#4 魔族の戦艦内にて

 王宮内にて騒動が起こっている時、ウォーレンの娘にしてホーグラウス王国の第一王女ことシャロン・ホーグラウスは牢屋に遊びに来ていた。というのも彼女はベイル・ヒドゥーブルという男がどれだけ使えるのか確認しに来たのだ。

 彼女には第一王女という立場だけでなくウォーレンの最初の子どもという立場もありながら王位継承権が無い。ホーグラウス王国では家を継ぐことはもちろん女性が子どもを妊娠するという都合上、例え王族であってもその優位性は変わらない。かといってウォーレンはシャロンを蔑ろにしているわけでは無かった。だからと言ってシャロンが王位を諦められるわけもなく、弟のサイラスはもちろん、その後にいる他の王子たちも嫌っている。

 その敵を薙ぎ払えるナイトがいるならば欲しいと、今は幽閉されているベイルと話がしたいが為に王宮を抜け出したのだ。


(それにしても騒がしいわね)


 さっきから魔力が激しく動いている。牢屋の向こうもそうだが、何より下からもだ。まさかヒドゥーブル家が王家に対して牙を剥いたかと考えていると、後ろから誰かが降り立つ。


(まさか、もう見つかった?)


 このままではベイルにたどり着けない事に本気で焦りを見せたシャロン。忍び足で逃げようとすると誰かが自分を持ち上げた。

 振り向いたシャロンがそっちを見て悲鳴を上げそうになるが、相手が素早くシャロンの口を塞ぐ。


「喚くな。死にたくなければ」


 その誰かは魔族だった。相手は素早くシャロンを拘束して光学迷彩を使用したジーマノイドを起動し、浮かび上がる。その移動時にシャロンは猿轡をずらしていた。


「私をどうするつもりなの?」

「交渉の材料にする。大人しくしていれば国に帰れる……と良いな」

「どうかしらね。私の国にも優秀な騎士はいるわ」

「あの子どもとその家族だろう? 既にこちらでも把握しているさ」


 そう言われてシャロンは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 ジーマノイドは海上に出ると一瞬アラームが鳴る。その一瞬だけだったがその魔族は周囲を警戒した。


(……索敵範囲内に鳥でも入ってきたか?)


 そう思い、特に気にせずに進んでいく。

 やがて海上にある戦艦に着地したジーマノイド。カタパルトを射出機構を通って行き、ハッチが閉まって行く。


 そしてこの男もひっさりと中に入っていた。目的はもちろん魔族の技術である。というのも彼は4年間の間で様々な魔法を習得していったのだ。その中にはとても使うところが無さそうなものまであり、こうして重宝しているのである。

 そもそもベイルは自国の王女が捕まっているなんて知らない。貴族間の噂話なんて知る気も無くただひたすら修行とジーマノイド開発に明け暮れていた馬鹿である。そして少し前にウォーレンに対して神童発言していたが、アレは転生ボーナスによるものだと自覚しているので内心爆笑していた程だ。


(やっぱり使えるな、影の領域)


 使用箇所は物体の影という限定的なものだが、ベイルまたはベイルの影が触れた箇所に特殊な空間を作るというもの。これによってベイルは何の苦労も無く移動できたのである。

 そして影の領域から外部に対してアクセスは自由。なので周囲に人がいない時に自由に出入りできるのだ。


(人がいなくなったら辺りを見回ろ)


 そんな事を思いながらベイルはしばらく待機。すると周りから視線を感じ始めた。


「君は……人間か?」


 いつの間にか機体の影から出ていたベイルは周りに見られている事に気付いて挨拶する。


「初めまして、みなさん。今日は戦艦見学に来ました。みなさまの技術を勉強し、持ち帰らせていただきます」


 そう挨拶した瞬間、全員が敵意を剥き出してベイルに襲い掛かるので離脱した。


 ここは魔族の戦艦ヘル・アングリフのブリッジ。そこに任務終了の報告をしていたラジスラフの耳に侵入者が来ている事を知らせられた。


「――何!? ベイル・ヒドゥーブルが来ているだと⁈」


 シャロンをここまで連れて来たラジスラフが驚いた。ブリッジの隊長用のシートに腰掛けるシュトム・バットスが答える。


「ああ。乗船方法は知らないが、何でも彼は君の機体から現れたらしい。何か知らないが?」

「いえ、わかりま……まさか」


 ラジスラフには1つ心当たりがあった。


「一度機体がアラームを一瞬だけ発したんです。その時は既に空中だったので鳥かと思ったのですが……まさか」

「手段はわからないがおそらくそれだろうな。追けられた、というわけだ」

「も、申し訳ございません。まさかそんな――」


 その時、シュトムは笑みを浮かべた。それを見て周囲はゾッとする。

 というのもシュトムは元々狩人として生計を立てており、暗黒大陸に存在する魔獣を狩り続けていた猛者。普段は少し惚けているがジーマノイドの操縦はもちろん、生身での戦闘力も高い。


「構わない。失敗は誰にでもある。問題は死ななければ良いだけだ。死んだらすべて終わり。そうでしょ?」

「……え、ええ。そうですけど……」


 そう言われてラジスラフは驚いている。


「正直俺は嬉しいよ。ここまで来てくれたお礼はちゃんとしないとね」

「……あのぉ」


 オペレーターの一人がシュトムに声をかけた。


「そのベイル君なんですが、さっきからお姫様の部屋に向かっていないんです。それどころかフラフラしているといいますか」

「……どういうことだ?」

「わかりません。ただ、聞いたところ彼は我々の技術を勉強して持ち帰る、と」


 自国の姫がいるのに?

 そんな疑問が2人に振って湧いて来る。しかしベイルは一向に姫がいる牢屋に向かう事はない。


「……本当に俺たちの技術だけを狙っているのか?」


 シュトムもまさかと思っていたが、ここまで姫の事を放置しているのはあり得ないと考える。


「という事は本当に俺たちの技術を狙って来たのか!?」

「ど、どうしますか?!」

「……」


 少し考えたシュトムはある命令を出した。


「総員、戦闘準備。なんとしてでもあの少年を捕まえろ」


 魔族たちが立ち上がり、戦闘員は武器を手に取る。しかしその間にモニターに映っていたベイルは姿を消した。

 そもそもベイルにはこの手の戦艦にはどんな設備があるのかなんとなく予想がついていた。それが今更必要なのは彼が持つ手札ではこれ以上の――キマイラ以上の切り札は作れないと思っているからだ。

 それにベイルとしてもなんとかこの戦艦は貰っておきたい――最悪沈めた方が良いと考えている。残念ながら前世というアドバンテージを持っている彼にはただの子どもという概念も思いも無かった。


(しかし意外だったな。魔族がこんな高い技術力を持っているなんて)


 それがベイルの素直な感想だった。人間側もそこそこ技術は保有しているようだが、それでも魔族と比べたら大した事はない。ましてやこれまでの知識を考えてもどうしても人間側が有利とは思えなかった。


(このままでは人間側は圧倒的に不利。魔族たちに殲滅させられるのも時間の問題だが……正直なところ興味ないな)


 ベイルには貴族として矜持というものが全くない。そんな事を強要されるくらいならむしろ自分が人間の敵となって殲滅するという思想の方が強かった。それに何より、本来過去の人間たちが思い上がらなければここまでの事にはなっていないとすら考えている。貴族は主に先祖の功績を称え、自分たちもそうなりたいと考えているがベイルは一切そんな事が無かった。新興貴族というのもあるが、正直なところ前の戦いであの程度の雑魚にすら対応できない貴族に対して価値は見出していない。


(しかも、百歩譲って女はまぁ仕方ないとしても、男があそこまで動けないのはちょっとなぁ……)


 自分と同じ年齢でも大して動いていない事を思い出したベイルはまたため息を吐いた。

 その時、魔族たちが廊下を走って現れる。その光景を見てベイルは敢えて囲まれた。


「そこまでだ、ベイル・ヒドゥーブル。大人しくお縄についてもらおうか」


 魔族全員が抜剣したのを見てベイルはアガートラームを起動させた。


「やっぱり俺には逃げるというのは性に合わねえな」


 そう言うと目の前にいた敵を蹴り飛ばし、上に飛ぶと同時に自分に迫る敵を蹴り飛ばしていった。


「噂通り、この子ども強いぞ!」

「そりゃあそうだろ。他の奴らとは下地が違うんだよ、下地が!」


 そう叫んだベイルは魔族との戦いを始めた。




 一方その頃、王宮ではお通夜ムードが流れていた。

 というのもシャロンが一向に見つからず、どこを探しても姿が見えない。焦り始めるのも無理は無かった。


「一体どこに消えたというのだ……」


 ウォーレンがそう言った時、会議室のドアが開かれる。


「へ、陛下! わかりました!」

「どこにいるんだ!?」


 宮廷魔導士に掴みがかるウォーレン。普段は冷静な国王陛下がここまで取り乱す様を見て周りはどれだけシャロンの事を気に掛けているのか伺えた。


「そ、それが……ブルーミング共和国南西の海上に……」

「は……はぁ!?」


 それはあり得ない事だった。

 まだシャロンの年齢は今年で11歳。遠出するのはもちろん難しい年齢でましてや先程の場所となるとかなり移動している。この短時間でそんな距離などあり得ない。


「そんなバカなことがあるか!」

「少し落ち着きなさい」


 そう言って止めたのはレイラだった。突然男爵夫人が介入した事で全員が驚くが知った顔も多い。


「残念だけど私もやり方を聞いて同じ手法で確認したけど、あなたの娘はブルーミング共和国南西の海上よ」

「そ……そんな……」

「そしてここから面白い話があるんだけど」


 とレイラが前置きした事でウォーレンがレイラの胸倉を掴んだ。


「面白い話とは何だ!? 場合によってはお前を――」

「ベイルもそこにいるのよ」


 瞬間、会議室にいる面々が黙った。


「……どういうことでしょうか」


 固まったウォーレンの代わりに側室だがレイラと知らない仲じゃないジュリアナ・ホーグラウスが尋ねると、レイラが説明する。


「さっき外に出た気にベイルが空を飛んでいたから、もしかしたら何か面白い事になっているかもね」

「こんな時に馬鹿な事を言わないでください! 例えジーマノイドがあっても人は空を飛べませ――」


 するとレイラがその場で浮かびあがる。それを見て全員が驚いているがレイラが着地すると周りは何かをしようとしたが、その前にレイラが説明を始めた。


「重力魔法を自在に操れるようになればこれぐらいの事はできるわ。そしてベイルは大量の死骸を一度に運べるほどの力は無いから重力魔法を毎日使用して運んでいた」

「じゅ、重力魔法を高レベルで操れるなど……あ」

「覚えがありそうね。まぁ、実際私も眉唾ものだと思っていたわ」


 反論したウォーレンが頭を抱えていると、その後ろで浮きながらくるくると回るシルヴィア。流石にこの場で不謹慎だからかユーグとポーラの2人が止めている。


「まさかご子息が誘拐したと?」


 まだダメージは残っているが復帰しているハンフリーが尋ねるとレイラが首を横に振る。


「あり得ないわ。そんな事をするくらいだったらその前にあなたたちを滅ぼしていると思うもの。それに一週間前に魔族がウォーレン、あなたの首を狙っていたじゃない。その交渉の為に魔族が潜入して王女を誘拐した、考えるのが妥当じゃないかしら?」

「そして、それを察知したご子息が我々よりも先に行動した、と?」

「半分正解よ」


 それを聞いてヒドゥーブル家は察したらしい。


「き、君たちはわかったのか?」


 ウォーレンがフェルマンに迫る。フェルマンは突然の事に動揺したが、コミュニケーション能力が高いユーグが答えた。


「落ち着いてください、陛下。あなた様にそう迫られては誰も何も言えなくなります」

「あ、ああ。じゃなくて――」

「おそらくベイルが反応したのは、魔族の技術でしょう。先の戦いでわかっていると思いますが、最低でもホーグラウス王国のジーマノイド技術は既に魔族よりも後れを取っている様子。そしてベイルは無類のジーマノイド好きで製法を知ればああいう風に造り上げるというのは不思議ではない程なのですよ」


 それを聞いてウォーレンは項垂れた。

 ベイルの戦闘能力の高さは先程体感した。その上ジーマノイドが好きで、それに釣られた自分の娘が放置されるのはわかりきっている。


「ど、どうにかして娘を助ける方法はないのか? 何でも良い! 教えてくれ!」

「無理でしょ。ベイルは権力自体に興味がないし」


 レイラが無慈悲に言った事で完全に意気消沈したウォーレン。その姿がとても痛々しかったが誰も指摘する事ができなかった。

 しかしその裏で飽きたのか、シルヴィアが外に出て手紙を書き、その紙で作った鳥を窓から放つ。そしてそれが意外な形で結ぶことになろうとは思わなかった。


 その頃、ベイルは魔族を次々と倒していた。

 その戦闘の余波でたまたまシャロンが捕まっている部屋の前に来ており、部屋の窓から覗き見ていたシャロンは驚いている。


(ど……どういう事⁉)


 交渉の材料に使われる未来しかないと思っていたが、ここに来て思わぬ援軍にシャロンは驚きながらも期待していた。彼をどうにかして味方に付ければどうにかなると踏んでいたからだ。

 そして当の本人は目の前の敵を次々と倒していき、少し越に入っている。魔族側も目の前の子どものあまりの強さに動揺していた。その時、魔族たちの上から一筋の光が走ったの見るよりも感じたベイルは咄嗟に回避した。


「凄いね、お前。今の回避するんだ」


 持っている武器を棍棒ぐらいの大きさに変えたのはシュトム・バットス。戦闘部隊の隊長を務めており、この艦内に限って言えば最強とも言える存在だ。


「あんた、強いな」

「お前に聞きたいことがあったんだ。何でお前、マルテンを殺した?」

「何を聞くかと思えば。じゃああんたは、自分のお気に入りを性欲を処理するための道具宣言されて怒らない自信ある?」


 そんな事を言われてシュトムは何かを察したような顔をする。


「……だからって殺す必要がある?」

「戦争を仕掛けておいて、殺される事に文句を言われたくないな」


 ベイルの発言が気に入らなかったのか、野次馬となっていた他の魔族が混ざり始めた。


「お前たち人間が仕掛けた戦争だろうが!」

「無責任だろうが、そんな事を言いだした人間はもう死んでいるんだよ。今更そんな事を困る」

「ふざけるな! それで本来歩めた人生を捨てさせられた俺たちはどうなる⁉ そんな理屈、今更通るとでも思っているのかよ!」

「お前ら人間だけ良い思いばかりしやがって! ふざけんじゃねえ!!」


 最後の言葉にベイルが近くにあったドアを思いっきり殴った。その勢いでシャロンがいた部屋のドアが破壊され、吹き飛んでしまう。


「ああ……本当にそうだよ。全く持ってその通りだ。おかげで俺は魔族の少女にメイド服を着せるという野望を果たせないじゃないか!! いや、魔族だけでもメイド服だけでもない! 世の美少女たちに様々なコスプレをさせたかった!! それなのに、エルフはもちろん、獣人やドワーフすらいないなど頭がおかしいとしか思えない! しかもそれがよりにもよって人間共の手によって追い出されているなど、話にならん! それを決断したカスに裁判や権利など不要! 必要なのは相手を身体並びに精神共に徹底的に痛めつけ、最後には無様に死ぬ様を愚かと笑い愚者と否定してやりたいぐらいだよ!!」


 それを聞いて次第に魔族側が呆然とした。シャロンももちろん、シュトムも付いて行けないという顔をしている。

 そんな気まずい中で勇敢な魔族が問いただすように聞いた。


「ふざけるなよ! どうせそうやって囚えた女たちを無理矢理犯すんだろ!」

「そんな奴がいるなら殺せば良い。ああ、思いっきり殺してやれ。人間だって人に対して害を成す獣を害獣と定義して殺すんだからそういうものだ」


 その眼は本気だった。まるで人間がゴミとして見えているのだろうかと言わんばかりにベイルは眼の光を失っていく。


「強者が弱者を潰すのは当然の摂理だろう? だから俺は強くなることを決意したんだ。俺が大切としているものを、高が権力という曖昧なもの程度で奪われてたくなかったからなぁあああああああッ!!」


 ベイルから黒いオーラが漏れ始める。まるで主人公を阻んでいそうな闇落ち具合を見せているが、勝手になっているだけなのだ。

 シュトムは警戒して槍を構えるが、ベイルがそれを見て唱えた。


「アガートラーム、リバースフルドライブ、ダークサンダーモード」


 ベイルの身体から電気が漏れ始める。それを見たシャロンが悲鳴を上げ始めるが、ベイルは気にせず両腕から魔力で形成した刃を展開して突っ込んだ。

 2人の武器がぶつかった瞬間、魔力とオーラが混ざりあう。あまりの力にシュトムが押され始め、ベイルが突き出した両腕を開くとシュトムが後ろに下がった。


「全員下がれ!」


 シュトムがそう命令する間にベイルはシュトムに仕掛ける。シュトムは自分の槍を棍棒に変形させてベイルに攻撃しようとするがその前にベイルの姿が消えた。

 咄嗟にシュトムは自分の周辺を演舞の様に武器を回すと何かが掠った。


「そこ!」


 武器の向きを調整つつ槍形態に戻してランダムに突く。ベイルは途端に押されてしまったが復帰してさらに攻める。

 2人の攻防に焦って逃げるということはせず、シュトムが勝つと信じて観戦する魔族たち。それから2人は翼を広げて機動戦が始まり、辺りの物や壁が破壊され破片が吹き飛んだことで魔族たちはようやく自分たちがいる場所では巻き込まれてしまうと理解して距離を開ける。


「きゃああああああッ!!」


 2人がシャロンがいる部屋で攻撃を始めた時、声に反応したのはベイルだった。しかしシュトムは容赦なく攻撃を入れて吹き飛ばし、壁に叩きつける。


「……何でここに人間がいるんだ?」

「本当に知らなかったんだ」

「当たり前だろ。俺はあくまでお前ら魔族の技術にしか興味が無かったからな」


 自信満々に言ってはいけないが自信満々に答えるベイルにシャロンは複雑な顔をした。


「彼女は俺たちの交渉の為に連れてきてもらった」

「……交渉?」

「そう。交渉だよ。お前たちの王、ウォーレン・ホーグラウスを殺すための」


 それを聞いてベイルは動揺したのか、アガートラームが解けた。


「俺はともかく、人間に対して憎しみを持つ魔族はたくさんいる。その為に彼女を誘拐した」

「…………だからあそこに魔族のジーマノイドが飛んでいたのか」

「え?」

「いや、俺がここに来たのは空を飛んでいたジーマノイドがいたから、俺以外にできるのは精々魔族ぐらい。だから他にも技術があるなら奪おうと思っていたぐらいだよ」


 あっさりと答えたベイル。それを聞いてシャロンは悲しそうにしているがベイルは全く気付いていない。


「でもどうするの? 今の君に俺とまともに戦える力はないみたいだけど」


 唐突にそんな事を言われて動揺するベイル。軽く深呼吸してから笑った。


「それはちょっと心外だな。俺はまだ俺の強さの根源を見せていないのに」


 その言葉を聞いた瞬間、シャロンの近くにシュトム、そしてシュトムの頭を掴んで壁に叩きつけたベイルがいた。

 突然の事に動揺するシュトム。そして察した。まだ自分は本気を出して良いのだと。


 戦いの勢いが激しくなった。それによって海上にあり固定されていない戦艦が激しく揺れて壁が次々と破壊されていく。あまりの異常事態に彼らは付いて行けず平伏す。

 そして当事者は魔法を飛ばし、殴り合い、周りの迷惑を一切考えない殺し合いを始めたのだ。ただ特徴があるとすれば、どちらも笑みを浮かべて楽しんでいる事だろう。

 その暴風雨のど真ん中でシャロンは怯え涙を浮かべる。

 彼女は王宮に暮らしており、たまにだが軍の演習を見る事もある。打ち合うことも見ていた。しかしここまで無慈悲で暴力的で、挙句には楽しそうに戦う様を見た事など一度もない。本気で命を賭けた殺し合いを見てシャロンは自分がどれだけ小さな枠組みで生きて来たのかわかる。


 彼女は、王になりたかった。その為に勉強はしてきていたが、ある日自分は王になれないと知って絶望した。

 だが今は違う。あまりの異常っぷりに付いて行けずに絶望している。こんな事はあり得ないと、あり得るわけがないと泣きながら付いて行けないと泣いていた。

 頑丈に作られているはずなのに次々と破壊されていく物体。相手は魔族だが暫定味方は10歳の少年。なのに互角。


「「死ねえええええええええええッ!!」」


 全く同じことを言いながら戦いを続ける2人。そんな時シュトムが槍を突き出した。ベイルにとっては完全に虚を突く一撃でまともに食らい、吹き飛んだ。

 周りの魔族たちはこれで決着したと察して興奮する。そんな時、ベイルはこれまで見せた事がない邪悪な笑みを浮かべた。


「ありがとう」


 途端にベイルからそんな優しい声が聞こえた。魔族たちは動揺するもその隙にベイルは伸ばした右腕を前方に向ける。


「ボルテクスゥウウウウウ、ブラスタァアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 ベイルから放たれた言葉と、電気を帯びた魔砲。シュトムは咄嗟の判断で横に飛んだ。

 爆発と煙で視界が遮られる。しかしそれはある事を理由に一気に晴ていき、右腕が消えたシュトムの姿を見た。


「そんな……シュトムさん!」

「こ、このガキ、なんてことを――」


 シュトムの仇と言わんばかりに魔族がベイルを攻撃しようと見た瞬間、誰もが唖然とする。それもそのはずベイルの背部からは魔力で生成された翼に伸びた八重歯、髪は美しい銀髪となり目が金色に成っているのだ。そして今、この場において最悪な事にベイルから放たれる魔力が増えた。

 これ以上暴れられたらマズいと感じた魔族たち。その時、戦いは思わぬ形で決着する。

 突如その場に鳴り響くアラーム。


『緊急事態発生。緊急事態発生。艦内に謎の破壊的魔力を検知。それにより内部から当戦艦の作戦行動不可能なほどのダメージが発生しました。艦内にいる者は速やかに脱出をお願いします』


 それを聞いてその場にいるベイルを除く全員が冷や汗を流した。そして、当のベイル本人も覚醒したと思われる能力が引っ込んで顔を青くし、目の前に広がる青い海を見て気付く。


「や……やっちまったぁあああああああッ!!」


 ベイルの当初の目的は魔族たちの技術を奪う事。しかしベイルは戦いの中でその事を忘れ、単純に自分の攻撃を当てたいと思いやってしまったのである。


「今すぐ逃げろ!!」


 誰かがそれを言った事を皮切りに彼らは各々行動するのだった。

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