#23 堕ちた英雄
ブロンがサイラスに屈辱を与えられて2週間が経過した。その間にブロンは傷を癒していたが戦場に出る事は無かった。
まず魔族側が攻めてない事、さらに言えば王国軍も積極的に領土を取り戻そうとはせず、砦の軍備状況に難民の受け入れ手配などに動いている。そのくせ大公領の拠点は取り戻そうとせず、大公家の従士たちの不満もたまっている。
そしてブロンの傷は癒えており、元々身体を動かす事が好きな彼の不安も溜まっていた。
本来ならば彼のレベルの機体ならばさっさと用意される。だが結局は量産機でしかなくそれが何よりも彼にとって不満だった。そうなれば流石に機体待ちとなって支給が難しい。もしこれが元々の設計図等があるならば少しは都合できたのかもしれないが、そう簡単に事を運ぶことなどなかった。
ちなみにその設計図は既にある人物が奪っており、未だに捜索されていないエクランド邸には既に無かったりする。流石は記憶喪失前の機械狂いは半端なく、その場で生み出された分身と言えど嗅覚は鋭かった。
「そういえばブロン様、知ってますか? 何でもこの近辺でまだ避難していない奴がいるらしいですよ?」
自室を女を連れ込んで玩具にして遊んでいるブロンに1人の男がそう言った。
「どういうことだ?」
「なんでも悲鳴自体は聞こえるのですが、その姿は見えないらしくて」
「…………なるほど。つまりお前は俺にその捜索をしろと?」
「い、いえ。そういうわけではありません。ただお暇をしているそうなので気分転換でもどうかと思いましてね」
この男は確かに善意で話を持ってきたが、周りの空気はそうでも無かった。
元々サイラスはこの国の王太子でいずれ国王の座に座る事が確約されている。その男の下で働くことはある意味光栄なのだが、年下であそこまで晒し者にしてきたサイラスに対して敵対心は抱けど部下になるつもりはなれない。
「まぁ、確かに暇をしていたのも事実だ。そろそろ身体を動かそうとも思っていたしな」
そう言ってブロンは準備をし、目的地の場所に従士たちと移動をする。そこには確かに目的と思われる存在はいたが、よもやこれが自分の死神だとは夢にも思わなかった。
ベイルの提案から2週間が経過した。その間メレディスは――地獄を見た。
初日で身体をボロボロにしたメレディスは翌日は入念にストレッチをしただけで終わった。だがその次の日からかなりトレーニングを課せられたのだ。だからこそ彼女は寝る時は裸でベイルに抱き着いて寝る事にした。これが正解だったようで意外とグッスリ寝れたのでこれからも続けるつもりだった。
これに関してもベイルは快諾したのだが決して下心があったわけではない。彼にとってはある意味チャンスでもあったのだ。
というのも魔力の操作能力を高める手法として、人肌を触れ合わせて魔力を感じさせる方法がある。ベイルはこれを実際身体同士を合わせて実戦したらどんな効果があるのか試したかった。それにもっと言えば目の前にいるメレディスの魔力量は常人よりも高く、試すには良い機会だと思ったのだ。
そう、いわばメレディスはベイルにとって良い素材でもあった。しかも強要もしていないのに自分で身体に触れさせようとするのでこれもまた都合がいい。
(とりあえずは、ブラジャーか)
メレディスは都合上、下着類を一切所持していない。パンツもベイルがいつの間にか持っていた女性用のものを使用しているのでどうしても動きやすい補正下着は必要になる。だから決して彼女が脱いだもので何かをしようとか、そういう考えは一切無かった。そもそもそんな思考があるならメレディスはとっくに膜を破られてベイルの相手をさせられている。
そのため、メレディスがメニューをこなしている間に動きやすい且つ形が崩れず、それでいてベイルらしいある機能が搭載された、下手すれば大金が動く程のブラジャーが完成してしまった。デザインなどは同一にして別の者が担当したので問題も無い。ベイルはそれを大体10種類程作成して予定日の3日前に渡す。
メレディスは渡された当初は当然困惑した。まさか男にブラジャーを渡されるなど考えられなかったからだ。しかし中身を聞いて今度は顔を青くするが、ベイルはこれを機にパイロットスーツなどにも手を出すつもりのようで目を輝かせていた。
そんなこんなで2週間が過ぎて拠点をさも当然のように片付けて移動を開始してしばらくした頃、ある集団が姿を現した。
「こんなところで何をしている、お前ら」
声をかけられた2人はそっちを向くと、メレディスは信じられないという顔をしていた。
今の2人はベイルが用意した黒い外套で全身を隠している為、向こうからは視認されない。だがメレディスは向こうを知っており、身体を震わせこそしないが動揺を隠せない。それに気付いたベイルは代わりに返答をする。
「王都に向かっているんだよ。ちょっと僕らの住んでいた場所が無くなっちゃってね」
「……ほう。だが残念なお知らせだ。王都に行くならあそこの砦に入らないといけないんだ。良ければ案内しようか?」
「えー。面倒だからいいよ」
そう言ってベイルはメレディスの手を引いてどこかに行こうとする。だがその時向こうから男たちは複数で2人を囲った。
「こらこら、どこに行こうと言うんだい」
「全く、どんな田舎に住んでいたんだ。空気ぐらい読まないとダメだろ。お前はさっさとその女を置いて行けって言ってるんだよ」
とニヤニヤしながら刃渡りの長いナイフを出してベイルの首筋に持って行った瞬間、男は自分の胸にそのナイフを刺していた。
突然の事にメレディスを含めて周囲は焦っていたが、ベイルはさも当然だと言いたげな態度をとっていた。
「……はぁ、面倒だな」
「何?」
「ここにいる奴らの戦闘能力は正直似たり寄ったり。しかも片手間で倒せる程度の強さだ。そんな奴らの為に何で俺が戦わなくちゃいけないんだろうって思ったら面倒に感じてな。こっちはわざわざ後々の面倒を避けて、こいつのトレーニングも含めて徒歩で移動しようと思ったらこれだ」
盛大にため息を吐くベイル。だがこの言葉は流石に彼らのプライドを傷つけたのか苛立ちを見せる。
「テメェ、あの方が誰かわかっているのか? あの方は3年前の魔族の襲撃にたった1人でエクランド大公領を守り切った大英雄、ブロン・エクランド様だぞ! そんじょそこらの貴族と一緒にするんじゃねえ!」
「もっとも、そんな方に対して喧嘩を売ったらもうおしまいだけどな!」
普段ならばこれだけで効力が大きいからか取り巻きたちがそう言った。実際メレディスは心が折れかけていたのだが、ベイルはそれを聞いて反応を示さない。
「どうした? 怖気づいたか?」
実際、彼らの選択はある意味正しい。その栄光や権力で理解すれば確かに無駄な血は流れない。そしてこの場で戦闘が終了すれば既に負傷している男は回復されるだろう。だが、彼らの目論見はあっさりと外れた。
「いやぁ……冗談だろ?」
周りはその言葉に唖然とする。まさかそんな反応をするとは思わなかったのだ。
「じょ、冗談? 何を言っているんだ、お前は」
「ブロンってそのデカい奴だよな? さっきから後方リーダー面しているやつ」
「え? あ、ああ、そう……って、馴れ馴れしすぎだろ!?」
「相手はあの大貴族エクランド大公家当主の弟君だぞ?!」
「でも大英雄って言われる程には見えないんだよな。ただの木偶の棒とかウドの大木とかの言葉の方が似合うと思う」
あっさりとそう言った事でブロンと呼ばれた大男がベイルのいる方に近付き、慣れた動きで棍棒をベイルに対して振り下ろす。だがその攻撃がベイルに到達する事は無く、何かに当たった瞬間砕け散った。
「しかも、意外と小さいし」
それよりも小さいベイルが言えた事では無いが、ベイルはかつてブロンよりも大きい男と会っていたのでそんな感想を漏らした。
「その言葉はどういうことだ、ああ⁉」
「声はデカいのか。あ、もしかしてあんまり指示を出していないのってそれが理由? まぁ、作戦行動中にそんなデカい声をしていたら作戦バレるか。俺も本気出したら声が大きくなるから気持ちはわかる」
ブロンがベイルに対して殴り始めるが、その度にバリアが張られて防がれる。その間にベイルはメレディスをどうしようかと考えていた。
「いつまでも殻に閉じこもってんじゃねえぞ、腰抜けが!!」
ブロンがそう叫ぶがベイルは反撃に転じない。ブロンはその間にも全然バリアが破れず、ベイルも魔力切れを起こさない様子に少し戦慄していた。
(な、なんなんだよ、こいつは……)
ブロンは自分の身体スペックに自信があった。その事を兄に買われてエクランド騎士団の遊撃部隊の隊長にも任命される程だ。そこで日頃から世話をしてくれている兄の恩に報いる為に様々な事をやってきた。実際彼の趣味にも適していた事もあり、その自慢の腕力と鈍器で相手を潰して来た。
しかし最近はどうだ。2週間前はサイラスに、そして今は正体を現さない目の前の男のバリアすら破れないという。
「おい……どこ見ているんだ、テメェ」
さっきから自分を見ないベイルに尋ねるブロン。しかしベイルは完全に無視しており、何かを考えている様子を見せる。
「あ、もしかして気が済んだ?」
ブロンに対してそう尋ねたベイルはやっと終わりかと言わんばかりの態度を見せた。
「……は?」
「いやぁ、どうしようか迷っているんだよね。仮にも英雄と言われている君を殺してしまっては、ただでさえ貧弱極まりない人間側が不利になってしまうだろう?」
さも当然と言わんばかりにそう言ったベイル。その言葉に周りは疑問を抱く。
「……お前、まさか魔族か?」
「人間だけど? ただ、人類同士のつまらない意地の張り合いに興味は無いんだ」
そう返したベイルは結論が出たのかメレディスを抱き上げてそこから跳躍。包囲網を抜けてブロンとは逆の方に向かう。
「では諸君、またどこかで会うとしよう。まぁ、私は時間の無駄だから会いたくないがね!」
メレディスを抱えたまま走り去るベイルにブロンは苛立ちを見せた。
「今すぐ魔動車を持ってこい!!」
そう叫んだ事で周りはすぐに準備に取り掛かる。
「魔動車?」
「主に貴族が所有する魔力を原動力とした自動走行の馬車です! おそらく向こうは本気になったのかと!」
「そっかぁ……」
何故かしみじみとするベイルはそのまま移動を続けるが、当然のように魔動車は追い付いてベイルに対して攻撃を始める。
「きゃあああああああっ!」
怖さのあまり、悲鳴を上げるメレディス。ベイルは移動しながら魔動車を観察すると笑顔を見せた。その間にも攻撃は続けられ、ベイルは回避し続ける。
「ど、どうするんですか!?」
「うーん、考え中」
「さ、策が無いんですか!?」
「いや、あるよ。むしろたくさんあるから困っているんだよね。しかもすべて向こうが全滅確定」
「じゃ、じゃあやってください! 私は大丈夫ですから!」
「…………」
訝し気にメレディスを見るベイル。
「どうしたんですか?」
「いや、前に女の子を何かに乗せて戦闘をした時に機動力に耐えられなくて吐きそうになってた気が……」
「え……?」
「それに俺、戦闘になると興奮するからもしかしたら君の事を襲うかもしれないし……」
「そんな下らない事で悩んでいたんですか!?」
「え? 下らない? 何を言っているんだよ。もしそれで妊娠したらどうするの⁈ 俺はお金なんて無いし、君と子どもを養えないよ!」
そんな悲観的な事を言うベイルはさらに言った。
「大体、君はまだ若いんだから安易に子どもを作っていいとか言っちゃダメだろ!」
ちなみにこの世界では貴族社会では親同士が子どもの婚約は当然の事。下手すれば10代で子どもを作る事は別におかしな話ではない。
「…………」
途端に自分の年齢を言えなくなるメレディス。もし自分が1つでも上と知ればどんな反応になるのだろうかと怖くなったのだ。
そんな最中、ベイルに対して攻撃が放たれる。
『イチャイチャしてんじゃねえ!!』
何度も攻撃が飛んで激しくなり、砂埃が舞う。向こうにはバリアがあるとはいえ、魔動車に搭載されているタイプは人間の出力を遥かに超える。さらに言えば彼らが乗っている魔動車は通常使われる物とは違って3年前まで運用されていた4足歩行のジーホース並の戦闘力を持ちながらも馬力はもちろん機動力が高く、積んでいる武装は一発当たれば大概ミンチになる代物だ。
流石に死んだと周りが思った時、砂埃の中から見た事が無い魔動車が現れた。いや、魔動車というにはあまりにもタイプが違った。
一般的な魔動車はもちろん、ブロン側の3台の戦闘魔動車はタイヤが4つ付いている。しかしいきなり現れたタイプはタイヤが前に2つ、後ろに1つの計3つしかない。その上で頭上に砲身が展開されており、自分たちの頭上を越えた事でブロンの部下は動揺した。
「な、なんだこいつは⁉」
「どうでもいい! 破壊しろ!」
ブロンの命令で全員が反転。突然現れた黒い魔動車に攻撃を仕掛けるが機動力が段違いで攻撃が回避された。
『どこを狙っている、間抜け!』
ベイルはそう言って3台の魔動車の内、1台を文字通り吹き飛ばした。
中には何人かが現れたが大怪我を負っておりまともに動けないようだ。その様子をメレディスはまともに見たが、とても冷たい目を向けて笑った。
その頃、ブロンはあっさりと味方がやられてしまって動揺していた。
「さ、さっさと撃墜しろ!」
そう命令するブロン。しかし操縦者は仲間がやられて激しく動揺していた。
「な、何をやってる! 早く――」
しかし操縦者はすぐさま反転して逃げ出した。それを従車も従って反転するが逃げ遅れた方はあっさりとタイヤを撃ち抜かれて操作不能になり、近くの岩に着撃して爆発した。
「聞いてない! 聞いてないよあんなの!?」
「おい! 何をやっている! 戻れ!」
『あれぇ? 今度はそっちが逃げるのぉ?』
2機撃墜しているからか、調子に乗って煽るベイル。するとそれに応えるように中から人が投げられたかと思えば、反転して魔動車は落ちた人をひき殺した。
「うっわ……そこまでする?」
「……あれがあの人たちのやり方なんです。使えない者や裏切った者に容赦ない。仲間であろうと犠牲にする。あの人たちはそんなクズなんです」
そう言ったメレディスにベイルは笑みを浮かべる。
「ま、その方が殺す事に躊躇わないから楽だけど」
アクセルを踏んで加速させるベイル。その間にブロンは接近しており、ベイルの機体を吹き飛ばそうとしていた。確かにその目論見は正解だった。機動力に特化したベイルの魔動車は軽い為、激突されたら吹き飛ばされるだろう。ただしそれが、ただの魔動車ならば、だ。
残念ながらこの男がただの魔動車を作るほど大人しくない。そもそもただの魔動車だけで終わるような人間では無かった。
ベイルがあるボタンを押すと細長い魔動車は突然跳躍して回転しながら後退しつつ、コックピット部分より後ろが伸びて向きが反転し、1本と思われたタイヤが分離して足となり、コックピットよりも前は腕部となってタイヤからさらに腕が伸びて先端からマニピュレーターが出て来る。少々歪ではあるが人型に変形して着地したのだ。
「これが、俺専用マシン「ダークソニック」の人型形態だ」
『ま、魔動車が変形した……⁉』
「マシンは……変形するものだ!」
そう宣言したベイルはそのまま加速して魔動車を掴み、その場で回転してブロンが乗る魔動車をぶん投げた。さらにダークソニックは先程の形態の様に見えるが翼が生えて飛行し、飛んでいくブロンの魔動車を追いかける。
魔動車は本来、地面を走る為に設計されたある人物が設計図を残していた。だから地面を走る為以外に移動手段は無い。つまり、空中ではまな板の上の鯉が如く成されるがまま。そこに飛行形態となり前方に風のドリルが展開されたダークソニックが狙われた。しかし残念ながらブロンを殺すには至らなかった。
ブロンは瞬時に強制排出ボタンを押して魔動車から離脱。ある程度の高さになるとシートベルトを外して地面に着地した。
(こんな……こんな事があってたまるか……)
呪詛を吐くかのようにブロンは思い、そこから逃げる。今はもう彼に残された手段は一刻も早くそこから逃げること以外ない。
ふざけるな、ふざけるなと何度も言いながら逃げようとしたところで彼は自分でも気づかない程に追い詰められていたようで、ちょうど小さな崖になっていた場所で足がもつれてしまい下に落ちた。
様子を見に来たベイルとメレディス。2人は正体を悟られないようにフードをしたまま様子を見る。
「……まだ生きてる」
忌々しそうにブロンを見るメレディス。ベイルは彼女の情報を知っているからそれ以上は何も言わない。
ブロンが倒れた落ちた場所には大きな口を開けた洞窟があり、ベイルはとてもそそられたと同時に何かを感じた。
(……なんか、ヤバいような)
そんな事を思いながらブロンの様子を見る。助けようとしないのは助ける必要性を考えていないからだ。
その時、何かが壊れるような気配を感じたベイル。かすかに地面が揺れ始め、それが大きくなるにつれて洞窟からも大量の足音がし始める。
(……まさか)
洞窟からあるモンスターが現れると、ブロンを見つけてそっちに移動を始める。メレディスはそのモンスター見て驚いていた。
というのも、基本的にゴブリンやオークなどのモンスターは基本的にダンジョンなどに住まう事が多い。特にこの世界はジーマノイドなどの兵器が存在する為、彼らもまた戦火を逃れるためにダンジョンや洞窟に住むことが多くなった。だからこそ、今は獰猛な魔獣と行動を共にしていたりと彼らなりのコミュニケーションを築く事が多い。
その中でも黒人狼は異質中の異質。集団で来られた時、場合によっては大きな街でも壊滅する事があるとされている。その黒人狼が4体程ブロンに近付いていく。
「待て……待てよ……」
ブロンは気を失っておらず、逃げようとするが足を動かせない。さっきの落下で骨折していたようだ。
ハッとしたブロンは上にいるベイルとメレディスに声をかけた。
「た、助けてくれ! 俺は大公家の人間だ! 助けてくれたらお礼は絶対に約束するから!」
ベイルはそれをシラケたという顔をした。だがそれを見ていないメレディスはベイルを止めようとする。
「ダメです。あの男はここで殺しておくべきです」
「それに関しては同意している。それにそもそも、たかが黒人狼4体如きで足が折れているからと言ってあのように無様に助けを請う奴に興味は無い」
「ふ、ふざけるな! お前たちに人の心は無いのか!!」
それを聞いてメレディスは怒鳴る前にベイルが鼻で笑った。
「笑わせる。使えないからと切り捨て、死んだ人間の身体を壊し、あまつさえ味方を殺すゴミはとっとと死ね。全く、人間と言うのは本当に度し難い。人類種最弱の分際で仲間を大切にせず使い潰す事しかしないのだからな!」
ベイルの声に反応して、洞窟の奥からさらに黒人狼が現れ、崖を登って現れた。
「あ……」
メレディスが動揺するがベイルはノーモーションで登って来た黒人狼たちを一瞬で始末する。
「ひ……ヒヒヒ……俺を見捨てた罰だ!」
「いや、生きてるけど」
「え……?」
「むしろこの程度で何で苦戦しているのさ? さっさと倒せよ」
「あ、足が動かないんだよ!」
それを聞いてベイルはさも当然のように言った。
「だったら空を飛べばいいだろ?」
普通の人間はまず空を飛ぶことはできない。魔法の中でも上澄み中の上澄みぐらいしか生身で空を飛ぶことができない高度の技術だったりする。
「と、飛べるわけないだろ! 何言ってんだよお前は!」
「……なるほど。つまりお前はただの雑魚か」
「ふざけるなよ! ジーマノイドがあればこんな奴らなんざ何でもないってのに!」
確かにジーマノイドはやろうと思えば思考操作だけで動かすことができるが、あまり長時間戦うと精神が持っていかれて最悪死の危険すらあった。
そしてとうとう、ブロンの身体に黒人狼が触れる。
「待て! 待ってくれ! 助けてくれ! 死にたくない! 俺はまだ、死にたくな――」
黒人狼がブロンに齧り付く。ブロンは食われるたびに悲鳴を上げたがベイルもメレディスも助けない。
(あ、でも――)
流石にこの状況は初めてかと思い、心配したベイルはメレディスを見るとメレディスは笑顔だった。
ブロンの悲鳴が途切れ、顔の一部だけを残して食われた事を確認したメレディスは笑い始めた。
「……やった。とうとう死にやがった。ざまぁみやがれ!」
その発言にベイルは流石に驚く。とはいえだからと言って彼女に対する好感度が下がる事は無かったが。
少しの間、嬉しさのあまり興奮していたメレディスだが隣にベイルがいることに気付いて大人しくなる。だがメレディスの目には涙が浮かんでおり、色々と察したベイルはメレディスからフードを外してキスをした。
突然、しかもベイルからされた事に驚いたメレディスは顔を赤くするが、フードを付けて声をかける。
「感傷は後。とりあえず今はこのダンジョンブレイクをどうにかしないといけない」
「え? でも――」
「金の匂いがするからな。それに遅かれ早かれ他の奴らが来ちまうんだ。だったらさっさと移動しようぜ」
そう言ってベイルはダークソニックにメレディスを乗せて少し移動して下に降りた後、ダークソニックから降りた。
「え? ベイル様?」
「なぁに、すぐ済ませるさ」
その宣言通り、確かにすぐに済んだ。だがあまりにも異質すぎてメレディスはこれまで何故ああも安易にベイルに身体を晒したのか理解した。
(……そういうことだったのね)
ベイルはあまりにもレベルが違い過ぎたのだと完全に理解できた。そうじゃなければ黒人狼以外のSランクはもちろん、この時点でかるく100匹は超えているモンスター群を倒したりとできないだろう、と。しかもそれが一瞬となれば話は別だ。
ダークソニックに戻って来たベイルはさも当然のように乗って洞窟の中に入る。その目的も作業時間もあっという間に終わり、彼らはこのまま王都の方に向かうのだった。
王国軍がその事態に気付いたのはその日の夜だった。
外に出ると聞かされていたがまさかそのまま戻って来ない事になるとは思わなかったサイラスは小隊を3隊ほど派遣。砦から少し離れていた場所で小規模な戦闘が行われていた事は気付いていたが、敗北しているとは予想していなかった。
事情を聞き、3日かけてここに来たオービスは唖然とする。自分の弟の取り巻きだった者の数人の死体が残っているが全員ではなく、しかも少し離れた場所でブロンと思われる人体の破片が残っているだけだったのだから。
オービスもブロンが死んだ事を聞かされた時はまさかと思ったが、いざ目の前に破片程度しか残っていないと聞かされて動揺したらしい。
「よくも……よくも私の弟を殺してくれたなぁあああああああああッ!!」
サイラスに掴みがかってそう叫ぶオービス。悲しみのあまりに暴走しているようだが、誰もそれを咎めるようなことはしない。だがサイラスは目の前にいる邪魔ものを見て思った。
(白々しい……)
オービスが最初から今の王族に対して何かの対応をしようと企んでいるのは知っていた。そしてこれを機にさらに中枢に噛みつこうとしているのも気付いていた。それもそのはず、エクランド大公家はオービスの世代で完全に大公ではなく辺境伯の扱いになり、多少王家からの給付が少なくなる。特に今の大公家は領土が完全じゃないとは無いとは拠点を失っているようなものだ。その上、その拠点のエースがいなくなるとすれば問題なのだろう。
「オービス公、今回の件は――」
一方的にサイラスを悪者扱いしようとするオービスに対してブルーノが何かを言おうとするが、サイラスが制した。
「そうだな。今回の件は誠に残念に思う。既に王都に対して警戒態勢を敷く事を要請している」
そう告げたサイラスだが、オービスはまだ離す気は無いようだ。
「ええ、そうですか。どうやら今のあなたにはこの悲しみはわからないようですね!」
「そうだな。実のところこうして掴みかかられたのも新鮮な気持ちでもある。まさか貴行にそのような勇気があった事もそうだが」
「お前は――」
さらに力を入れた事でサイラスはオービスを反射的に背負い投げをした。ただし、できるだけ彼に負担を与えないようにしている。
「これ以上は流石に看過する事はできないのでね。オービス公は急いで来てお疲れのようだ。部屋に案内しろ」
サイラスはそう指示した後、ブルーノと共に砦内にある彼の執務室に移動。
「それで、どうだった?」
「……あまり信じれませんが、どうやらあそこで大規模なスタンピードが起こっていたかもしれません。それほどまでにおびただしい数の血が出ていました」
そう聞いたサイラスはため息を吐く。
ブロンが死んだ事で彼の仕事が増えてしまった。
元々ブロンは被災民と称して女たちを連れ込んで遊んでいた事は知っていた。その上碌な連絡も無しに勝手に出て行って勝手に死んで戻って来た。あの場でオービスが声を荒げなければ彼も色々と言いたかったところだ。
「全く。迷惑極まりない存在だ。死んでもなお、我々の仕事を増やすとは」
「あまりそのような事を仰らずに。もしくは大公家の手の者が――」
「そうかもな」
ここにオービスの関係者がいる事は知っている。それにサイラスにとって遅かれ早かれ敵対する間柄の為、今更遠慮はしない。
「もしそうなればそれはそれで面白いんだけどな」
ブルーノは思わず顔を引き攣らせる。最近彼はサイラスからかつて存在したとある少年を彷彿とさせる事が多くなった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつもお読みいただき、また応援ありがとうございます。
楽しんでいただければレビューに感想、応援を。続きを読みたいけどまだしていない人はフォローをお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます