#10 大人たちの罪

 王宮の陛下専用執務室。そこに宰相であり自分の右腕でもあるハンフリー・セルヴァと共にヒドゥーブル家の中心人物を迎え入れたウォーレンは冷や汗を流す。


「良く来てくれました、みなさん。急にお呼び出しして申し訳ない」

「い、いえ。我々の方こそ多大な迷惑をおかけして本当に申し訳ございません」


 当主のラルドが謝罪をした事でウォーレンはさらに冷や汗を流すが、自分の師でもあるレイラは特にアクションを起こしていないので安堵していた。


「いえ、ご子息のおかげで娘も無事でしたし……本当に」


 そう溢したことでレイラはクスッと笑った。


「何か?」

「あの性欲に忠実な鼻たれ坊主が立派に父親をして感動していただけですわ、陛下」


 内容はともかく最後に丁寧に言われて背筋が凍った2人。そして彼女の息子もできるだけ平静を保っている様子だ。


「その事は忘れてください」

「レイラ、もう止めてあげなさい。あの時の陛下はただ君の美しさに見惚れたんだよ。今も美しいけど」

「あら、あなたったたら」


 急にイチャイチャが展開され、男4人は顔を背ける。ユーグはユーグでハンフリーと同じように頭を抱えていた。


「それよりも、今後の事で話をするということはずですが?」


 ハンフリーが言った事で甘々な世界が少し抑えられた。


「とりあえずですが、ヒドゥーブル家はこれまでの功績を考えて男爵から子爵に陞爵する、という形で落ち着きました。その上でラルド男爵はフェルマン君に子爵位を譲渡、という形となります」


 それを聞いて甘々な世界が完全に消え失せる。というよりもラルドが完全に消してしまった。


「しょ……陞爵?」

「むしろ陞爵しなければならない事案だろう。君たち家族はあの日、たくさんの貴族を助けた。そして同時にこの国脆弱さを見せ、今後の王国の進退に貢献している。本音を言えば伯爵にして他の嫁を迎えさせたいところだが――」


 と言った瞬間、フェルマンから殺気が漏れた。


「何故、私がリネット以外の方を嫁に迎えないといけないのでしょうか?」

「……あ、そういうことか」


 色々と納得したウォーレンは納得する。


「今のは聞かなかった事にしてくれ」

「わかりました」


 ウォーレンは冷や汗をダラダラ流すが、忘れてくれることを願って話を続ける。


「まぁ、単純に言えば君たちの立場は非常に危うい。大半はベイル君が理由だが、それでもやはり教育的なものと思っている者もいる」

「なるほど。つまり私たちが子爵止まりなのはあくまで様子見、という事かしら?」

「夫人?」

「いや、良い。確かに彼女は男爵夫人ではあるが、それ以前に私の師だ。あと正直丁寧に話されてはこちらの身が持たない」


 そこが本音だった。いつ命を狙われるのかと思って冷や汗が止まらない。


「まぁ、そう言う事ですよ師匠。後は何と言いますか……その……」

「先に言っておくけど、私たちは別にベイルに対してマナー教育は一切していないわよ。むしろ男爵家の四男坊ってよほどのことがない限り平民ルート一直線じゃない。教えてもいないの冒険者としての思考を持っていたのは驚いたけど、それはそれとしてこちらにも都合が良かったから指摘しなかった。何か問題でもあるかしら?」

「では今後は教育してもらいたいものですな」

「「「無理だな」」」


 男たちが揃って断言する。むしろ彼らには「今更マナー教育なんて無理」と言ってボイコットするベイルの姿を想像できた。


「むしろベイルの場合、権力なにそれ美味しいのと言わんばかりに振る舞っているから、マナー講師から全力で逃げるどころかマナー講師を半殺しにするんじゃ……」

「兄さん、さらにそこから私たちが止めて家が崩壊する未来が見える」


 そこまで聞いて、ウォーレンもハンフリーも頭を抱えた。

 そんな時、外が少し騒がしくなる。何かと思って人を呼ぼうとした時にドアが無造作に開け放たれた。


「お父様! 大変です! 王国軍がベイル君を裁判にかけました!」


 顔を青くしながら叫ぶシャロンの言葉を聞いた6人はそれぞれ勘定をする。その時、その場所が揺れた。






 ■■■






 王宮に呼び出された俺たちヒドゥーブル家。と言っても今回呼び出された両親とロビン兄さんを除いた男兄弟だ。元々ユーグ兄さんに関しては呼ばれていないがブレインとして母上がねじ込んだらしい。なんでも元々王様の家庭教師を務めていて、一応はその縁があったようだが、母上曰く「絵に描いたような権力者のクソガキ」だったらしい。

 そんな話はともかく、俺は正直逃げ出したいがあの時の事もあって両親が少し怖くなった。たぶん俺は心のどこかで「自分が最強」なんだと思い上がっていたのかもしれない。だが現実はどうだ。俺よりもグロテスクに特化し、平然と潰せる者が存在している。やはり俺は貴族に向いていないのだろう。

 なんて思っていたら俺は裁判所に顔を出している。急に両手を拘束されて無理矢理移動させられた。

 今回、俺に用があるのは別件で今はヒドゥーブル家の今後の方針として打ち合わせがされているので俺は別室で待機していた。最近身体が妙にダルく半分寝ているところに拘束されたのである。

 しかし何故俺を拘束するのか。俺を拘束する理由なんて……もしかしたら王族側としてはたくさんあるかもしれない。


「ではこれより、貴族裁判を開始する。被告人はベイル・ヒドゥーブル。以下被告人とし――」


 そこから俺の罪状をつらつらと説明し始める。ジーマノイド密造、さらには陛下の危険な目に遭わせて王太子を強襲。さらには魔族と通じ技術を受け取ったという話だ。

 こうして聞くと国の長に対する態度ではないと確かに感じるが、そもそも向こうが悪いと言うのもあるさ。


「被告人、これらに対して何か申し開きがあるか?」

「…………」


 申し開きと言われても、そもそもこれらはすべてこいつらが弱い事が原因だ。それをここで言ったとしても騎士に対する侮辱だなんだと言われて騒がれるだけかな。


「申し開きが無いなら、すべて貴殿の責任という事で罪を認めたとし、貴殿に相応の処置を取らせてもらうが?」

「…………1つ聞きたいんだけど」

「質問は受け付けない」

「…………わかった。では申し開きをさせてもらおうか」


 俺は近くにいる彼らを無理矢理呼び寄せる。すると全員が傍聴席に降って来たが、母上が上手い具合に制御してくれたおかげで着地している。

 そして手錠を簡単に外して俺は俺で裁判長がいる場所に移動する。


「き、君は――」


 裁判長の椅子を蹴り、裁判長ごと吹き飛ばす。


「ま、待てベイル君! それ以上は――」


 オッサンの発言を無視して俺は言いたいことを言わせてもらう事にした。


「初めまして、みなさん。既にご存知でしょうか私の名前はベイル・ヒドゥーブル。ヒドゥーブル男爵家の四男坊です」


 この世界の拡声魔法は性能が高いようだと思った。


「さて、こっちは何の打ち合わせもなくいきなり呼び出されて正直全員殺してやろうかと思っていますが、特別サービスで言いますね。ジーマノイド密造も、陛下を危険な目に遭わせたのも、王太子の痴態を晒させたのも、魔族と出会った事を黙っていたのは事実です。もっと言うならば魔王とその娘と出会い、魔王に勝利して工場をもらいました。ついでに言っておきますと、魔結晶を採掘しているけど届け出てないし、独自の工房を構えて変身能力を持っていた魔王の娘さんに服を渡しました。無茶苦茶似合っていたと言わせてもらいますが、押し倒さなかった私の理性は表彰されるべきだと思っています」


 後半を聞いてヤジが飛んできた。「そんな事どうでも良いだろうが」とか言った奴がいるが、本題じゃないので我慢する。


「その上で言わせてもらいますけど、それがどうしたの?」


 ウォーレンのオッサンが口をあんぐりと開けている。ごめんねオッサン。俺は今日、こいつらに喧嘩を売る事にした。


「大体、俺の罪はすべてお前ら無能な大人の罪じゃないか。そして敢えて言ってやる。自分の無能を棚に上げて有能な子どもから搾取してんじゃねえよハイエナ共が! それと王国軍、お前ら全員自害しろ。特にそこのふんぞり返っているブタッ! お前だよ、お前! ブクブク太って何が国軍最高責任者だよ。せめてその座に就くなら肉を落とせ! どうせ訓練も大したこと無いだろ!」

「ふざけるなよ貴様! 軍の訓練がどれだけ辛いか――」

「ほう。ならば軍人全員1時間で100㎞移動できるんだよな?」

「……は?」


 その言葉に俺は色々と察してこの国の長の名前を呼ぶ。


「ウォーレン・ホーグラウス。残念なお知らせだ。王国軍は今日で終焉となりました」

「い、いや待て。国防はどうする? もしここで王国軍が壊滅すれば――」

「知らん」

「し、知らんって……」

「だって俺、まだ10歳になったばかりの子ども、ましてや程度が知れている男爵令息で四男坊だ。王族じゃあるまいし、何で国の事なんて考えないといけないんだよ。どうせ今回の裁判だって「最後のチャンスをやる。お前が持っているものすべてを国に寄付するのだ」とか言って接収するつもりだったんだろ? もう穏便に済ませるのって、金を出して技術を売ってもらうか、それこそ権力でどうにかするしかないもんな? だってここにいる、俺の家族以外の全員、弱いもん」


 さてさて、ここから先は盛大に調子に乗らせてもらうよ。そうさせるのはこいつらの意思だし。


「おいお前ら、この国の辞書に記録しておけ。貴族とは過去の栄光に縋る事しかできない、自分たちでは何もできない弱者にしてハイエナの事だとな」

「いい加減にしろよクソガキが――」


 俺はブタが吠えていたので移動して思いっきりぶん殴って黙らせた。顔の形が変わっているみたいだが、構わず裁判長とやらがいた壇上に向かって投げ、ぶつける。


「文字通り、汚い花火だ」


 たぶん死んだだろうが、全然惜しくない奴を亡くしただけだ。不謹慎とか知らない。俺を怒らせるのが悪い。


「この通り、今のホーグラウス王国は祖先が無能しかいなかった結果として未曽有の危機に陥っている。そして補足するが、国王陛下が危機に晒されているのは軍内部に俺に勝てる奴がいなかった事が原因だ。王太子の痴態事件も当然のことながら、だ。……というかな」


 俺はため息を吐いてから言ってやった。


「もう俺、別に国そのものに対して一切未練がない。栄えるも滅ぶも好きにして。俺も好きにするから。というか冒険者になってある程度ランクを上げたらとっととこの国を出ていくつもりなんだよね。そもそも魔族のジーマノイド技術なんて魔王に勝ったからもらっただけ! 本当は魔王の娘を甘やかしたかったけどそれをすれば――」

「ふざけているのか貴様は!」


 そう言って机を叩いて立ち上がる者がいた。どうやら教会関係者らしい。


「よりにもよって魔王の娘と縁を作るつもりか! 人間としての誇りを捨てたのか!?」

「え? 人間としての誇りってつまりはハイエナとしての誇りだろ? そんなもの普通捨てるだろ」

「何だと!?」

「俺は何も魔王の娘だから仲良くなったわけじゃない。エルフも獣人も、ドワーフだろうがなんだろうが可愛ければ何でもいい! それが何だ? 文句あるか! 自分の趣味に生きて何が悪い! ジーマノイドを趣味で作って何が悪い! 人間以外の、お前らが驕りに驕って亜人とほざく彼女らを愛でたいと思って何が悪い! たまたま捕まえたのが魔王の娘で、魔王に勝って工場もらっただけ! おかげで全力で戦えてスッキリできたよ! あと魔王に勝ったけどほとんど痛み分けで形として向こうが負けたから工場もらっただけで魔王生きてるけどね!」


 それを聞いて周りは驚いている。そしてこれまた教会関係者らしいが言い出した。


「何故悪しき魔王を倒さなかった⁉」

「娘を人質にしておけば自害させるのも容易だっただろう!」


 周りの貴族たちも「そうだそうだ!」とか「何故そんなことをしなかった!」とか言いだしたのでまるでライブ会場だと思いながら答えてやる。


「じゃあお前らがやれよ!! 魔王を倒したいならお前らが勝手にやれ! これから起こる被害なんざ知るか! 俺はお前らがほざく勇者じゃないし、そもそもお前らが貴族の自覚を持たないまま今の状況になったのが悪いんだろうが! 自分の無能っぷりを反省しろ! それができなければお前らが魔族に負けて滅ぼされる。それだけだ!」


 そこまで言い切った俺は深呼吸して心を落ち着かせる。


「本当は今回の話し合いで俺が持つジーマノイド技術の提供云々をどうしようかって思ってたんだけど、考え直すわ」


 その言葉を聞いてオッサンも、そして近くにいたシャロンも顔を青くした。


「だってお前ら、俺に対して交渉するわけでもなく、子どもと侮って奪い取ろうとしたんだよ? そんな奴に一体どうやって技術を提供したいと思うのさ? それにさ、俺の功績を奪いつくしているって事を忘れてないよね? 挙句にキマイラも勝手に解体。そんな奴らに一体何を期待できるって言うんだよ。俺は無理。だから俺はもうお前らに技術提供をするつもりは無い。残念だったね」


 そう宣言した俺は黒いワープゲートを出す。もう何もかも放り出して家を出よう。そして俺の憩いの場に引きこもって年がら年中研究に明け暮れよう。そう思った時、魔法が飛んできた。

 バリアで防ぐが、攻撃したのは教会関係者。


「まさかとは思っていたが、やはりお前は魔に通じる者だったか!?」

「いや、魔王と仲良くなったとは思うけど、完全に魔族と通じてるわけじゃないんだけど」


 何せ工場の引き渡しが終わった後、その工場から魔族大陸に通じるゲートは完全に破壊した。俺はフィアたんに会う事を完全に諦めたのだ。


「黙れ! その闇魔法を扱うのが異端の証拠よ! ここで処刑してくれるわ!!」

「止めろ! もう止めてくれ!!」


 オッサンが泣きそうになっている。しかし教会関係者から攻撃が行われているがむしろ家族はため息を吐いていた。


「何であいつらって、空気を読まないんだろ」


 そんな事を母親が言っていたが、俺は構わず全員を拘束する。ギャーギャー喚いているが、俺はとりあえずそれだけで済ませてやることにした。なんか、自分が悪くないのに勝手に騒いで可哀想になってきたからだ。






 ■■■






 それからベイルは少しして、今回の件でウォーレンに謝罪された。


「本当に色々と申し訳ない!」


 本音を言うならこの人が一番「何やってくれてるんだァ!」と叫びたくなっただろうと推測する。ベイルはこれまで規模が大きい事をたくさんしてきたが、まさかここまで盛り上がるとは思わなかったのだ。


「いやいや、オッサンも完全に被害者だろ」

「とはいえ、今回の件で大部分の貴族が処分できますね。これでベイル君の土地も融通できる、と」

「まだ言ってるのかよ」


 シャロンが意気揚々と言っているのでベイルは思わず突っ込んだ。


「当然でしょう! ベイル君の能力を考えれば私を妻として王位簒奪も――」

「だからお前と婚約しないし、間違ってもそんな世界線なんてありません!」

「そんな……」

「俺は権力なんてものには一切興味ないし、そんな事に興味を抱く事は無いの」


 それに関してはまぎれもないベイルの本音だった。

 ベイルにしてみれば権力なんて必要のないもの。圧倒的な戦闘能力により、様々な存在を倒して来た存在だ。もはや権力程度でどうこうできる存在では無かった。しかしそれを諦めきれない王族側――特にウォーレンが勧誘する。


「真剣にシャロンと婚約してくれないか?」

「絶対に嫌だ」

「シャロンの一体何が不満なんだ? 言っておくがおそらくボディスタイルは保証できるぞ」

「あー、そう言えば母親は綺麗でスタイルも出るとこ出てるしな」

「側妃と言っても妻に変わりないからな。もし手を出したら許さんからな」

「ざけんなよボケが。俺がラッキースケベを含む事故以外で本人に対するセクハラを行うわけがないだろうが」


 2人の男が本気で殴り合いそうな状態になったが、ベイルのストッパーとして同席したレイラが止める。


「はいはい、下らない茶番はそこまでにしなさい」

「こちらとしては本気なんですが?」

「でも残念ながらベイルが拒否しているもの。親としては息子の意思を尊重したいしね」


 その言葉にがっくりと項垂れるウォーレンはチラッとシャロンの方を見ると、懲りずにベイルに近付いていた。


(あのシャロンが、ここまで……)


 ウォーレンは泣きそうになるがなんとか堪える。なにせシャロンは王位に拘り、自分の弟を殺すとするだけでなく他国に渡って嫁ぐなどは絶対にしないと宣言していたのに、あそこまで異性に興味を示すなんてと喜ぶ。


「でも良いの? 彼女と結婚すればしたい事をたくさんできるわよ?」

「冗談じゃない。貴族なんて真っ平ごめんだね。あんな戦うことすら忘れた敗北者と一緒にされる方が迷惑だ」


 そこまで言うかと口に出したくなったウォーレンだが、いくら劣化としたとはいえあそこまで軽く軍団長を潰せる少年にしてみれば今の貴族は物足りないと結論付ける。


「俺は冒険したいんだよ。見知らぬ土地や見知らぬものを見て、まだ知らない敵と戦いたい。殺し合いとかそういうのじゃなくて、純粋に自分の力を比べるような、そんな戦いをしたいんだよ!」


 そんな少年のような、実際少年だがキラキラと目を輝かせているベイルを見てウォーレンは改めて自覚する。目の前にいるのはただの、10歳の少年であると。

 ジーマノイドを自在に操り、生身ですらもはや人類では敵がいないのではないかとすら思える小さな存在。周りは目の前の少年に対して苦行を強いるが、それ以前に保護するべき存在であると。



「私も、ヤキが回ったな」


 あれから数日後、ウォーレンはそんな事を漏らす。


「どうしたんだ?」


 今、王宮のウォーレンの執務室にはハンフリーしかいない。だからこその愚痴だった。


「あの時、ふと思ったんだ。ベイル君はあれだけ強い力を持ってはいるがまだ子どもなんだとな」

「だがあの少年が外に出るのは国としては困る、違うか?」


 ハンフリーの言葉に頷くしかないウォーレン。しかし彼は心のどこかではそうさせてやりたいとも思っていた。


「だが本来、大人のするべきことを子どもが肩代わりして行っているのはやはり違うだろうと思ったんだ。我々はやはり、サボり過ぎた」


 今ではベイルの発見した物資や遺物などはある条件を含めた上で莫大な資金を王家が回収。ダンジョンから取れる魔結晶に関しては採取分に対してかなりの値段を払う事になる。だがそれでもウォーレンはどこか引っかかっていた。実際、シャロンとの婚姻は結んでほしいという気持ちはあるが、やはりある程度は自由にしてもらっておくべきかとも考えてしまう。


「だがシャロンのやつ、今ノリノリで勉強しているからなぁ」

「そういえば、最近帝王学に熱心だとジュリアナから聞いていたな」

「そうなんだ。ベイル君が領土を持った時のことを考えているらしくてな。戦闘面に関しては問題無いだろうから内政面でカバーを張り切っているんだ」


 それを聞いたハンフリーはなんとも言えない顔をする。それに気付いたウォーレンはどうしたのかと尋ねると、ハンフリーはどこか言いにくそうにする。


「……おそらく、シャロンの恋心は報われないと思う」

「何故そう思う? まぁ、確かにベイル君はシャロンの事を気に入っていないだろうが、いずれは――」

「これはあくまで私の予想で、絶対に正しいというわけじゃない。本人にも確認を取っていない推論だ。それでも聞くか?」


 かなり真剣な顔をするハンフリーにウォーレンは嫌な予感がした。


「……一応、聞こうか」

「おそらくベイル・ヒドゥーブルには既に好きな人がいる」


 そう言われてウォーレンは背筋が凍った。そんなわけがないと心の中で何度も言い訳をして続きを促した。


「た、例えそうだとしてシャロンが誘惑すれば――」

「むしろ危険だと思うがな」

「どういうことだ?」

「前にサイラス殿下を攻撃した時の発言を知っているか?」


 ウォーレンとしては今すぐにでも記憶を抹消したい出来事だったが、残念ながらまだ記憶していた。


「確か、「私は婚約者がいるが、今後は他の女とも関係を持つ」を言おうと…………まさか」

「どうにかして予想が外れていてほしいと思っているさ。だがもしベイル少年が好きな相手がアメリア・バルバッサだった場合は……」

「ハハハハハ……いや、そんなわけがない……そんなことあってはならない……」


 元々サイラスとアメリアの結婚は、この国の結束力を高める為、だ。これはある意味自分の意図から少し外れている形ではあるが、一応は形になっている。


(まさかシャロンは……)


 一体どうやってかは知らないが、もしシャロンが気付いているというのならあの発言も納得がいく。

 しかし自分がこの国の王で、彼は所詮貴族の令息でしかない以上簒奪と言う手段は基本的に許されない行為だが、それでもベイルが権力に固執しないタイプだからこそ、そこまで拗れないと予想している。


(もしかしたら、私はストレスで早死にするかもしれないな)


 そんな事を考えながらウォーレンは仕事の続きに取り掛かる。

 何故ならこれから、王国軍の再編を初めとして様々な事に取り掛からなければいけないのだ。未来の事でウダウダ悩んだところで仕方ないのだ、と。


 その頃、教会では悪意が渦巻いていた。

 彼らはこれまで人々にあらゆることを操作してきた。人はもちろん、神の代行者としてあらゆる事を行ってきた。しかし今、この世界にその地位を脅かす者が現れたのだ。


(上等ではないか、ベイル・ヒドゥーブル。闇に染まりし異端者よ。我らが女神トアマティに代わり、貴様を裁こうではないか!)


 一通の手紙がある場所へと飛ぶ。それが彼にとっての――ベイルによって手繰り寄せられる破滅への片道切符と知らずに。

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