#6 規格外の少年

 ――キマイラを解体した


 その言葉を聞いた瞬間、ベイルの中のナニカがぷっつんと切れる。実際、近くにいたシャロンは変な音が聞こえた。


「……解体、した? あんた、そんな事を言ったのか?」

『ああ、そうだ。我々の国でもあんなものは見た事がない。だから――』

「……そうか。深刻だな」


 割と落ち着いた声で答えるベイル。その間にも攻撃はされておりベイルは回避する。


『いや、深刻というより――』

「深刻だよ。ここまで何もできない無能集団だとは思わなかった」

『は? え、君は――』


 とんでもない事を言い始めたベイル。彼は盛大にため息を吐き、言い切った。


「もう良い」

『え?』

「今回の件でようやく踏ん切りがついた」


 そう言ったベイルはさらに反転。ちょうど王国領土に入ったところだが、ラジスラフは理解できない。何故急にベイルの態度が変わったのか。そしてそれによってモニターに映った目はどう見ても――異常だった。

 ベイルはペダルを踏み、逆に仕掛ける。ラジスラフは咄嗟に防御させるがベイルは躊躇いなく攻撃をいなすと同時に素早く回転して右腕を切断。さらに回転して両足すらも切断し、回転して蹴りでラジスラフ機を地面に叩きつける。


(クソッ! こうなったら……こうなったらここで――)


 その時、ラジスラフの目の前にベイルが現れたかと思えば、ラジスラフも外に出ていた。突然の事に理解が追い付かないラジスラフだが、その前にベイルがどこかに消えてジークフリートが地面に着地する。

 それを見ていたラジスラフ。またベイルが目の前に現れたと思いきや、今度はまた髪が銀色に、瞳が金色に変わっている。


「機体は迷惑料としてもらっていく」

「は? 何を言って――」


 ベイルはラジスラフに触れるとラジスラフはどこかに吹き飛ぶ。理解が及ぶ前にラジスラフはどこかに到着した。

 辺りを見回すと、自分がいるの海上にいる脱出艇の上。ラジスラフに気付いたのか次々と魔族が姿を現した。


「ラジスラフ!」


 シュトムが姿を現す。応急措置はそれているのか右腕を釣っていた。


「も、もうしわけございません、シュトム様。制止を振り切っておきながらこの体たらく。死んでお詫びを――」


 そう言った瞬間、シュトムはラジスラフをぶん殴った。


「馬鹿? そんな事の為に命を捨てるなんて」

「で、ですが、そんな――」

「失態だというなら、その失態の責を被るのは他でもない命令したヴァイザー自身」


 そう断言した瞬間、周りは動揺する。


「ヴァイザーも今回の件は予想外。だから俺たちは生きて今回の件を報告しないといけない。俺たちが持っている情報が今後の魔族の運命を左右するかもしれないのだから」


 その言葉に周りは感動し、安堵する。しかしシュトムは別の事を考えていた。


(ベイル・ヒドゥーブル……アレがあの少年の本気だとしたら……また戦えるなら、戦いたい)


 そんな事を考えるシュトムはゆっくりと笑みを作る。誰かがそんな事に気付いたが、あえて気付かない振りをした。


 ベイルはラジスラフの機体を回収した後、ジークフリートに転移する。それを見てシャロンは信じられないという顔をしていた。


「何?」

「いや、なんでもない……」

「そう」


 ベイルは冷たく言い、ジークフリートで領空侵犯を繰り返す。中にはジーマノイドを出して警告するも無視する始末。その上の攻撃だが、ベイルはすべて無視して回避し王宮へと向かう。

 既に念話で情報を得ていたのだろう。ベイルはそのまま王宮の前にジークフリートを着地させた後に膝を付かせて降りやすくした後、コックピットハッチを開けて出れるようにした後、シャロンに手を伸ばす。


「行くぞ」

「あ……うん」


 ベイルの手を取ったシャロン。するとベイルはシャロンを抱き寄せて飛び降りた。急だったこともありシャロンは思わずベイルを抱きしめるが、落下スピードは徐々に落ちてゆっくりと着地した。


「シャロン!」


 王宮から出て来たウォーレン。名前を呼ばれて辺りを見回したシャロンは、ベイルがいつの間にか着地している事やベイルにしがみついている事に気付いて顔を赤くしていた。


「ご、ごめんなさ――」

「別に良いけど」


 素っ気ない態度を取るベイルに対してシャロンは何故かモヤっとする。まるでこの対応が相応しくないと言わんばかりな対応だ。

 ベイルがシャロンから少し距離を離した時、シャロンにウォーレンが抱き着いた。突然の事に驚いたシャロンだが、それよりも先にベイルの行方を探すと、さも当然のようにジークフリートのコックピットに向かって飛んでいた。


「待ってベイル君!」


 呼び止められたがベイルは無視してコックピットに入りハッチを閉める。その時準備を整え終わったのか軍所有のジーマノイド"モビルナイト"が姿を現した。


『そこまでだ、ベイル・ヒドゥーブル』


 その声に反応したベイルはヘッドセットに付いているマイクをオンにして話した。


「何の用?」

『シャロン殿下救出、よくやった。しかし君の行動は目に余る。拘束させてもらう』


 それを聞いたベイルは鼻で笑い、どこからともなくエネルギーソード発生装置を出してジークフリートの両手に握らせ、両腕を振るうと一度に4機ほどの戦闘機能を停止させたのである。


『ベイル・ヒドゥーブル! 貴様、我らに対して反旗を翻すか!』

「五月蠅いんだよ、弱虫集団。雑魚は雑魚らしく地面を這いつくばってなよ」


 そんな事を言ったベイルに怒りを見せた王国軍。しかしそれを制止したのはウォーレンだ。


『そこまでだ! それ以上の戦闘行為は――』


 しかしベイルは聞き入れず、次々と撃破していく。辛うじてパイロットは死んでいないようだが、それでも彼らに対して尋常ではないダメージを与えていった。


「なにこれ。王国軍弱すぎて話にならないんだけど。よくこれで俺に対して命令できたよね。正直引くわ」

『ま、待ってくれ! 私たちはただ君に感謝をしたいんだ!』

「こいつら、俺を拘束するって言ってたけど? 俺の行動が目に余るってさ。ハイエナ風情が、そんなに死にたいっていうなら殺してやるよ!」


 そう言ってベイルは戦闘行為を始める。相手は子どもということもあるが、何より自分たちも練度が高く、次々と戦闘不能にしていく。その様を見てウォーレンは泣きそうになっていた。

 そしてものの数分で王国軍のジーマノイド部隊は全滅。その様を見て完全に膝を付くウォーレン。自分の常識外の事が次々と起り過ぎて彼の処理が追い付かなかった。


 その光景は、サイラスも見ており唖然とする。

 突然現れた謎の機体。恐らく魔族製と思っていたが、操縦者はなんとあの夜に率先して魔族に対して喧嘩を売ったベイル・ヒドゥーブルという。その時点でサイラスの理解は追い付いていなかったが、王国軍を全滅させた事で確信に変わる。あいつは、敵だ、と。


「ど、どこに行くのですか!」


 どこかに行こうとするサイラスを止めたのはブルーノだった。ラルドは既に姿を消しており、また仮にいたとしても流石に権力でどうこうできる相手では無い事は既に気付いていた。


「ベイル・ヒドゥーブルを止める」

「ですが、相手は我々に対して反旗を翻しているのですよ! それよりも先にあの2人を助ける方が先決です!」

「だから私が決闘をするんだ! ブルーノ、その救出を任せるぞ」


 サイラスがその場から離れ、別の場所に移動。そして拡声魔法を使って決闘を申し込もうとした時、自分よりも先に彼の異母姉であるシャロンが言った。


「私と結婚してください!」


 サイラスは一瞬動揺した。というのも彼は何度か自分が男ということで毒殺されそうになっているからだ。見ると顔を赤らめており、言った後に照れ隠しなのか顔を真っ赤にしながらウォーレンの後ろに隠れていた。

 しかし無慈悲にもベイルは言った。


『絶対に嫌です』


 その言葉を聞いてシャロンは本気で崩れ落ちた。それが何よりもサイラスには許せなかった。

 あの態度から、おそらくシャロンは本気で告白したのだろう。それをああも断ったベイルを許せずに拡声魔法で怒鳴る。


「ベイル・ヒドゥーブル! 私と決闘しろ!」


 それでようやく気付いたのか、ジークフリートの頭部がサイラスを見る。


「ま、待て! 待ってくれ――」

『……嫌だ』


 ベイルが断った事でウォーレンは安堵する。


「逃げるのか! 卑怯者め!」

『それを言うならお前ら王族はハイエナじゃん』


 とんでもない発言をしたベイル。それにキレたのはサイラスだった。


『弱い癖に人が手に入れたものを横から掻っ攫う。それがお前たちハイエナだろう? そんな奴が今更何の用?』

「黙れ! 王族に対して敬意を払えない下賤な奴が!」

『その下賤な奴に命を助けられてばかりの弱者君が調子に乗るなってハナシ。少しは自分の立ち振る舞いを理解したら?』

「よく言う! 私の前に姿すら出せない臆病者が!」


 段々とサイラスの頭が冷えて来て、ちょうどいいとすら感じる。このまま行けばブルーノたちが上手くいくと考えたからだ。


『だって後は帰るだけ……あ、オッサン。俺のキマイラとドラゴンの死骸返して』

「ふざけているのかお前は!」

『ふざけてねえよ。俺が作ったものと倒したものを返還要求して何が悪いの?』

「そもそもジーマノイドの個人製造は密造になるんだよ!」

『だってお前らに届け出たってこれまで大して努力していないのに成果だけ得るのって嫌じゃん。大して進歩もさせられなかった癖に』

「それはジーマノイドの構造が難しいだけで――」

『どうせ大して努力もしていないだけだろ。今の貴族なんてどこも一緒。貴族を僭称するだけの商人ばかり。大体そんなに欲しいなら自分で外大陸に行って魔族の拠点に潜入して情報を入手すれば良い。俺みたいにね』


 ベイルのとんでも発言のオンパレードに度肝を抜かれるが、その中にあるワードに反応したサイラスは言った。


「そんなこと、できるわけがないだろう! 大体、どうやって外大陸を渡れと?」

『飛んでいけばいい』

「だからそれが無理だと言っているのだ! ジーマノイドはお前が持っていた機体ぐらいしか飛ぶものはないんだぞ!」

『別にジーマノイドじゃなくても生身で飛べるでしょ。魔法使いならそれくらい普通だって』


 そう言われてサイラスは固まった。そんなことあるわけないのだ。


「ふざけているのか!?」

『本気で言っているんだけど。地属性の重力魔法を発動させて移動するんだけど、それを風魔法か火魔法でブースター代わりに飛んでいけば自由自在。でも重力魔法って高度50m程度しか浮けないのが難点だけどね。でも海上から50mだから案外どうにかなる。というかどうにかなったよ』


 サイラスの頭はパンクした。そしてそれはウォーレンやシャロン、そして救出に来たハンフリーとブルーノも同じだった。


「ちょ、ちょっと待て! 訳が分からない! 仮に地属性の重力魔法を使用できたとしても、結局それができるのは複数の適性を持つ者のみではないか!」

『え? 普通でしょそんなの』

「普通なわけあるか! しかも重力魔法がどれだけ難易度高いのか理解しているのか?! そんな魔法が使えるならそのものはもはや伝説級と言っても過言じゃないのだぞ!」

『おいおい、何言ってんだよハイエナ君。重力魔法なんて魔法使いの基礎中の基礎。ダンジョン内のように狭い空間ならともかく、ここで空を飛んで回避しないとか単純に頭がおかしいだけだと思うけど。というか複数の属性に適性無くてもそれくらい覚えていて当然じゃないか。魔法使いは普通、基本五属性をマスターしているものだよ』


 と言いながらもベイルは話が長くなりそうな気がしたのでコックピットハッチを開けて出て来た後にジークフリートを消した。

 ベイルが突然姿を現した事でジーマノイドから脱出した操縦者がベイルに向かって魔法を放つ。


「炎よはし――」


 声に反応したベイルが魔法陣を展開すると同時に炎の球を発射。それが操縦者に直撃して焼かれ、悲鳴を上げた。


「うるさいなあ。さっさと水魔法で消化すれば良いじゃない」

「で、できるかあぁああああッ!」


 ベイルは引きながら水魔法を使って消化するが火傷して動けない操縦者。そんな彼にポーション瓶を出して蓋を取った後、口の中にぶち込んだ。

 しかしその効果は絶大で、みるみるうちに回復していく。


「全く。これくらいできて当然だというのに。いくら弱っているからってフレイムぐらい防げよ」


 そう吐き捨てたベイルはそのままサイラスに近付く。そこでサイラスはむしろ疑問を抱いた。


「何故、今国王陛下と姉上を無視したんだ?」

「え? 別にどうでも良くない? そもそも君が俺に喧嘩を売ったんでしょ?」


 どうでもいい。ベイルはそう言った。


「あり得ない。さっきの魔法といい、王族を人質に取ろうと思えばいつでもできるだろう! 何故しないのだ! そもそもお前は、魔法使いは基本五属性をマスターしているものだと言ったが、そんな者を見た事などない」

「え? 嘘? 宮廷魔導士って五属性マスターしていなくてもなれるものなの?」

「なれるわけがないのだ! そもそも! 適性ある属性が発動の邪魔をする!」


 それを聞いてベイルはむしろサイラスに対して引いていた。


「そうなの? 俺は普通に使えるけど」

「だ、だったら証拠を見せてみろ!」


 そう言われてベイルはサイラスに腕を向けると火属性災害級魔法のインフェルノエクスプロージョンを放つ。もっともその災害級というものをベイルは知らず、突然の事に、さらに爆発が起こった事で動揺した。

 さらに急に津波が起こり、爆発の余波で燃え上がる場所を襲い、その水を塞き止めるために空から隕石を放つ。


「あとは風魔法と雷魔法か」

「ま、待て! 他に何する気だ?」

「だからあの塞き止めた岩共を砕く為に風魔法と、そのままのノリでぶっ放そうとしているところだけど」


 そう言いながら風魔法を放ったベイル。隕石は砕かれて砂になったので、そこに向けて雷魔法を放とうとしたところで後ろから声がかかる。


「あの、叫ばないの? さっきボルテクスブラスターを使う時に叫んでいたじゃない」

「あれは数年ぶりに出会えた強敵を相手にしたから、思わず叫んでしまっただけで普通は叫ばない」


 それを聞いてサイラスは膝を付いた。


「ちょっと待て。アレ、もしかしてすべて災害級魔法か? おまけに既に雷属性の災害級魔法も使える? 何なんだ……何なんだお前は!!」

「ただのジーマノイド好きの男爵令息だけど?」

「それがどうしてああもなる! バケモノか! バケモノなのか!?」

「みんなしてそんな事を言うけどさ、普通だよこれくらい。できて当然」

「あと、闇魔法もちょくちょく使用してない?」


 シャロンがそう言うとベイルは頷いた。


「残念ながら光属性が使えない代わりに闇属性ができたから。意外と応用力あって面白いんだよね」


 光属性も闇属性も、どちらも希少だ。

 そもそも光属性を扱えるのは人生の大半を徳を積むことに費やした人間や聖女ぐらいしか使えない魔法で、闇属性の魔法はまず教会――ひいてはその総本山でもあるレリギオン神皇国が禁忌としている為、誰も使用しないのだ。


「でも闇属性ってまだ発展途上で、残念ながら他の魔法程戦闘に使えないんだ。強いて言うならばダークレイぐらいで」

「そもそも闇魔法は禁忌中の禁忌だ! そんな事も知らないのか!?」

「禁忌禁忌って五月蠅いなぁ。使えたら使おうと思うのは当然じゃないか。頭大丈夫?」


 自国の王子に対するこの言い様だが、それ以上にベイルはもはや王族などどうでも良いと思っていた。


「お前は禁忌をなんだと思っているんだ! 危険だからと――」

「そうやってなんでも禁止された結果、お前らはハイエナ族が出来上がるわけでしょ。可哀想に。俺と同い年だというのにこうも弱く育っちゃって」


 ベイルはここから哀れんでいた。口だけでは無く目も完全にサイラスを哀れんでいるのを感じたサイラスはベイルに対して手袋を取って投げつける。


「さ、サイラス、あなた何を――」

「立場も弁えぬこの物言い、許せるか! 手袋を拾え! 決闘だ!」

「……えっと、君王子だよね?」

「さっさと手袋を拾えと言っているだろう!」

「いや、でもこの手袋……何の付与もされていないどころかただの絹製品だよ」


 そんな事を言われたサイラスの目は点になった。


「そ、それがどうした?」

「だって俺の服って黒人狼の皮を使われているから大体の魔法は軽減されるし、並大抵の刃じゃ通らない。完全実戦仕様なんだ。なのに君には式典用じゃないか。決闘を挑むにしてもちゃんとしないと」

「…………」


 突然の指摘に呆然とするサイラス。しかし彼がそれをフェイクと気付き、剣の柄に触った瞬間――ベイルが目の前にいた。


「――え?」


 ベイルの髪が既に白に代わり、瞳も金となっている。その時サイラスの全身があるビジョンを見た。

 それは今よりも幼く、母親や姉に可愛がられている自分の姿。しかしそれを打ち破ると同時にまさしく必殺の拳がサイラスの顔に迫る。

 しかしそれは、意外な形でキャンセルされる事になった。

 ベイルは自分の身体に何かが触れた事を感じてその状態で横に飛びながら距離を取る。さっきまで自分がいた隣にはシャロンがいた。


「お前、何をしようとしていた?」

「キスよ、キス。または接吻」

「……は?」


 頭を抱えるベイル。そしてサイラスはベイルの方を見て驚いていた。


「まさかお前、男女交際の経験が無いのか?」

「当然だろ。知り合いに女は……2人はいるか」


 それで思いついたのがアメリアとカリンというなんとも悲しい事なのだが。しかしサイラスはそれを聞いた途端にマウントを取り始めた。


「私は婚約者がいるが、今後は他の女とも関係をも――」


 その言葉に反応したベイルが思いっきりサイラスを蹴り飛ばした。

 突然のことな上にまともに食らったサイラスは何度も跳ね、城壁にぶつかった。


「べ、ベイル君?」


 シャロンが呼びかけるが、ベイルは反応せずにアガートラームを反転起動させ、床を一部吹き飛ばしながらサイラスの方に移動する。サイラスはまだダメージの後遺症が残っているのか満足に動けず、身体をふらつかせていた。


「この、蛮族が!」


 それでも迎撃しようとベイルに魔法を放つ。しかしベイルはすべて両手から生み出した魔力で構成された棒で破壊される。


「こんな奴が……あの子の――」


 その言葉を口にした時、怒りを露わにしたベイルがサイラスを殺そうとし右腕を突き出した。そう、あくまで突き出しただけだ。

 その拳はサイラスの顔の前で止められており、ベイルもまた計算していたのかサイラスはその場で崩れ落ちる。


「わ……私は……」

「まぁ、お前が所詮権力だけの弱者ということは刻めたしな、お漏らし坊や」


 その時サイラスは初めて自分が漏らしている事に気付いた。それを見てベイルを睨むサイラスだが、ベイルの殺気にガタガタと震え後ろが壁であるのにも関わらず後退しようとする。


「そこまでにしなさい、ベイル君」


 再度、ベイルに対して声をかけるシャロン。その言葉に反応してかベイルはシャロンの方を見る。


「その子の言葉は、まぁ……許せとは言わないわ。今のそいつに相応しい言葉じゃないもの」

「だったら殺させろよ」

「それはできないわ」

「なら邪魔を――」

「だって私、あなたと結婚したいもの」


 その言葉を聞いたベイルもサイラスも同じタイミングで同じ言葉を発した。


「「……は?」」

「ベイル君が王族を嫌っているのは聞いていたわ。でも私、あなたに惚れちゃった」


 サイラスはもしかしたら自分の姉が自分を助けてくれるかもしれない。そんな事を考えていた。しかし実際は自分と同じ歳の人間に想い挙げていただけである。しかも、姉からしてみれば1つ下。


「だから私と結婚してください」

「絶対に嫌だ」

「でも私を助けてくれたじゃない」

「それはあんたが可愛いから助けただけであって、あんたを家族に引き合わせた以上は関わりを持つ気は無い」


 ベイルは言葉に詰まらずに淡々と述べるが、むしろシャロンにしてみれば変に詰まるよりも好感が持てた。


「ねぇ、ダメ?」

「ダメに決まっているだろ」


 ベイルは心から呆れていた。どうしてこの女は自分に入れ込もうとしているのか。元々心理状態を推理する人間でもないが、それでもベイルにしてみれば謎の人間である事は確かだ。


「俺はお前らみたいに机仕事しかできない奴らとは違って生粋の冒険者なの! ある意味不安定な職種を目指しているの!」

「……わかったわ」


 ようやく諦めてくれたか。そう思ったベイルだがシャロンからとんでもない事を言われて引いた。


「あなたは定期的に私と子どもを作ってくれたら好きにダンジョンに潜ってくれたら良いから。そして私はあなたが賜る土地を納める。それで行きましょう」

「まず土地を賜る予定が全くねえよ!!」


 反射的に突っ込むベイル。しかしシャロンの耳に言葉は届いていないようだ。


 そんな光景を様子を見に来たアメリアが見た時、妙に黒い感情が彼女を支配する。


「ねぇ、良いでしょう?」

「良くねえよ! 俺はもう王族に対して何もしないと決めてるんだよ!」

「だって誰にも誘拐された事に気付かれなかったのに、結果としてあなたは私を救ってくれた。だから私と結婚することが相応しいと思うの」

「本当に結果だけだけどな! たまたまいたから機体奪って逃走しただけ! それだけの関係なの! ってことで俺は帰るから! 親父さんに言っとけ、ドラゴンの死骸とキマイラは後で引き取りに行くって」


 そう言ってベイルは黒い靄を出してその中に入ると姿を消す。

 今まで自分の婚約者を目の仇にしていた将来の義姉が、ベイルに――自分の初恋の相手に迫っている。アメリアはそれがとても許せなかった。それはもっと自分の婚約者に優しくしろというものではなく、純粋な嫉妬。


「アメリア?」

「え? あ、どうしたの?」

「……ううん。なんでもない」


 ジェシカはそれ以上何も言わない。彼女はわかったのだ。本当はアメリアもサイラスの事をなんとも思っていないのだ。いや、状況を考えればアメリアがベイルを好きになっていても何もおかしくはない。何故ならこれまでアメリアやその家族を救ってきたのは、ベイルなのだから。

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