#9 工場、ゲットだぜ!

 魔王国家アワードーンを納める魔王ヴァイザーは困惑していた。

 おそらく自分の敗北により娘を要求されるだろうと覚悟をしたが、要求してきたのは工場だった。


「娘は?」

「そりゃあ来てくれたら嬉しいけどさ、魔王の娘って兄さんにバレているんだし俺みたいに人質にされるよりも父親のあんたの所にいた方がいいだろ。あ、じゃあ将来的にはあんたたちの所にも行くからモンスター図鑑とか植物図鑑とか無いかな? あとジーマノイド関連の書物とか、これまでの製作履歴に関するデータとか、量産型1機とかあったら嬉しいかな」


 などと平然と言うベイル。しかし2人は承諾しようとしていない様子に気付いたらしいのでさらに言った。


「いやぁ、魔王の娘とかそれこそ政治目的で利用されまくりだしさ、下手すれば処刑だよ? そう考えたら親父さんの下で幸せに暮らした方が良いって思うじゃない」

「…………それで、本音は?」

「せめて解放する前に甘やかしたかったし甘やかされたかったぁああああッ!!」


 そんな事を叫ぶベイル。今の姿だとボイス系の攻撃すら威力が上がっている事に気付いていない。


「絶対にこんなのが従者にいたら起こしに来たら抱き枕にする自信があるし、2人っきりの時は日頃から甘えている自信あるわ! でも仕方ないじゃん! 戦時中だし俺は俺で趣味に生きたいし将来的な不安しかないから告白なんてできないっての! そもそも将来は平民確定だからね!」

「…………いや、それは無いと思うぞ」


 予想の360度を超えているベイルの叫びに度肝を抜かれるヴァイザー。


「いいや! 俺は政治的手腕なんて0突っ切ってマイナスだから傀儡になれる自信がある。だから俺は冒険者になってダンジョン攻略して、そのダンジョンを研究するという体で引きこもる!」

「じゃあこの工場はいらないだろ」

「それとこれとは話は別なの! まぁ、このまま国に寄付しろとか言われるのは目に見えているけどさ。キマイラだって勝手に解体されるんだよ! ベースがあったとはいえほとんど新規製造って言っても過言じゃないのに!」


 次第に泣き始めるベイルを見てヴァイザーは少し不憫に思い始める。


「だからどうせ真実を知った奴らは「何故魔王の娘を人質にして多額の賠償をしなかったのか」とか「何故そこで持ち帰って検討すると言わなかった!」とか言ってくるだろうけどそんな事は知らん! 俺が勝ったんだから俺がしたいようにするんだよ!」

「いや、もう一度聞くが……良いのか?」

「じゃああんたは自分の娘が変態共の餌食になっても良いの?」

「いや、それは良くないが……」

「だったら工場一個で良いじゃん。あ、そっちの大陸に少しエッチな写真集とかあるならよろしく。それとできれば魔族だけじゃなくてエルフやドワーフ、獣人とか様々な写真集があれば俺は嬉しい」

「…………本物じゃなくて、か?」

「もちろん。獣人なんて可愛さ次第でこの歳で毎日襲っている自信があるからね? だから敢えて本物じゃなくて等身大が欲しいんだ」


 かなりひねくれた反応をしているベイル。しかしまだ着替えていないフィアを見て流れるような土下座をした。


「お願いします。最後にその服を着た姿を見せてください!」

「え……え?」

「安心してください。服を着た姿で熱狂的興奮できるか試すだけです。あ、普通に戦闘できるようにしているから大丈夫だよ」


 フィアは一瞬ヴァイザーを見たが、困った顔をする父を見てさらに困り、人間の中でも最強格の土下座姿を見て渋々という顔で近くの部屋に入り、誰もいないことを確認して着替える。その時に抱いた感想は「動きやすい」だった。

 ズボンは短パンだが装着者を保護する機能があるようで実際は足全体を保護する感覚。それに合わせて準備された靴も様々なバフが付いているのがわかるくらいだ。

 トップスにも様々な機能が備えられている事を確認したフィアはベイルを危険だと結論付けた。


(……仕方ないわ)


 相手は自分の祖先を追い出した人間。しかしここまでできる存在を獲得しようと思うのは当然の心理だった。

 外に出ると、ベイルはもちろんヴァイザーも驚いている。


「ど、どう……?」


 その時、ヴァイザーの隣でベイルが倒れた。鼻血を盛大に流しており、それだけで血溜まりを作るほどだった。


「ど、どういう感情?」

「すまない。あまりにも感無量で意識が飛んでいたようだ」

「そんなに?」


 フィアは確かに周りからチヤホヤされているが、それはあくまで自分がヴァイザーの娘だからと結論付けていた。だからこそいざヴァイザーという後ろ盾が無くなっても見限られないように日々努力している。そんな彼女におそらく素でそこまでの賞賛を浴びせるベイルはやはりどこかぶっ飛んでいると結論付けるフィア。


「うん。こんなご時世じゃなかったらそれこそ押し倒している自信がある。いや、辛うじて理性が働いてくれるかな」

「……どういうこと?」

「だって君は魔王の娘だろう。もしそれが人間の男と結ばれたら周りから非難轟々で裏切りものとか色々言われるし、悪いけどそこまでとなると……」


 そう言われてフィアもヴァイザーも納得せざる得ない。確かに目の前にいるのは人間で自分は魔族。ここで自分たちが結ばれた場合、確かに政治的にも不利になるだろうと納得する。しかしベイルはその後にとんでもない事を言った。


「無理矢理俺がフィアたんを襲って毎日ヤりまくり生活をして民から同情を買うか、大陸に向けて最大火力の魔法を放って大災害を引き起こすべきかなって」

「選択肢がおかしいぞ!」

「あとフィアたんって何!?」


 2人から突っ込まれたベイルは気楽に「あはははは」と笑い、返答を回避した。


 ベイルに生産工場を譲渡し終えた後、緊急会議が開かれた。


「それで、魔王。あなたは今回の件、どのようにお考えで?」


 若々しい17歳ぐらいの男性ミハル・ベリアがそう尋ねると、ヴァイザーは少し呆れながら言った。


「お前が思っている程、今回の件は決して悪くは無いと思う」

「何ですって?」


 ミハルが驚く事から始まり、周りも同様の反応示している。唯一シュトムは平然としていた。


「そして今後の方針として、しばらくの間は内大陸の侵攻は取り止めとするつもりだ」


 そう言われてミハルが立ち上がった。


「ふざけているのですか、あなたは! 人間共が我々に対して一体何をしたのか忘れたとは言いませんよ!」

「それを忘れたつもりは無い」

「まさか、たった一人の人間に臆したと? そのような理由で侵攻を取り止めるなど――」

「――だったら君が1人ですれば良いじゃないか」


 シュトムがそう言うとミハルが睨んだ。しかしシュトムにとってその反応はどこ吹く風という態度で対応する。


「魔王様の腹心だからと言っていい事があると知らないのか、小僧」

「さぁ。元々興味ないし。でもアレはかなり強いよ。それに、ヴァイザーだって何も考え無しに今回の取り止めだって決めているわけじゃないでしょ?」


 シュトムに言われてヴァイザーは頷いた。


「確かにな。正直なところ、今回の件は多大なダメージを負う形となった。偶然とはいえ、あの少年と相対した事で今後の拠点としてホーグラウス王国を取るのは難しいだろうな」

「だからと言って取り止める、と?」

「ああ。まだ時期が早かったと断言しよう」


 それを聞いてミハルがさらに言おうとするが、その前にミハルの隣に座るエリク・ルカスが発言をする。


「ミハル殿、そこまでに致しましょうか?」

「何故だエリク?」

「これ以上の発言は会議の妨げになると出ています。それに、あながち陛下の考えている事は面白い事になると出ています」

「……ほう。では聞かせてもらえますかな? このエリクが保証するあなたの作戦というものを」


 ミハルに促され、ヴァイザーは真顔のまま告げた。


「ベイル・ヒドゥーブルを手に入れる。その下準備は既に済んでいる」


 それを聞いた幹部たちは唖然。シュトムだけは噴き出した。


 フィア・シュヴァルツは今回の件で自室での謹慎を言い渡された。元々今回の件は彼女の独断であり、それによって工場の1つが奪われたのだから当然と言えば当然かもしれない。

 しかし彼女は今回の件がすべてダメになったわけではないと確信していた。


「この服……」


 自分に渡された服を改めて観察する。あの服セットだけでかなりのバフが盛られており、また軽装で動きやすいという下手な鎧よりも強力なものになっていた。一度城にいる仕立て屋に見てもらったが、その時の反応は凄かった。


『こんな服を売るなんてとんでもない! これほどまで丁寧に処理された造りなんて、数十年規模の作業な上にここまでの性能を出すなんてあり得ません。価値を敢えてつけるならば、それこそ国宝レベルにまで匹敵するかと』


 そんなものを平然と出す上、自分に対して一人の女の子として行為を持ち、迫って来た少年。

 自分が捕まった時、魔族と知られて殺されるかと思っていた。しかし彼はそんな事はせず、大事にするように抱えていた。


(……それにしても、撤退しないと頬ずりって……)


 命が保証されている今だからこそ笑えてしまう、ある意味滑稽な脅し。しかしあの反応を見るにおそらく本気だったのだろうと思える。


(でも次は……敵同士)


 そう思うとフィアの心が妙に締め付けられる感覚に陥った。






 ■■■






 物資などをもらった俺は流石に疲れた事もあって家に転移すると、戦闘痕があったので慌てて家に戻る。


「ちょっと、一体何があったの!?」

「え? ベイル⁉」


 フェルマン兄さんが驚いている。一体何があったのか。


「兄さん、大丈夫なの!? なんか戦闘していたみたいなんだけど⁈」

「俺たちは大丈夫だ。まぁその、ユーグが相当キレていてな」


 それを聞いて冷や汗を流す。そう言えば俺、ユーグ兄さんを家に飛ばしたな。もしかしてその件で普段から怒らないユーグ兄さんがキレたのだろうか?


「クリフォード侯爵家とやり合って」

「なぁんだ。じゃあ別に良いや」

「――良いわけあるか、この馬鹿者が!」


 安堵しているとリビングでくつろいでいるジジイが叫んだ。


「全く。この家の人間は一体どんな躾をされているんだ。まさか爵位の基準すら知らんとは――」

「家に来るたび罵声を飛ばす老害に対して辟易しているだけだろ。そりゃあ誰だってそんな地雷原に飛び込みたいとは思わないし、あんたはあんたでユーグ兄さんに色々言っているから今回の件で憂さ晴らしされたってこと。それくらい、爵位はあるんだから察したら? あと俺、疲れたから風呂入って寝るから、あんたもさっさと帰りなよ」


 思えばフェルマン兄さんとユーグ兄さんは、このジョセフ・クリフォードというジジイの餌食になっていた。俺はそれもあってそういう日は書置きを残して離脱。本当にこのジジイは自分がしている事を反省しろと叫びたい。

 確かにあの2人は男爵家の跡取りとしてキーパーソンになるのはわかるが、だからと言って来るたび来るたび怒鳴らなくても良いだろうに。


「そもそも今回の騒動の中心が数日も帰って来ないとは何事か!」

「え? 何の話?」

「お前はまず自分がした事を自覚しろ!」


 そんな事を言われても本来人間に酷い目に遭わされるかもしれない美少女を救って工場をもらった事しか頭に無いんだけど。

 改めて考えるが、俺がこれまでした事に変な事は全然ない。女性用下着にまだ付与魔法を使用する事はアイデアとしてあるけど、それは個人的に独自ブランドとして確立したいので黙っておく。


「あ、ジーマノイドを強奪したのにデータを提出していないのこと?」

「それもあるが――」

「まさか王国軍を倒した事とか言わないよね? あれ、単純にそいつらが弱いだけでしょ。普段から無駄に偉そうにしているだけの老害なんだから、後進の育成ぐらいちゃんとしろよなぁ」

「そもそも軍に対して攻撃をする事自体、王家に対する反逆だからな!」


 そう叫ぶジジイが五月蠅いと思っていると、ドアが開かれる。相手を見て全員平伏すが、俺は突然というよりも動揺から平伏せなかった。


「何であんたがここに?」

「それはもちろん、あなたに会いに来たのです」

「へー……」


 そう言われてしばらく思考を開始。え? 何で王女が俺に会いに来ているの? 俺、王族憎しってこの人の前で言ったはずなんだけど。

 すると彼女の従者らしきものが紙を載せたお盆を差し出す。そこには「婚約同意書」という名前があり、既に俺の名前以外の欄が埋められていた。


「後はあなたのサインが必要なんです」

「そっかー」


 なるほど。つまりはそういうことか。彼女は堂々と、俺の婚約者になりに来たのか。


「おいジジイ」

「何だ?」

「お前はここに来る前にこいつを止めろよ!!」


 本当に老害過ぎて何をしているんだと声を大にして叫びたかった。


「バカかお前は⁉ 第一王女自らお前みたいな大問題児と婚約をすると仰られているんだぞ!? 泣いて喜ぶところだろうが!」

「どこがだよ! 突然過ぎてむしろ引くわ!」

「どこに引く要素があるというのだ?!」

「そうです。将来は王族の一員としてこの国に貢献を――」


 それを聞いた俺はイラっとした。


「冗談じゃない。何で俺が王族なんかにならないといけないんだ。魔族たちに対して講和締結をしたわけでもない癖に勝者と酔いしれ、ましてやそもそもの戦争の起源でありながら被害者面しているような奴らと一緒になれと!? そんな事をするくらいなら俺が魔王の代わりに世界を滅ぼしてやる!」


 と言うと流石に限界が来たのか、ジジイが俺に対して殴ってきた。軍人として鍛えられてきたからかなり重い方だと思ったが、空中で身をよじって壁に着地すると同時にジジイに魔砲を飛ばしてアガートラームを起動。偽聖剣クラウソラスを展開してぶった切ろうとしたがジジイは近くの椅子でそれを防ぐが、目的はジジイそのものだ。これ以上ここで戦うと被害が出るからな。

 俺はジジイと共に空中で転移。そう、空中だ。流石のジジイも度肝を抜かれているだろう。なにせ今俺たちがいるのは高度50mの高さ。そしてジジイは生粋の軍人にして戦士の為、魔法なんて使えない。本来ならばそれだけゲームオーバーなのだが、この害悪ジジイはボッコボコにして家に送り返してやるとしよう。


「リバースフルドライブ」


 偽聖剣クラウソラスが消え、代わりに拳の攻撃力が増加。それで俺はジジイを何度も何度も何度も何度も、全身まんべんなくボッコボコにした。


「この、クソガキがぁああああああああああッ!!」

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、死ねッ!!」


 そして俺は翼を広げて上昇した後、重力と加速でスピードを上げてジジイをサーフボードの様な形で踏みつけて急速落下。どこかの悪魔が敵機体でやったあのシーンが思い出される。

 このまま踏みつぶして原型無くして自分がどれだけのバケモノと婚約しようとしているのか思い知らせてやろうと考えているが、その重力魔法はキャンセルされたどころか落下速度が緩やかになった。そんな事ができる奴は俺の家族ぐらいしかいない。


「そこまでにしなさい」

「ちょ、何やってんだよ!?」

「あなたはクリフォード侯爵家と揉めたいのかしら?」

「いや、ジジイ一人で済むならそれで良いし、邪魔なら滅ぼす」


 それを聞いてどこか安堵する母親。しかし俺は何度も殴った事でジジイは死にかけている。


「お、おお……レイラ。済まないな。助けてくれてありがとう」

「……お祖父様」

「な、何かな……?」


 母親の笑顔を見て癒されているジジイ。しかし瀕死故か気付いていないらしい。その笑みは天使の笑みではなく、悪魔の笑みだと。


「今までご苦労様でした。あなたの死体は骨だけにして本家にお送りさせていただきます」

「そ、それは、困るなぁ……」

「黙れよジジイ。お前ら本家の人間が私に対してどれだけの仕打ちをして来たのか忘れたとは言わせねえぞ。おまけにあんなクソの教育もさせやがって」


 そのクソとは一体誰の事だろうかわからないが、どうやら相当恨みを買っていたようだ。しかし不思議な事にそのクソという奴は身分が高い存在にある気がしてならない。


「いや、それは、良かれと思って……それにあの時がごほっ⁉」


 いきなり現れたシルヴィアがポーションが入った瓶を突っ込む。これ下手すれば窒息死するんじゃないだろうかと思っていると、みるみるうちに傷が治って行く。


「……大丈夫?」

「ちょっとシルヴィア、何しているの⁈」

「……応急処置」


 今の母上が思いっきり「余計な事を」と思っているという事はわかった。死にかけたジジイが回復していく。瓶が空になった時、回復したのか瓶を引っこ抜いて捨てた。多分苦しかったんだろう。

 突然咳き込んで深呼吸する様を見ていい気味だと思った。


「か、回復してくれた事には感謝する。しかしだ、回復するにしてもやり方というものが――」


 するとジジイが突然地面に突っ伏した。変な体勢で重力魔法を受けている。


「反吐が出る」

「え?」

「お礼も言えない、感謝もできない、あなたの家じゃないのにやって来ては怒鳴る事ばかり。あなたが本当に嫌いだった。あなたを回復させたのは助けるためじゃない。殺す為だ」


 流石にマズいと思った俺はシルヴィアを引き寄せて抱きしめた。同時にお袋が魔法をキャンセルしてくれたおかげでどうにかなったが、これがつまりウチの総意なのだろう。


「どうしたの?」

「別にシルヴィアが直接この老害に手を下す必要なんて無いんだからな? だから落ち着け?」

「…………何で?」


 シルヴィアがそんな事を聞いてくる。流石に8歳に人を殺すのは早すぎるし、なにより今ここはそこまで切羽詰まっているわけじゃない。


「この人は殺さないいけないよ? 私たちはサンドバッグじゃないのに、この人は私たちに八つ当たりしてくる。だからもう終わらせないと」


 涙を浮かべているシルヴィアを見て俺の中で何かが切れ、限界ギリギリではあるが目の前のジジイを徹底的にぶちのめしてやろうと思った瞬間に我が家の方から激怒した親父が現れた。

 最初は俺に対して怒っているのかと思っていたが、怒りの矛先は――ジジイの方だった。親父は無言でジジイの両足をぶった切る。

 突然の痛みで気持ち悪い悲鳴を上げるジジイ。しかし空気を読んだのか、お袋がその足をくっつけたので今度は両腕を切断。そしてまたくっつける。そんな共同作業を見て俺はガクブルと震える。


「これでも私はあなたに対してある種の尊敬を抱いていました。しかしポーラがあなたが怒鳴ったところで怯えましてね。どういうことかと尋ねたらあなたは私たちが仕事でいない時に来てよく子どもたちを怒鳴っていたというではありませんか」


 それを聞いて俺は本気で驚いていた。お袋もそれに関しては初耳だったらしい。


「そ、それは貴族として」


 俺は咄嗟に影魔法でシルヴィアの視界を奪い、両手で耳を塞ぐととんでもない音がした。親父がジジイをぶん殴った事で顔の一部がへこんだのだ。

 元々親父は大剣持ちのインファイタータイプ。力が強く今も一体どこから力が出ているのかと疑問を抱くほどに強い。ジジイも強い部類なのだろうが、少なくとも、今の親父とやり合おうとは思わなかった。

 やがて動かなくなったジジイを捨て置き、親父がとんでもない事を言った。


「俺は義両親に大変世話になったし、レイラという理想の女性と結婚を快諾してくれた。だからこそ男爵の身分でクリフォード家に手を出すまいと思っていたが、子どもたちを虐められて黙っていられるほどお人よしじゃない。体制を整えろ。明朝滅ぼす」


 そう断言した親父。どうやら心底お怒りのようで、俺に対してもまだ殺気が引っ込まないようだ。


「ベイル、お前が先陣を切れ。ただし従者たちには極力手を出すな」

「それは性的な意味?」

「お前は男に興味があるのか?」

「んなわけないじゃないか。変態舐めんなよ」


 まぁ、おそらく殺さず無効化しろ、という事だろう。


「お待ちください!」


 シャロンが慌てて外に出る。どうやら近くの従者から回避して来たらしい。


「あなた方の力は既に理解しております! どうかここは矛をお納めくださいませ!」

「申し訳ございません、殿下。これは所謂家族間の問題。そして先に弓を引いたのは向こう。なので落とし前を付けさせる必要があるんです」


 その時、俺は親父が見せた邪悪な笑顔。たぶん俺が笑っている時に見せている笑顔がこれなんだろうと思いながら俺は風呂の準備に取り掛かる。

 それからしばらくしてベッドに入った。久々にシルヴィアが一緒に寝たいと言うので今日は仕方ないとして一緒に寝てあげた。自作の目覚まし時計をオンにして時間を設定して早めに爆睡する事にする。


 しかし残念ながらクリフォード家を滅ぼすことはできなかった。

 少し後にわかった事なのだが、これに関しては第一王女が動いたらしい。今回の件で俺たちヒドゥーブル家がクリフォード家に対して落とし前を付けさせようとしていると聞いて王家は騒然。そもそも俺は忘れていたが、あの騒動の時にまともに戦えていたのは俺たちヒドゥーブル家のみ。それが魔族のジーマノイドをどこでも召喚できる俺が先陣を切るのだ。王家が間に入って調停となり、クリフォード家からはヒドゥーブル家では早々見れない額が支払われた。

 そしてジジイに関しては隠居したらしい。クリフォード派閥も瓦解して王国軍の再編が困難。異例だが、両親は家督をフェルマン兄さんに譲渡して軍籍になるという話になった。


 それから、俺が魔王を倒して工場をもらった事がどこからか漏れてしまった。最初はユーグ兄さんかと思ったが、兄さんは全力で否定しているし違うと思う。あの知略に富んでいるユーグ兄さんが慌てて否定するなんてあり得ないから絶対に違うと確信でき、それが大きく問題となった。

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