#16 ただ他人の為に涙を流した

 ベイルが風呂に入り、王宮に用意された部屋に戻ってくるとさも当然と言わんばかりの態度でその部屋にいるシャロン。彼女も風呂に入ってきていたのか髪に艶があった。


「あ、おかえりなさい」

「ただいま」


 予想できていたこともあってベイルも特に何も言わず、そのまま何かを起動してベッドに座る。


「それ何?」

「いざという時の切り札だ。今回の戦いはどうなるのかわからないからな」

「大きさ的にジーマノイドじゃないわね。どちらかと言うとパイロットスーツに近いかしら?」


 さも当然のようにベイルに密着するシャロン。ベイルもまた拒絶する事はせずなされるがままだった。


「言うなればパワードスーツだな。これを自動装着式にしてバックルを腰に設置するとアーマーが展開され、ジーマノイドと言わずともジーマノイド相手でも戦闘を行えるようにしているんだ」

「バックルにしているのは?」

「単なる趣味だな」


 そう言ったベイルにシャロンは引くどころかむしろそのまま抱きしめた。


「どうしたんだ?」

「こういう時、女の子は押し倒されたいものなのよ?」

「それはお前だけだろ」


 ベイルは冷たく返すがシャロンはそれでも離れない。


「今日、サイラスが言っていた事なんだけど……」

「社交界じゃ有名らしいな」


 遠慮のないベイルに少し泣きそうになるシャロンだがベイルは構わず言葉を続ける。


「だがそんな事はどうでもいい」

「え?」

「むしろ教えてもらいたいが、一体何の問題がある? やろうと思えば色々な手段が開拓できるじゃないか。王女でありながら薬学に精通し、たくさんの国民を救えて支持率が集まって王国最初の女王になってくれと言われるかもしれないだろ」

「……今はそんな事は望んでいないわ」


 シャロンはより一層ベイルに抱き着くと、彼女の視線はある1点に注がれた。


「どうした?」

「どっちと寝たの?」

「え?」

「アメリアとカリン、どっちと寝た?」


 突然そんな事を聞かれたベイルは驚いた。


「寝たんだ?」

「いや、その、たぶん何もしていないはず……」

「どういうこと?」

「気が付いたらカリンちゃんが隣にいて、そう言えばそのままだったな」


 それを聞いてシャロンはため息を吐く。


「もしかしたら彼女かもね。ベイル、いくら何でも無防備じゃないかしら?」

「大丈夫だろ。俺はあの子をそういう風に見ていないし」

「ふーん」


 ベイルを後ろから倒したシャロンがそのまま強引にベイルとキスをした。少ししてシャロンは口を離すと勝ち誇った顔をする。


「あなたから唇を奪うなんてこれだけ簡単なことなのよ」

「…………」


 放心状態のベイル。流石のシャロンも突然の事で反応無し、というのも面白くないと思いながらシャロンはこの前の首輪の件を思い出した。

 するとベイルは急にシャロンをそのまま自分の隣に無理矢理寝かせた後、両手首を掴んでベッドに押さえる。突然の事に動揺するシャロンだが、いつの間にかベイルはシャロンを影で縛って動けなくしていた。


「べ、ベイル……?」

「…………あ」


 突然、影が消失して自由になるベイル。シャロンは様子がおかしいベイルに近付くとベイルはそのままシャロンに抱き着いた。


「急にどうしたの? もしかして私相手に興奮を――」


 そこでシャロンは自分の下腹部に当たっている物に気付く。


「別に今まで興奮していないわけじゃなかったんだよ。ただ、悟らせないようにしていただけ」

「あ、あの、ベイル……?」

「特に俺は独占欲が強いんだから、一生家族に会えなくするよ?」


 すべてをシャロンの耳元で囁いた事で彼女にとんでもない刺激を与えて気絶させる。そしてベイルは無防備で眠るシャロンをそのまま寝かせて部屋を出て散歩していると、王宮に部屋を準備されたユーグとバッタリ会った。


「やぁ、ベイル」

「兄さん、いたんだ」

「まぁ、最近はこっちの方がいる事の方が多いよ」


 そう言われて兄弟は2人とも黙った。

 少ししてユーグが移動し、ベイルがそれに付いて行く。近くのテラスに移動するとユーグが切り出した。


「シャロン殿下とはどうだい?」

「キスされた」

「……え?」


 ユーグは愕然とする。あれだけ一緒にいてもっと進んでいると思っていたが、自分の弟がここまで奥手だとは思わなかったのだ。


「シャロン殿下が可哀想だな。ベイルだって手を出してあげればいいのに」

「別に手を出したくないわけじゃない」

「そうなの?」

「あいつも今年で13歳だぞ。しかも母親に似て特定の部位がしっかり育っているんだ。意識しないわけじゃない」


 意外な返答を言われて驚きを隠せないユーグ。


「ただ俺は純粋な人間じゃなくなったからな。それに13歳だとまだ身体ができていないからどうなるかわからないんだ。俺はそれが怖い」


 その言葉にユーグはため息を吐く。


「そういうのは先に進んでからでも良いんじゃない?」

「いや、安易に決められるわけじゃないだろ。相手には自分の子どもを産んでもらうんだし、やっぱり今の俺の遺伝子情報が正常なのか異常なのか知っておきたいし、だからと言ってシャロンで試すってのは――」

「流石に相手は王女だしね」

「……その立場を抜きにしても純粋に気が引けるんだよ」


 ベイルはため息を零す。


「別に俺は鈍感じゃないからシャロンが俺に対して好意を抱いてくれている事は気付いている。でもその気持ちを利用してまで試そうとは思わないさ」

「……鈍感云々はともかく、まぁ確かにその気持ちはわかるよ」

「それに最近、人間に対する不信感が凄いんだよね。魔族が敵と言いながら誰もその為の行動をまともにしない。挙句俺を魔族として扱いこんな茶番まで行う始末。そんな中でまともに人間との恋愛なんてできないよ」


 またため息を溢したベイル。ユーグはそれを危険信号と感じた。

 純粋に人間に対する不信感。そしてそれはおそらく外部の、今回の件でベイルに対して牙を剥いた者たちに対してだろうと予測する。


「あまり気を負わなくて良いさ。君はただ、実力を示してやればいい」

「……そうするよ」


 風が吹いて2人は咄嗟に近くの手すりを掴む。それ以上語る事は無かったがユーグはそれでも一つ懸念している事があった。それは今のベイルが最悪な形で人を殺す事を容認した場合だ。

 今のベイルは人間に対する不信感が募っており、もしそれが決闘裁判という茶番内で起こった場合、とんでもない事になるだろう、と。


(……その時の恨み言は、私が死んだら聞くとするよ)


 ユーグはベイルを殺す事を決意した。そうなればおそらく人や魔族がではなく、この世界における生命体の生存競争に発展すると予想していたからだ。例えそれが人による罪だとしても。


「あ、そうだ兄さん」


 ベイルが異空庫から剣を出してユーグに投げ渡した。重みを感じたユーグはすぐに重力魔法を使用して重さを緩和する。


「これは?」

「カラドボルグ。魔力をエネルギーに変換するポーラが持っている弓と同じタイプの武器だ。魔法使いタイプの兄さんにピッタリだと思ってね」


 さっきまでの決意が鈍りそうになったユーグ。顔を引き攣らせながらベイルに「ありがとう」と言うのが彼にとっての関の山だった。



 そして茶番当日、ベイルは某アニメシリーズを参考にして自作したパイロットスーツをフル装備で着用し、荒野にドレイクーパーに乗った状態で待っていると帝国の方から様々な機種のジーマノイドが姿を現す。重騎士風のものや魔法使いを模したものなど、実に壮観だと考えていると近くの崖に馬の様に四足歩行をしている機械が移動する。これが500年程前にホーグラウス王国が勇者召喚を行って手に入れた技術の1つであり、馬の用な形をしている事から「ジーホース」と呼ばれ一部の軍事力に貢献している。

 というのも馬としては頭部に当たる部分にはカメラと魔砲発射機構を搭載しており、ジーマノイドに比べて3m程度の大きさということもあって必然的に安価。技術者もジーホースの方が多い程だ。

 そのジーホースには長年5つの国の中立の立場を取り続け、五ヵ国同盟を見守って来た白夜の棟がシンボルとして入っている。今回の決闘裁判を執り行う為に白夜の棟から人員が派遣された白い衣装に身を包んだ2人の人間が降り、拡声魔法を使用して周囲に告げる。


「これより、ベイル・ヒドゥーブルとホーグラウス王国を除く4国による決闘裁判を執り行う。まずは双方の要求からだ。最初はベイル・ヒドゥーブルから表明するように」


 その言葉を聞いた瞬間、ベイルは堂々と言った。


『こちらから要求する事は3つ。1つは俺が勝利した場合、俺の家族や親類はもちろん、ホーグラウス王国に対しての文句を一切言わない事。2つ目はそれぞれの国家がギリギリ運営できる程度の莫大な慰謝料の請求。そして3つ目は、この戦場に来ている者たちの中が離脱する件に関して、今後一切の非難の禁止だ』


 そうベイルが宣言した事で周りは驚いた。しかしベイルはその意思を曲げるつもりは無いようだ。


『そして事前に通達した通り、今から10分の間に今回の件で作戦自体に納得していない者たちの離脱する時間を取ってもらう』


 その言葉に向こうから笑い声が漏れる。


『そんなことするわけ無いだろ』

『何言ってんだか』

『こんな楽な仕事、あるわけないもんな』


 それが向こうからの兵士が実際にスピーカー越しにした発言だった。一部を除く隊長格の人間からもそんな声が漏れる。


「では、貴殿らはその時間をいらないと?」


 白夜の棟の使者の1人が確認を取ると、それを代表してパルディアン帝国製の白銀の騎士風のジーマノイドのパイロットが答える。


『パルディアン帝国の第一王子、アーサー・パルディアンだ。それは一体どういう意図で言っているのか聞かせてもらえないかな?』


 明らかな余裕を見せた態度。そんな向こうの機体からベイルは不思議な魔力を感じていたがいつも通り答えた。


『俺と直接決闘を申し込めない腰抜けに後れを取るほど弱くないし、下手すれば俺の圧勝にしてワンサイドゲームになる事が目に見えているんだよ。箔を付ける為に王族か高位の貴族も参加しているだろうが、今日は全員爵位も貴族も従士も関係無く潰すからそのつもりで。でも子ども相手に戦う事を心の中で否定的な人間に対して先祖や子孫に笑われない為に気を遣ってんで時間をやっているわけ。そもそもこの中で何人理解しているかなぁ? 決闘裁判仕掛けた時点で国家としては個人に大敗北してるんだってさ。あ、わかるわけ無いか。お前らみんな馬鹿だもの』


 いや、いつも以上に相手を扱き下ろしていた。


『ず、随分と言うじゃないか』

『すべて事実でしょ。実際こうして王族が参戦しているわけだし。あ、もしかして御家事情で押し付けられたの? お疲れ様でーす』

『そういうわけでは――』

『あ、個人的事情とかどうでも良いからそっちも俺に対する要求言ってくれない?』


 人の話を全く聞かない態度にアーサーだけでなく周囲も苛立ち始めた。


(一体どんな子どもかと思えば……)


 強さゆえに培われてしまった傲慢さは流石に目に余る。アーサーはこれでも最初は同情し、彼を助けようと思っていたがその気が無くなっていく。


(いや、確保後に教育すればあるいは……)


 そう思った後にアーサーは代表として要求を言った。


『こちらの要求はそちらが秘匿している技術の提示ならびにヒドゥーブル家の令嬢または子息をこちらの貴族または王族に嫁ぐことだ』

「では双方の要求を行った事で……はじめ!」


 その合図と同時にドレイクーパーは両手にライフルを持たせて発砲。アーサー機の後ろにあるジーマノイド2機の脚部が吹き飛び、倒れた。


『え?』


 突然の事、さらにはあっさりと倒された事で驚いて視界を切ったアーサー。その隙を狙ってベイルのドレイクーパーがアーサー機に迫り、ライフルを捨てて握っているエネルギーソードで機体を切断する。


『で、殿下ぁああああああッ?!』


 突然、しかしあっさりと帝国の王子を討ったベイル。だがアーサーは生きていた。ベイルは美味い具合にコックピットへの直接攻撃を回避して切断したのだ。

 それに気付いたアーサーだが、自分が生きている事を知られれば餌として利用させられる。その為に自分を生かしたと推測して敢えて言葉を口にしない。


『おのれ、魔族風情が!』


 決闘というリンチが始まり、ベイルに対して本格的な攻撃が始まる。しかしベイルはその尽くを排除して機動力を活かし、同士討ちや自分で機体を撃破していく。その隙にアーサーの方に来た2機のジーマノイド。どちらも騎士風という共通はあるが、違いがあるとすれば片方は細身でもう片方は少し大き目の機体だという事だろう。


『殿下、ご無事ですか?』

「あ、ああ。だが何故――」


 ――何故2人がここに来れた?


 そんな疑問をアーサーが感じたのは、自分がてっきり餌として生かされたと思っていたからだ。しかしベイルのドレイクーパーはいつの間にかアーサー機だけでなく、撃破していった機体から離れていく。


『殿下、今の内に離脱をいたしましょう』

「あ、ああ」


 アーサーは細身の機体のマニピュレーターの乗せてもらい、次々と撃破されていく機体と流れ弾を食らって撃破される機体の違いを観察する。それはベイルが撃破した機体はあくまで脚部と腕部の撃破に留まる。しかし流れ弾は元々ベイルを当てる為の攻撃ということもあり、コックピットに直撃する。しかしベイルは機動力を駆使して相手の機体を次々と撃破していく。


(まさか、自分が単機と言う特徴を活かして同士討ち。下手すれば自分がやられるというのに豪胆な)


 そしてベイルの周囲にいるジーマノイドに乗る兵士たちもまた戦慄する。というのも今のベイルの兵装はエネルギーソードとライフルシールドに加え、一体どういう原理で飛んでいるのか理解できない小型の兵器。しかもこの小型の兵器が相当厄介で、ジーマノイドを達磨にする実力を見せるのだ。

 独立した小型兵装という、自分たちの視覚外からの攻撃。それがコックピットを傷つけずに次々撃破していくのだから恐怖しかない。


『この、悪魔が!』


 レリギオン神皇国の機体がベイルに接近戦を仕掛ける。おそらく最短距離で突っ込んで始末するつもりなのだろう。しかし到達するまでも無く一瞬で解体されてコックピットから投げ出された。激しく身体を打つがベイルはそこまで構ってやる程お人よしじゃない上に、別の方向からドレイクーパーに対して攻撃して来るので切り払って攻撃を防ぐ。


(これが12歳の少年の実力だというのか……)


 ブリティランド魔導国から出兵したアグヴェル・ペンデュラムが戦慄する。彼の脳裏に自分の弟が過った。


(あれもまた魔法において化けものだが、目の前のこの男も大概だ)


 ジーマノイドの操縦技術は複雑だ。それ故に習熟にかなりの期間を要するもので、12歳の少年が行っている操縦はほとんど機体を酷使していると言っても良い。下手すれば自分たちの機体など逆に機体が追い付けずに大破するのではないかという予想もできた。

 そんな時、自分たちの近くに莫大な魔力を感じて全員が上を見る。


『今すぐ逃げろ!!』


 ベイルの叫びが聞こえる。誰かがそれに反応した時、ドレイクーパーがアグヴェル機を掴んでその場から離脱。少ししてさっきまでベイルがいた場所に何かが勢いよく着地する。

 その姿を全員が見た時、唖然とした。


『な、何で……』

『黒竜級が、何故こんなところにいるんだ!』


 その場にいる者たちが戦慄するのも無理はない。何故なら黒竜級とはこの世界におけるドラゴンの最上級のランクで、この存在によっていくつもの領土が吹き飛ばされてきた。そう聞けば単純に少なく思うだろうが、中には

 黒竜級について人類ができる事は基本的に逃げることがしかない。ただ自分たちの児戯の為に現れ、遊び、満足して帰って行く。それがドラゴンという存在だがジーマノイドの登場によってその状況は確かに改善されたが、それでも黒竜級の下にいる紅竜級はもちろん、青竜級や黄竜級、緑竜級、赤竜級という水辺や地面、森、火山地帯などの特殊な土地に適応したタイプは討伐自体が難しい。もっとも、地形適応タイプのドラゴンはまだその地形に対応する装備を整えれば勝機はある。

 しかし目の前にいる黒竜級に至ってはまともな討伐方法自体が無かった。


『随分と面白い祭りをしておるな、人間共』


 大きさは裕に30mはありそうな巨体。テレパシーではあるが言葉ひとつひとつに重みを感じさせてその場にいる者たちを怯ませる。


『どれ、我も参加させてもらうとするか』


 そう言い、翼をはためかせ宙を舞って地面に向かって息吹を放った。高濃度の魔力を黒竜級特有のエネルギーが織り交ぜられた光線とも言える攻撃。それをまともに食らう――かに思われた。


『何……⁉』


 光線が地面を穿ったはずだが、その中央部にはバリアを張っていたドレイクーパーがいたのだ。


『聞こえるか、審判。緊急事態発生の付き、裁判の中止を申し出る』

『しかし――』

『俺が時間を稼ぐから今すぐ中止して他の奴らを撤退させろ! それ以外にこいつ等をここから生かす方法は無い!』


 しかし相手の方からの返事は無い。彼らもまた遠く離れているというのに黒竜級から放たれるオーラに対して怯んでいた。周囲も同様だった事もありベイルはすぐに気付いて叫ぶように言った。


『いい加減にしろ! お前ら仮にも中立だろうが!! お前らが音頭を取らなければこいつらは動けないんだよ!! さっさとしやがれ!!』


 そう言われて白夜の棟からの使者がようやく正気に戻って慌てて指示を出す。


『き、緊急事態につき決闘裁判は中止! ぜ、全軍撤退! 撤退するのです!』

『俺が時間を稼ぐが相手が相手だ! 命は保証できないから機体が動く限り人を回収して逃げろ!』


 ベイルはそう叫びながらドレイクーパーを上昇させる。全力で移動した事で本来のスペックを見せた事で周囲は驚くが黒竜級は構わずドレイクーパーを見て言った。


『ほう、これは珍しい。お前はドラゴニュートか』


 それを聞いてベイルは顔を引き攣らせた。そんな事を聞けば周りの士気が下がる事を懸念した。そしてそれは予想通りになった。


『ドラゴニュート? まさかあの少年、ドラゴニュートなのか?』

『だからあんな変態機動をして……』

『俺たちを助けようとしていたのも演技なのか?』

『あの野郎、人間を裏切ったのか』


 そんな言葉が次々と漏れる。それを聞いてベイルはため息を吐いた。


『いい加減にしろよ』


 ドレイクーパーのスピーカーから呆れた様子の声が漏れた。


『いや、もう良い。勝手に絶望してろ。俺は俺でやらせてもらう』


 瞬間、ドレイクーパーの脚部装甲にミサイルポッドが装備され、発射される。黒竜級はそれを敢えて受けて自分に蓄積されるであろう攻撃を試す。


『ほう、これは中々だな』

『随分と余裕じゃねえか』

『当然だ。我らの存在はこの世界の頂点と言っても過言ではない。その程度の攻撃で絶命するドラゴンなどいるわけがなかろう。貴様とてもう少し侵食が進めばいずれ人間と言う弱者の殻を破って我らの仲間となれるだろうよ。このまま精進すれば、だがな』

『…………』


 黒竜級の言葉に答えを返さないベイル。別にベイルはドラゴンになる事を望んでいなかった。


『どうした? 名誉な事だろう?』

『悪いが俺はドラゴンになる気は、無い!』


 エネルギーソードを出してライフルで魔砲を飛ばしながら接近して切りかかった。しかし黒竜級は攻撃をものともせず受け切った。


(こうなったら……)


 ベイルはディスプレイを操作してドレイクーパーに流れる魔力限界量を上げる。エネルギーソードや魔砲で攻撃する際の魔力量も上昇、さらにはドレイクーパーの機体スペックも大幅も上昇する。しかしこれは内部機構を大きく消耗させる秘技であり、下手すればこの世界において最強ともいえるジーマノイド「ドレイクーパー」ですら空中分解する程の賭けでもあった。もっともそれは魔力だけでなくベイルの無茶な操縦も理由の1つではあるが。

 それでも気にせず、ベイルは魔砲を発射。さっきよりも上昇した威力に流石に危機を感じた黒竜級は回避した。その隙にベイルは右手に持たせていたエネルギーソードを収納してライフルを2丁持たせた状態で攻撃。さらにはミサイルポッドを出して発射と同時に機体を回転させて黒竜級の方に飛ばした。

 大爆発が起こったが黒竜級にはダメージは無い。そしてそれはあまり重要な事じゃなかった。


『あまり調子に――』


 ドレイクーパーがいた方を見た黒竜級。そこには2丁のライフルが浮かんでいるだけで本体はどこにもいない。だが攻撃手段が失えばと黒竜級はライフルを破壊しようとしたがライフルが独りでに避けてチクチクと攻撃――したかと思えば突然高威力の魔砲を放った。その攻撃で鱗の一部が飛んでいく。


『ほう、人間にしては中々の攻撃――』


 その時、黒竜級は自分が縛られるのを感じた。まるで自分以外のナニカが自分の身体を好き勝手しようという意思。それを感じたが黒竜級は激しく抵抗する。そしてそれは正解だった。いつの間に自分の視覚の外に移動していたドレイクーパーが現れて黒竜級の首を切断しようとしていたのだが、それは届かない。いや、届いていており血は噴き出しているが致命傷とは言えなかった。


(ここまでやって、切断すらできないのかよ)


 しかし黒竜級は笑った。ここまで自分を楽しませる、命の危険を感じさせる存在に久しく会えなかったのだ。


『やはりお前は逸材だ』


 ドレイクーパーを180度回転させて黒竜級を見るベイル。そして両肩の砲台を動かして力技で吹き飛ばそうとエネルギーを溜めた時、突然ドレイクーパーの両肩の砲台に魔砲が直撃した。


『え?』


 黒竜級はその存在が強すぎた。ある意味人間を超え、ドラゴニュートという存在に成ったベイルですら強大と感じる程に強く、すさまじかった。さらには周りが弱いと断じ、とっくの昔に逃げていると考えていた。

 だからこそ人間の、自分よりも格下の存在が茶々を入れてくるなどとても考え付かなかった。


(ふざけてるのかよ……)


 確かに、ベイルの考えている事は間違いではない。決闘は既に中止となった。他の者が逃げるだけの時間を稼ぐことができればと残ったベイルだが、まさか自分がドラゴンの討伐を邪魔されるとは思わなかった。


『何してくれてんだ! テメェら!!』


 怒りを露わにするベイル。しかし向こうの白い機体が特徴なジーマノイドは詫びもしないどころか堂々と言った。


『黙れ、裏切り者が! 人間社会に溶け込めると思うなよ!』


 その言葉を聞いてベイルは向こうが黒竜級ではなく自分を狙っている事を確信したと同時にモニターに相手の機体がどこの所属か表示される。その名は――レリギオン神皇国。最近子どもたちを兵士として育てていた教会の総本山であり、女神トアマティを崇める宗教国家。

 国名を知った瞬間、ベイルは舌打ちをする。


『俺が言えた義理はねえが空気を読めや!』

『黙れ異教徒!』

『貴様は滅ぶべきだ!』


 ベイルに――ドレイクーパーに向かって魔砲が撃ち込まれる。同時に黒竜級もベイルに向けて息吹を放った事でドレイクーパーは損傷を負い、地面に叩きつけられ大破した。


『戦力差すら理解できぬか。哀れな』


 それは誰に言った言葉か。黒竜級は用は済んだと言わんばかりに地面に着地した時、レリギオン陣営がドレイクーパーに対して追い打ちを掛けながら接近していく。


(どう見てもあの機体がどうにかしなければ我に勝つなどあり得ぬのだがな。人間はここまで退化したか)


 人間たちを哀れに思いながら、とりあえずはと戦いを見学する黒竜級。レリギオン陣営がドレイクーパーの元に到着した時、機体から煙が上がると同時に何かが飛び出して来た。

 その姿を見た黒竜級は唖然とする。何故なら相手は子ども。ドラゴン基準でも人間基準でも本来なら保護するべき存在なのだから。それを人間が裏切り者と、異教徒と呼びながら攻撃する。そして信じられない事に相手が子ども知りながらも攻撃を続けていた。


(い、一体、どうなっておるのだ……?)


 逃げようとするベイル。向こうからの攻撃を防ぎ、どうにかやり過ごしているとベイルの左腕が、そして両足が吹き飛んだ。


(……何で、銃が!?)


 ベイルはこの世界で銃という存在を公表するつもりは無かった。人が簡単に人を殺せる道具であり、ある意味悪魔の道具と言う認識はもちろんの事、そう言う事ができる人間に増えて欲しくないという思いがあったのでこれだけはウォーレンにすら秘匿していたのだ。だが別の国で既に開発されており、ベイルに対して使われた。

 ベイルは呆気に取られた事で魔力の制御を誤り、地面を転がって何かの液体に触れる。


『哀れな子どもだ。打算もあっただろうが我と戦って逃がそうとしていたというのにこうも執拗に潰されるとはな』

「………」


 黒竜級は気付いていたらしい。しかしレリギオン陣営の人間はベイルの息の根を止めようと勇気を振り絞って近付く。


『まぁいい。せめて我が―――ドラゴンで最上級の存在である黒竜級と呼ばれし我がお前を糧としてやろう』


 その言葉を聞いてレリギオン陣営はもちろん、今回これを見ていた者たちは歓喜に包まれる。これでホーグラウス王国に存在する魔族を殺したと。これであの国にこれ以上の発展はない、と。

 誰もが勝利を、勝ちを確信していた。黒竜級ですらもうこれ以上は必要ないとベイルの所に顔を移動させる。


『我々の任務は完了した』

『し、しかし……』

『これ以上は無意味だろう。それよりも奴に気を取られている内に黒竜級から離れ――』


 レリギオンの兵士が言葉を止める。不思議に思って他の兵士もそっちを見ると、黒竜級が何かによって吹き飛ばされた。そして――右腕以外の四肢を持っていかれたベイルが、宙に浮いていた。

 レリギオンの兵士たちが宙に浮いているベイルに対して魔砲を放つ。しかしそれらがやがてベイルを中心に回り始め、ベイルの背中にぶつかりそこから翼を生やす。さらには吹き飛んだ四肢はもちろん、それ以上に身体を形成。10m級の機械を含んだ巨人が現れた。

 その巨人はレリギオンの方に腕を向けると、その周囲に魔法陣が展開されて発射。この世界における、まず魔力保有量からして人間では到底無理とされる災害級魔法――ボルテクスブラスターが螺旋を描きレリギオン神皇国のジーマノイドを文字通り消し飛ばした。

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