していなかったのもある。ちなみに退寮代に関しては積み立て式もある。任務の報酬から一部引いて積み立てる事も可能だ。もっともこれに関しては嬢ちゃんに向けての話でお前さんに関しては問題無いだろう」

「? 何で?」

「お前さんが渡した素材がかなりランクが高いモンスターが多くてな。一体どこであんなものを狩って来た?」

「あー、ダンジョンブレイが起きていたから全てのモンスターを狩り尽くしただけだよ。場所は正直わからん」


 あっさりと言ったベイルにギルドマスターは驚いている。


「……あ、うん。そうか。っていうかこの子に対しては――」

「あ、私は一切狩ってません」

「……そっか」


 その話を終わった後に咳ばらいをしてギルドマスターは2人に提案する。


「さてと、これは君たちのような若者に要請しているがな――学園に通わないか?」




 あれから翌日。ギルドマスターは王城に向かう。

 基本的に冒険者ギルドと王宮の癒着は法律でも禁止されている。貴族も冒険者に対して威圧的な態度をとって機嫌を損ねる事も禁止されている。だがもしこれが国にとって危機的状況が起きるというのであれば話が変わる。

 貴族も冒険者も基本的に国や民を守る思いは同じであり、情報共有は非常時であれば認められていた。それに今回の件はとても冒険者ギルドでどうにかできるわけではない。

 ギルドマスターが案内された部屋には国王であるウォーレン・ホーグラウス、宰相のハンフリー・セルヴァ、今では王国軍に所属し、部隊を指揮する立場にもなった将軍ラルド・ヒドゥーブル。称号だけを見るならば豪華すぎる面々にたじろくだろうが、ギルドマスターに関しても決して負けているわけではないが貴族でない事は変わりない。

 彼らは1つのテーブルを囲っており、ギルドマスターは自分の友人の隣に座った。


「久しぶりだな、ジム」


 そう声をかけたのはラルドだった。ギルドマスター――ジムはそんなラルドに対してなんとも言えない顔をする。


「ええ、将軍におかれましては――」


 ジムはあくまで平民。それもあって友人とはいえラルドに対して丁寧に返すがラルドは本気で嫌がる。


「止めてくれジム。本気で鳥肌立った」

「お前が貴族になるからだろうが!」


 筋骨隆々な2人が近付くと途端に暑苦しくなる。それを見てウォーレンがため息を吐いた。


「旧友に遭えたのは嬉しいのはわかるが、済まないが本題に入ってくれ。これでも色々と忙しくてね」

「も、申し訳ございません」


 2人は一度礼をした後にジムは言われた通り説明を始める。


「今回、この席を設けさせていただいたのはとある2人が冒険者として登録したので報告しに来ました。ただ問題がありまして」

「問題とはな。一体どんなことか?」


 ジムはある2人の写真を出す。それを見ていち早く反応を示したのはラルドだった。


「まさか、ベイルなのか?」

「何だと!?」


 ウォーレンも驚きを隠せないようだ。まさか自分の義理の息子(予定)がこんなタイミングで現れるなんて思っても見なかっただろう。


「彼に関しては素行はともかく実力は本物。本人はEランクを希望していましたが実力を考えてもAランクが妥当なので、とりあえずはCランクにしています。そしてどうやら彼はダンジョンブレイクをたった1人で終わらせているそうです」


 ダンジョンブレイク。ベイルは簡単に言っていたがこれは本来簡単にどうこうできるものではない。スタンピードの発生もあり得ない話ではない規模にもなる。実際、過去に小さな村が滅ぶことなんてない話では無いのだ。

 そんな状況を簡単に解決できる人間なんてそれこそSランク相当と言える行為でもあった。


「まぁ、それはな……」


 ウォーレンもそれに関しては完全に同意している。そもそも災害級魔法を平然と撃てる上、やったことがやったことなので初っ端Sランクでも何の問題でも無いと思う程だ。


「問題は、例の大公の弟殺しに関わっているのではないのか、という事です」


 その話題になり、全員に緊張が入る。

 正直なところ、彼らもその弟に関してはあまり良い噂は聞かない。実力は本物のようで一度ウォーレンもラルドと戦わせてみたかったが結局叶わなかった。だからこそ死亡報告を聞いた時は流石のウォーレンも驚いているのだが、もしそれにベイルが関わっているとなれば話は別だ。


「確かに息子からダンジョンブレイクがあったかもしれない事は聞いている。まさか彼に関わった事で始末されたのか?」

「……そこでもう1つ報告があります」


 ジムが重苦しい表情で3人に伝える。


「ベイルですが、おそらく記憶を失っています」


 それを聞いてウォーレンは固まった。


「まさか、あり得るのか?」

「昨日、シルヴィアと一緒にいましたが特に兄妹としての会話をしていないみたいですし、それに関しては本当かと。もっと言えば貴族に対して明らかに嫌悪感を抱いています」

「「貴族出身なのに⁉」」


 思わずウォーレンとハンフリーが突っ込みを入れた。


「……まぁ、元々アイツは貴族が戦えない時点で嘲笑するような奴でしたしね」

「言っておくが当時10歳でドラゴンと戦って生き残っている事自体が色々とおかしいんだからな!」

「それは流石に……まぁ私も10歳でドラゴンを潰して来いって言われたら無理ですが」

「あと、昨日先に学園に入学する事も打診しました。シャロン殿下の件もあったので彼女のストレスの緩和になると思ったのですが、ベイルははっきりと拒否されました」


 シャロンは現在、1年生ながら生徒会長としての仕事をこなしていた。彼女がそうしているのは彼女が王族であり、いずれ世界を動かす1人だからという理由に過ぎない。ベイルの存在でこれまでの態度は一変し、ベイルが生きていた事を証明していたので滅多に死ぬことは無いと待ち続けていたがその代償が激務だった。さらにベイルのアドバイスで製薬などの知識もあるため、ストレスのあまり危険思想に陥る可能性もあった。もしこれでベイルが入学して生徒会に入れればシャロンが生徒会脱退するまでストレス緩和できると見ていたがこれも拒否。

 大体の人間ならば卒業すれば王国軍や各領土の従士として採用される。だがベイルがそんな事に興味があるかと言われれば全くなく、むしろある程度の財が溜まれば1人別の土地に行って平穏に暮らすつもりなのだから始末が悪い。


「さらに厄介なのは女連れ、という事でしょうね。しかも彼女は平民ときた」

「ちなみに女の方はベイルにべったりです。昨日なんて一緒の部屋が良いと言って来たぐらいですからね」

「全く困った息子だ。一体どれだけの女を落とすのかと突っ込みたい」

「…………」


 ハンフリーを含め男たちがそんな事を言っている中、ウォーレンがメルの写真を見て唸る。それに気付いたハンフリーが尋ねた。


「どうしましたか?」

「いや、その子にどこか見覚えがあってな」

「……その事なのですが、ラルド、トーマスの事を覚えているか?」


 唐突にジムがラルドに話を振る。ラルドは少しの間「トーマス」という単語に悩むが、ある事を思い出した。


「思い出した。あの時程苦い思いをした事は無かったからな」

「ん? 誰だそれは」


 流石に興味を持ったのかウォーレンが尋ねるとジムは話をし始めた。


「我々にはかつてとても変わった友人がいました」


 その始まりにウォーレンは「お前の友人は基本変人しかいないのか」と言いたくなったがぐっとこらえた。


「そいつは平民出身ではありましたが父親が医者だった事もあって同じ医療の道を行ったのですが、ある女性と出会い、結婚しました。その女性はかつてエクランド家のメイドをしていたのですが大公家で酷い仕打ちをされていたそうで命からがら逃げ出したそうです」

「そんな女性と結婚とはな」

「……そしてある時、その友人から1通の手紙が届いたんです。大公家の当主が娘を王太子の婚約者にするべく引き取りに来たが拒否したので保護してほしい、と」

「どういうことだ? 確かに昔、その会は開いたが……」


 イマイチピンと来ないウォーレンにジムはある写真を見せる。それは家族写真のようで1人の夫婦と思われる男女と少女が映っていた。

 それを見てウォーレンは立ち上がってすぐに棚の中を探し、あるファイルを出してページを捲って広げた。そこには写真に映っている少女と同じ顔だが少し悲しそうにしている。


「これが当時の手紙です」


 ジムが手紙を渡す。それをしばらく読んだウォーレンは苦々しい顔をしていた。


「当時のオービスは大公家を存続させようと必死だった。オービスの代で大公の爵位は取り上げられるのだからな。3年前にブロンが英雄として持ち上げられた事で一時期は収まりを見せたが、もしオービスがベイル君とブロンに関わりがあると気付いて行動を起こした場合、どうなるか」


 ウォーレンの推測に4人が思ったのはほとんど変わらなかった。


「……王都壊滅が妥当なのでは?」

「ベイルが空気を読んで空中戦を仕掛けてくれたら、レイラがバリアを張れるので何とかなるかもしれませんが……」

「いや、あの少年なら無理矢理にでも空中戦に持ち込むだろ」


 ウォーレンは本気で泣きそうになっていた。

 3年前の魔族の襲撃は本当に彼らにとって大ダメージとなっている。今は王都はもちろん、ヒドゥーブル家とバルバッサ家合同で遠征隊を組んだ。その先でも既に周囲の殲滅を測っている為、今後は王国軍との合同遠征で次々に向かう。その計画だった。だが今ではそのベイルの手でそれが破壊されようとしている。もっともベイルが王国軍にでも入ってくれればその状況は大きく変わる。そして何より、気になる事があった。


「先程彼は記憶を失っている、そう言ったな? そうなればあの少年が我々に対して敵対心を向けた場合、どうする?」

「その時は私が行きましょう」


 そう言ったのは他ならないラルドだった。だがウォーレンは本音を言うと行って欲しくない。下手すれば彼らの戦いで王都が吹き飛ぶ可能性がある。

 そろそろ50にもなろう男だが、その能力は他の若者にも劣らない。特に自分の息子との戦いとなれば思いっきり戦うだろう。そう考えると逆に不安だった。となれば懐柔策しかない。


(だがベイル君の性格上、とても懐柔策でどうにかなるとは……いや、シャロンも16歳になる。そろそろ手を出しても良いと思ってくれるはずだ)


 正直な事を言えばウォーレンもあのような粗暴な男に自分の娘を差し出すのは気が引ける。だが本人が何より望んでいる上にあそこまで夢中になってくれるのであれば問題は無い。戦闘能力に対して貞操観念は本当にしっかりしていると思う程だ。


「……そうだな。その時は将軍、貴殿に任せる。ギルドマスターも利権行為に当たるだろうが、ベイル君を学園に入学してくれるように動いてくれ」

「「わかりました」」


 戦闘面で頼りになる2人を見て安堵するウォーレンはある事に気付いた。


「……ところで、先程言っていた君たちの友人はどうなった……?」


 ジムはなんとも言えない顔をした後に小さな声で言った。


「見るも無残な姿になっていましたよ」


 それから数日後、ウォーレンの下にベイルの名前が書かれた願書が届く。その後に「ジーマノイドの矜持に参加する気満々です」と書き記された手紙が届いたのである意味ウォーレンは戦慄するのだが、それはまた別の話。




 自分の弟――ブロンが死んだ。

 そう聞かされ、死体を見てオービスは荒れた。周りには何人かの女がいて、すべてオービスに使われた後だった。


「……あの馬鹿野郎が」


 ブロンが死ぬことは完全に想定外。オービスは然るべき時を見計らってサイラスを始め現在確認されている王子をすべて亡き者にした後、自分がその地位に就くつもりだった。少なくともシャロンと一時的に手を組んで、とも考えていたがその企みもある存在に邪魔をされる。

 王族がすべていなくなれば血を重視する彼らは間違いなく自分を頼り、即位させるだろう。特に最近はブロンの活躍があったのでジーマノイドさえどうにかすればなんとかなると考えていた。しかし、しかしだ。企みはあっさりと潰えてしまった。

 もしこれが王家が自分たちの企みを知って早々に潰して来たなら完全にしてやられたと思う。しかし当時サイラスやブルーノなどにはアリバイがある。彼らが自分の企みを知って潰したとは到底思えない。

 さらに魔族に自分が治めていた領地を奪われて余計に荒んでいた。


「――これはこれは、随分と荒れておりますな」


 その言葉を聞いてオービスは振り向く。そこにはいつの間にか黒いフードを被った男がいる。


「だ、誰か! 誰かっ!」

「あー、申し訳ございませんがそれは難しいかと。既に皆さんは夢現。殺してしまおうとも思いましたが、今世間から注目が集まっているあなたの周囲を消してしまえば面倒な事になりかねないのでね」


 見ると、自分の相手をしていた女たちも眠っている。それを見て目の前にいる存在をより警戒するオービスだが、黒いフードを被った男がそのフードを取ると驚いた。何故なら彼は魔族であり、その特徴である青ともとれる肌を持っている。


「初めまして。私はカイン・カム。この度、あなた様に対して素敵な提案をしに来ました」

「提案、だと?」

「ええ。とてもとても、あなたが思う以上に素敵な提案、です」

「下らない。生憎魔族と手を組む程落ちぶれてはおらん」

「そうですか。それはとてもショックです。私はあなたに我々にホーグラウス王国の王位に就いてもらう為に来たのですが」


 その言葉にオービスが顔を上げた。


「どういうことだ?」

「弟君の不幸な死。とても残念に思います。彼がいれば王国を自由にできたというのに」

「……まさかお前たちじゃないのか?」

「いえいえ。念のために調べてきましたが違いますよ。とはいえ以前の戦争の名残があるので、もしかしたらダンジョンブレイクを起こしている、という可能性もあるかもしれません」


 それを聞いたオービスはなんとも言えない顔をする。もしそうなれば完全に事故。誰も咎められる者がいない。


(……そして今のままでは、私はトカゲの尻尾として切られる可能性もある、か)


 ブロンがいなくなった以上、現場に出て指揮を執る立場に立つ必要も出て来る。予め彼らと手を組んである程度潰し合いをした後に王都に攻める、というのも最適だと思った。


「お前たちの目的は何だ?」

「それはもちろん、魔族による安全な統治ですよ」

「何?」

「……ああ、何もあなたが上に着くのが相応しくない、ということではありません。強いて言うなれば魔王様と共に世界を統治してもらいたい、ということです」


 言われてオービスは眉を顰める。


「今、あなたには王都を攻めるだけの戦力はありますか?」

「……なるほど。つまりその戦力と資金を提供するから、征服後はお前たちの手先になれ、そう言いたいのだな?」

「ええ! そういうことです。我々としては人間たちが我々の存在を認め、理解すれば良い。実際のところそういうことなのですから!」

「良いだろう。手を組んでやる」


 オービスは差し出されたカインの手を握る。同時にカインは思った。すべてを終わらせたらこの男は始末しようと。

 だがその思考は既にオービスも読んでいる。むしろ使い潰せる存在が現れたとも思っていた。

 そこでカインはある事を思い出した。


「そうそう、オービス殿。弟さんの遺髪や身体の一部はお持ちでしょうか?」

「……遺髪なら持っているが?」

「良ければ1本いただけませんか。そうすればとても素敵なプレゼントを致しましょう」


 カインはそう言い残してそこから消える。それはまるでベイルの持つゲートのようだが、まだ一度もベイルと会った事が無いオービスにはそれはわからなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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最後の展開を考えた途端、自分が天才だと錯覚しましたが、あくまで錯覚です

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