#3 ヒドゥーブル家、無双する
そこはまるでこの世界には似つかわしくない、機械類が敷き詰められた場所。そこで人間で言うと30代ぐらいの男性がモニターに映る豪華な衣装を着る男性に対して状況を説明した。
『なるほど。話はわかった。しかしまさか人間側にも我々と満足に戦える者がいるとはな』
「正直なところ、私としても人間が完敗して事を済ませられると考えていたのですが。マルテンもしくじりおって」
『マルテンの事は気にするなとは言わん。だが、彼には悪い事をした』
「いえ、陛下が気にする事では――」
『いや、命令したのは私だ。本来ならばドラゴンを出した時点で絶望すると思ったがそれすらも跳ね除けるとは。むしろ、中々に興味深い』
少し笑みを浮かべる陛下と呼ばれた男。彼には特徴な2本の角が額から伸びている。どう見ても人間とは思えない風貌で、事実彼らの肌が青に近い色をしている。
『いや、済まない。部下を無くしたばかりの君の前でそれを言うのは酷だったな』
「いえ、私としても興味が尽きません。まさか我々魔王軍ですら長年の研究の末にようやく実用に至った飛行手段を持つジーマノイドを開発したというのに、あの機体は優雅に、そしてとんでもない性能を持っていた。マルテンは我々から強奪したと思っていたようですが、そのような報告は受けておりません。もっとも、子どもだとしてもあの戦闘力は目を見張るものがあるかと」
『……我々は人間を嫌っているが、話し合いができ同胞として受け入れられるのであれば、私はあらゆる面を持ってあの少年を手中に収めたいとしている。それに、あの家族も他の貴族と違って動けるようだ。王家と密接な関わりはないと断じて諜報を怠ったのは裏目に出たか』
「私たちもそう考えたのは事実。これからはより深く調べる事に致します」
『そうしてくれ。報告を待っている』
そう言った陛下と呼ばれた男はそのままモニターの接続を切り、もう一人も緊張を解いた。
彼の名はエフベルト・イオモン。魔王軍に席を置く魔族の一人である。
(確かにマルテンが死んだ事は悲しいが、確かにあの少年の存在も気になる)
マルテンが出たのは襲撃者としての品性が歪んでいる事、そして何より紅竜級を従える事ができたことだ。戦力としては申し分なく、今の人間たちの状況ならば簡単に制圧できる。そう思っていたところに待ったをかけるが如く少年が暴れ始めたのだ。
正直なところ、エフベルトは情報でしか知らないがあの少年は異質という他ない。今すぐにもで確保して調べたい気持ちに駆られているが、今の状況では難しいと考えている。
(一応、他の者たちにも報告がてら十分注意するように伝えておこうか)
この世界には長年にわたる地殻変動を除けば大まかに2つの大陸に分けられている。1つは人間たちが住まう内大陸。もう1つは魔族を含め亜人たちが住まう外大陸だ。
こうなったわけは様々あり、魔族たちは積年の思いが募って今人間たちを滅ぼさんと行動している。そしてそれはエフベルト・イオモンが率いる部隊だけではなかった。特に魔族は人間と違って長く生きる者が多く、それによる教育が強い為に人間に対する憎悪が植え付けられているに等しい。だが同時に他の種族を受け入れていた事もあって決して人間たちと手を取り合えないわけではないと考えている者も少なからずいるのは確かだ。
もっとも、それを表立ってすればどうなるかわからないが。
アメリア・バルバッサ公爵令嬢の誕生日から1週間が経過した。幸いな事に参加者には大した怪我がなかった。随伴者でも重傷者こそいれどまだ死者は出ていない。
しかし今回の件で様々な要因から色々な問題が起こっている。一番の原因はやはりベイルのジーマノイド――キマイラだ。
コックピットそのものが大人から子どもまで操縦できるような状況になっており、戦闘力は自分たちが相手になるか不安だった魔族製のジーマノイドよりも優れているが、その分操作が複雑。そんなものが一男爵の令息が個人所有しているのだから警戒もする。しかし不思議な事に男爵家には新規で製造できる環境など整っていない。さらには男爵家で製造されるようなお金の動きも無かった。しかし、現実としてベイル・ヒドゥーブルは個人にジーマノイドを所有し、成し得る事すらできないとされていたドラゴンの討伐に襲撃者の撃破を行った。
王宮にある執務室にて宰相のハンフリー・セルヴァが結果を報告する。
「これ以上行うとなると、尋問になると思われますが」
「……正直なところ、あまり良くないな」
ホーグラウス王国の国王――ウォーレン・ホーグラウス。彼の少年期に魔法を教えてくれたのはベイルの母であるレイラ・ヒドゥーブルだ。元々侯爵家に籍を置いていた彼女は魔女として恐れられる程に魔法の使用に長けており、ウォーレンを弟子として様々な事を教えてくれた。それがダンジョンを攻略した成り上がりの平民と結婚した事はもうかなりの前になるが一大ニュースとして貴族間ではまだ話題となるほどである。しかもその息子――まだ10歳になったばかりの子どもが機体を自在に操る様は並大抵のパイロットでは無理なのではないかと考えられていた。当然、裏資産の事も考えられる上に嫉妬の対象にもなる。だがそれによって命を救われたのは事実。その後の王国軍襲撃に関してはハンフリーにも思うところがあったのかフォローを入れている為実質罪は帳消しとなっているのが現状だ。
「ハンフリー、そちらとしては今回の件でどう動くのが正しいと思うか?」
「あの一族全員を完全に取り込む。やはりそれが正しい事かと思います。ですがそれもまたデメリットが存在するでしょう」
「……どういうことだ?」
「この際敢えて近親等の理由は省くとして、あの家族は嫁であるリネット以外は軍に入ったとしてもかなり上位に位置する事ができるだろう、という事ができる一族です。なにせ彼らが撃破したものはみな、冒険者ギルド規定ではBランクを超えるものばかり。現にあの家は13歳という年齢をクリアしている者は冒険者ライセンスを発行されてあり、所属期間によりますが大体はBランクに所属しています。また、三男のロビン・ヒドゥーブルが持つあの槍は何でもダンジョンで見つかった魔槍だそうです」
そこまで聞いてウォーレンは頭を抱える。
「……もし仮に、彼らが我らに牙を剥いたとするなら討伐はできるだろうが……」
「その間にも甚大な被害を受けるでしょうね。それと教会からベイル・ヒドゥーブルの引き渡しも来ています」
「何故教会が……」
「聞けばベイル少年が使用していた魔法の一部が闇属性のものと判別されるものがあったそうで」
それを聞いてウォーレンは顔を覆った。
ウォーレンとしてはここで褒章を出した方が良いと考えている。しかし家や法律を無視して新たにジーマノイドの密造はかなりの罪だ。さらに言えばそれを使って暴れる可能性もあるため厳しく取り締まらなければならない。王国軍としても面目丸つぶれだろう。これまで軍総出で何度かジーマノイドを新規開発を行っていたがその度に失敗を繰り返していた。それが飛行可能な上に変形し長距離砲が可能などオーバースペックなど異常すぎる。
「ハンフリー。とにかく軍に対してベイル少年以外のヒドゥーブル家の早期解放を伝えろ。また尋問も禁じるようにな。それと教会に関しては拒否しておいてくれ」
「わかりました」
ハンフリーは外に出るとため息を吐く。それはやはりヒドゥーブル家の戦闘力に関してだ。
あの時、血族は全員戦闘に出て次々に撃破していった。その中でもやはり一人だけ抜きん出ている者がいた。言うまでも無くベイルの事だ。
ハンフリーは宰相の座を着く前には勉強の一環として王国軍にも籍を置いていた時期がある。そこで軍の内情を学ぶためにも出世は必要で様々な武芸を身に着けた。しかし、しかしだ。
(あの少年に、勝てるのか?)
武器を持たず、ドラゴンを昏倒させた少年。さらにはゴブリンとはいえアークゴブリンという兵士や騎士でも苦労するのは否定できない敵を難なく一撃で魔石を奪っていた。それが敵になったらと思うと身震いが止まらない程だ。
そもそも、あの場であそこで戦えるあの一族を王家で取り入れなかったのが不思議でならない。既に長男は結婚し、取り入るとするならば次男からと考えるにしても、だ。
(とりあえず、一刻も早く行動して軍から解放しなければ……)
もしこの現状を理解して暴走する、という事になれば並大抵の人間ならばどうにもならないだろう。そう考えた時、王宮中に緊急事態を知らせる鐘が響き渡る。
(まさか――)
嫌な予感がしたハンフリー。まだウォーレンの執務室から離れていないからウォーレンが慌てて出て来た。
「何だ!? 何が起こった?!」
「落ち着けウォーレン! まだ確認もできていない!」
しかしこのタイミングのこの鐘。まさかベイルがと考える2人。そしてそれは当たらずも遠からずだった。
兵役というのは妙に性欲が溜まる。この世界で王家直属が故に厳しい事情を抱えている上に性欲を発散する機関も出会いも無ければ溜まるものだ。
その中でヒドゥーブル家の少女たちが連れて来られて見張りの男たちが興奮し、ある意味非合法な手段を取ろうとするのは生物としては当然の行動だったかもしれない。そしてその相手はポーラに向けられたが、相手が悪かった。
ポーラはヒドゥーブル家の中で重大な欠陥を抱えている。それは魔力を自在に操れない魔力不活性症という、この世界におけるある種の病気に侵されていた。言わば、使い捨てにしやすい相手と考えたのである。その後に彼女を使って姉や母をと思った時、手を出そうとした兵士に対してポーラは何の躊躇いも無く殴り飛ばしたのだ。
そう、彼女は魔法を使えない代わりにロビンやフェルマンと共に身体を鍛えていた。油断していた聴取担当を机で素早く意識を刈り取り、足を折ってドアを破壊する。そして元の部屋に戻っていた時に母親に事情を説明した瞬間にレイラがぶちキレて牢を破壊したのである。
(なんか騒がしいなぁ)
そんな事を考えていたラルドの耳にある事が聞こえて来た瞬間、また彼も覚醒した。
「よくも私の娘に手を出してくれたわね!!」
レイラの声が聞こえた瞬間、少し離された場所に隔離された子どもたちは思ったのである。「これは暴れて良いやつだ」と。
元々彼らは権力など興味がない。さらに言えばこの夫婦は自分の子どもたち――特に娘が酷い目に遭わされて大人しくできる程に理性は無い。そして兄弟たちも今回の逮捕に関しては一切納得していなかった。
各々が牢を破壊して外に出る。特にラルドの行動は早く、何枚も壁を殴り飛ばしてレイラと合流した瞬間に相手の顔を殴り飛ばした。追って来た者を巻き込んで5人は吹き飛んだ。
「で、誰だ? 誰がウチの家族に対して手を出した?」
怒気を孕んだ低い声を出すラルド。殺気によって周囲が歪む程で兵士たちは怯む。
「何をしている! 高が数人程度、さっさと拘束――」
そう叫んだ男に対して土魔法のアースショットが直撃。レイラから放たれたそれは初級魔法ではあるがかなり威力が高い。
「高が数人、ねぇ。ちょうどいいわ。久々にあなたたちがどれくらい強いか教えてもらおうじゃない」
ラルドもレイラもやる気であり、マリアナも魔法で援護をしようとした時に爆発が起こった。少しして武器が所有者の元に飛んできて男兄弟組が武器の奪還に成功してユーグ辺りが飛ばしたと推測しながらもマリアナは受け取った。
「な、何故武器がここに⁉」
「ちょうどいいタイミングで来てくれた」
ラルドが自身の大剣クールシューズを振るい兵士を次々と戦闘不能にしていった。背後から来た敵は娘たちで迎撃。少しして娘側の方から爆発が起きて朱槍が戻って行くのを見たポーラが誰の攻撃か理解した。
次々と倒されていく兵士たち。さらに魔法を遠慮なく行使していくので牢屋は次々と破壊されていった。
その騒ぎの中、ベイルは騒ぎを聞きつけて目を覚ます。自分の身体に付いている装置に気付かずに伸びをした事で破壊したベイルはその装置が自分に付いている事に気付いて頬をかいた後、今いる場所が見た事がない場所に気付いた。
(ここはどこだ……? なんというか、まるで前世で言うところの手術室みたいだな……あ、でも俺、最後以外は健康体で手術室に入った事無いや)
そんな部屋の機器を反射的にとはいえ破壊した事を心の中で謝罪すると騒ぎが大きくなっているのを感じたが、その中心が魔力の波長などで自分の家族だと気付いて唖然とする。
「一体何が起こっているんだ?」
嫌な予感がしたベイルはドアを開けようとするが、何かが突っかかっているのか開かない事に気付いた。
(あー、そういえばあったな。なんか向こうからしか開かない鍵とか……いや、何で?)
まるで拘束部屋だが、そもそも自分が拘束される謂れは無いと思っているのでなんとかしてドアを開けようとする。しかし開かない。どうしたって開きそうにないドアに次第に苛立ったベイルはある事に気付いてドアの内部を確認。つっかえを重力で無理矢理引っ込ませて開けた。
外に出ると上の騒ぎで逃げているのか兵士はいなかったが、ベイルは気にせず外に出ようとすると気圧が変わった事で肌がかなりスースーする事に気付いた。それもそのはず、今のベイルは素っ裸だったからだ。
「あー、あったあった。なんかこういうノリ、あったわぁ」
急いで隠れて魔法の練習のノリで作った服を出す。異世界ファンタジーを意識した作った服一式だが、その前に部屋にあった姿鏡を出して身体を確認。特に変なものは生えていない事を確認した後に収納した。
(ドラゴンの血を浴びるとか、俺は一体どこのジークフリートなんでしょうかねぇ)
まぁ、どこかの偉人がポンポン出て来るゲームみたいにイケボだったらそれはそれで良いのかもしれないけどと自虐する。もっともこれを周りに言われたら人によっては蹴りが来ることをベイルは知らない。
「よし、ドレスアップ完了……で、良いのか?」
周りに誰もいない事もあって段々と独り言が増えてきている事を気にしつつ、外に出る。するとガシャガシャと音を鳴らして誰かが近付いて来た。
そもそも今回の件、ベイルは罪の意識は一切無い。自分が動かなければ面倒な事になっていたのは理解していたし、あの場でジーマノイドを所有しているのは自分だけという確信があったので使用した。それだけに過ぎない。だからだろう。平然と外に出て音がした方を見て、そこにどこかで見た事があるがどこで見たのか思い出せない男性2人が率いる兵隊を見て急いでいるのだろうと道を譲るが、何故か自分の前で止まったのを見て抱いた感想が「疲れたのだろうか?」だった。
「ベイル・ヒドゥーブル。何故外に出ている」
「え? どうにかこうにかして脱出しました」
「そうか……じゃねえよ! 拘束していたと聞いていたが⁈」
「あぁ……すみません。拘束されている事に気付かずに伸びをしたら壊れていて」
それを聞いて周りは唖然とする。そこでハンフリー・セルヴァが咳払いをした。
「1つ聞きたい。今回の騒動、君は絡んでいるのか?」
「今回の騒動?」
「そうだ。今、この基地の上で君の家族が暴れている」
「そうなんですか」
全く知らないベイルはそう返した。理由もピンと来ていない様子を見て2人は内心安堵する。
「ところであの家族が暴れるような理由に心当りはないか?」
「俺ですかねえ。なんか見知らぬ場所にいるし、「息子が戻ってきていない! どういうことだ!」みたいな」
「いや、君の家族はリネット夫人以外、バルバッサ公爵邸で拘束された後、この王宮に送られてきている」
そう言われてベイルは疑問を抱いた。
「えっと、何でですか? もしかして戦闘の余波で重役の子どもが重傷を負ったとか?」
「いや、君がジーマノイドを所有していたからだ」
「え? えぇ……あ」
ある事に気付いたベイルは何やら操作を始めかと思えば2人に尋ねた。
「すみません。ドラゴンの死骸と俺のジーマノイド、キマイラって言うんですけどどこにあるのか知りません? ドラゴンは一応俺が倒したのに入っていないんですよね」
「ドラゴンの死骸も君のジーマノイドもこちらで回収してある」
「どこにありますか? 回収したいんですが」
そんな事を言ったので周りは唖然とした。
「いや、それはできない」
「何でですか?」
ハンフリーは毅然とした態度を取る。それを見てウォーレンは止めようとするが少し躊躇った後にハンフリーは堂々と言った。
「君がしたのはジーマノイドの密造だ。これは法律に違反している。むしろ今ここですぐに処断されないだけありがたいと思え」
これはハンフリーの見栄だ。というよりも、貴族として、宰相としての見栄でもある。ここで高が子どもに対して引けば彼も王であるウォーレンも周囲に舐められるからだ。
しかしベイルはそれに対してすぐに返事しない。何かを考えているようだが何を考えているのかはわからない。ハンフリーは先手を打った。
「今回の件、関係が無いというのであれば大人しく――」
「その前にドラゴンの死骸を回収させてください」
今度はジーマノイドとは言わなかったベイル。諦めたのか、それともまだ作れるぐらいの材料を所有しているのかはわからないが今はジーマノイドにはこだわっていないようだ。
しかし、残念ながらドラゴンの死骸に関しても彼らは譲るつもりは無いようで、ハンフリーがはっきりと言った。
「回収するとなれば莫大な資金が必要となるが?」
「何故ですか? ジーマノイドで勝ったとはいえ、アレを討伐したのは私ですよ? それに私は王家とかバルバッサ家に献上した覚えはありませんが? さっきまで寝ていましたし」
「残念ながらアレは既に王家に献上されたものとして扱われている。しかし良いのか? ただでさえ王家から奪い返すとなると大罪になる上に家族すら巻き込む事になる。君にはその覚悟あるのか?」
「…………つまりあなた方としては滅多にドラゴンの死骸を見せびらかして国力を示したいという事ですか? だから子どもが狩ったドラゴンも、子どもが作ったジーマノイドも法律違反を盾に貰いたい、と。なんというか、ただただ可哀想ですね」
「何?」
「だって普通の大人だったら返すでしょう? 子どもの手柄をすべて横取りして、当の子ども本人には法律違反で封殺。これが貴族って奴ですかぁ。見たところ戦闘力も低そうだし、これなら別に全滅余裕かな――アガートラーム」
ベイルの身体に白い紋様が浮かび上がる。それを見てハンフリーは兵士に指示を出した。
「陛下を守れ」
すると兵士が前に出て抜剣する。
「ま、待て! 少し話を――」
「俺の要求はジーマノイドとドラゴンの死骸を尻尾含めて返せって事。それを成し得られない雑魚に用はない。だから君たち兵士も死にたくなければ武器を捨てな」
「そうはさせるか。我々王国軍は――」
その時、ベイルは口を開いた兵士の腹部を鎧があろうが関係なしに殴った。その衝撃で吹き飛んだ兵士は距離があったからか何度かバウンドする。
「あれ? これもしかして俺がいなければ魔族にすべて抑えられていた感じ?」
他の兵士たちも仕掛けるがその前にタックルされて二人ともさっきまでベイルがいた部屋に吹き飛ばされた。
「いや、俺たちが、か」
などと調子に乗っているとハンフリーが抜いてベイルに迫るが、ベイルが瞬間移動したかのように回避する。
「んー」
「何かな?」
「何かあんたら2人の事をどこかで見た事があるんだよねぇ」
先程と違って砕けた口調。余裕があると舐められているのかハンフリーは本気を出す。
「調子に乗るな、男爵令息風情が――」
その時、ハンフリーは剣を振るった時にベイルの身体が割かれる。それによって勝利を確信した瞬間、後ろからウォーレンが叫ぶように言った。
「左だ!」
ハンフリーが咄嗟に剣を振るう。その瞬間、右からハンフリーは衝撃を受けて吹き飛ばした。同時にベイルの形をとっていたものが黒くなって床へと消える。
「そこそこやれたな」
他の兵士がその間にウォーレンとベイルの間を固めるがベイルにとっては何の障壁にもならない。ベイルが指を動かすと途端に彼らに重力がかかり、動けなくなった。その上をベイルが通るがベイルは重力魔法の影響を受けていない。
やがて兵士たちを超えてウォーレンの元に到着したベイル。ウォーレンは冷や汗をダラダラと流す。
「私を……殺すのか?」
「いやいや、殺さないよ。人によるけど生物の成長には莫大なお金がかかる。そんな人間を安易に殺す方が問題だ。人件費も馬鹿にならないし」
子どもからそんな言葉が出る事に驚いたウォーレン。そして一瞬だけ視線を動けない人間たちに向ける。確かに彼らは殺されていないが、だからと言ってベイルがしたことは大罪だ。だがもし、ベイルと会話が成立するというのであればとウォーレンは提案する。
「ベイル・ヒドゥーブルよ。私の娘と結婚しないか?」
「……は?」
しかしウォーレンの選択は間違えていた。
「つまり俺に娘をやるからアンタの命を見逃せって言いたいのか?」
「もっと言うならこちら側について息子のサポートもしてほしい」
「息子? 何で?」
「私の息子は王太子で――」
瞬間、ベイルから殺気が漏れた。
「……ということはお前か。そうか」
明らかに異質。どう見ても自分に対して敵意を向けていると感じたウォーレンはどうにかして落ち着かせたいと考える。
「絶対に嫌だね。お前の息子のサポートなんて死んでもごめんだ。しかも娘を差し出して味方にさせようとすること自体が何より気に入らない」
ウォーレンは理解できなかった。王族になれば家族の出世にも繋がるし贅沢もできる。ジーマノイドに興味があるというのならそれ専用の研究所にも行けるというのに彼は首を縦に振らなかった。
「ほ、他にも有利な事はたくさんあるぞ? それに差し出す娘の母親は巨乳で将来的にも彼女も同じになると思う」
「ざけんな」
「え?」
「それ以前の問題なんだよ! 何で、お前みたいな盗人クソ野郎の為にお前の娘と結婚してお前の息子のサポートなんざしなければいけないんだ!」
明らかに不敬罪だが、もしここで仕留められるのかという疑問がある。そして次のベイルの発言にウォーレンは唖然とした。
「テメェは自分の娘の人生をなんだと思っているんだ!? あァッ?」
自分のことを盗人クソ野郎と称しておいてその娘の人生に同情したベイルにウォーレンは色々と突っ込みたくなった。
「確かに俺は精神が他よりも発達しているであろうと自覚はあるし神童程度にはなるかなとは思っているがな、所詮は20歳になったらただの人間だ! そんな人間に嫁がせるテメェの娘の身になってみろ! 悲惨だろうが!」
突然始まる自分卑下に固まったウォーレン。彼も彼で色々と言いたいことができた。
そもそも当初はその歳であれだけのジーマノイドを開発できる人間なんてそういないと思っていたので、ハンフリーがいなくなった後にそれに気付いて研究所に所属して一定の成果を上げさせた後にその才能を枯らせたくないので気難しいがお転婆な娘ならあるいはと考えていた。しかし、まさかここまで自分の事を嫌っておきながら自分の娘の将来を案じれるなんて根は良い子どもなのだろうと理解した。
「い、いくつか聞きたいことがあるが」
「お前の娘だからとかじゃないが?」
「そういう事では無い」
だが同時に疑問を抱く事がある。何故自分の息子のサポートをしてほしいと言った時に殺意を出したのか、と。
(もしや、サイラスと何かあったのか?)
思考を巡らせるが前にいるベイルからの殺気によって集中力を乱される。しかし興味を失ったのかベイルはそのままウォーレンを放置してどこかに行こうとした。
「どこに行くつもりだ」
「ドラゴンの死骸とキマイラの回収だよ。アレは俺のものだ。俺に負けたんだから回収する」
そう言ってベイルは近くの階段を登って行く。その先でドアを開けた瞬間に何かが飛んでいく音をした。
ベイルはその音の方を見ると、ジーマノイドが空を飛んでいる。
(……まさか)
嫌な予感、そして同時に良い予感がしたベイルは周囲に溶け込んで空を飛んだ。
少し経ってからウォーレンが人を呼びに戻ると、慌しい様子に気付く。そこにレイラと遭遇したウォーレンは悲鳴を上げそうになった。
「久しぶりですね、陛下。こちらには一体何用で?」
「ご、ご子息に遭いに来たのですよ。それよりも何故あなたはこんな事を?」
「簡単な事です。尋問中に私の娘の一人のポーラが兵士に襲われそうになったと聞きましてね」
それでこの騒ぎかと戦慄するウォーレン。しかもその兵士たちは全員倒されているようだ。
「あなたたちは我々に対して反旗を翻すつもりは?」
「ありませんが、今回の件に関してあなたがするべきことを成し得なければ考えるつもりです。それになんでもドラゴンの死骸を既に手を付けている様子。おそらくベイルは相当怒るでしょうね」
「……ええ。先程まで死ぬ思いをしましたよ。なんとか死は免れましたが」
「まぁ、ベイルはああ見えて色々と考えていますから。流石にジーマノイドを持っているのは驚きでしたが、それも無ければ私たちはあそこで死んでいたかもしれません。それに対してあなたはどう思っていますか、陛下?」
ウォーレンからは滝のように汗が流れる。今ここで何かを反論しようものならば間違いなく潰される、と。
なにせ周りがウォーレンを褒めたたえ、性格を冗長させていた頃に出会ったレイラ。当時は若く美しかったレイラに対して王太子だったウォーレンは口説いたがあの手この手で回避。そして権力を盾に迫った瞬間、殴り飛ばされた。それを見ていたハンフリーが手を出したところに周囲から中級土属性魔法アースガトリングを放って全身複雑骨折を負わせた後、孤立したウォーレンにこんこんと説教をしたのだ。
『おいクソガキ、何でこの私がお前みたいな雑魚なんかと関係を持たないといけないんだ? 調子に乗るのも大概しろよ? それとも魔法使いは魔法を行使するだけしか能が無いと思っていたのか? 棒術という武術があるんだよ。そんな事も知らねえで何ほざいてんだ? お前まさかこの私が教育する以上、他のカスと同じ待遇をされるなんざ思ってねえよな?』
あの日以降、ウォーレンはレイラが苦手になった。ウォーレンを守ろうとした当時の兵士を壊滅させ、ひたすらトレーニングを積ませられた地獄のような日々。巻き込まれたハンフリーと共にそんな地獄の家庭教師が任期を終えてしばらくした後に結婚したと聞いた時は一体どんな猛者かと思えばソロでダンジョン攻略者。むしろ納得したまである。
「そ、それはもう、待遇を良くしますとも」
「例えそうだとしても現王太子のあなたの息子の死亡率は変わりませんけどね」
「……え?」
笑顔でそう言われて固まったウォーレン。そこに一人の女性が走ってくる。
「陛下! 陛下ぁ!」
「じゅ、ジュリアナ。落ち着け。私は大丈夫だ。君のお兄さんはその――」
「え? 兄に一体何が――ではなくて、大変なのです! シャロンが、シャロンがいなくなってしまったのです!」
そんな事を言われてウォーレンは愕然。そしてレイラは少し計算した後に面白い事になりそうだと思った。それもそのはず、先程レイラはベイルが飛んでいく姿を見ていたのだから。
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