#13 粛清と動乱

 ホーグラウス王国の王宮内にある謁見の間。そこに神父とシスターが後ろでに縛られた状態で送られてくる。その状態にウォーレンは唖然としていた。


「ところであの馬鹿はどこだ?」

「さぁ。どこだろうな?」


 ちなみにウォーレンの言う馬鹿とはベイルの事である。そしてそのベイルは普通に謁見の間にいた。


「な、何故お前がここにいる⁉」

「え? 今教会を襲っているのは俺の分身だけど」

「そっか、お前の分身かぁ……」


 ちなみにさっきからベイルの近くに資料などが次々と送られてきているが、ベイルはそれを読んで顔を歪ませていた。

 ウォーレンは頭を抱えていると、一緒に様子を見に来たシャロンが資料を読んでいた。


「随分と酷い事をしているわね」

「だろ? 全く、俺みたいに率先して戦おうとする子どもならばむしろ抑えつける方がストレス溜まるから戦わせる方が良いんだが、それを望んでいないろくに戦闘経験を積ませてこなかった子どもを無理矢理使役するなど気に入らない。あ、シャロンはこっちの方が好きなんじゃない?」


 そう言いながらベイルはある本をシャロンに渡す。


「ま、待て! それは――」


 ベイルが影で作った猿轡を叫んで阻止する。シャロンは本を開くとそこには神父のシスターとのアレコレが記載されていた。


「うわぁ、変態じゃない」

「性欲に忠実と言ってやれ。ある意味必要な感情ではあるが、ここまで歪んでいるとむしろ可哀想になるよなぁ」


 猿轡にさらに魔力を入れて神父の頭上に「私はシスターとの行為に及んだ変態です」と噴き出しが現れた。


「ベイルもそういうのが好きなの?」

「いや、その職業の人間に対して関係を強要するのは趣味じゃない。そういう服装を着せるのは趣味だが、本職はそれにおける禁止事項に抵触する恐れもあるからな。シスターだが変態行為が好きですという人に対して性欲に抗えず行為に及んだのは合意だが、そうじゃない人間に対しては強姦だ。あ、でも崇めているのは女神だからその辺りどうなんだろうな?」

「ベイルはコスプレさせるのが趣味、と」

「余計なものはメモるな」


 そう突っ込んでいると何かを感じ取ったのかベイルはウォーレンに言った。


「王国内の全教会調べ終わった。ここにあるのがすべての資料だ」

「……お前と言う奴は」


 ため息を吐いたウォーレン。まさかの行動力に驚くが容赦の無さに戦慄している。


「陛下! これは一体どういうことでしょうか?!」


 神父の1人が声を上げる。しかしウォーレンが一瞥した時に汚物を見るような目で見た。


「むしろそれはこちらの質問だ。何故お前たちがこんな事をしている。そして何より、何故このような人格を奪い、ろくに訓練を積んでいない子どもに強制的に言う事を聞かせた上に戦わせるという選択を取れるんだ?」


 ウォーレンが本気で尋ねている様にベイルは少し驚いていた。


「な、何を言って――」

「確かに、国にとって隠密行動をとれる者は貴重であり、戦闘力が高い存在は重宝する。そのベイルのようにな。だが、子どもの意思を奪ってまですることではない」


 ウォーレンの本気の言葉にプレッシャーを感じるベイル。だが彼はまだ耐性はあるが他の人間は違う。その身にプレッシャーを浴びて怯んだ。


「そ、それは――」

「全員を牢に放り込め。沙汰は追って下す」

「お、お待ちください陛下! それはあんまりでは――」

「あんまり、だと?」

「え、ええ。我々は元を正せば同じ女神トアマティを主とする敬虔な教徒。なのにあなたはその異端児の言いなりになって我々と敵対し――」


 その言葉にキレたのはウォーレンとベイルだった。ウォーレンが玉座から立ち上がろうとする前にベイルがその神父を浮かびあげた。


「おい似非神父。子どもを言いなりしているのはお前の意思だろ? 存在すら怪しい神の名声を盾にしているが、お前らか上かなんてどっちでもいいが、結局人間がしている事を神に責任を押し付けてほざいてんじゃねえよ」

「一つ勘違いしているが、その少年は宗教そのものを否定した事は一切無いぞ」

「お前たち弱者に対する慈悲という奴だ。もっとも俺は神などどうでも良いし、そんな存在不確かなものに祈るなら自分で強くなった方が早いと考える人間だがな」


 浮かばせている神父の首に圧力を加えたベイル。ウォーレンはそんな彼に対して言った。


「殺しはするな。この者たちには一切合切を吐いてもらう」

「……わかった」


 少し力を強めた後、ベイルは思いっきり神父の足を床に叩きつける。その衝撃で折れて痛みで悲鳴を上げるが2人は冷たい視線を向けるだけで助けようとしなかった。




 それから数日後、王宮にて緊急の会議が開かれる。今回は王太子になっているサイラスの参加もする事になり、ハンフリーから事前に聞かされていたが、最初に彼らがしたのは非難だった。


「今度ばかりは罰を下すべきです!」


 その言葉を聞いて不快な思いをしたのはウォーレンだった。


「何故だ?」

「何故? 何を言っているのですか? そもそも教会は神聖の場。それを闇魔法で荒らし、何よりあの少年は領主たる我々の領地を許可なく荒らしたのですよ?」

「いくら陛下のお気に入りと言えど許されない行為ですぞ!」

「…………まぁ、確かにな」


 その言葉に一部の貴族たちが満足気に笑ったが、その後にウォーレンは普段よりも違った雰囲気を出しながら言った。


「167人」

「突然どうしたのですか?」

「これはベイルが救った子どもたちの合計であり、貴殿らが取りこぼした者たちの数字だ」


 サイラスの顔が引きつるが、ウォーレンはそのままテンションで言い続ける。


「確かにあの少年は君たちに沙汰を飛ばさずに行った。それに関しては反省させるとしよう。もっともそんな事をしたとしてもアレの事だから簡単に「訳ありで強襲させる」という紙を貴殿らの従者に渡すと同時に仕掛けるだろうな。今回は特に難易度の高い任務だ。貴殿らの準備を待たずともどうにかできるが故の行動だろう。だが貴殿らは何故今回の件、気付かなかった? 教会に任せておけば万事解決だという事にならないというのは既に証明された」


 一息ついた後にウォーレンはその場にいる貴族たちに圧力を駆けながら言い放った。


「所詮は平民と思考は今すぐ捨てろ。貴殿らは今一度、自分の納める土地を見直せ。あの少年にも貴殿らの意見は伝えておく」


 それだけ言ったウォーレンはハンフリーとサイラスを連れて会議室を出る。


「陛下、何故あのような事を? 何もあそこまで彼らに対して言わなくてもよろしいのでは――」

「今回の件は決して許される事では無いからだ」

「え? それはどういう――」


 ウォーレンたちはそのまま執務室に移動した後に護衛に部屋に入らないよう、また自分たち以外を入れないように言った。


「サイラスよ。お前は日頃から上に立つ者として様々な教育はされていると思う」

「ええ、ですが実際に接するのは貴族で――」

「確かにそうだが、だからと言ってアイツらのご機嫌取りをするだけで済ませるわけには行かない。今回の件はある意味レリギオンからの侵略行為でもある」


 そう言われてサイラスは驚き、顔を引き攣らせる。まさかそんな事がと思っていたが、サイラスには原因の心当りがあった。


「まさかベイル・ヒドゥーブルの事が漏れたのですか?」

「……おそらくな」

「だ、だったら今すぐ彼を――」

「処分した方が良い、と? 一体誰にそれができるというのだ。むしろ話を聞く限り、魔王や魔族で無ければベイルと戦える人間はいないだろうよ。ならば利用するまで。違うか?」


 そう言われたサイラスは苦々しい顔をする。


「確かにそうですが、だからと言ってあの男の力を過信するのはどうかと思いますが。ましてやあの男は礼儀を知りません」

「それがどうした?」

「え?」

「幸いなことにあの少年は社交界に興味は無い。そして今ではシャロンはその暴挙からして周りから敬遠されているだけでなく、ベイル君に対してかなり好意を示している。これを利用する他あるまいよ」


 驚きを露わにするサイラスを見てウォーレンはさらに言った。


「彼にはシャロンとの結婚を機に大公に賜り、第二の王都を作り上げてもらう」

「なっ!? 正気ですか?!」


 驚きを露わにするサイラス。ハンフリーも聞いていなかったのか呆れた様子を見せる。


「……流石にそれはどうかと思いますよ、陛下。何より周りが黙って――」

「黙るしかないさ。むしろ、ベイル少年を殺しても王国に何のメリットも無い。だから受け入れる準備はしておけ。アレは真に有事の際に役に立つ存在だ」

「……わかりました」


 そう言った後にサイラスは挨拶をせずに執務室を出る。その様子を見てウォーレンはため息を吐いた。


「大公とはこれまた大きく出たな」

「実績は十分に積み重ねて来た。本来ならば1日でも早く領地を持たせて領主としての手腕をシャロンと共に振るってもらいたいぐらいだよ。やり方自体は問題はあれど今回は子どもに対して多大な犠牲を強いる事になったのだからな」


 幸いなことにまだすべての子どもは致命傷では無かった。しかしこのまま手順を踏めば最悪の場合死亡者が出る可能性もあった。そう、まだ出ていないのだ。

 実はまだベイルに伝えていないが、あの会合の時にベイルが殺したとしていた子どもは生きているのだ。ベイルとしては自分が殺した子どもに対する贖罪だったのだが、今ではそんな事は意味が無かったりする。


「ならば少しは君の息子の事も考えてやってもらいたいがな」

「何故だ?」

「たぶんだが、殿下はベイル少年に対して嫉妬をしている」


 そう言われてウォーレンはため息を吐く。


「それくらい知っているさ」

「ならば何故ケアをしない。このままでは殿下は潰れるだけだ。今はブルーノがどうにかしているがそれでも限界はある」

「だとしてもだ。それを超えてもらわなければこの先王太子としてはやっていけない」

「お前は……」

「問題はそれにサイラス自身が気付くかどうかだ。それで気付かなければそれまでの事。それにこうしている間にもベイル君は段々と進化しているんだ。こちらは王族という特性上、その辺りを分別を付けないと身体に持たないだけ。あの少年はなにも無法者とかそういうわけではない。幸いな事に話は通じるし敵対しなければどうにでもなるんだ。こうも簡単に手を取り合えるのならむしろ儲けものだろう」


 そう断言するウォーレンにハンフリーはさらに言おうとした時、ドアがノックする。


「何だ?」

『白夜の棟より招待状が届いておりまして、お届けに参りました』


 そう言われて訝し気にするウォーレン。ハンフリーはドアを開けるとメイドからそれを受け取り、念のため探査魔法で確認する。これと言った仕掛けは無く問題無いと判断してウォーレンに渡した。

 ウォーレンはその手紙の中身を見るとため息を吐く。


「3日後に帝国からの招集がかかった」

「……まさかまだジーマノイド技術を求めているのか?」


 その質問に頷くウォーレンだが、同時にこれはチャンスだと考える。


「3日後か、ちょうどいい。今回の件をレリギオンの奴らに問いただしてやろう」


 かなり乗り気なウォーレン。しかしハンフリーは少し不気味に感じていた。


「だが何故このタイミングなんだ?」

「何?」

「あまりにもタイミングが良すぎる気がしてな。また技術を求めているだけならばともかく、いくらなんでもこちらに都合が良すぎる」


 ハンフリーの言葉にウォーレンは確かにと頷く。そこである名案を浮かべたウォーレンはハンフリーに提案した。




 3日後、ウォーレンは従者2名を連れて馬車でホーグラウス王国を出て内大陸の中央にある中立大陸へと赴く。そこには内大陸に存在する5ヵ国の王または代表が一堂に会する円卓が設置された、純白の棟――通称、白夜の棟が存在していた。

 今回も面倒になると考えているウォーレン。心当たりがたくさんあるが同時にスカッともするのでいずれベイルも連れて行きたいとは考えている。

 しばらくすると馬車が白夜の棟の前で停止。同時に今回同乗しているハンフリーはある事に気付いた。


(馬車が既に4台ある?)


 普段ならあり得ない光景にハンフリーは驚きを露わにする。というのもホーグラウス王国の北側に位置するパルディアン帝国は武力において他の国に無い程の力を持っており、それを鼻にかけているのか帝国はよほどのことが最後に現れるのが常だった。しかし今日はホーグラウス王国以外の馬車は到着しており、護衛の騎士たちが待機している。

 その事に警戒していると、白夜の棟から教会関係者よりも真っ白な制服を着た男女が現れ、おそらくその代表者だろうか1人だけ前に出て馬車のドアを開け、言った。


「ウォーレン・ホーグラウス陛下、長旅お疲れ様でした。他の方々も既に到着されており、円卓に集合されております」

「……全員が?」

「ええ。一時間前に集合されていましたよ」


 ウォーレンは招待状を出して今の時間と照らし合わせる。今回の会合は夜の8時30分を指定されており、今はその40分前。まだ随分と余裕はあった。


(なのにもう既に全員が到着しているだと?)


 嫌な予感がしたウォーレン。それはハンフリーも同じなのかもう1人の従者に指示を出そうとしていたが、小さくはあれどただならぬ気配を出していた。


(流石はあの家の人間、か)


 基本的に脳筋よりの家の人間だが、彼だけは環境もありどこか知的さがある。だからこそハンフリーは彼に対して妹を差し出そうとしているのだが。

 3人は使いの者に案内されて神殿内に入り、ウォーレンがそのまま円卓に向かう事を伝えた為一直線に向かった。

 両開きのドアをウォーレンが開くと、そこにはホーグラウス王国以外の4国の代表者、そして代表を護衛する為の騎士が2人、壁の方に控えている。


「随分と遅いではないか、ウォーレン」


 パルディアン帝国代表、レオナルド・パルディアンがウォーレンにそう声をかけた。ウォーレンは鼻で笑った後に言ってやる。


「何が遅いだ。お前たちがコソコソと先に集まって会議をするほど臆病だとは思わなかったぞ」

「……ほう。随分と言うではないか。子どもに振り回されている青二才が」

「生憎、あの子どもはただの子どもでは無いのでな。もっとも帝国なら1年も持たず崩壊しているだろうよ」

「どうだかな。まだ落とせていないのだろう? なんならお前の所の問題児はこちらがすべて引き取ってやろうか?」

「それでお前のところを娘を差し出すのか? 止めとけ。冗談抜きで死ぬぞ」


 ウォーレンとしては心からの忠告だったが、周りは本気で相手にしていない。

 レオナルドが鼻で笑ってから言った。


「それで、だ。お前は一体いつまで魔族から奪った技術を開示しない?」

「……何?」


 ウォーレンはもちろん、ハンフリーも驚いた。


「何を驚く。こちらは猶予を与えてやった。しかしそれにも限度がある。自分たちで解析できないというのであれば我々に頼るのが筋だろう」

「そりゃ驚くだろうよ。さも当然のように情報を開示しろ、などと言われればな。一体どんな風の吹き回しだ?」


 まさか情報の開示を求められるとは思わなかったので反応に遅れるが、レオナルドはさらに言った。


「こちらにも情報が無いわけでは無いが、なんでも魔族の技術は我々人間の技術を遥かに凌ぐというではないか。ならばそれに対して策を講じようとするのも当然だろう」


 怪しむウォーレンに対してレオナルドに対して助け船を出すようにレリギオン神皇国の代表、ホーリア・グラディウスが口を挟んだ。


「ウォーレン陛下、我々同盟は元々魔族に対して備える為に同盟を組んだ。その事をお忘れではあるまい」

「そうだな。少なくとも私もそのつもりだったよ。だが、こんな事をされては考えるというものだ」


 そう言いながらウォーレンの後ろからそれぞれの国に向けて資料が飛ぶ。その資料は今回の教会の件の報告書であり、それを見てホーリアが次第に顔を青くしていく。


「これは、本当なのですか?」

「は! どうせ戯言だろう。しかも見てみろ。「教会を物理的にひっくり返した」と記載されている。まったく、とんだジョークだな」


 レオナルドが馬鹿にするように言い、それを聞いて彼の従者も噴いた。確かに到底あり得ないことなのだろうが、それを実行した者は異常の為簡単に行う事ができるのだ。

 何故なら確かに彼は物理的にひっくり返したのだから。


「全く。こんな事をできる奴がいるのなら是非ともお目にかかりたい――」

「良いのか、呼んで」

「は? どういうことだ?」

「仮にここに呼んだとして、今の奴の精神状態だと間違いなくホーリアは出血多量で死ぬぞ?」


 真顔で答えるウォーレン。周りはそれを聞いて固まる。


「特に今回の件はレリギオンが危険視する闇魔法をふんだんに使い、抵抗した神父に対して骨を砕き、場合によっては相手の身柄を壁に叩きつけていたからな。おかげでまた王宮の壁の修理に時間がかかっている」

「待ちなさい。教会は確か闇魔法に対する結界を施してあります。それに対して抵抗できるというのですか!?」

「本人曰く「あの程度の結界なんて高が知れてる」らしい」


 あっさりと答えたウォーレン。実際ウォーレンがしたわけではないが視線が彼に集まる。


「そもそもアレの闇魔法の練度は知識が私から見てもかなりの練度だと思わせるものだからな。影分身なんて日常的に展開していると言っていたし」

「むしろ何故あなたはそこまでの闇魔法を使える者をまだ生かしているのですか!?」

「簡単な事だ。我が国は教会ほど闇魔法を禁止しているわけではないし、何より仮に討伐を行うにしてもあまりにもデメリットが大きすぎる」

「ならば家族を人質に取ったりと色々と手段はあるでしょう?!」


 そう平然と言ったホーリア。あまりの言い様な上にそんな事をすればどうなるか想像してため息を吐いた。


「だとすれば嬉々としてあの男は我々に対して反旗を翻すだろうな。言っておくが今はそいつを始め、その家の人間の慈悲で世界は存続しているようなものだ」

「何を馬鹿な事を。かつての闇魔法の使い手がどれだけの惨事を生み出して来たのか知らないわけではないでしょうに!」

「だがあの少年がやろうと思えばとっくの昔に世界など滅んでいる。それに人類にとっても今では彼以上の戦力などいない」

「随分とあの少年を買っているじゃない。それほどまでに優れているというなら是非私の相手をしてもらいたいわね。旅をしているというなら先に私の国に向かう様に言ってくれないかしら? なんならこの棟を経由できるように取り計らってあげるけど?」


 ブリティランド魔導国の女王モルガン・ペンデュラムの言葉に沈黙が走る。


「いや、流石にそれは――」

「あら、私じゃ不満かしら?」

「いくら何でも歳の差がありすぎるから止めてやってくれ」


 妖艶な雰囲気を併せ持つモルガンに対して周りはなんとも言えない空気になった。


「あら? 私は可愛い男の子は好きよ?」

「可愛い……ね」


 顔を逸らすウォーレン。モルガンから何か黒いオーラが出るがウォーレンは咳ばらいをして話を戻す。


「まぁ、話が大分逸れたが私としてはホーリア、お前がどのように動くかだ。それ如何としては我々ホーグラウス王国は最悪この同盟を破棄する」


 それを聞いて驚いていたのは一部だけ。ウォーレンはこの時は勝ちを確信していたがレオナルドが言った。


「それは好都合だ。これで心置きなく王国を消せるというもの」

「何?」

「お前は既に忘れているようだが、元々我らは悪しき魔族を討伐する為に同盟を結んだ。しかしお前は国民が魔族と通じているというのにそれを咎めず、魔族の技術を我々同志に提供せず独占した。そのような国をいつまでも放置する程、我々は甘くはないという事だ」

「だから我々の国民を、しかも子どもを物言わぬ戦うだけの兵士にしたと?」

「相手は魔族と手を組み、我らを滅ぼしてこの世界を魔族と共に掌握しようとする裏切り者。むしろその浄化をして我々と同じ人間に戻してもらえたことを感謝するべきなのですよ」


 ホーリアが続く。そしてその言葉が合図だったのかウォーレンに対して2人、刺客が放たれた。完全に虚を突かれた形でハンフリーが動いた時には既に遅く、短剣の刃がウォーレンに向けられる。その時、ウォーレンは強引にハンフリーの方に投げられ、乱入したもう一人の従者が刺客の短剣を持つ手を掴んでその場で回転させて倒した。

 突然の乱入に全員が驚く。明らかに勝てるタイミングだった事に動揺したレオナルドは自分が先程の光景を信じられないと言わんばかりに尋ねた。


「何をした?」

「あなたが見たままの事をしただけですよ。これでも陛下は陛下なりに私の弟の理解しようとしている数少ないまともな大人ですから死なれては困ります」

「……弟?」

「ええ。あなた方が魔族と通じたと言った少年は私の弟。そして改めまして、私の名はユーグ・ヒドゥーブル。これまで王国にて数々の功績を上げてきたベイル・ヒドゥーブルの兄です」


 自己紹介をした事で周りは驚く。まさかあの少年の兄がこんなところにいるとは思わなかったのだ。


「馬鹿な事を。既に粛清は始まっている」

「……粛清?」

「そうだ。お前ら王国人には誰一人として消えてもらう事になった。そしてその作戦は既に始まっている」


 それを聞いて動揺するユーグ。その顔を見てレオナルドは満足気な笑みを浮かべるが、勘違いも甚だしいと言わんばかりに一蹴する。


「……今すぐ帰りますよ」

「な、何を言っているんだユーグ君!」

「これ以上、あなた方をここにいさせては危険ですから」


 そう言った時、レオナルドが指を鳴らし隠れていた兵士が現れた。


「この者たちを捕縛し――」


 レオナルドが最後までその言葉を最後まで言えなかった。それもそのはず、ユーグが剣を抜くと一瞬で兵士が切り飛ばされたのだ。


「……は?」

「ヒドゥーブル家の男の中で武術最弱のこの私を相手にしてもこの程度とは、理解できないな。雑魚は雑魚らしく這いつくばっていろ」


 そう吐き捨てたユーグ。その時、壁が破壊されて何人かの兵士が入ってくる。


「な、何だ!?」

「何をしている、ロビン。今すぐ帰るぞ」

「……え? 何で?」

「ベイルが殺しに慣れてしまっては事だ。この馬鹿共はとんでもない事をしてくれた」


 そう吐き捨てるように言ったユーグ。ロビンはため息を吐く。


「せっかくなんとかして、最悪サイラス殿下には世界の為に婚約破棄してもらおうと思ったのに」

「それを父親の前で言うのどうなの?」


 ユーグが漏らした言葉にロビンは突っ込む。ウォーレンとハンフリーがそれに続いたのを見た時にようやくある事に気付いたレオナルドは外に出ると、そこには自分たちが隠していたはずの兵士が全滅している状態が広がっていた。


「……まさか」


 ユーグの隣を平然と歩くロビンを見てレオナルドは口をあんぐりと開けて動揺する。

 先程まで外にいたのはロビンのみ。それが1人でこの惨状を生み出したとなれば、もはやこれは冗談では済まされない。

 今までベイル・ヒドゥーブルが次々と功績を上げていた為、他の者たちは気にしなくて良いと判断していたがそうは言っていられないと理解した。


「ヒドゥーブル家は、直系が全員バケモノということか」


 そう溢すのはレオナルドではなく、ずっと沈黙を貫き静観していたフギン・ユミエル。その言葉に悔しそうな顔をするレオナルド。これまであった帝国一強の時代は静かに幕を閉じようとしていた。

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