#5 脱出してから
戦艦の一部が吹き飛び、今すぐ離脱しようと考える魔族たち。さらに魔族たちにとって今の状態はある意味最悪だった。
この戦艦の大半を任せられ、遊撃部隊として前線で活躍していたシュトムがベイルの放った一撃によって実質的に戦闘不能。しかしベイルはまだ戦えるのか魔力が漏れ始めているのだ。
「あ、あの、ベイル君?」
「…………」
声をかけるシャロンを無視して魔族たちを観察するベイル。そして自分に対して怯えがあれど敵意を感じない彼らに対してため息を吐いて言った。
「行けよ。これ以上戦ったところで後味が悪いだけだろ」
魔族たちはシュトムを連れて逃げ出す。ベイルは身体から魔力が漏れるのを抑えると少しふらついた。
「おいチビ、行くぞ」
「い、行くってどこに……」
「帰るんだろ?」
そう言われてシャロンは自分が帰れる事に気付いた。というよりも、あれだけの非日常の中にいて未だ生きている事に感動を覚えた程だ。ましてやここは魔族の――敵の戦艦のど真ん中。そこにベイルが強力な攻撃を叩きこんだ事で勢いは一気に崩れた。
その事に感謝と同時にベイルに対して恐怖を抱くシャロン。だからこそ得意の計算で頭を働かせるが、今この場でベイルをどうこうできる方法が思いつかない。
しかしベイルは相手の計算なんてどうでも良いと言わんばかりにシャロンを引き寄せて抱き着く。突然の事に顔を赤くするが身体全体を支えるようにしたベイルは飛んだ。
「……へ?」
突然の事に理解が追い付かないシャロンだが、ベイルは構わず移動。魔族たちの流れを見て移動する。そしていの一番に格納庫に来たベイルはそこから出て来た黒い何かを見つけた。
「来い!」
黒い何かがこっちに来るとベイルの体内に入る。するとベイルは何かを思い出したかのように辺りを見回すと、灰色の機体を見つけた。それを見て笑みを浮かべたベイルはコックピットハッチの近くにあるフレーム内部に隠されていたパネルを操作する。コックピットハッチが開いてベイルはその中に入り、起動ボタンを入れた。
ベイルが最初に驚いたのは、完全に新型なのか設定等が無かったことだ。どうやらこの機体は作られたばかりでまだ十分ではないという事だろう。しかし、それでもベイルは既に切り札を持っている。そんな事は些細なので捨て置く事にした。
その次に驚いたのは、この機体名だった。
(ジークフリート……竜殺しを成した英雄か)
ベイルは見た事が無いが、この世界にドラゴンがいる以上はドラゴンキラーもまた存在して然るべきと判断して特に気にしない事にした。
「どうするつもり?」
「俺たちが乗っている事はまだ知られていない。その上このパニックなのでむしろ他の奴らが外に出るのを待った方が良いだろ」
そう言いながらベイルはプログラムを見直していくと少し残念そうな顔をしていた。
「流石は魔族。俺のレベルだと完璧に見える」
「物凄く悔しそうね」
シャロンから突っ込まれたベイルだが特に気にせず、2人は周りからバレないように息を潜めた。
中には相当数の脱出艇があったのか、中にはおぼつかない操作をしている者もいたが構わず外に出ていく。ベイルはまだ名前を知らないがあの負傷した男を乗せた脱出艇が発射したのも確認した。
そして、他の人員がいないことを確認したベイルは新型機をそのまま外に出すとその場で180度機体を回転させて、コックピット内部でベイルは右腕を伸ばす。
「食らえ」
魔族の戦艦が突然現れた闇に呑まれていく。その光景を脱出艇から魔族が見ていたが、ベイルは構わず離脱した。
「ねぇ、今何をしたの?」
「あんたが知る必要はない」
そう冷たく言ったベイルに怒りを見せるシャロン。態度もそうだがベイルの物言いにそろそろ色々と言いたくなってきたところだ。
2人が脱出をしている頃、会議室にいるヒドゥーブル家が魔力の波動を感知した。
「この魔力、ベイルかしら?」
「それにしては少し荒々しかったですね」
マリアナとユーグがそんな会話をしていると、シルヴィアが何かをし始めた。
「きゅ、急にどうしたんだ?」
「おそらくベイルの魔力を検知したから、その手かがりを使ってベイルとのコンタクトを取ろうとしているのよ」
「こ、こんな子どもにそんな事ができるのか!?」
驚くウォーレンに対してレイラがため息を吐く。
「難しいわ。でもやる必要があると思っているやっているのよね。一番ベイルと相性が良いのがこの子だし」
「な、なら師匠がすれば――」
「確かにそれも良いかもしれないけど、今は安全だしさせてみる価値はあると思うわよ」
「今はそんな事を言っている場合じゃ――」
するとシルヴィアがふらついたので近くにいたロビンが受け止めた。
「どうだった……?」
「……さっきの場所からかなり移動してる。少ししたらこっちに戻ってくるかもしれない」
「娘は! シャロンはどうなっている⁈」
聞かれたシルヴィアは鬼気迫る顔をしたウォーレンに驚いてユーグの後ろに隠れた。
「落ち着いてください、陛下」
「だが娘の状況を知らん以上は――」
「そんなことよりも、王国軍は動かないのかしら?」
レイラが話を王国軍の代表に向けると、その代表は机を叩いた。
「お前らヒドゥーブル家のおかげで大半の兵が負傷した! この責任をどう取るつもりだ!」
「何をそんなにピリピリしているの。元々鍛え方が足りないからじゃない」
そんな事をあっさりと言ったレイラに怒りを向ける男は立ち上がって掴みがかろうとするのをラルドが止めた。
「貴様、誰の邪魔をしているのかわかっているのか!」
「……事実でしょう」
「何?」
「事実だと言ったのですが?」
普段は貴族――ましてや自分よりも爵位が高い人間に対しておどおどしているラルド。しかし自分の得意分野となれば話は別のようで戦っていた時と同じように眼光が鋭くなる。
「ずっと疑問だったんです。ベイルが魔族を倒した後に王国軍が現れた理由がね。私たちが時間を稼いでいる間に乱入できる隙はいつでもありました。しかしあなた方が乱入したのはベイルが魔族を倒した後。まるで図ったようなタイミングだった。もしかしてあなた方はずっと戦わずにベイルが出した機体を奪おうと思っていたのではありませんか?」
「い、良いかがりも大概にしろ! 私たちがそんなせこい真似をすると思っているのか!?」
「思っていますが?」
ラルドがハッキリ言った事で男のボルテージが頂点に達した。
「調子に乗るなよ男爵風情が! 私の権限でお前たちを国家反逆罪で処刑してやろう!」
その言葉に反応したラルドが相手を蹴り飛ばした。椅子ごと吹き飛んだ男は壁に叩きつけられ、立ち上がろうとしてもふらつく。
そして自身の愛剣でもあるクールシューズを抜こうとするラルドが、その間に鞘と柄を凍らせたマリアナ。それに気付いたラルドだが、先にマリアナが言った。
「落ち着いて、お父様。そんなやつ相手に本気にならないで」
「だがこの男は――」
「今ここで死体を作るよりも王国軍を全滅させた方が貴族の無能っぷりが晒せるわ。それに軍が舐めている魔法使いに全滅させられる方が立つ瀬がないでしょ?」
途中から笑みを浮かべながら言うマリアナに周りは引いている。
「男爵令嬢如きが――」
「その男爵家如きに壊滅した奴らの長がブヒブヒ言ったところで威厳なんてもう無いのよ」
「はいはい。そこまでにしてください」
今にも一触即発な2人に声をかけたのはユーグだった。
「それよりもシルヴィアがある名案を浮かんだので実験をしたいそうなんですが?」
「名案?」
「……たぶん、もしかしたら兄様と連絡できるかもしれない」
その言葉を聞いていの一番に反応したのはウォーレンだった。
「本当か!」
「……確証はない。でも、もし失敗しても兄様に現在地を知らせることができるかもしれないし、やってみる価値は――」
熱中して調子に乗っていたシルヴィアは相手がウォーレンと気付いて顔を青くした。しかしウォーレンは相手は子どもな上に自分にも似たような覚え、さらには師匠の娘でこの現状をどうにかしようとしている子どもの言葉遣いが多少悪かろうが気にしていない。それを察してか、ベイルに気絶させられ、復帰していたハンフリーが近付く兵士を制していた。
「あ……あの……」
「あ、いや、大丈夫だ。それでその、どうすれば良い?」
「このお城の中で、一番高くて見晴らしが良い場所を……」
「わかった。今すぐ案内させる」
テキパキと動くと人を動かせるウォーレン。自分が不敬罪で処刑されない事に気付いたシルヴィアはホッとしていた。
みんなが移動する最中、異常事態ということもあって部屋で待たされているサイラスたち。特にサイラスはこの前の事で色々と思う事があり、広い一室を与えられた事もあって何度も素振りをしている。
「殿下、流石にこの状況でそんな事をしても……」
彼の従者でハンフリーの息子でもあるブルーノがそう言うが、サイラスは頑なに止めようとしない。
「そんなに言うなら相手になってくれないか」
「ここで暴れたらそれこそ後で怒られるじゃないですか!」
ブルーノは従者としてサイラスに対して遠慮がない。というのもサイラスは好奇心旺盛でたまにとんでもない事をやらかそうとする。しかし今回ばかりは色々と考えすぎだというのがブルーノの本音だった。
この一週間、サイラスは真面目に勉強や訓練に励んでいた。特にベイルが同じ年齢だと聞いた時は本当に動揺を隠せなかったようでこれまで以上に入れ込んでいる。
(……まぁ、気持ちはわからなくもないけど)
ベイルがサイラスと同じ歳だという事はすなわちブルーノとも同じということになる。それなのにBランク級のモンスター相手に無双どころかジーマノイドを個人所有していた上に魔族やドラゴンを撃破したとなれば刺激となる。とはいえここは室内で暴れた場合、大怪我を負う。
本当にどうしたものかと考えていると何やら廊下が騒がしくなった。
ブルーノは気になってドアから顔を出すと、兵士を何人か連れたウォーレンと、ヒドゥーブル家の令嬢が一緒に行動しているのを見て不思議に思う。
「殿下、何か起りそうな状況ですよ。どうします?」
「……正直、暇だったからな。行くとしよう」
誰もいなくなったところで2人は外に出ると、ちょうどいいタイミングでとある2人とバッタリ会う。それが王妃教育を受けに来ていたアメリアとその友人であり彼女を支える立場にあるエーディア侯爵令嬢のジェシカ・エーディアだった。
「何をしているのですか?」
「アメリアにジェシカか。ちょうどいい。何か面白い事が起こりそうだ」
「面白い事?」
「さっき父上がヒドゥーブル家の女たちを連れてどこかに行っていた」
それを聞いてアメリアが頭を抱える。
「まさか陛下、自殺願望もあるのでしょうか?」
「何故そうなる?」
急にとんでもない事を言いだしたアメリアにサイラスがそう突っ込む。
「あー、でも何か切羽詰まった様子でしたよ」
「それにこのまま行くと、確か城の中で見張りも兼ねている棟の方に行くんじゃないかしら?」
ジェシカの言葉に3人は驚く。そして――
「まさか陛下、本当に自殺願望を持っていたりして……」
アメリアの発言に怒りを溜めるサイラス。
「お前は何を言っているんだ。父上が自殺など考えるわけがないだろう!」
「ですが、そうじゃなければあの人たちを連れ回すなど少しばかり問題が――」
「あー、そこまでですよ。ここでそんな問答をしたところで解決しないんですし、とりあえず見に行きませんか?」
ブルーノの提案で頷く3人。しかしその道中で兵士が棟へと続くドアの前に立っていた。
「そこを退いてくれ。私たちはこの先に用があるのだ」
兵士に対してそう言うサイラスだが、兵士は断る。
「申し訳ございません、殿下。陛下よりこれより先は関係無い者の立ち入りは禁止されております」
「……では王太子として命じ――」
「ちょ、殿下! 落ち着いてください! それを安易に使うなど――」
「だがそうしなければ答えないというのであれば、そうするしかあるまい」
「……確かにそれもアリかもしれませんね」
ブルーノはアメリアが賛同したのが意外だった。
「アメリア嬢、そんな事をすれば最悪の場合殿下に――」
「ですが、もしこの件でヒドゥーブル男爵の耳に入った場合、もはや王家根絶すらあり得ることなのですが」
下手すれば反逆罪になる事を平然というアメリア。それに動揺した兵士だが、ブルーノが抑える。
「そこまで言うのであればその根拠を示せ」
「私たちが生まれる遥か前なのですが、実はレイラ夫人が別の男に迫られていたのです。何でもその男性はかなりの名家で実際の嫁ぎ先としては理想だったそうですが、レイラ夫人は既にヒドゥーブル男爵と恋仲になっていたんです」
「それが何だというのだ」
「そしてその男性は強硬手段を取ってレイラ夫人を押し倒し、既成事実を作ろうとしたのです」
それを兵士たちが聞き入って自然と近付く。
「そ、それでどうなったんだ?」
「まずはその部屋が吹き飛びました」
「……は?」
「その部屋は貴族御用達の立派なところだったのですが、ヒドゥーブル男爵が本気で殴り飛ばした事で、一部支柱を失った事で倒壊。その事で騎士も動員されましたが、それ以上に相手をボコボコにしたそうですよ」
それを聞いてサイラスは顔を引き攣らせる。
「ちょっと待て。そんな事をすれば家は黙っていないだろう!」
「黙らざる得なかったんですよ。ただでさえ人間同士の争いでジーマノイドを出してしまえばそれこそオーバーキルで相手を簡単に殺してしまう。本来ならば平民が貴族に対して手を出したとなれば重罪でしょうが、むしろただの平民を相手に何もできなかった貴族側が後々馬鹿にされるのでむしろ従士として取り立てよう――と計画していたところにダンジョン攻略を成し得てしまいましてね」
ダンジョンコアを持ち帰るという事は、つまり王家に対して多大な貢献をした事の証明でもある。これが上級貴族となるならば領地を潤わせるためにダンジョンを確保するが発見されたのは子爵の領地であり、また攻略され安全が保証されない場所でもあった。そして本来、ダンジョンは4~6人で構成されたパーティで成し得ることだ。しかしラルドは途中までレイラを連れて行ったとはいえ、貴族がダンジョンに入る事など基本的にない。
特に昨今では特に大きな戦闘もないため、よほどの好き者でもない限り中に入ろうとはしなかった。そしてその男も同じだった。
「もしかして、あそこまであの一族が強いのは遺伝じゃ……」
「加えてレイラ様は当時はそれこそ名の知れた魔法使いとして名を馳せていました。恐らく両方の力を受けている者が多いのでしょう」
「――まぁ、ベイルがあそこまで強いのは遺伝だけじゃないですがね」
そう話に入ってきたのは意外な人物だった。
「ヒドゥーブル男爵。その、ごめんなさい」
「お気になさらずに。おかげでなんとか間に合いましたし」
「え? まさかここで――」
「ああ、今回の件は一応知っていますから問題ありませんよ」
そう言った事でサイラスの興味を引いてしまい、サイラスが詰め寄る。
「男爵、今回の件を知っているのか?」
「ええ。一応関係者ですし」
「では話してくれないか? 周りは口を噤んで何も話してくれないのだ」
そう言われてどうしようかと考えていると兵士の方から視線を感じたラルド。その時、その場にいる全員が膨大な魔力を感じた。見張り棟から感じるそれを確かめる為にサイラスはドアを通ろうとするが、兵士がそれを止める。
「行けません、殿下」
「だが今の魔力は尋常ではないだろう! 退け! 確認する!」
「しかし殿下――」
どうにか抵抗をする兵士。するとサイラスは自分が持つ剣を抜こうとするのをラルドが止める。
「そこまでです、殿下。それ以上は――」
「黙れ! 私の邪魔をするな、男爵風情が!」
その時、ラルドは一瞬力を緩めた。その隙を突いてサイラスはラルドから距離を取ろうとした時、突然サイラスは床に叩きつけられる。
「ぐ……が……」
「何故あなたが今起こっている事に関わりを持てないのか。それを少しは考えてみればどうです? しかし、少々鍛え方が足りませんね。この程度で倒れていては将来はただのもやしになるので少し鍛えた方が良いでしょう」
その時、後ろからブルーノがサイラスを助ける為かラルドに仕掛ける。しかしラルドは既に察知しており、裏拳でブルーノを殴り飛ばした。
「おっと、失礼。少々力を入れ過ぎたようです」
(いや、そんなレベルじゃないだろ……)
兵士は改めて、ラルド・ヒドゥーブルという人間がヤバいという事を理解する。
おそらく全盛期からは弱体化しているだろうが、それでも自分たちを遥かに超えるそのオーラに尊敬と畏怖を抱いた。
その頃、ベイルはシャロンをジークフリートを乗せて移動している時にアラームと共に自身もまた魔力を感じた。しかし興味がないのか気にすること無く自分の機体のペックなどを見ているがしばらくしてため息を零す。
「ねぇ、今なにか魔力が来なかった?」
「たぶん誰か魔矢の練習でもしているんじゃないの?」
「魔矢?」
「魔力で矢を作って飛ばすんだよ。姉のポーラが魔力不活性症で苦労していたから魔力を強制的に引き出す人造魔弓を作ってプレゼントしたんだよね」
何でもない風に言ったベイルに対してとんでもない事をしているベイルに唖然とするシャロン。この歳でここまでできるなど、もはや天才では片付けられない領域にいる。
これは是が非でも手に入れたい人間だと、王女モードでどうにかし手に入れたいと考える。しかしそこでベイルは何かを感じ取ったのかシャロンに質問した。
「ところでさ、お前おむつはしているの?」
「え? 何で?」
「これから第二ラウンドが始まるから」
ベイルはジークフリートの背部にマウントされている大剣バルムンクを抜かせて振るい、襲い掛かってきた相手の白いジーマノイドの攻撃を迎撃する。
『おのれ……人間のガキが!!』
「この機体、私を誘拐した」
『よくもシュトム様のジークフリートを強奪しやがって!』
同じ規格ということもあって相手の怒りの表情がモニターに映る。その迫力は凄くシャロンは泣きそうになるがベイルは涼しい顔をしていた。
「だったら良い事を教えてやる! 機体強奪はよくある事だ! 記憶しておけ!」
『調子に乗るな、バケモノが!!』
エネルギーソードを抜いたラジスラフ。ベイルはジークフリートにバルムンクを抜かせて攻撃を防ぐ。
『その歳でここまで魔族の機体を自在に操るか……本当に人間か?』
「ああ、人間さ。ただ亜人の美少女に会いたい願望を持つ、ただの人間だ!」
そう言い返したベイルは変則的な動く。その光景にラジスラフは驚きながらもある事に気付く。
確かにコックピットに座る少年はバケモノと称されてもおかしくない人間だ。しかしコックピットに収まっているだけのもう1人は違う。ただの人間でベイルが操る高負荷には耐えられていなかった。
だからこそラジスラフは追い詰めるように攻撃を回避。ベイルは上手い具合に誘導される。回避能力が高い事は間違いないが、それでもラジスラフにとって最高な動きをしてくれている。
しかしそれを中断したのは、彼もモニター越しに聞こえた少女の声だった。
『――兄様! 左!』
突然の声に驚いたのはラジスラフだけではない、ベイルもだった。
慌てて左を見ると、そこにはさっきまでいたはずのシャロンがおらず、下を見れば顔を青くしていた。
「なにやってんだ、あんた」
「は……話しかけないで……」
ベイルは攻撃に反応して咄嗟に防ぐ。
『捨てたらどうだ?』
「なに?」
『お前から見ても、その女はどう見ても足手纏いだろう? 確かにお前は強いかもしれないが、足手纏いがいれば死ぬ。ここでハッチを解放して女を捨てればお前は少なくとも生き残れる。違うか?』
そんな甘言がベイルに囁かれる。それを聞いてシャロンは冷や汗を流した。
『お前にとって王族は敵だろう? そしてその女は王族だ』
そう言われた時、ベイルはシャロンを見た。
そんな光景をモニター越しで見ていたラジスラフは勝利を確信する。
(所詮は子ども。自分の近くにいるのが足手纏いと知ればあの少年もきっと……)
そう考えた時、ベイルはため息を吐いた。
「まぁ、確かに足手纏いなのは否定しない」
その言葉を聞いてラジスラフは勝利を確信する。するとベイルは何を思ったのかそのまま反転して加速した。
『ど、どこに行く!』
その間にもベイルはシャロンに袋を差し出した。
「戻すならここにして」
「う、うん」
『いや、その前に彼女を戻しなさいよ』
「無理だろ」
そう吐き捨てたベイル。そこでようやく彼は気付いたのだ。
「念話か」
『ええ。ポーラが魔矢を放って魔素を解き放ち、シルヴィアを中心に交信しているの』
「ちょっ! 人の妹を使い潰す気か!」
『私の娘だし、私が補佐しているから問題無いわ』
「それよりもキマイラを飛ばしてくれ!』
そう言ったベイル。一体どういうことかと全員が思ったが、答えを得るよりも先にベイルが言った。
「俺がこのままジークフリートで戦うよりキマイラの方が慣れているしこの子も無事――」
その言葉にどこか罰が悪そうにするウォーレン。しかし隠せないと判断したのか、彼は言った。
『すまない……君の機体は、解体した』
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