#22 それは地獄からの招待状

 少女はふと、目を覚ます。


(……あれ? ここは……)


 いつも見ていたあの胸糞悪い部屋じゃない事に気付いた少女――メレディスは身体を動かそうとしたが上手く身体を動かせない。いつの間にか自分はどことも知らぬ場所に連れて来られていたようだ。

 そんな事を考えていたメレディスの思考を邪魔するようにドアが開かれる。


「……え?」

「あ、おはよう。目を覚ましたんだな」


 さも当然のように入って来る男……と思ったがメレディスにはとても男には見えない。


「……おとこ……?」

「あ、うん。そうだけど……」


 「やっぱり見えないのか……?」とどこか悲しそうにする目の前の男。透き通るような白銀の髪に紅い瞳はとても男には見えないが、声は確かに低く男性的な感じがする。だからだろう、メレディスはフワフワする自分の今の場所から移動して近付いて来る男のズボンに手をかけて股間をまさぐる。そこには確かに竿のようなものがあった。

 しばらく放心状態だった男だが、メレディスの手首を掴んで離す。


「全く。いきなりどうしたんだよ」

「…………」


 沈黙するメレディスだが、今度はベッドに仰向けになっていつの間にか着ていた服を捲し上げる。そこには何もつけていないので2つの丘が露わになった。寝転がってもまだ丘として存在する2つの餅が視界に映る前に目の前をシャットアウトさせた男はため息を吐く。


「君がどういう風に過ごして来たのか知らないけどさ、そういうのはしなくていいよ」

「……でも、私の一応兄にあたる人は私は一生そういうことをして生きて行かないといけないって言ってました。色々あってされたことはありませんが……」

「え? そうなの?」


 流石に男も年頃と言う事もあって反応を示す。


「……はい。魔族の襲撃や領地占拠もあってしばらくは従者として働かされていたんですがそこで粗相をしてしまい、あの部屋に入れられていたんです」

「粗相……?」


 高級な花瓶でも割ったのだろうか、なんて思いながら軽く考えていた男だが、彼女の言葉に固まった。


「私の最初の相手になるはずだった男性を、怖さのあまり殴ってしまったのです」

「……最初の、相手?」

「はい。その、初夜の相手……です」


 何度か頷いた男はしばらく止まったが、やがて1つの結論に達して立ち上がるので彼に頭に声が響く。


『落ち着けマスター。ここで行動を起こしても意味が無い。そもそも敵が誰かハッキリしない以上、下手に襲撃すれば問題が起こるだけだ』

「…………」

『一応、あの書物の中に手がかりが無いか探しておく。とりあえずマスターは彼女のケアに務めろ』


 頭をかいてため息を吐いた男はとりあえずメレディスの所に戻る。


「あー、その……なんかごめん。なんか凄く怯えさせちゃって」

「い、いえ、大丈夫です」


 掛布団を被ってガードしているメレディスを見て男はやってしまった事に気付いた。


「あ、あの……よろしければこのままズボンをずらしていただければ味わう事もできますよ?」

「いやしないから。そういうのは普通は親密になってお互い愛し合える関係になってからするものだから」

「そうなのですか?」

「そうなんです」


 男はこの状況をどうしようかと本気で考える。今の女の常識はおそらくとんでもなく歪んでいる。まず相手の常識と自分の常識にズレが生じている事はいつもの事だろうと脳内かつ自分で突っ込んでいたが、それでもどうしてもメレディスの常識はかなり歪ませられていると思った。


(あ、そういえば俺、この子の名前知らないや)


 そんなコミュニケーションで最初に知る事すらまともに行動していない事に気付いた男はメレディスに手を出す。


「先に名乗っておくよ。俺はベイル。よろしくね」

「私は……メレディス・エクランドです」


 あまりベッドには慣れていないのかメレディスはベイルの手を取って立ち上がろうとするがバランスを崩してベイルにのしかかる形で倒れた。

 メレディスは焦ってすぐに立ち上がるが、ベイルはベイルで自分の身体に当たった2つの餅に興奮していたのだが、なんとか抑える為にゆっくり立ち上がる。だがメレディスは顔を青くしていた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……王太子殿下の婚約者に選ばれなくてごめんなさい……」


 完全に震えている。流石にマズいと思ったベイルはメレディスを抱きしめる。


「落ち着け。大丈夫だから。というか……王太子の婚約者? そんなの怠いだけだろ」

「でも、選ばれなかったから2歳になった弟が……オービスに殺されて……」

「……は?」


 とんでもない事を聞いたベイルは驚いたがメレディスの背中を撫でて落ち着かせる。そしてその行為は自分も落ち着かせることにもなった。

 今のベイルはとても平静でいられなかったので、メレディスの匂いを嗅いで自分を落ち着かせる。実際あの部屋はともかく彼女自身はそこまで臭くない。そしてメレディスも自然と落ち着き始め、ベイルに抱き着き始める。そうなるとどうなるか。

 メレディスの胸はかなり大きい。かなり劣悪な状況で育ってきたが幸いな事に女性的な特徴はしっかりと育ったようだ。さらに言えばベイルの手持ちにブラジャーなんてものは存在しない上に色々と洗浄した事もあって今彼女は服上下1枚ずつで直で服を着ていた。つまり、ほとんど直にと言っていい。

 ちなみに今のベイルにハニトラ耐性は限りなく低い。自称鋼鉄の理性で辛うじて意識を保っているがこのまま行けばメレディスを押し倒してしまいそうになる。




 大体10分ぐらいした後、メレディスは顔を上げた。その顔は涙でくしゃくしゃになっている。もしここでベイルがプレイボーイ属性を持っているのならば気が利いた言葉を吐くのだが、残念ながら彼にはそんなものはない。


「ごめんなさい、私……あなたに甘えてしまって」

「いいよ、気にしないで」


 内心「ご馳走様でした」と思いながら返答するベイル。メレディスはよくわからないと思いながらも疑問を抱いていた。目の前にいるのは声からして男のはずなのに、何故自分はここまで心を開けるのだろうか、と。

 メレディスの過去はとても重く、口に出すのも辛いものだ。目の前で弟を殺された上に様々な事を仕込まれた。貫かれてはいないとはかなり恥辱にまみれた人生を歩んでいる。

 なのに目の前にいる男からは彼女が嫌がる様なものは感じない。それどころか居心地が良いとすら感じてしまう。


「そうだ。色々あって疲れただろ? 一応ご飯を作ったんだけどどうかな?」

「……良いのですか?」

「まぁ、色々あったし。俺もしばらくはゆっくりするつもりだから」

「……では、お言葉に甘えて」


 ベイルはメレディスを案内する。この建物は2階建てと言う事もあり2人は下に降りてリビングに移動。少し冷めているのでベイルは軽く温め直す。

 メレディスはシチューを出されてスプーンで口に運ぶ。とても美味しい料理に舌鼓を打ち、そのまま食が進んだ。


「……そういえば、何故あなたはあんな所にいたのですか?」


 シチューを食べた後、何かの準備をして戻って来たメレディスはそう尋ねる。


「俺、記憶喪失でさ。1日前に戻ってきたんだけどその時に戦闘が起こってたから介入した後に俺の手掛かりを探してたんだ」

「記憶喪失……?」


 そこでふと、メレディスは彼の名前を――ベイルという名前を思い出す。確かそれは3年前まで聞いていた英雄の名前と同じだった気がする、と。


「なにせ目を覚ましたら牢獄内で、覚えているのは自分の名前と年齢だけ。あの時は本当に焦ったよ」

「ろ、牢獄って一体何をしたんですか?」

「それは内緒。と言っても牢獄に入れられていたのはその国の風習みたいなものだから大したことは無いけど、国の話をするとなったら色々と問題が起こるから話せないんだ」


 ベイルがそう言った後、何か音が聞こえた後に「お風呂が沸きました」という音声が辺りに響いた。


「お風呂……」

「先に入りなよ。あの部屋で一応洗ったとはいえ即興だったし、ちゃんと身体を洗った方が良いし」


 メレディスは出会った後に襲われた事を思い出した。


「あれってそう言う事だったんですね」

「そうなのだ」


 とどや顔をするベイル。その姿にクスッと笑ったメレディスだが、ここで良いアイディアが浮かんで提案した。


「でしたら、一緒に入るのはどうでしょう?」

「……それはちょっと」


 ある意味ベイルにとって地獄なのだが彼女はそれに気付いていない。


「でも、私はこの家に詳しくありませんし、シャンプーとリンスの違いがわかりません」

「……わかった。それだけは教えるよ」

「では一緒に――」

「それはダメだよ」

「……ダメですか?」

「そうそう。もしそれで俺がメレディスに発情して襲っちゃったらどうするのさ。俺今年15で思春期真っ盛りだよ? 思春期真っ盛りの男なんてほとんど発情しっぱなしの猿だよ?」

「え……?」


 メレディスは今年16歳。実はシャロンと同い年である。そんな自分が年下の男子にあそこまで甘えていたと知ると流石のメレディスも動揺する。


(いえ、むしろ……)


 年上だからこそ、ここでしっかりと年上としての風格を見せないといけない。そう考えたメレディス……しかしこれまでの醜態を考えてみれば今更な気もしてきた。むしろ彼女の思考は段々と「この男を物にしないといけない」とシフトし始める。


「構いません」

「え?」

「私はあなたに発情されても構いません。あなたが私にした事を考えればそれくらいの価値は――」

「無いから」


 そう言ったベイル。メレディスも流石にこれ以上は無理かと思ったのかとりあえずは自重する事にした。




 翌日、目を覚ましたメレディスは自分がいるのはあの地下牢獄では無くベイルに拾われたという実感を持ち始めた。だからだろう、あれだけ自分に対して良くしてくれるベイルに嫌われてしまったらどうしようという不安が何度も過る。

 屋敷にいた頃は本当に酷かった。少し間違えれば激しい折檻やしたくもない訓練、貴族としての教育など受けられたことなどなく、あるのは常に男を悦ばせる方法のみ。もっとも貴族としての教育など受けたいとは思った事が無い。あんな家の一員になりたいとはとても思えなかった。

 そしてメレディスはベイルを見ていると何故か、とてもその身体を差し出したくなった。


(……どうかしているわね)


 あれだけ嫌だったことが今では必要としている。そんな矛盾に気付いたメレディスは自嘲するが、不思議な事にベイルに対しては嫌な感じがしない。まるでそれが自然のようで昨日は何度も襲いそうになった。

 それでも無防備に眠るベイルを見て毒気を抜かれて結局は手を出せないのだ。そして何より、昨日よりかは少し具が大きい茶色と白の物体が皿に載せられてテーブルの上に置かれているのを見てメレディスは呆然とする。


『トレーニングがてら、状況把握に行ってきます。今日の朝はカレーライスです。おそらくこっちじゃ見た事ないものかと思われます。あと、食事前にトイレと手洗い、食後は歯を磨いておくように。ある程度消化したらストレッチしておきましょう』


 その時、メレディスは思った。もしかして自分はとんでもない人間に拾われてしまったのではないか、と。




 砦前にある集落。そこには人々を載せた馬車が一斉に発進して砦へと移動していく。双眼鏡で状況を確認する為にさらに拡大して運ばれていく人間の姿を見る。


「あらら。随分と怯えちゃって」

『とか言いながらどうせ何も思っていないだろ』

「そりゃそうだろ。何で俺が負け犬なんかに同情しないといけないんだよ」


 そう切り捨てるベイルに頭の中に響く声はため息を溢した。


『あまりそう言ってやるな。少なくとも我々の食事は彼らの支えがあって成り立っている』

「……俺の場合は分身がやってくれるからありがたみはわからないんだがな」

『まぁ、おそらく人類規模で探してもマスターのような人間はいないだろうよ。まぁ、そんなことよりもだ』


 と、頭の中の声が一拍置いて確認した。


『君はあの子をどうするつもりなのかな?』

「……別にスタイルも悪くないし、昨日のあれは大型犬が懐いて来たと思えばまぁ悪くは無いさ。だがいくら資金を手に入れてもアレは所詮人の金。馬鹿が何もかも吹き飛ばそうとするから回収しただけに過ぎないからな。俺自身の目的もあるし、一応は彼女も連れて行くつもりだよ」

『……彼女に関してはなんとも言えないが、おそらく王都に向かえば彼女の関係者もいるだろう。それでも君は彼女をそこに連れて行く気か?』

「そうせざる得ないだろ。流石に今の状態のメレディスは放っておけないし」

『胸もデカいし尻もそこそこ大きい。挙句に顔も良いから飽きも来ないだろう』

「問題は子どもを作るには流石に資金が足らなすぎることだ。あともっと言えば果たして今のメレディスが本心で俺と一緒にいたいか、というのもあるがな」

『…………』


 向こうが何も言わなくなった事でベイルはさらに観察を続ける。だがしばらくして向こうからため息がこぼれた。


「何だよ」

『……まぁ、確かに今の彼女は不安定だろう。それに関しては否定しない。だが助けたならそれ相応の対応はするべきだと思うがね。特に昨日、彼女の出生に関してはすべて説明しただろう?』

「ああ。なんというか悲惨だったな。アレを大公という準王家と言っても過言じゃない家がやるのだから本当に怖いな」

『だからこそ、ちゃんとしたケアは必要だろう』

「わかっている。ちゃんと話し合うさ」


 向こうがまた沈黙した。ベイルもある程度は情報収集できたのでそこから降りて走って自分の拠点に戻る。

 開錠してドアを開けるとリビングから顔を出したメレディスがベイルが帰って来たと判断すると急いで玄関口に平伏す。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

「…………」


 突然の事にベイルは固まった。

 別にベイルはそんな事をしたいと思っていない。だがどうしても男としてそそる事を感じるのも確かだ。


(……やはりちゃんと話し合う必要はあるな)


 ベイルはメレディスを浮かび上がらせる。自分が宙に浮いている事はもちろん、50㎏はある自分の体重でここまで軽々と持ち上げられた事に驚いたメレディス。ベイルはそのままメレディスを浮かべたままリビングに戻り、ソファを出して座る。そしてメレディスは隣に座らせた。その行為に何を思ったのかメレディスはベイルに顔を出すが、ベイルはメレディスの額を軽く弾く。


「な、何をするんですか……?」

「それはこっちのセリフだ」


 それからベイルはどこからともなく不思議と書かれたラベルが着いたペットボトルとコップを出す。ただしメレディス用のは差し口が付いている。

 ベイルはコップにペットボトルに入った無色透明の液体を注いだ後、自分の口に入れる。しかしメレディスは何もしない。もっともこれは流石に最初から予想できていたので差し口が付いたコップをメレディスの口に持っていく。すると彼女はコップを舐めたので口を開いたところに水を入れた。

 ある程度入れると彼女の口からコップを離してローテーブルに置いた。


「エロいわ!」


 顔を真っ赤にしてベイルは叫ぶ。急だったこともありメレディスは驚いているがベイルはそのまま続けた。


「あー、すまん。思わず――」

「つまり私はあなたの玩具として合格ということですか?」

「そういうわけでは無いし、そもそも別に敵対していない相手を玩具扱いはしないさ」


 ――では敵対する相手はするのか?


 そんな疑問が過ったが、それで敵として認識されたくないと思ったメレディスは黙った。


「さてと、ここからは真面目な話だけど……俺は君の過去をある程度は知っている」

「え……?」

「あ、別に君が気になって調べたというよりたまたま接収した書物の中に君の事を書かれたから知ってしまったというのが正しいかな」


 昨夜の事だった。

 メレディスが寝た後、ベイルは別の目的で資料を漁っていたがそこでメレディスの事で書かれた内容がいくつかあった事に気付いたのだ。


「…………どう、思いました?」

「どうも思わんよ。強いて言うなら筆者とその弟がどれだけ強いかが楽しみってところかな」

「…………」

「あ、もしかして君が無力だったことを言及してもらうつもりだった? お前が何もできなかったから家族が死んだんだって? それは流石に思い上がりが過ぎる。子どもの時に親に守られて当然。ましてや貴族という地位にいながらできなかった事を自分の領民に押し付ける時点でただのカス。問題はその権力に見合うだけの力があるのかってところぐらいだ。あとはそうだな。君の養父は実力が足りなかっただけでちゃんと父親をしていたという点は好感を持てたかな」


 その時、メレディスの目から涙が出て来た。まさか自分がそんな事を言われるなんて思わなかったのだ。


「だが同時に知っただろう、無力は罪だと。力が無いから理不尽な目に遭う。これはどこの世界でも変わらない」

「…………」

「なら後は強くなるだけだ」

「でもそんな方法なんてあるの……ですか?」

「もちろん。1番簡単なのは3つ。魔法を覚える事と体力を増やす事、そして寝る前に魔力を放出すること」

「……魔力を放出?」

「そう。寝る前に体内にある魔力を放出するんだ。だがただ放出するだけじゃ意味が無い。それではせっかく残っている魔力が無駄になる。だから俺は寝る時は必ず魔力をこいつに入れる」


 そう言ってベイルが出したのは四角の箱だった。


「これは……?」

「アキュミュレイトスフィアって言って、この箱の中にある球体に魔力を溜める事ができるんだ。今日から寝る時はこれに魔力を流し込んで枯渇させるんだ」

「……それって大丈夫なの?」

「まぁ、外敵対策していないと危険だけどそれに関しては大丈夫。だってこの家、スイッチを入れたら魔力壁を軽く100層を展開した上で隠蔽魔法を使っているから」


 メレディスはもうなんでもあり過ぎるベイルに対してむしろ信じられたが、ここから彼女の地獄が始まる事になろうとは全く予想できなかった。




 それから数日が経過した。

 ベイルが監視していた砦に大型の魔動車が到着する。運転席から男が1人降りて来たが同時に杖を向けて来た軍服を着た男たちが彼と車を囲う。


「所属と姓名、目的を言え」

「ブロン・エクランド。逃げ遅れた者たちを連れて来た。ここには先に領民と兄のオービスが来ているはずだ。確認してくれ」


 ブロンと名乗った男がそう言いながらカードを出して渡すと、2人の男が砦の中に戻る。その間にブロンに杖を向ける者と車内を検分する者と別れて行動する。その間にオービスを連れた軍人が戻って来た。念のために確認させるためだろう。


「おお! よく無事だったなブロン! 心配したぞ!」

「ああ。俺も詳しくはわからなかったが突然別の機体が現れてな。アレは兄貴が寄こした援軍か?」

「いや、私も到着後に依頼したが難しいと言われてな。お前に心苦しいとは思ったが……」

「ここにいるのは王子なんだろ? 気前よく派遣してくれてもいいのにな」


 と愚痴を溢すブロン。それをオービスが小突いて諫める。


「滅多な事を言うな。もしそれが殿下の耳にでも入ってしまったらどうするつもりだ」


 その事を聞いてブロンはニヤッと笑顔を浮かべて堂々と言う。


「その時はわからせてやればいいだろ。相手は所詮ガキなんだし――」

「――なら試してみるか?」


 後ろから声を掛けられたことで2人は視線を向けると、そこには堂々と立っているサイラスと後ろにハンフリーのもう1人の息子でありサイラスの乳母兄弟であるブルーノがいた。


「で、殿下⁉ 申し訳ございません、この者は――」

「ちょうど私も今の実力を測っておきたいと思っていたんだ。ブロン卿、お相手願おうか」

「そ、それは――」

「あぁ、別に貴殿が気を揉む必要はない。私はただ、英雄と言われた貴殿と戦ってみたいだけだ」


 それを聞いてブロンは汚らしい笑みを浮かべる。おそらく自分の実力なら余裕だと思ったのだろう。だが、結果は残酷だった。蓋を開けてみればブロンは地面に倒されておりサイラスはつまらなさそうに這いつくばるブロンを見ている。


「ぶ、ブロン……嘘だろ……」

「どうした、ブロン卿。その程度か?」


 サイラスが煽るとブロンは立ち上がる。しかし既に身体はボロボロであり、いつ倒れてもおかしくない状態だった。


「で、殿下! 私の弟が行った無礼はまた改めて行います! ですから今は――」


 だがサイラスは疑問を抱いていた。


「オービス卿、あなたは勘違いをしている。私は貴殿の弟の発言に対して怒りを露わにしているわけではないぞ?」


 その間にブロンがサイラスに殴りかかるがサイラスが回避。その間に3発を入れた事でブロンはフラフラになったのでサイラスが飛び逆回し蹴りで右踵でブロンの首に衝撃を与えた。それによって身長は190㎝は超えているブロンはそのまま倒れてしまった。慌てて周囲の人間が彼を回収する。


「で、では何故ここまでの事をするのですか!?」

「単に私は知りたいだけだ。私が今、どれだけ強いのかな」

「……は?」

「それに、私が倒したい相手は――ベイル・ヒドゥーブルはあの程度でダメージは受けない。あの男は真に人外であり無法だからな。本当は魔法の方でも試してみたかったが仕方ない」


 ため息を吐いたサイラスは用意された簡易闘技場から降りる。


「何故そのような事を。おかげで私の弟はあのような状態になったのですぞ!」

「ちょうどいい。彼の実力は本物なので休暇はここで過ごしてもらうとしよう」

「……何?」

「彼が強かったのも確かだからな。今後は私と共に行動をしてもらいたい。とりあえず今は身体を休ませてくれ」

「まさか私の弟を既に死んだような存在の為に使い潰すつもりか!?」


 その言葉にサイラスは少し固まったが、少しして盛大に笑った。


「そういえば、貴殿らはちょうど入れ違いで頭角を現したのだったな。ならば理解もできはしないだろう。アレが魔族の手にかかって死ぬなどあり得んよ。いや、あやつに我々人間の常識など通じない。おそらくどこかでしぶとく生きているさ」

「い、一体何を根拠にそのような事を――」

「根拠は……言われてみれば無いな」


 オービスは声を発する前にサイラスはその場から移動する。


(確かに根拠は無い。だが何故だろうな。私はいずれあの男と会う。そんな予感がして止まないんだよ)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

いつもお読みいただき、また応援ありがとうございます。

楽しんでいただければレビューに感想、応援を。続きを読みたいけどまだしていない人はフォローをお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る