#19 暴虐のドラゴニュート

 ベイル・ヒドゥーブルが死んだ事にショックを受けたシャロンは抜け殻のようにベッドの上で倒れていた。その様を見れば誰だって口を開けて呆然とするだろう。

 そんなタイミングでドアがノックされる。シャロンは返事しなかったが向こうは問答無用と言わんばかりにドアを開けた。


「一体いつまで引き籠っているつもりですか、姉上」

「……何の用? レディの部屋にズカズカ入るなんて、ちゃんとマナー教育は受けているのかしら?」

「今はそういう状態じゃありません。大体、この姿をあの男が見たらどう思うでしょうね」

「無言で台車に乗せて風呂場に直行した後、自ら視覚を封じて服を脱がせて全身くまなく洗ってくれるわ。というか、そうさせるわ」

「…………前々から思っていたのですが、何故台車なのです?」

「あら、楽じゃない」


 恥ずかしげもなくそう答えるシャロン。異母とはいえ姉が段々怠惰の方向になって行くのを見てなんとも言えなくなった。


「ですがもうベイルがいないのです。気持ちを切り替えろとは言いませんが少しは王女らしく振る舞ってはどうです?」

「だったらそれに相応しい相手を見つけなさいよ。まぁ、無理でしょうけど」

「どうだかな。それにヒドゥーブル家にだって他にも男はいる――」

「何を勘違いしてるの?」


 額に筋を建てるシャロン。サイラスは驚いているがその間にシャロンが捲し立てるように言った。


「私は別にヒドゥーブル家の強さに惚れたわけじゃないわ。ベイルの破天荒さに惚れたのよ。それに彼、私の事を思いっきり拒否するわけではなくやんわりと拒否するのよ。それに私が先に寝た時にもしっかりと布団をかけて自分はソファに寝るの。でも最近は私の頭を撫でてからそうするのよ。可愛いと思わない」

「全く思わない。大体、破天荒って一体――」

「所謂二面性ね。やっている事は基本的に力技。本人は悪役ぶっていたけどどちらかと言えばやっている事は英雄的行為そのもの。あなただって覚えくらいはあるでしょう? なにせ今まで王子と言う立場でチヤホヤされているだけで、実際の自分の能力は大した事ないって気付かされて以降、ずっと鍛錬に励んでいるけど結局ベイルに負けるんでしょう?」

「何で負ける前提で話しているんですか?」

「それはもちろん、私にしてみればあなたがベイルに勝てるところなんて全く想像できないもの」


 シャロンにハッキリと言われてサイラスは眉を顰める。


「随分と言ってくれるじゃないですか」

「何度でも言ってあげるわ。無理よ」


 そう宣言するシャロンに苛立ちを見せたサイラス。


「一体何を根拠にそんな事を――」

「――そこまでです、2人とも」


 2人の喧嘩をイザベルが割って阻止する。


「シャロン殿下、陛下がお呼びです。急いで準備をしましょう」

「え? 何で?」

「あなたは状況すらわかっていないのか!?」


 流石の対応に声を荒げるサイラスだが、シャロンが言う前にイザベルが言った。


「言えば面倒な事になるから黙っていたのです」

「……どういうことかしら?」

「ともかく御髪を。事情は身なりを整えている間でも問題ないでしょう」


 イザベルに言われてシャロンは大人しく身なりを整えながら事情を確認するとイザベルの予想通りにならなかった。



 シャロンたちが集められたのは執務室。そこにはシャロンやイザベラ、サイラスにブルーノ、アメリアと言う将来の王国の政治を担う子どもたちが揃っていた。

 そこでウォーレンは子どもと数人の女中と兵士を連れてここから離脱する作戦を説明。しかしシャロンが言ったある言葉で全員が沈黙した。


「仕方ありませんね。ベイルに続きヒドゥーブル夫妻という王国における最高戦力を失った以上、この国の消失は必然。かとこれ以上人間が無理に抵抗したとしても戦力差で敗北は必至ですから、この手段しか取れないでしょう。実際、王国は愚者のおかげでたくさんの民を失いました。これ以上失うならば例え賭けとはいえそうするしかないでしょう」


 それによって周囲は何も言えなくなり、離脱作戦が結構する運びとなった。

 主に15歳以下の子どもたちが身分問わず王国軍基地の地下出撃エリアに集められた。突然の事で不安がる子どもが大半だが、シャトルの中に制限がある以上こうでもしないと自分たちがと騒ぎ始める。

 まるで何かを受け入れたようなシャロンに対して疑問を抱いたアメリアは率直に質問する。


「殿下、何故あのような事を?」


 アメリアの質問にシャロンはため息を吐いて答えた。


「私は知っての通り、この国の従順じゃないわ」

「ええ、確かにそうですが……」

「でも私だってたったの13年程度で死にたくないわ。だからこそ今回の作戦に参加したのよ。幸いな事にシルヴィアちゃんがいるからどうにかなるかもしれないとは思っているけど、そこから先が本当に芽生えるかどうかはわからない。貴族は基本的にプライドの塊だから、今後の生活を考えれば崩壊は待ったなし。だからこその一部の女中と兵士の同行なの。兵士という指標がいれば男は下手な事を言わないでしょうしね」


 ため息を吐くシャロン。だがアメリアはそこまで考えている彼女に対して尊敬をしていた。

 正直のところアメリアはシャロンが嫌いだった。サイラスが嫌っているというだけでなく、ベイルを独占しているという事でだが。


「それに男性陣がシルヴィアちゃんをそういう目で見始めたらそれこそ大変な事になると思っているし」

「そう……ですね」


 そのシルヴィアは10歳。もう少し成長すればまだ年若い猿共に狙われる事になるだろう。そうなれば今の彼女を相手に太刀打ちできる男などまともにいない為どうなるか、なんてことは簡単にわかる。


「……それに、私よりも先にまずは他の国に責任を取ってもらうわ」

「…………どういうことですか?」

「おかしいと思わない? 何で今更ベイルが狙われる事になったの? 何故ベイルが死んでほとんどすぐこういう風に魔族に強襲されているのか」

「それはそうですが……」

「ベイルのせいで私たちの感覚は狂っているけど、冷静になればここから外大陸に情報を伝えるのはかなりの日数が必要になる。それは魔族側とパイプを持つ存在がいるから。そして魔族にとって一番の存在は魔王と対等に戦えるベイルこそが一番の厄介の種だった」


 その言葉にアメリアはハッとなる。


「つまり、ベイルが死ぬことで誰よりも得するのは魔族だった」

「そういう事よ。私たちはこれまでの体制にまんまと騙されたわけ。だから――」


 その時、王国軍本部に続く通路から爆発が起こった。爆発音を聞きつけてシルヴィアが2人の近くに移動する。しかしその相手を見て驚愕した。


「……ベイル兄様?」


 シャロンもアメリアも、シルヴィアを追って来たカリンも姿を現した男を見て唖然とした。


「嘘……何で……」


 アメリアがそんな声を漏らす。だがベイルと思われるその存在は兵士の攻撃を感知すると反射的に壁に叩きつけた。その瞬間にシルヴィアはフレイムピラーを発動させるが翼を広げたその男に寄って相殺される。


「おいおい、酷いじゃないかシルヴィア。何故俺を攻撃したんだ?」

「最初は確かにそうじゃないかと思った。でもあなたは違う。兄様は無益な殺生はしないようにしている」


 そう、先程壁に叩きつけた兵士は今ので絶命している。さらにベイルの姿をした男の全身は返り血がかかっていた。


「あなた、どれだけ殺したの?」


 シルヴィアに聞かれて偽ベイルは笑みを浮かべて答えた。


「ならお前は、これまで倒して来た魔獣の数を覚えているのか?」


 その発言で完全に敵と認識したのかシルヴィアが魔法を使用する前に彼女の後ろから魔法が飛んできて偽ベイルに当たった。


「そこまでだ、不法侵入者」

「おやおや、これは雑魚王子とその一派じゃねえか」


 サイラスにブルーノ、そしてイザベルの婚約者で王国軍の元責任者のイーストン伯爵家の子息のピーターがシルヴィアの前に現れたが、シルヴィアはとても邪魔だと思った。


「全員、今すぐシャトルに急げ! ここは我々が時間をかせ――」


 サイラスが蹴り飛ばされ、それに反応したブルーノの魔法を簡単に潰して尻尾でピーターごと吹き飛ばした。


「これが王族か? 弱すぎて欠伸が――」


 シルヴィアが不意を突いて氷のつぶてを放つがそれをすべて炎で作った渦で溶かしきったがそれは設置型の魔法のようでシルヴィアを尻尾で叩きつける。


「安心しろ。お前も使ってやるから」

「……つか、う?」

「ああ。すべての女は俺に平伏するというのならば俺の子どもを孕む権利を与えてやる」

「……ふざ、けるな」


 アメリアとシャロン、さらに示し合わせたかのようにマノンが偽ベイルに強襲をかける。だがそれもすべて読んでいたのかカリンを含めて重力魔法を使用して動きを止めた。

 偽ベイルはアメリアの方に歩み寄る。すると復帰したのかサイラスが姿を現した時、タイミングを見計らってアメリアの服を破いて上半身を露わにした。


「…………あ」


 状況を理解したアメリアが瞳に涙を溜める。しかしそれが面白いのか偽ベイルがケラケラと笑う。いつの間にか視界を遮られているが、漏れ聞く音でサイラスが怒りを露わにした時、彼からは視認できなかったが偽ベイルの手からアメリアが離れた。

 偽ベイルが痛みを感知した時に自分を両手を見ると無くなっている。

 最初は別のヒドゥーブルが助けに入ったのかと思ったが違う。全員がその姿を見て驚愕する。


「……何で、ここにいるんだ?」


 それは偽ベイルも同様だったようでその存在に質問をすると、背中を向けたまま後ろを向く。


「おい、聞いてるのかよ。だってお前、今頃魔王の娘としっぽりやってるところだろ?」

「…………」


 しかしその存在は全く何も答えない。


「聞いているのか、オリジナル!」


 その時、サイラスがその光景を視認して驚愕した。


「な、何故ここにいる……ベイル・ヒドゥーブル⁉」


 サイラスの言葉に周りは驚愕。その時ちょうど様子を見に来たウォーレンたちはその惨状に驚いていた。


「べ、ベイル君、生きていたのか!?」

「な、何故貴様が生きている⁉」


 隣にいるレオナルドもベイルの姿を見て驚いているが、ベイルは偽ベイルを見て一言漏らした。


「気持ち悪い」

「は?」

「大体の状況を理解した。お前、俺から力を奪ったな」


 何でも無さげにそう言ったベイルに対して偽ベイルは笑みを浮かべた。


「そうだ。お前が培養液に漬けられていた一ヶ月の間、お前と魔王の遺伝子情報から俺が生まれ、お前から奪った身体能力、そして魔力を植え付けられた。その結果がこれなんだよ!」

「そうか。ならば先に謝っておこう。アワードーンはたぶんさっき半壊した」

「……は?」

「お前が余計な事をしてくれたおかげで俺の怒りが何故か爆発してな。その反動かさっきまで俺がいた場所から少し離れてほとんどすべてが吹き飛んだみたいだ。フィアには悪い事をした気がするがそれはそれ、これはこれということで。どうせお前はここで死ぬんだから」


 途端に高笑いする偽ベイル。いつの間にか偽ベイルの両手は修復されているがベイルはベイルで「またこのパターンか」とどこか飽きを見せている。


「お前は馬鹿か? 言っただろう、お前から奪った身体能力と魔力を植え付けられたと。それなのにお前はどうやって戦うって言うんだ?」

「でも闇属性と無属性は使える。それだけで十分さ」


 さも当然と言わんばかりの態度を取るベイル。偽ベイルはそう聞いて高笑いした後に叫ぶように言った。


「ふっざけんなぁああああッ!!」


 床を踏み抜いて貫通させる偽ベイル。それを見てベイルは口笛を吹いた。


「ここまで馬鹿にされたのは初めてだ。もういい、殺す! お前を殺してここにいる女を全員く――」


 殺気を感じた偽ベイルは咄嗟に腕を上げるとベイルは思いっきり蹴っていた。さらにベイルの勢いでそのまま吹き飛んでいく。

 壁に叩きつけられた偽ベイルは舌打ちをしようとした瞬間、顔が陥没する程のパンチをベイルから離れた。その攻撃を見て後から来た要人たちも唖然とする。

 ベイルは着地すると偽ベイルの顔が修復されてあのワードを起動する。


「起動しろ、『アガートラーム』」


 ベイルがかつて使用していた戦闘術式を使用する偽ベイル。しかしベイルは特に動じなかった。

 偽ベイルはさらに早く動くがそれをベイルは上手く対処する。

 器用に戦闘をこなすベイルを見た周囲は驚くが、ベイルは偽ベイルを上手くいなして人がいる方に投げつけた。周りは慌てて避難して攻撃を回避した。


「お、おま、ふざけんなよ!」

「こっちに人がいるんだぞ!」

「以上、全く努力していないから逃げるしかない負け犬たちの感想でした」


 まるで実況をする風にそんな事を言うベイル。ヘイトが向けられるがベイルはとんでもない事を言った。


「ざっけんなゴラァ!!」

「走れ、ウロボロス」


 ベイルの手から黒い蛇のような何かが走る。それが偽ベイルを呑み込んで地下にある発射場を貫いて吹き飛ばした。そのまま蛇のようなものは地下を貫いて地上から空へ走る。その光景こそ周りは見れなかったが空いた穴が光が見えていた。 


「うーん。アイツ本当に俺から身体能力を魔力を奪ったのか?」


 さっきの奴はどうでも良さげにするベイル。そこに帝国兵がベイルを囲った。その後ろにはレリギオン兵もいる


「な、何をしているレオナルド⁉」

「今の見ただろう! この男は危険だ。すぐに処分を――」


 レオナルドが頭から床に叩きつけられる。その犯人ことベイルはそのダメージで動けないレオナルドを見てどうでも良くなったのかどこかに行こうとする。


「ま、待って!」


 それを呼び止めたのは他でもないアメリアだった。近くではシャロンが先を越されたと悲しんでいるが、その隣でイザベルが抑えている。


「あ、あの……その――」


 その間にレオナルドがやられた事で本気になったのか帝国兵がベイルを囲っていた。流石に慌てたアメリアだが、ベイルは全員を影で掴み、それぞれ壁に叩きつける。

 一切の容赦のない戦いをしたベイルに周りは戦慄し、恐怖を抱く。しかしベイルは翼を展開してゲートを開き、外に出た。そこには――カラドボルグを使って偽ベイルを攻撃する自分の兄フェルマンの姿があった。




 ウロボロスを食らった偽ベイルが地上に姿を現すと、逃げている女性を見つけた。腕でその女性を捕まえて指で魔力を溜めて女性の顔に近付けて叫ぼうとすると、先に事態を気付いたユーグが叫ぶ。


「兄さん!」


 それを受け取ったフェルマンが投げられた大剣の握りを握ると鞘から乱暴かつ正確に抜いて偽ベイルの腕を吹き飛ばした。せっかく治したというのに、だ。

 自由になったその女性――リネットにすれ違いざまに「逃げろ」と伝えたフェルマンは拘束で腕を再生した偽ベイルに斬りかかる。クラウソラスを展開して受け止めるがそれをあっさりと切断する。


「な、何で……何なんだよ。何でこのゾムク様がこんなにも――」


 その間にもフェルマンは何度もゾムクに対して斬りかかる。次第にフェルマンはカラドボルグの特性を把握して問答無用で攻撃していった。そんな時にゲートが開き、死人が姿を現す。


「え? 嘘」

「べ、ベイル・ヒドゥーブル……?」

「何故こんなところに。というか生きて――」


 ベイルはバックルを取り出して腰に当てると左側から帯が出てベイルの腰を回って右側に自動的に装着され、『Start up』と機械音声が漏れる。


「ベイル、やっぱりお前生きて」


 ベイルはフェルマンを無視し、札のようなものを出してバックルに装填。『Change of alike Dragonute』という機械音声が流れバックルに装着されているボタンを押した。


 ――Divergence machinery beginning


 バックルから鎧が飛び出すとベイルの全身を保護タイツが覆う。そして一部に鎧が装着すると最後にフェイスカバーがベイルの頭部を覆ったタイミングでフェルマンの邪魔をしながらゾムクを蹴り飛ばす。


「そこをどけ、ベイル。そいつは俺の敵だ」

「悪いけどこいつは俺が殺す」


 相手を誰が殺すかで揉める兄弟。まるでタイミングを見計らったジーマノイドが2人に対して攻撃するが、背部の翼を伸ばしたベイルとカラドボルグを振るったフェルマンの攻撃によってそのジーマノイドはもちろん、他の機体、果ては周囲の建物が吹き飛んだ。

 しかし2人は今の出来事から切り替えて喧嘩を始める。


「そいつはウチの嫁に手を出したんだぞ!」

「知るか! こっちは能力を取られてるんだ! あと言うけどこいつ、シルヴィアを痛めつけていたぞ」

「――ほう」


 その声に怒気が含まれており、周囲の耐性の無い人間が今ので意識を持っていかれた。


「随分と調子に乗っているらしいな、お前」


 さも当然のように戻ってきているラルド。その後ろにはレイラもいて2人に手を振るが2人は無視する。


「なんだ、親父か」

「悪いがお前ら、そこのカスは俺が殺す」

「親父は引っ込んで戦う事ができないカスを守ってろよ」


 ベイルがそう言うと容赦なく拳を振り下ろすラルド。しかし今のベイルは完全装備状態で流石に痛がった。


「ともかくこいつは俺の敵だ。お前ら2人は引っ込んでろ」


 その隙にゾムクはそこから飛んで離脱するのを見てベイルがテンションを上げた。


「ということでアイツは俺がもらうから」


 そう言い、ベイルは背中の翼を稼働させて空を飛ぶと同時に2人が舌打ちする。


「「絶対仕留めろ」」

「言われなくても」


 ベイルはそう答えてゾムクを追うが、ゾムクは追って来るベイルの姿を見て何度も舌打ちをし、心の中で地団駄を踏む。


「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな!!」


 あり得ない、理解できない。それがゾムクの感情だった。

 彼は自分が最強だと言われた。実際他の魔族よりも圧倒的に強く、生まれたばかりでありながら存在感を示したからこそ自由を許された。バケモノから生まれたバケモノ。だが、現実はどうだ。そのバケモノの残りカスに徹底的に圧倒されている。


「カスはカスらしく、死ね!!」


 ――ボルテクスブラスター


 それはベイルがかつて最も得意としていた災害級魔法。しかしその魔法はベイルを遥かに超えているがそれをまともに食らう。ダメージはあったのか鎧の一部が破損していたが、それだけだった。

 ベイルは平然と歩きながらどこからともなく鞘に入っている刀を抜く。刀身には今のベイルの感情を表しているのかドス黒い魔力が宿っており、一瞬で距離を詰めたベイルが問答無用で振り抜く。


「ぐっ……がはっ……」


 さらに背部のウイングスラスターが至近距離でビームを放ち、距離を取ったところで瞬く間に距離を潰され何度も斬られ、蹴られ、殴られる。ゾムクは何度も防ごうとするがその度に四肢を吹き飛ばされ、潰され、再生しても繰り返し。痛みのあまり涙を流し、腰を抜かす。


「た……タンマ……」


 しかしベイルは何の反応もせずにゾムクの顔に向けて刀を振り下ろす。そこでゾムクは息吹を放った。

 ドラゴンさながらのそれをまともに食らったベイル。ゾムクはドラゴニュートであるベイルからその身体能力を奪い取った事で可能となっている。まともに食らった事でベイルはそのまま倒れた。


「…………は……はは……ハハハハハハハ」


 全く動かないベイル。そこでゾムクは立ち上がり、ベイルに攻撃しようとした瞬間に音声が聞こえた。


『Charge Complete』


 ベイルがその場から跳ねるように起き、蹴りを入れる。距離を取った事でバックルから札のようなものを取って刀の柄と合体させた。


『Death Slush』


 そんな音声が聞こえると何度も何度も何度も何度も、数えることが馬鹿らしいほどに何度も斬り、鮮血を飛び散らせる。そして一度刀から札を取った後に再度バックルに差し込んでボタンを押した。


『Over Charge』


 全身に黒いエネルギーが行き渡り、さらに何度も斬り、途中で刀を捨ててひとしきり殴った後にその場で跳躍して踵落とし。着地と同時にサマーソルトキックを見舞いながら空中を移動するとエネルギーは足に集中。ベイルの移動中に逃がさないという意思の表れなのか黒い鎖が現れてゾムクを拘束した。


「ま、待て! 俺はある意味お前の息子でもあ――」


 しかしベイルは聞く耳を持たず、背部のウイングスラスターが噴射と同時に右足に移動してドリルの様に回転してゾムクの胴体を貫いた。


「な、何で……」

「どうでも良いんだよ、そんなの」


 ほとんど死にかけているゾムク。しかしベイルは着地同時にさっき捨てた刀を引き寄せて再び刀身にエネルギーを行き渡らせる。

 ベイルは色々言いたいことがあったが、今はただこれだけを伝える。


「アメリアをあんな目に遭わせた。お前を殺すにはその理由だけで十分だ」


 そう言ったベイルは刀を振り下ろすと完全に肉体が分離したゾムクに黒い魔力の塊をぶつける。すると肉片を一片も残さずに圧縮され消滅され、残ったのは魔力のみ。ベイルは特に気にせずにそのまま去ろうとした時、その魔力から感じる異質さで足を止める。


「……何だ?」


 魔力がベイルに近付いていく。ベイルは「自分の力が戻って行くだけか」と思って受け入れようとした瞬間、バックルが悲鳴を上げて落下して装備が消失した。


「あ、しまった」


 バックルを拾ったベイルはその損傷具合を見て自分の能力についていけない事に嘆きながら、今後の対応策を考えようとしたところに魔力が自分の中に入る。

 そう、ベイルは正直魔力に関してはただ自分の中に戻ってくる。そんな意識だけしか無かった。だが戻って来た魔力はベイルの中で悪さを始め、ベイルの身体が変質を促す。だがベイルの身体が変質する事を拒絶し、暴走。内部からの痛みでベイルは持っていたバックルを落としてしまった。


(……何だ、これは……)


 痛み、苦しみ。長らくベイルとは無縁になっていた障害が襲って来る。


(何で、こんな……)


 ベイルは気付いていない。しかし無意識下でこの力を恐れ、また人ならざる存在ドラゴニュートに成る事を拒絶していたのだ。だがベイル自身がそれに気付いていないからこそお互いが干渉し、拒絶し合いベイル自身にダメージを与えていく。

 やがてベイルの身体に異常が出始める。


「い……嫌だ……俺は……」




 パルディアン帝国。そこはつい最近まで軍事力を盾に様々な事をしてきた。そして今、報復と言わんばかりに魔族の大軍が押し寄せ次々と人間を殺していった。

 そんな中、1人の少年が生身のまま戦場を現れ、まるでおとぎ話のように次々とジーマノイドを倒していったのだ。


「あ、アーサー殿下だ……」

「アーサー王子が魔族を倒してくれたぞ!」


 そう騒ぐがアーサーは挨拶もせずにすぐに敵を倒していく。

 もっとも、こんな人外的な行動をとれるのは今の彼がある存在と合体しているからで普段からはそんな事はできないのだが。


(あの時、少年に機体を破壊されたのは痛かったな)


 アーサーが乗るジーマノイドは特別製で帝国領内で取れる素材ではあるのだが、何分希少性が高い為そう簡単には再製造が叶えられないものだった。だからと言って民の為に生身で戦うのもそれはまた命を粗末するようなものだが、そもそもアーサー自身がこういった戦いや冒険が嫌いじゃない為気にしていなかった。


『アーサー、何か来る!』


 アーサーと合体しているキャスパリーグがそう警告すると、帝都に向かって何かが飛来して来た。

 それはまるで1ヵ月前に現れた黒竜級のようだがドラゴンというよりもドラゴニュートを思わせる。


『殿下!』

『アーサー殿下、ここは我々に任せてお下がりを!』


 アーサーの部下がジーマノイドに乗って現れる。攻撃の為に前に出ようとしたがアーサーが止めた。


「待て。ドラゴニュートと言う事はおそらくあの少年かもしれない」

『ですが、生きていたとして一体我々に何の用だと――』


 恐らくアーサーを倒しに来た魔族のジーマノイドが黒いドラゴニュートを発見し、武器を構えるとドラゴニュートが自分の体躯の3倍は大きく翼を広げ、そこから魔砲を放ち、次々と魔族のジーマノイドを破壊していく。そしてどこかに飛び立っていった。


「……まさか、助けに来たというのか……?」


 アーサーは意外そうな顔をする。

 1ヵ月前、ベイルは内大陸に様々な厄災を振りまいた。アーサーはそれは人間のベイルに対する行為の仕返しと捉えていたが、まさか今度は人間を助けようとは思わなった。


『……違う』

「え?」

『さっきあのドラゴニュートから人の意思を感じられなかった。たぶん、自分の姿を見て迎撃態勢を取った者のみを排除したのかもしれない。それにたぶんこれは、まだ始まったばかりかもしれない』


 不吉な言葉を放つキャスパリーグ。アーサーと2人の部下は内心「そんな事ないだろう」と言いたかったがやがてそれは現実になっていると思い知る事になる。

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