#24 ベイルとメル
ふと、目を覚ましたベイルは身体を起こして伸びをする。隣にはさも当然のようにメレディスが寝ているが今回は服を着ていた。
ベイルたちはあの後、洞窟の中に入って目当てのモノを回収してそのまま王都に移動した。
王都の入り口ではパーソナルカードという、所謂身分証の発行が必要だと言われてその手続きに手間取った事で2人は冒険者登録を済ませずに宿屋に移動して休んだのだ。ベイルに関しては別にそこまで疲れていなかったので少しの間は外を走っていたが。
そんな彼がこうしてメレディスと一緒に寝ているのはメレディスからの強い希望だった。ベイルが寝た後もメレディスは色々としていたようで所々キスマークがある。
(別に俺は頼んでいないんだがな……)
据え膳食わぬは男の恥、という言葉はこの世界にも存在するがベイルは流石に安易にその言葉に手を出す気にはなれなかった。彼の頭の中には常に「将来の収入」が付いて回る。
というのも冒険者という仕事は場合によっては恨みすら買いかねない。そんな状況にこうして行動を共にするのは放っておけないという理由からなのだが。それになんだかんだでベイルもまたメレディスの事が嫌いじゃなかった。だからと言ってこうも積極的だと色々と物怖じするのだが。
まぁ、それはそれとしてトレーニングに関してはベイルは一切手を抜かない。
今のメレディスはとても弱い。少なくともベイルのデコピン1発で消し飛ぶ程弱い為、こうして面倒を見ているのもある。あとは変に男らしいところで言うならば体型が割と好みというのもあった。それが自分の手で強くなるというのまたベイルにとって興奮する要因でもある。
「ほらメル、起きろ」
そして今の彼女の名前はメル、となっていた。
というのも彼女は元はエクランド大公家の監視下にあった存在。そんな彼女が今も存在していると気付けば流石に問題になる。そんな理由から彼女はそう名乗る事にした。
「……おはよう。待ってね、今起きるわ」
「……あー、メルさん?」
起きると言って服を脱いで上半身を露わにしたメレディス改めメル。下着なんて当然着けていない。
「何で起きるだけで上着を脱ぐ必要があるのかな?」
「だって男の人はアレが起きちゃうのでしょう? だったらその世話は――」
「アレは生理現象だから大丈夫。しばらく放置すれば問題無いから。それとも、それを名目にしてサボろうって?」
笑顔で言ったベイルにメルは全力で首を振った。
昨日の事、とあるパーティでは簡単なお別れ会をしていた。
そのパーティはギルド内でも貴族の令嬢やその従者が所属する事が許されており、また知り合い同士のみで構成されていた。本来ならばそんなパーティなんてものはギルドで受け入れるわけには行かないのだが、彼女たちは全員が親から同意書を提示し、自分たちは貴族ではあるがその権力を非常時において公正に行使する事を提出した。
だが、当然ながら周りから良い顔はされなかったのだが、今年に入ってその状況は一変する。それは平民の間でも知らない天才魔法使いシルヴィア・ヒドゥーブルが加入した事だ。
彼女はその実力を発揮して1週間で最低ランクであるEランクからDランクに昇級。また魔法だけでなく武器による戦闘力も高く、たまたま自分を襲って来た山賊をたった1人で壊滅させる程だ。
しかし貴族の令嬢で固められたパーティはランクこそ上げているが、所詮はそんな彼女のおかげだと思うものは多かった。実際そうだと当時のリーダーも認めており、パーティからも反対意見が出なかった。
とある冒険者たちのグループはある提案をした。冒険者パーティで合同演習をしよう、と。
実力を示せば貴族の令嬢と言えど自分たちを思うがままにできる。そう思った下卑た考えだった。そう、彼らはあの言葉の意味を履き違えていたのだ。
そして合同演習の日、その内容は公開されたのだが控えめに言って地獄だった。提案した冒険者たちは貴族パーティに終始押されていたのだ。
彼女たちにも引けない理由はある。あるのだが、その戦闘力はあまりにもすさまじい。しかも件の天才魔法使いは後方で椅子を出して座りっぱなし。
補足すると、そのパーティには公爵、侯爵、伯爵の家格の令嬢+従者で構成されている。そしてシルヴィアの出身家であるヒドゥーブル家は伯爵家。本来ならば後方で座っているだけなんて許されるわけがない。しかし周りはそんな事は一切指摘しない。
合同演習の後、何故そんな事を許しているのかと受付嬢がリーダーに尋ねたが、彼女はあっさり言った。
――彼女はあくまでコーチとして入ってもらったんだ。むしろ、私が10歳の時には周りに言われるがまま逃げるしかできなかったのに、8歳でBランクモンスターを平然と倒せていた彼女をどうやって従わせると? よく勘違いされるが、彼女をパーティに入れるのは自殺行為。むしろ私たちが彼女の足を引っ張っているんだ。それでも家同士の縁で合流してくれた彼女に感謝しかない
実際、彼女のランクはたった数か月でBランク。リーダーは今月でようやくBランクになった。実力を考えれば言うまでもなかったのだ。
そして昨日、彼女たちは家の理由で冒険者登録を無期限休止扱いとしている。今まで7人パーティが打って変わって3人パーティとなっていた。
「……今日はどうしようかしら?」
「やる事ないなら鍛錬でもする?」
「私のレベルに合わせてくれるなら考えるわよ」
そう釘を刺した令嬢は強気な性格をしている。彼女は前リーダーの妹であり、今では彼女がリーダーを務めていた。彼女はカリン・バルバッサ。バルバッサ家の次女であり、現パーティの2代目リーダーだがやる気はないようだ。というのも彼女が縁と立場とストッパーの為にリーダーになっているのは誰の目から見ても明らかなのである。そしてそれに関しては彼女自身も理解している。
「でも、兄様たちを考えてもあなたは体力を付けないと辛いと思うよ?」
その言葉は実際シルヴィアの長兄であるフェルマンが証明している。
元々彼はかなりの問題児で、剣一本で高ランク冒険者ですら攻略が難しいとされていた魔の森に入り浸って狩りを行う程。それが貴族として頑張ろうとした結果大人しくなったが、この前の大戦で暴れに暴れまくった事で暴走し、その調子で夫婦の営みに発展した結果。子どもが多くなったのだ。そしてリーダーが体力を付けないといけない理由は、彼女が恋慕している男が正しくその系統なのである。
能力こそは魔法使いタイプだったが、「ジーマノイドパイロットたるもの、生身でも最強クラスじゃなければいけない」という信念を抱いた結果、近接のゴリゴリ魔法アタッカーとなってしまっていた。その為、そういう行為に至るならばかなり体力が必要になると考えている。だがカリンは顔をしかめる。
「……そう言っても、本当に生きてると思う?」
「……まぁ、たぶん」
言葉を濁されてシルヴィアなんとも言えない顔をした。
そんな時、冒険者ギルドの入り口が自動で開く。
冒険者ギルドは3年前までは酒場にあるような感じだったが、魔族の襲撃で大破した。その為最近開発された最新技術を取り入れて空調機が付いている。入口なんて自動ドアだ。
今入って来たのもその事に驚いていたのだが、むしろ別の要因で周りを不快にさせていた。それは――腕を組んで入って来たということだ。
一見すれば男の方も女に見えるのだが、男は同じ男として男と判断するぐらいには男顔をしていた。それでも一見すれば女の様に見えなくも無いが態度のそれが完全に男。それを見て冒険者たちが批判的な視線を向けていた。
受付嬢もその様子を見てなんとも言えない顔をしていたが、男の方を見て色々と察していつも通りの反応をする。
「本日はどういった御用でしょうか?」
「新規登録に来ました。その、2人とも」
男の方がそう答えると、様子を見ていた他の男たちが立ち上がって絡み始める。
「おう兄ちゃん。ラブラブカップル冒険者ごっことか舐めているのか、ああ?」
「この業界は遊びでこなせるわけじゃねえんだよ」
「優男はとっととお家に帰りな。あ、その女は置いて帰れよ?」
サラッととんでもない事を言っている奴もいるが、それに関しても男は無視。というよりもどう言おうか考えていた。
「おい、無視してんじゃねえよ」
男は小突かれたが特に反応を示さない。受付嬢は慌てていたが小突かれた方が止めた。
「おいおい、だっせなぁ。そんな奴がまともに冒険者なんてやれると思って――」
すべてを書き終えた後に2人は無言で提出した。
「えっと、ベイルさんにメルさんですね」
すると今度は別の場所で物音がし始めた。全員がそっちを見るとさっきの2人が席を立っている。
冒険者たちが驚いていたが受付嬢は流石にプロなのか説明を始めた。
「お2人には戦闘でどこまでやれるかあちらの通路から行ける訓練場で試させてもらいます。準備ができ次第訓練場に向かってください」
「んじゃ、行くか」
「ええ」
受付嬢が訓練場に連絡を入れている最中、2人はそのまま訓練場に向かうと2人に対してさっきの男が声をかける。
「待ちな」
「何かな?」
「あんたの戦闘能力、俺が試してやるよ」
ベイルを小突いた男が意気揚々とそう言った。周りは新人であるベイルとメルに対して同情的な視線を向ける。
その男はCランクの冒険者だが素行が悪く、カップルなどを見れば新人潰しを率先して行っていた。冒険者稼業そのものが実力主義ということもあって厳重注意で済ませているのもあるが、本格的に処分を検討していたところだったのだが、それが必要無くなった。
試合開始と共に新人だからと舐めた行動をしたその冒険者はフェイントもせずに真っすぐ攻めた。そう、あまりにも無警戒過ぎたのだ。
気が付けばその男は空中に飛んでおり、景色が高速で回転している。
(あれ? 俺は何で――)
そこからは一方的だった。ベイルは容赦なく相手の四肢を武器も使わずに粉砕し、まともに動けない状態の相手に薬瓶を出して無理矢理飲ませた後に解放する。
「テメェ、何をする――あれ……?」
さっきまで動かなかった四肢。不思議に思いながらも舐め腐った態度を取るベイルを潰そうとするが、アッパーをまともに食らって天井に突き刺さった。ベイルはそれを重力魔法で無理矢理引っ張り四肢をあらぬ方向に捻じ曲げる。
悲鳴を上げる相手に対してベイルは顎と喉を潰した。その光景に周りは戦慄する。受付嬢はガクガク震えており、今にも泣きそうになっていた。
「おい、これは一体何の騒ぎだ!」
訓練場の入り口に大男が現れていた。
「ぎ、ギルドマスター!」
「……なるほど。次の相手はあんた?」
ベイルはそう尋ねるとギルドマスターがベイルを見て顔を引き攣らせる。
「ああ、何だテメェ?」
「俺はベイル。新人冒険者で今はテストをされているらしいんだけどあまりにも弱すぎて話にならなかったんだ」
「え? 何を言って……」
その相手を見てギルドマスターは戦慄する。
「なんか粋がっていたけど別に良いよね? あの程度なんてちょっと鍛えれば普通に湧くし」
「いや、それはそれで困るんだが」
「そうなの? 仕方ないなぁ」
ベイルはまた薬瓶を出して相手に飲ませる。また身体を治したベイルは薬瓶をどこかに消失させた。
「て、テメェ! なんてことしやがるんだ! ああ?」
「あんたが弱いのがいけないんだろ? もっとちゃんと鍛えたらどうなの?」
「これでも俺はCランク冒険者だぞ!」
「え? Cランクってお前みたいな雑魚でもなれるの? まっじで?」
本気で言うベイルに対して怒りを見せる冒険者。しかし2人の間に1本の剣が突き刺さった。
「そこまでにしてもらおうか」
その声に周りは反応する。訓練場の入り口に黒をベースに紅い装飾がされている鎧を着た男が歩いて来た。
「君たちの試合は見せてもらった。なんともまぁお粗末な戦いだった」
唐突にそんな事を言ったその男。見た目は若く、ベイルとあまり変わらなさそうな見た目をしている。
ちなみにあの言葉は彼なりの挑発のつもりだったのだが、Cランク冒険者の方は悔しそうに顔をしかめるぐらいだったのだが、ベイルは飛んできた剣を引っこ抜いてゲートを開いて収納していたので慌てて移動して止めた。
「ちょっ! 君は一体何をしているんだ?!」
「え? 強そうな剣を見つけたから回収しているんだけど?」
「それは俺の剣なんだけど⁈」
「知らねえよ。自分の剣だって言うなら引き寄せれば良いじゃん」
さも当然だと言わんばかりのベイルに男は唖然とする。
「いや、そこは返すところだろ!? というか普通はそのまま引っこ抜かずに置いておくものだろう?!」
「ただの品質悪いなら飛び道具に使うし、使える強力な剣なら貰っていく主義なので」
「君は悪魔か!? ともかく返してくれ!」
強引に奪った男は慌てて砂を払って鞘に納める。
「なんという奴だ。他人の持ち物を平然と奪おうとするなんて。性根が腐っているとしか思えない」
「じゃあ自分の愛剣投げるなよ」
「う……」
「まぁいい。ギーザス、お前が相手をしてやれ」
ギルドマスターと呼ばれた筋骨隆々の男がそう言うとギーザスと呼ばれた方が驚いている。
「なっ!? この男と俺が⁈ ちょっとは腕が立つようだが、だからと言って俺が出る程じゃないだろ!?」
「俺は別にあんたとそいつの2対1でも良いけど。人類種相手に対複数とか普通なんだし、俺相手にビビるって事は大した実力無いんじゃないの? しかもあの程度のゴミがCランクの時点で冒険者査定基準がカスだとわかったから」
ベイルもその程度の煽りで乗るとは思っていなかったがどうやらギーザスにはそれで十分だったようだ。怒りを見せるギーザスは剣を向けて宣言する。
「良いだろう! その舐め腐った態度、この俺が正してやる!」
その場で先制攻撃をしたギーザス。ベイルは上段からの振り下ろしを回避して滑るように地面を移動する。
(案外思い切りが良いな。太刀筋も悪くない。あの剣も強そうだしレベルが高そうだ)
素早く思考したベイルは距離を取った後、空中に魔法陣を展開して魔砲を放つ。無属性のビームのようなものがギーザスに飛ぶが、そのすべてがギーザスを避けるようにして別の方に当たる。その一撃で訓練場に張られているバリアが損傷した。
「魔砲が当たらない?」
「我がレーヴァテインの錆になれ!」
叫びながら近付く相手に少し呆れたベイルだが、レーヴァテインと呼ばれた剣から火が噴き出て来たのを見てベイルはさらに距離を取った。
「もしかしてそれ、魔剣なのか?」
「ああ。魔剣レーヴァテイン。この鎧「飛来矢」と共にダンジョンで見つけた聖遺物だ!」
その場でレーヴァテインを振った時に炎の斬撃が飛んでくる。だがベイルは水の壁を生み出して攻撃を相殺しようとしたが、水の方が一瞬で蒸発してベイルに直撃した。
「残念だったな。初見でこのレーヴァテインを攻略できるなど思わないこ――」
その時、ギーザスはまだ立ち上がっているベイルを見て、そしてベイルの背中から生えている翼を見て驚いている。
「一応聞くけど、冒険者ギルドのランク制度ってどうなっているの?」
「……最低ランクがEで最高ランクがAとなっている。その上がSランクだがこれに関しては滅多に表彰される事は無い。何故ならSランクになるには様々な難易度の任務をこなさないといけないからな」
「ちなみにお前は?」
「ソロでAランクだ。言っておくがパーティを組んでなるAランクよりも遥かに状況が違い過ぎる。もっと言えば俺は冒険者としては最強クラスになるって事だ」
「そうか。ならば今までの非礼を詫びるとしよう。まさかこんなところでここまで高いレベルの戦いができるとは思わなかったんだ」
ベイルは異空庫の中から刃渡りの大きい剣を抜く。それを見てギーザスは驚いていた。
「何だそれは――」
「トフサが1本、叢雲。人間如きに抜く事は無いと思っていたが、それほどの名剣とお前相手ならば別に良いだろう」
ベイルがその剣を抜くと同時に翼からエネルギーが放出されると一気にギーザスに接近して斬ろうとするが、その前にギーザスが受け止める。
「今のを受けるか」
「だ、だったら何だ!?」
「もっと俺を、楽しませろ!」
徐々に剣撃を激しくしていくベイル。次第にギーザスも上げて行き、2人は素早く移動しながら打ち合う。さらにはそれぞれの属性がぶつかり合って爆発が起き、訓練場が損傷を起こした。
「そこまで!!」
ギルドマスターがそう叫ぶ。しかしベイルが止めようとしない為ギーザスが止まらないので観客席から外に出たシルヴィアが訓練場を氷漬けにした。2人はギリギリ逃げれたが周囲が氷状態になっているのを見て驚いている。
「し、シルヴィアちゃん、君がやったのか?」
ギーザスが聞くとベイルが何故かイラっとする。その事に疑問を持っていたが解消されることは無かった。
「テストはそこまでだ。全く、派手に暴れやがって」
「戦いは盛り上がってたのに邪魔しやがって」
「状況を考えろよ! 訓練場はお前たちのようなバケモノ用として作られていないんだよ!」
ギルドマスターにそう言われてベイルはふてくされる。
「まぁいい。素行には問題あるが、とりあえずお前はAランクで登録する」
「え? 俺Eランクから始めたいんだけど」
ベイルがギルドマスターにそう言った時、その場が完全に凍り付いた。
ギルドマスターもまさかそんな事を言われるとは思わなかったので唖然。ギーザスもまさか自分と同等――いや、自分よりも強いであろう男がEランクスタートを望むとは思わなかった。
「何を言っているんだ、お前は。ここまでの実力を持っている奴がAだと認定しなかったら俺の目は節穴かと言われるだろう」
「でもぉ……」
「まぁ、文句を言う奴はいるだろうが、ここまでの戦いとなればほとんどの冒険者が見ていたからな。恐らく噂はすぐに広まるだろう。喧嘩を売る奴はいるだろうからそいつらは適当に絞めて良い」
「いや、そういうわけじゃなくて――」
余計な事を言う前に咳ばらいをするギルドマスター。
「いい加減にしてくれ。お前みたいなバケモノが低ランクでくすぶっている方が問題だ。大体、お前レベルが低ランクは低ランク帯とか新人が泣くんだよ。大人しくAランクスタートを了承してくれ」
「わかった。じゃあDランクで――」
「Cランクなら許可してやる! どうせお前の事だから数か月後にAランクになっているだろうがな!」
怒鳴るギルドマスターにベイルは少し不服そうにしている。それを無視してギルドマスターはギーザスとシルヴィアを訓練場の入り口付近に呼んだ。
2人は一体なんだろうという顔をして近付くか、ギルドマスターはシルヴィアに尋ねる。
「あれ、お前の兄だろ」
「いやいや、シルヴィアちゃんの兄貴ってそんなこと――」
「いくつか不安要素があるけど、十中八九は」
シルヴィアがそう言った事でギーザスが驚いている。
「え? あれが?」
「ただ確証ができていない事がある」
「? どういう事だ?」
ギルドマスターの質問にシルヴィアは少し黙った後にカリンとベイルの距離を見る。
「……うーん」
「どうしたんだ?」
「いや、兄様だったらあそこで遠慮するか本性を出して抱きしめるかするはずなんだけど」
何故その二択なのか、という疑問が彼らに過る。その間にベイルもカリンに気付いたようで2人はまるで見つめ合っていた。
カリンはまるで恋する少女のようにベイルを見ていた。まさか自分の知り合いがこんなところでバッタリ会うとは思っておらず、ましてやあそこまでの強者ムーブを見せるとも考えていない。
「あ、あの――」
訓練場の入り口の方に向かっている途中で声を掛けられたと気付いたベイルはカリンを固まった。そしてその反応を見てシルヴィアは確信する。
「やっぱり兄様だった」
「ちょっと待て。判別方法おかしくないか?」
「大丈夫。「物凄く可愛いけどここで理性が崩壊したら色々とマズい」という顔をカリンでするのは兄様くらいだから」
「「いや、何だその判別方法⁉」」
2人の男がそう突っ込むと、シルヴィアは呆れたような顔をして言った。
「ベイル兄様ってストライクゾーンが特殊でね。種族問わずに可愛ければ保護したいという欲望を持っているのよ。でも魔王の娘は情勢が許さないから諦めているし、そもそもカリンは当時はまだ子ども。今は13歳だけど当時13歳のシャロン殿下と一緒に寝てたけど手を出していないからたぶん年齢的にカリンも手を出されないはず」
「……え? 王女と一緒に寝た?」
「文字通り」
その言葉を聞くとギーザスはなんとも言えない顔をする。
その時ベイルが険しい顔で通り過ぎて行った。ギーザスは少し驚いていたがシルヴィアは何かを察して頷く。そしてその後ろをトボトボとカリンが歩いており、シルヴィアにくっつく。
「どうしたの?」
「……気付かれなかった」
「…………」
シルヴィアが気になったのはそこだった。
彼女はベイルがカリンの事を気に入っている事は知っている。妹だからというのもあるが、何より5年前の襲撃の時に当時はまだ引っ込み思案で貴族はもちろんバルバッサ家に対して全く興味を持っていなかったベイルがあそこまでキレるのは驚いた程だ。そんな兄がまさかカリンに対して一切気付いていないなど考えられないくらいだ。
そんな事を考えていると、観客席からメルが姿を現す。
「あの、私のテストっていつ行われるのでしょうか?」
メルがそう尋ねると、ギルドマスターが何かを言おうとする前にシルヴィアが答えた。
「今から始めるつもり」
「……わかりました。よろしくお願いします」
そう一礼したメルは大きく胸を揺らす。それを見てギーザスはそそられたが反対にシルヴィアが殺意を向ける。
「ええ。覚悟してね」
それからシルヴィアはメルと戦う事になった。周りはメルが戦う姿に歓喜するが、それはすぐに静寂に変わる。
「どこからかかっても来なさい」
そう言ったシルヴィアの言葉に甘えるようにメルは仕掛ける。しかしその仕掛け方が異常だった。
メルは懐から何かを投げるとシルヴィアが水弾で貫く。しかし直撃した箇所よりも後ろから閃光が放たれた。
(閃光玉⁉)
まさかの手段に驚くシルヴィア。だが彼女の実力は並大抵ではない。魔力を感じてそっちに向けて水弾を飛ばすがそこには誰もいない。
(なるほど。そういうことね)
シルヴィアはトリアイナを出して周囲に風の刃を放出。それに巻き込まれたメルは吹き飛ばされた。
「くっ……」
「姿を消せるなんて珍しいけど、気配を辿ればどうという事は無いわ」
「魔法使いの割にやれるじゃない」
「ならば魔法使いのイメージを変えると良い。むしろ、後ろで援護しかしない魔法使いなどゴミ。魔法使いはたった1人で戦況を変えてこその職よ。本来パーティ単位で運用するならば軍で十分」
風の刃を飛ばしてメルを牽制。同時にその後ろから蛇を思わせる程の風を作りメルに襲わせた。メルはギリギリで回避しようとするが周囲に展開されている風力に引っ張られて巻き込まれて壁に叩きつけられる。
「……くっ……悔しいけど、降参」
動けないメル。同時に盛り上がっている胸を見て勝負に勝ったはずのシルヴィアはメルを睨んだ。
「試験お疲れ様でした」
受付嬢にそう言われて、戻ってきたベイルと共にメルは冒険者として登録されているパーソナルカードを受け取る。
「ではお話の通り、ベイル様はCランク、メル様はEランクからのスタートになります。頑張ってランクを上げれば様々な特典をゲットできますよ!」
「特典って?」
「そうですね。男性の場合は娼館の利用料クーポン券などがあります」
「大丈夫です。ベイル君の処理は私がするので」
ときっぱりと言ったメル。ベイルはそれに驚いているが否定はしないがここで言う事かというのと、何より後ろから感じるプレッシャーがあった。そう、カリンとシルヴィアだった。
「……やっぱり胸なの? 胸なの……?」
「巨乳、滅ぶべし」
カリンとシルヴィアが忌々し気にしているが、むしろ視線を向けられているメルは勝者として微笑みを見せている。
「あ、いえ、大体の男性冒険者が利用するから、というので紹介させてもらっているだけです……」
受付嬢もまさかそこまでキッパリと言われるとは思っていなかったのか少しビクビクしていた。
「それと冒険者様には専用の寮が用意されています」
「……専用の寮?」
「はい。3年前の襲撃の際に王都のほとんどの施設が崩壊した事で建設された施設です。ギルドに併設されておりまして、鍛冶屋や道具屋などの購買部はもちろん、食堂での質も上がっているんです。貴族たちには下に見られているとはいえ冒険者は社会に無くてはならない人材が豊富ですからね!」
「そうなのか?」
「特にダンジョンの中はジーマノイドは入れないのは大概ですし、いくら戦力的に優れているとはいえ大きすぎればむしろ邪魔です。全く。ダンジョンだからこそ保全価値があるというのは国の方針として定まっているというのにむやみやたらに狩るとか、頭がおかしいんですよ、あの人たちは」
よほど嫌な思いをしていたようで、後半は受付嬢から黒いオーラを放っていた。だが本来、それは貴族に対する侮辱行為。一応貴族であるカリンとシルヴィアはあまり良い気はしない。
「何かあったのか?」
「あ、いえ……昔、王都近くに現れたダンジョンで少しありまして……ごめんなさい」
「いや、俺としてもそれに関しては気になる話だ。まさか貴族共が自分たちの場としてダンジョン攻略にジーマノイドでも持ってきたのか?」
「ええ」
「基本的に狭い道に大きい兵器を持ってくるなんて論外だろ。大体、ジーマノイドパイロットたるもの普通は生身での戦闘能力だって鍛えておかないといけないだろうに……あ、そうだ」
ベイルは何かに気付いて受付嬢に尋ねる。
「ところでここって魔物の素材を買い取ってもらったりってできないのか?」
「魔物の買い取りですか? 任務外の買い取りはあちらの解体所で行っています」
と受付嬢は手で示す。それを見てベイルはお礼を言ってそっちに向かう。
「すみませーん。魔物の買い取りと解体をお願いしたいんですが」
「はいよー」
ベイルが声をかけると奥から野太い男の声が聞こえた。実際に現れた男もガタイが良い感じで手には解体用の包丁を持っている。
「お、お前は期待の新人じゃねえか」
「ここに来るまでに確保した魔物の解体をお願いしたくてな」
「そうか。だが魔物の肉だって鮮度が必要だ。鮮度次第では価値は下がるぞ」
「それに関しては問題無い」
ベイルは何もない場所に両腕を突っ込んで倒した魔物の死骸を出していく。その量はかなりあってすぐに引き渡し用の台が一杯になった。
「………………えっと、ボウズ? これは?」
「魔物の死骸だ。ちなみに鮮度は当時の状態になっている。とにかく路銀が欲しいのですべて買い取りで」
「ちょっと待て! 今何をしようとした⁈」
「まだあるから全部出そうと……あ、でもあと台が5個は欲しいな」
その言葉に男は目を丸くする。
「ちょっと待て。それって所謂空間庫だよな? まだあるのか?」
「もちろん」
「わかった。中に入れ。一応環境保全のための魔法が飛ぶからもしバリア張っているなら解除しておけ」
ベイルはそのまま言われて中に入る。そんな光景を見ていたメルの両腕は手錠で拘束された。
「へ?」
「あなたには色々と聞きたい事があるの。当然、付いて来てくれるわよね?」
カリンが笑顔でそう言うが、その眼は一切笑っていなかった。
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