#20 暴走と暴露と悪魔の契約
あれから数日、ホーグラウス王国は主にヒドゥーブル家によって魔族たちを撃退する事に成功。戦力を整えて他の国を取り戻そうとしたところで問題が発生した。それはブルーミング共和国のフギン・ユミエルがいなくなったという事だった。
それによって周囲の捜索が唐突に行われていたが王国軍によって発見される。ただし、死体としてだった。
「そ、それは本当なのか?」
「……ええ。確かにフギン氏のご遺体は死後数か月は経過していると思われます」
ホーグラウス王国の王宮内にある会議室にて、医師からそう報告されたウォーレンを始め、他の3人も口をあんぐりを開ける。
「ということは、既に共和国は魔族の手に落ちた。そう考えるのが妥当と言う事でしょうか?」
テレーシアがそう言うとさらに空気が重くなるが、ウォーレンとしてはそれ以上に気がかりなことがあった。それはベイルの事だった。
ベイルは姿を見せた後にどこかに飛んでいき、それ以降姿を見せていない。幸いな事にシャロンは今回戻って来た事もあってそこまで深く落ち込んでいないが、サイラスが思いつめる顔をすることが多くなっていた。
さらに言えばベイルの離脱は王国にとってかなりの痛手。いくら弱体化していようともその価値は計り知れない。そして、気になる事もあった。
「ならばレオナルド、この際すべて洗いざらい吐け」
「何?」
ウォーレンに言われてレオナルドは眉を顰める。
「そもそも、ベイル君の症状を知っているのは本人を含めてそこまでいなかった。だが彼が確定した数日後にお前がそれを知っていた?」
「…………何が言いたい?」
「だったら言ってやる。私はお前たち帝国が魔族と繋がっているのではないかと思っている。いや、なんだかんだでレリギオンやブリティランドもと考えているところだ」
そう言われて最初に反応したのはレオナルドだった。
「何を馬鹿な。そんな事があるわけないだろう! 言いがかりにも程がある! 大体、それを言うならそっちもそうではないか! お前はともかく現にあの小僧は魔族と繋がり、なんでもその遺伝子を受け継ぐ者も現れたではないか!」
「――むしろ逆よ」
唐突にシャロンの言葉が聞こえた。ウォーレンも驚きを見せるが突然シャロンとシルヴィアが姿を現す。
「これはこれはシャロン殿下。こんな所に一体何の用で?」
「あら、私の夫に対して随分な態度を取るブタ野郎の意見を否定しに来たのよ。この子と組めば大体の事は解決するしね」
挨拶すらしないシルヴィアを指しながら満面な笑みを見せるシャロン。シルヴィアがシャロンの夫発言に対して一瞬止まったが敢えてその場で突っ込みを入れなかった。
「あの魔族が言っていたわ。ベイルはこの一ヶ月培養液に入れられていたってね」
「……私も証人」
「だ、だから繋がっていないと? そんな事あるわけ――」
「むしろこっちにしてみれば、急にベイルを標的にして彼を殺そうとした方が怪しいと思うわよ。ベイルと言う唯一魔王と渡り合え、辛勝とはいえ勝利した存在が消えれば実質魔族側は攻め放題。だから今回この作戦を決行して今は調査中だけどブルーミング共和国が消失しているかもしれない。つまりあなたたちは魔族に繋がっている存在もしくは魔族そのものに踊らされて向こうの口車に乗ったとも言えるのよ」
シャロンの言葉に息を呑むウォーレン。レオナルドが忌々し気にシャロンを睨みつける。
「で、実際どうなのおじさま?」
「……この際、すべて吐く事をお勧めする」
シルヴィアが魔法の準備に始めた時、それが突然無効化された。
「随分と穏やかではないな。それにここは国家において長たる者のみ許された席。お前のような者が割って良い場では無いと知れ」
モルガンも戦闘態勢を取った時、シルヴィアが笑った。
「――ああ、良かった」
そう言ったシルヴィアはさらに魔力を放出する。
「あなたは弱者じゃないようだ」
シルヴィアから放たれるプレッシャーが尋常じゃない。モルガンは少し前にレオナルドたち帝国陣営をボコボコにしたレイラを思い出す。もっともモルガンもただの長では無いが、少なくともモルガンに無いものをシルヴィアは持っていた。それは、ベイルが持っていた異質さ。
シルヴィアは本気を出す為に彼女の魔槍「トリアイナ」を展開。それを見てレオナルドも剣を抜いた。
「小娘共が。大人を舐めると痛い目を見るぞ」
「災害をどうにもできないのは人間の典型。死にたくないなら、吐け」
お互い睨み合う。その最中、モルガンが顔を歪ませた。
「待て! それ以上はシャレにならないぞ!」
「こっちは兄を奪われ、国土を荒らされている。王を僭称するなら実力ぐらい示せ」
そう言ったシルヴィアの背中から黒い翼が生えた。流石のシャロンもそれ以上はマズいと思って止めようとしたが、それ以上にシルヴィアから放たれるプレッシャーが凄まじい。
「言ったな。その言葉、高くつくぞ」
とうとうモルガンも本気になったらしい。すると3人は突然会議室から姿を消した。
「え? 何?」
「全く、みんな揃いも揃って血の気が多いんだから」
そう言いながら現れたのはレイラだった。
「し、師匠⁉ 何故ここに?」
「シルヴィアはベイル大好きっ子だったからいつか爆発するって思ってたのよ。だからお互いの力量を示す必要があるじゃない?」
「いや、下手すれば外交問題に発展するんですが⁈」
「あー、大丈夫。一国の王が他国の子ども相手にぼろ負けしたって体裁が悪すぎてむしろ口を閉ざすしかないし、こちらの戦力を示す良い機会になるじゃない」
なんて言いながらレイラは何重にも結界を張り、アナウンスをする。
『じゃあ、早速エキシビションマッチを始めさせてもらうわ。お互い思うところはあるでしょう? だから思いっきり殺し合ってね。ダメージは本体に持ち越さないようにしているから』
唐突にそんな事を言われた2人の王。だがモルガンはちょうどいいと思い既に完全な戦闘態勢に入っているシルヴィアを見てちょうどいいと思い、戦闘態勢を取った。
「そうなるとこちらは見学となるか」
『ご心配なく。皇帝陛下に相応しい相手を準備させていただきました』
その時、背筋が凍る何かを感じたレオナルドはその場から移動すると、まるで次元が二つに分かれたような、そんな不気味な感覚に襲われた。
『私の夫にしてたった1人でダンジョンを攻略した我が国の最強戦力、ラルド・ヒドゥーブルですわ』
突然現れた、大剣を片手で持つ大男。それを見てレオナルドは「相手にとって不足はない」と言い切ったが今のラルドはある意味危険だった。
『あ、一応言っておきますが今の夫とまともにぶつかれば――』
ラルドは大剣を振るうとそれにぶつかったレオナルドは結界の壁に叩きつけられる。レオナルドは何が起こったのか理解できずに辺りを見るが、既に自分を殺そうとしているラルドを見て戦慄が走った。
その様子を見ていたテレーシアは納得する。
「なるほど。つまりは自国のアピールということですか。私たちの力を借りずとも、ベイルがいなくてもまだまだこれだけの戦力が残っている、と」
「ご理解が早くて助かりますわ、聖女様」
テレーシアにレイラがそう答えるとテレーシアは少し恥ずかし気に答える。
「もう聖女は止めてください。これでも80を超える老婆ですし、何よりその座は既に退いております」
「ええ。ですがその影響力が強く、今回の会議に出席したのもそれが遠因とか」
「……あなたこそ、あの状況でよく生き残れましたわね。姿を見せた時は本当に驚いたわ」
「私の夫は珍しい雷属性の魔法を使えるのですよ。と言ってもすべてを剣に捧げて来た男なのでダンジョン攻略時は身体強化だけでしたが」
そしてその男は今、家族を蔑ろにし生贄を強要した男を殺そうとしている。もっともそれを止めるつもりは誰にも無かった。止める時の被害がとんでもない上にレイラが使用しているこの結界があるから好きにさせていると言うのもあるが。
「なんと恐ろしい。そんな方を私たちの下に送られるとなれば怖いですわ」
「下らない教えを説いているからこうなっているんですけどね」
「……下らないですって?」
「ええ。本来、人とは自由な存在。あなた方はそれを廃止、純粋な人間だったベイルが人を守る為に結果としてドラゴニュートになったと言うだけで排除する事を賛同した。生まれながらにして人の身に余る膨大な魔力を宿していた厄災の権化とも言える男の慈悲で生かさされているだけの人間が、ですよ」
そう言われてテレーシアはようやく気付いた。自分たちはこれから――返答次第によっては処理されようとしている、と。
「次代にはベイルと同じような存在がいる事は知っていますよ? とりわけ有名なのはパルディアンのアーサーでしょうか? 何でも帝国の聖獣と分かり合える希少な存在だとか。それにそちらもあなたを超える程の次期聖女も既に確保され、魔導国では次男がその力故に王位に就くのではないかと噂されている。だがベイルに比肩する存在はいない。何故ならあの子は生まれながらにして闇を抱いていた。だからこそ本来闇属性に分類される魔法を自在に操れた」
「あなたは、それを知っていながら自分の息子を生かしたというのか?!」
驚愕し、レイラの方を見るテレーシア。しかしそれが何よりマズかった。
「知ってますよ。闇は本来、人ならば誰もが持っている心の負。それが強い者はいずれ魔族に変貌するというのは所詮あなた方の下らない教義が産み出したまやかし。そうじゃなければ魔族として生を受けたベイルが人を助けようとしますか? あなた方の教義通りならばベイルは人を救おうとしない魔の存在。だが実際はどうだ? お前たちの教義を否定し、ベイルは確かに人を救い、守ろうとした。それを否定し、魔に落としたのはお前たちだレリギオン」
「し、師匠! 今は落ち着いて――」
「答えろ、元聖女。お前たちの掲げる教義、下らぬ弱者の意地。それらがすべて人を貶めた。それにより数多の命は摘まれ、人は衰退を辿ろうとしている。その裁く側に居座る害虫風情が生きている。これが何を意味するか理解しているか?」
満面の笑み。しかして瞳だけは一切笑っていないどころか目が遭った瞬間に命を奪おうとすらしている覇気を纏っている。これはもう、今のレベルではどうする事もできないものだ。
「罪を贖わせろ。禁断の扉を開き、お前たちが忌み嫌う魔を招き入れたのも、同胞だけは絶対に殺さなかったベイルに人を殺させたのはお前たちだ。そうしないならば、今のレオナルドのようになるが?」
テレーシアは結界の方を見ると、レオナルドは既に満身創痍。立つこともままならない。そしてモルガンの方は押しているが苦悶の表情を浮かべている。
「さぁどうする? 自国の民の安寧を願うか、それとも滅びをここから眺めるか」
「…………あなたは悪魔か」
「いいや、人間だ。お前たち国家の長と同じ……いや、違うな。お前たち昼行灯共に飽きた人間だ、私は」
レイラの発言に驚愕を続け、呆然とするウォーレン。シャロンもここまでやるのかと驚きを露わにしていた。
「良い、シャロンちゃん。あなたは甘いのよ。特に権力と言う厄介なものを持っている人間は自分が強者だって勘違いする。だから相手の心が完璧に折る必要がある」
そのタイミングで結界内からダメージ過多で戻って来たレオナルド。それを見てレイラは説明を続けた。
「特に彼のような「国の軍事力」でのし上がって来た人間はラルドみたいな完全な戦闘職を当てるのが最適よ」
「……き、貴様ら……こんなことが許されると思って――」
レオナルドの左耳が本体から分離して鮮血を撒き散らしながら移動する。
「そうね。普通の人間ならば権力を恐れて泣きわめくでしょうね。でも私はそれが嫌だから力を手に入れた。ついでにこちらの意思を伝える絶好の機会でもあったしね」
「み、耳が……」
「私はこれでも怒っているのよ。例え息子が勝手に受けたものとしてもね。人間と言うのは感情で動く生き物だから」
「ま、待て……お前の息子が生きているだろう!」
「そして何より、例え国の長だとしても無能がどうなろうと知った事じゃないのよ。あなたは私の愛人になる事は一生無いし、若い燕を囲うつもりは毛頭ない。ここで死んで王国民として一丸となってもらうか、帝国民には山賊などに身を落として私たちの糧になってもらおうか。あなたたちレリギオンもそう。向こうが私たちの祖先がした事を子孫に贖わせようとするとしたら私たちの未来は無い。そうなったら一丸となる必要がある。あなたたち4人を主導として強くなってもらわないといけないわ。だからあなたたちの身体に刻んであげる。自分たちの存在がどれだけ哀れかをね」
自分の杖を鎌に変えて振り上げたレイラ。その時会議室にモニターが現れある魔族が映し出され、レイラはすぐさま結界を解除して3人を戻した。
「え? 何で?」
「……なるほど。そういうことですか」
モルガンがモニターを見て納得し、シルヴィアとラルドはも武器を収めた。
『人間の諸君、初めまして。私はお前たちが定義する魔王、ヴァイザー・シュヴァルツである。これは内大陸全土にして各所に放映している』
そう言ったヴァイザーの顔を見て全員が固唾を飲む。
『今回、我々は内大陸全土に強襲をかけたが、どうやら人間たちに対する認識を改めないといけないらしい。まさか5か国中4か国も我らに対して生存できる国家が存在するとは思わなかった。ただし、ブルーミング共和国に関しては例外だったがな』
その言葉を聞いてすべての長たちはなんとも言えない顔をする。
『ブルーミング共和国は既に我らの手に落ちた。だが殺すのはあくまで歯向かって来た者、並びにこの国を治める者たちに留めている。つまりこの国は我々の国となったわけだ。もっともお前たちは認めずに我々を追い出した遥か昔の様に排除しようとするだろう。だが今はもう違う。お前たちが軽視し、発展させてこなかったジーマノイドを自在に操れる者が多く存在するが、我々はお前たち人間のような猿ではない。なのでここで一時休戦とさせてもらうつもりだ。特に本国を救った英雄3人は疲弊しているだろう。長たちが留守の間によく戦ったが、早々に引退する事だ。なにせ人間たちは強大な力を恐れる。1年半前、我らの侵攻を食い止め、自国の姫君すら救出した悲しき英雄ベイル・ヒドゥーブルのようにな』
会話と共に幾度も写真が公開され、ベイルの姿も見せられた。思いがけないグローバルデビューを果たしているが当の本人はその場にいないが。
『彼は人でありながら竜の血を全身に浴び、ドラゴニュートへと変貌した。もはや常識と言えることだが高位の魔獣、しかも幻獣クラスとなるとその血は人にとっての脅威となる。しかし彼はその呪いを克服し、人間に対して恵みをもたらした。我々にとっても子どもでありながら私と渡り合う唯一の存在にして、我ら魔族を一方的に否定せずに我らを殺す事も可能でありながらも我ら魔族を殲滅しようとする人間の手から守る高潔な存在として名高き戦士として人気だった。人間たちの間では悪魔と知られていると聞いた時は戦慄したよ。しかもまさか人間たちの手でその怒りを買い、あのような事になっているとは想像もつかなかった』
その言葉を聞いてウォーレンは何か嫌な予感がした。
『そう、1ヵ月前の大災害はおそらく彼の手によって引き起こされたと言われているだろうが、実際は違う。レリギオン神皇国の兵士たちが彼を蹂躙した事により、彼は人そのものに絶望し、その心のあまり厄災を起こしたに過ぎない。わかりやすく言えば一方的に攻められている者がいるだろう。その者は大抵弱いために反撃と言う手段が取れないが、心の中ではどうだ? 本当は行使したいのを、それによって起こる被害などを考慮して攻撃しない者はいるだろう。単純に弱すぎて話にならないから甘んじて受け入れている者もいるだろう。だがそれはあくまでも逃げでしかない。我も彼も持つ者が故にそういう答えにたどり着き、反撃する生き物だ。だからそれを行使した。いや、そもそも彼は優しい人間だ。そうじゃなければ我を打倒する力を持つ者がお前たち人間を支配し訳が無いからな』
だが家族が取った反応は顔を逸らすことだった。しかもそれがフェルマンの妻のリネット以外ほとんど同時にするのだからその認識は間違いなのだろう。
『そして今回の襲撃は、そもそもベイル・ヒドゥーブルが存在していれば起こり得なかった事だ。何故かは既にわかりきっているだろう。魔王である我と対等に戦えると証明したのは他でもない。だからこそ我はあの少年がいる限り人間に手を出すつもりは無かった。ドラゴニュートと言えど所詮は人間。だが、人間たちの長は面白い事に簡単に少年を始末しようとした。ああ、本当に運が良かった。まさか少年の身体を知る事になろうとは。人間共が大して知らぬが故に自分たちの切り札を切り捨てる。下らぬ教義に身を焦がした結果が人間たちの脆弱者だとは誰が思ったか。あのまま放置すれば本来死ななかったかもしれない者がいた。そう、この際ハッキリ言おう。お前たち人間が何故死ななくてはいけないのか。それは今なおホーグラウス王国で保護されている2人の為政者――パルディアン帝国の皇帝レオナルド・パルディアン並びにブリティランド魔導国の女王モルガン・ペンデュラム、そして今は亡きレリギオン神皇国の教皇ホーリア・グラディウスの暴走だ。もっともホーリア・グラディウスはベイル・ヒドゥーブルが引き起こした大災害の最中に命を落としている。だからこそ狙うは2人となるだろう。もっとも、我々への対抗策であるジーマノイドを発展させなかったのは全国家の責任でもあるがな』
それを聞いてレイラは顔を引き攣らせる。まさかこんな事になるなんて思っていなかったのだ。
『そして人間共よ。我々の攻撃には正当性が存在する。そもそもこの戦争を引き起こしたのはお前たち人間側だ。なにせ人間は自分たちの存在こそ至上とし、特異な形を持つ私たちを決して受け入れようとしなかった。今でこそ教会に広まっている経典は女神トアマティが人間たちの味方であったかのように書かれているが、実際は違う。トアマティは正しくは我々生命体すべての味方だった。だが我らへの迫害が激しかったが故に人間と亜人をそれぞれ内大陸・外大陸に分けた。しかし人間たちはそれすらも良しとせず、私たちを積極的に排除しようとした。500年前に行われた異世界から我々を討伐する為に勇者を召喚する勇者召喚によって世界は変革したのもそれが原因である。考えるがいい、人間たちよ。今が果たして正しいか、自分たちの存在が正しいか。これ以上むごたらしく死ぬのも、死を見るのも見たくないだろう?』
――とんでもない事をしやがった
それが彼らのウォーレンを始め、長としての立場に着く者たちが抱いた感想だ。この男はかつて自分を負かした相手を称えた上でその原因をすべて暴露したのだ。
こうなればもう止まらない。人間たちは暴走し、王族たちを倒そうとするだろう。特に帝国や魔導国は下手すれば王朝が変わる可能性が出てきている。
『私からは以上だ。皆の賢明な判断を期待――ああ、そうだ。既に気付いていると思うが、パルディアン帝国の第二王子ジェレミア・パルディアンは私から情報を得ていた。いわば、君たちの大切な人を奪った張本人とも言えるだろう』
そう言ったヴァイザーは通信を切った。レオナルドは顔面蒼白。それもそのはず、今3方向から殺気をぶつけられ、今にも漏らしそうだったからだ。
「3人共、とりあえずは今この場で彼を殺すのは待ってくれ」
「……は?」
「シルヴィア、落ち着きなさい。陛下、すみませんが私はしばらく暇をもらいたいと思うのですが」
「すまないがそれは諦めてくれ。君たちの事だからどうせ帝国に攻めてみたいとでも言うのだろう?」
ウォーレンに言われてラルドは驚いていた。
「まさか、そんな事は致しません」
「だが君には是非待機しておいてもらいたい。これがわかった以上はもう我々は見過ごす、ということはできないのだ」
ウォーレンは満面な笑みを浮かべてレオナルドとモルガンを見下ろした。
「こう言っては何だが、ベイル君は本当によくやってくれた。いや、我慢してくれていたと言うべきだろう。彼のこれまでの行いで我々王国は大きく変わるが、君たちは脱落するだろうな」
彼もまた、ベイルの事を義理の息子として好いていた。というのも本来ならばあれだけの常識を破壊する力を持てば自分の娘をいたずらに消費するだろう。シャロンはもちろんだがその他の娘たちもとっくの昔に消費されてもおかしくはない状況でもあるが、ベイルはそれをしなかった。いや、それが成功しないもしくは彼が王位を求めた場合、自分たちの家族は殲滅されていた可能性もあり、何より彼はたった1人でそれを成し得る実力を持っていた。そしてしたのは魔族が持つジーマノイド技術とその施設、さらには遺物の技術の提供に資材の搬出契約。定期的に収入を得られる王国にとって問題が存在しなかった。さらに言えば家族の在り方に関してもこだわりが強いようでまさかあそこまで言わせるなど思わなかったのだ。
「一体何が目的なのかしら?」
モルガンに聞かれてウォーレンが口を開いた時、突然辺りに冷たく、それでいて透き通るような声がした。
「――いけないよ、ウォーレン陛下」
突然明かりが消える。一時的な停電だがそれだけでモルガンの姿のみが消えた。
「今すぐモルガン・ペンデュラムを捕えろ!」
そう指示するウォーレン。しかしそれは叶わない。何故なら相手はベイルと同じ英雄格の1人なのだから。
その頃、サイラス・ホーグラウスは1人で木剣を使用して素振りをしている。その時誰かが通った気がするが気配が感じない。それもあってサイラスは逆に怪しいと感じて帯剣している真剣をいつでも抜けるようにしていた。
「久しぶりだね、サイラス」
その声を聞いたサイラスは驚いていた。
「……オベロン、何故ここに?」
「お母様を回収しに来たのさ。あまり長く国を留守にされては困るしね」
「……だからと言って1人でか。随分と遠くまで来たな」
「これくらいの距離は普通に飛ぶさ。特に今は世界が荒れているから他の人間なんて信用ならないからね」
サイラスは顔を引き攣らせる。目の前にいるオベロン・ペンデュラムからはベイルに似た得体の知れなさを感じてしまうからだ。
「一応今日はベイル・ヒドゥーブルにも会いに来たつもりだけど、残念ながら周囲から気配を感じられないから諦めた」
「……あの男の気配を辿る事ができるのか?」
「知っていれば、だけど。さて、僕はそろそろ行くよ」
そう言ったオベロンはその場から消えてしまう。まるで自分が見た姿は完全な幻だったのかと疑問を抱くほどに。
サイラスはため息を吐いた後に膝を付く。
(何なんだよ、こいつらは……)
オベロンから感じるプレッシャー。それはベイルが自分に対して本気で殺そうとした時のプレッシャーに似ていた。とても一般人では叶いそうにない、所謂バケモノクラスのナニカ。
まるで自分では決して越えられない大きな壁。そこに見下すように座るベイルとオベロンの幻覚を見る。
あの時から――1年半前のアメリアの誕生日の時からそうだった。
誰もが逃げ惑っているあの瞬間、ベイルは怒りを露わにしてアメリアの妹のカリンが人質に取られていたのをあっさりと救助したのだ。いや、それだけに留まらない。アークゴブリンや紅竜級など、今の自分では到底太刀打ちできないバケモノを、生身あるいはジーマノイドを使用して次々と倒していった。
特にサイラスの中にはより一層覚えているものがある。それは――ベイルが素手で紅竜級の尻尾を切った事だ。
ベイルがドラゴニュートになったのは血を浴びた時、つまりは紅竜級の血を全身に浴びた時だろう。しかしそれ以前にもドラゴンの尻尾を魔法で強化しているとはいえ素手で切っている。今ではドラゴニュートとして覚醒したベイルの活躍に目を行きがちだがサイラスは既に理解していた。ベイルはドラゴニュートに覚醒したからバケモノになっていない。ベイルは元々バケモノだったからドラゴニュートに覚醒できたのだ、と。
(……いや、だからこそ、か)
サイラスはかつて、毒耐性を持つための訓練を始めたばかりの時にシャロンに毒の量を弄られて生死を彷徨った事がある。それは王位の座を求めたが故の行為であり、まだ幼かったからというのもありしばらくの謹慎で済ませたがそれ以降シャロンの事が苦手だった。そんなシャロンがベイルの実力を間近で見た事で王位を狙う事を止めた。元々シャロンは女性で子どもを産む仕事がある為に極力王位に関わらせて余計な負担を与えないが為の優先順位である事はサイラスも知っているがシャロンは納得がいかずに自分を始め、全ての弟たちを殺そうとした。そこまで王位を求めていたあの少女が王位を求める事を止め、一緒にいたいと願ったのはそういうことなのだ、と彼の中で決着をつける。
だがサイラスが思ったのは彼女に認められてもらいたいということ。その時、サイラスは自分の目の前に何かが立っている事に気付く。
「誰だ、お前は」
「…………お前、まさか俺が見えるのか?」
そう言われてサイラスは頷く。
その男は妙な存在だった。まるでそこにいるのが嘘みたいな、存在が不確かな存在。
「……なるほど。これは良い機会なのかもしれないな」
「どういうことだ?」
「お前、俺を飼わないか?」
見るからに男である相手からそんな事を言われてサイラスは少し引いた。
「そうだな、なんと説明すれば良いのか。まぁ、魔族と契約するようなもの――」
その言葉に反応したサイラスは相手の首を容赦なく刎ねたが、その存在はまるで煙のようで斬った感触が無い。
「俺はこの通り、既に霊体。あるのはわずかな力のみだがお前の身体の中で成長させられるかもしれない」
「ふざけるな。魔族と契約するほど私は落ちぶれていない」
「まぁそう言ってくれるな。俺と契約すればお前はあのベイル・ヒドゥーブルに匹敵する能力を手に入れることができるかもしれないぞ?」
そう言われたサイラスの指が一瞬動いた。
「その分だと興味自体はあるようだな。まぁ、事情があって俺もあの男に対して一泡吹かせてやりたい。どうだ? 俺を取り込んで強くなるっていうのは」
「…………私は」
サイラスは将来を期待されている王太子。これが世間に知られればかなりの問題となるだろう。だが、サイラスはほとんど迷っていなかった。そして何より、ベイルに匹敵する力を手に入れるというのは魅力的だった。
「良いだろう。俺に取り込まれろ」
「その言葉を待っていた」
男が飴のような姿に変貌する。それを見てサイラスは何の躊躇いもなく呑み込んだ。
『おいおい、良いのか? デメリットはあるかもしれないぞ』
サイラスの頭の中に声がしたが、サイラスはもうどうでも良かった。これでベイルに近付けると思った時に声がそれを抑制する。
『ちなみにだが、完全に強くなるためには日頃の鍛錬はもちろん、いつもの数倍は努力してもらうからな』
「何?」
『当たり前だろう? 人間は結果だけを見ることが多いがその過程だって大事なんだ。そしてアレは意外と人がして良い努力を超えたバケモノ的な事をしているからあそこまでになっている。ああ、それとだ。今後俺に話しかける時はイメージすれば良い。声を出して話すと周りから変な子として見られるからな』
当然のアドバイスをされて「わかっている」と声を出して返答し、顔を赤くする。
『そうだ。ところ名前はなんという?』
『お、よくできているじゃねえか。で、名前?』
『ああ。呼ぶ時に不便だろう』
そう言われたその存在は鼻で笑って言った。
『俺はゾムク。お前を成長させる者さ』
『そうか。ではゾムク、お前の働きに期待する』
サイラスは木剣と真剣を持ってその場を去る。
結果としてこの行動は正しかったかもしれない。いや、ある意味運命的な事だったのだろう。これから迎える未来はとても過酷で辛い物になる。当然ながら彼もまた、多くの戦いに身を投じる事になるがその尽くを生き延びていった。
そして3年後、歴史はまた大きく動く。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつもファンタジー・チートロボティクスの閲覧やフォロー、応援していただきありがとうございます。作者の@tokisaro048です。
今回でファンタジー・チートロボティクスは第1章終了。次回から第2章となります。
これまでたくさん評価してきただき、しかもレビューをずっしり書いていただいた時は狂気乱舞していた程です。
主人公はもちろん、さも当然のように嵐のような一家。王太子の婚約者にべったり王女とプライドズタズタ王子様と絶対にリアルに無いだろうキャラが多すぎるでしょうが、まだまだ暖かく見守っていただけると幸いです。これからもよろしくお願いします。
あと、これからはもっとロボット出します。ロボットだけじゃなくて半分近未来なものも出す予定なので楽しみに待っていたください。
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