#2 活躍するヒドゥーブル男爵家

 マルテンが最初に感じたのは自分が両断されるイメージだった。慌ててしゃがむと自分の上の方で何かが通過した気配を感じた。そしてすぐに立ち上がって隣を見ると、上半身が吹き飛んだ自分の部下と、部下が掴んでいたはずの少女の前に少年が立っていた事だ。その少年と会話をした事で絶対的な自信を持っていると推測したマルテンは風の刃を飛ばして迎撃。しかし飛んできた剣は独りでに動いて風の魔法を破壊した。


「はぁ?」


 かなりの数を放っていたというのにそのすべてを目の前の剣が破壊するという妙な展開を見てマルテンは唖然とする。

 そんな中、ベイルはさっき手に入れた魔石を見て不思議そうにしていた。


「ねぇベイル、本当に大丈夫?」

「援護ならそこにいる雑魚共にしてやってくれ。全く、情けないな。高がゴブリンくらい1秒切って当たり前だと言うのに。そして何故他の奴らは攻撃しようとしていないんだ?」

「いや、できないんだよ」


 そう言われてベイルはますます混乱した。


「何よりも場所が悪い。魔法使いタイプは複数いるから迎撃しようと思えばできるかもしれないけど、ここに僕らがいるから誤射が怖いんだろうね」

「いや、別に俺たちじゃなくてあそこにいる魔族の品位を下げる為にここに来た変態魔族に向けて放てば良いだろ。正直他の魔族が可哀想でならない!」

「おいそこ! 聞こえているからな!」


 マルテンに突っ込まれたベイルだが態度を改めない。それどころかそれが何かといわんばかりの態度だった。


「黙れゲス野郎。女が足りないなら口説けば良いだろうが!」

「うるせえぞクソガキ! 誰が人間に興味を持つか! 俺の部下たちの量産する為に使うんだよ!」


 それを聞いた瞬間、近くで混乱しているカリンを無視してベイルがマルテンの懐に入って右腕を突き出した。それをまともに食らったマルテンは壁を破壊して外に出る。


「私が押し負けるだと……冗談ではないぞ!」


 すぐに体勢を立て直し、ある切り札を呼ぶ。上から現れたそれを見てバルバッサ公爵家所有のダンスホールにいた貴族たちは唖然とした。


「ど……ドラゴン……」


 真紅の翼に体躯。巨大な飛行可能な生物――ドラゴン。そしてそれは紅竜級という、ドラゴン階位において上から2番目の強さを持つと言われるドラゴンが現れてしまった。同時にそこから大量のモンスターが降りて来て貴族たちを襲う。


「行け! 我が部下共! 女を奪い男を殺せ!」


 その時、ヒドゥーブル家所有の馬車からトランクが飛翔しダンスホールに降りて来る。独りでに開いたトランクの中から武器が出てきたのを見て、レイラが両手を鳴らした。


「死にたくなければ道を空けなさい」


 その言葉通り、彼らは道を譲る。何人かの従士が武器を取ろうとしていたが、先に来たロビンが朱槍を掴んで妨害の為に軽く振った。


「ごめんねぇ。これ、俺たちのだから」

「ポーラ!」


 先に来ていたマリアナがポーラに向けて弓を投げた。ポーラをちょうど持ち手で受け取る。


「……邪魔」


 最後にシルヴィアも手に取るとモンスターと対峙。それを見て従士の一人が声をかけた。


「あの、その子どもの戦うので?」

「後ろでガタガタ震えているよりマシでしょ」


 レイラに言われて従士は驚く。

 その間にシルヴィアの近くに来たアークゴブリンをあっさりと吹き飛ばした。

 カリンを抱えたユーグは一度そこを無視して近付いて来るレティシアにカリンを渡す。


「あ、ありがとう……娘を守ってくれて――」

「それはベイルに言ってあげてください。ただ、今回の件で相当怒っているみたいなので落ち着いてからの方が良いかもしれませんが」


 先端が軍配扇のような杖を引き寄せたユーグもまた戦いに身を投じる。その様に彼らは唖然とした。というよりも、シルヴィアも含めて全員のレベルが違った。相当訓練を積んだ者でもここまでの事は出来ない。

 かと言って貴族たちも一切何もしなかったわけではない。軍や各所にいる貴族たちに対する救援要請を行っているが、流石に苦労しているらしい。


 そして、その光景を逃げずに見ていた子どもたちがいた。自分たちと同い年の少年や年下の少女が従士ですら苦労するモンスターを次々と倒していく姿を見て信じられないという顔をする。


(何で、ここまで動けるんだ……?)


 その中でも王太子であり、いずれこの国を背負うべき少年、サイラス・ホーグラウスは疑問を抱いていた。

 彼は幼い頃から王太子として厳しい訓練を施されてきた。武芸はもちろん、帝王学やジーマノイドの操縦もみっちりであり、よほど体調不良にならない限りは訓練か、たまにお茶会を開く事もあった。しかし年上はともかくとして男爵家の令息令嬢がこうも簡単に次々と倒していく様はまるで自分では立てない領域にいるのではないかという錯覚を思わせる。

 そこでふと、彼は気になって自分の婚約者であるアメリア・バルバッサを見る。彼女は一体どんな思いで彼を――ベイル・ヒドゥーブルを見ているのかと気になったのだが、そこには自分と同じように驚きを隠せない様子のアメリアを見て驚いていたのを確認し、安堵した。


(あれほどまでに強かったら、誰でも心奪われるからな……)


 他と違って武器を一切使っていないベイルを改めて見る。その時、サイラスから見て後ろの方から悲鳴が上がった。

 そっちを見ると、別動隊と思われるゴブリンたちが現れる。それに怯えて何人かが動けなくなり、従士たちが追い払おうとするが先程より強いのか苦戦しているようだ。しかし、ヒドゥーブル家は誰も助けようとしない


「お、おい!」


 たまらずサイラスはモンスターの死体がたくさんある場所へと移動する。それに気付いた周りは止めようとするがサイラスは潜り抜けてベイルの所に到着した。


「な、何をしている⁉ あそこにもモンスターが出ている! 倒さないのか!?」

「あ? あー……別に良い――」


 ベイルはサイラスを掴んで後ろに跳ぶと、マルテンたちが壊した方のダンスホールの屋上が破壊されて瓦礫が落下。ヒドゥーブル家全員無事だった。

 そして、屋上の瓦礫の上に紅竜級が降り立ち、咆えた。


「あ……あ……」


 圧倒される貴族たち。しかしベイルは構わず前に出る。


「ど、どこに行くんだ!?」

「ドラゴン退治」

「は……はぁッ!?」

「あ、親父はシルヴィアとポーラを連れて向こうのフォロー入って。ロビン兄さんとフェルマン兄さん、ユーグ兄さんは伸び切った列の整理と奴らからの強襲の対応。お袋とマリアナ姉さんはノロマ共を守ってやって。どうせアイツら、自分の無能を棚に上げて騒ぎ立てるでしょ?」

「「「お前が仕切るな!!!」」」


 周りからそう言われるがベイルは気にせずにドラゴンの前に移動した。


「正気か!? 相手はドラゴン――」


 サイラスの言葉を切るかのようにベイルは魔法陣を展開して発射。高威力の魔法を見てサイラスは唖然とする。

 しかし紅竜級は回避した。呆気なく回避されたというのにベイルは落胆するわけでもなくため息を吐く。


「流石に初手で当たる程簡単じゃないか」


 そう言ったベイルは次々と魔法陣を展開して魔法使いの基礎魔法である「魔砲」を放つ。無属性のそれは正しく基礎というべきものでジーマノイドの遠距離武装としても使用されていた。

 しかし紅竜級は攻撃を回避してブレスを放ち、全く動かなかったベイルに直撃させた。


「そんな……こうも呆気なく……」

「んなわけないだろ」


 そんなツッコミが直撃した箇所から聞こえる。サイラスはもう一度見るとベイルはまだ生きていた。


「な、何で生きて⁉」

「別に難しいことじゃない。相手のブレスに耐えうるバリアを展開すれば良いだけの話だ」

「一応言っておくけど、それって彼らにとっては高等技術だから」

「それはちょっと不勉強すぎるだろ」


 と笑みを浮かべて自分の母親に言ったベイルは右手から黒い光線を放つ。紅竜級もまさか自分のブレスが貫かれて口に入るとは思わず、まともにダメージを食らった。


「でもどうするつもり? このままではジリ貧よ」

「それはいっぱしの魔法使いの話だろ。でも俺は違う」


 するとベイルは飛んできた魔法を回避して前へ前へと走って行く。紅竜級もベイルにのみ狙いを絞って攻撃してくるがそのすべての攻撃を相殺されるか回避されるかのどちらかなので次第に苛立ちが募ってきたようでその場で回転して尻尾を叩きつけた。それをベイル回避すると右腕を振り上げた。

 紅竜級が離脱するが、尻尾は置き去り。むしろ少し離れて紅竜級が自分の尻尾にしている者が転がっているのを見て驚いた程で自分の尻尾が無くなった事に気付いた。

 紅竜級がそういう反応するのもある意味仕方ない。普通ならば尻尾はもちろんドラゴンを切り裂く事なんてできない。それこそ神業の領域だろう。

 怒り心頭の紅竜級はベイルの姿を探すが、さっきまでいた場所にいない事に気付いて周囲を探すと自分より上から影ができた。


「ダークライトォオオオオ」


 右腕に得体の知れない気配を感じた紅竜級はドラゴンブレスを放つが、ベイルは敢えて黒い靄のようなものを纏ったまま突っ込む。


「バンカァアアアアアアッ!!」


 ブレスを突き破ったベイルは紅竜級を超えて瞬間移動の如く視界から消えた後、脳天に拳を叩きこんだ。その威力は凄まじく空中を飛んでいた紅竜級は地面に叩きつけられる。

 その一連の異常っぷりにまだ避難をせずに光景を見ていた者たちもまた顔面に拳を叩きつけられたような感触を味わった。その数秒後にベイルが地面に着地する。


「……凄い」


 当の本人も満足気。しかしそれは敵を倒した事では無く――


「はぁ……スッとしたぜ」


 叫んだ事である。人間、ストレスが溜まると叫びたくなることがあるがそっちの方だった。


「殿下、行きましょう」


 サイラスに対して声をかけたのは王宮にて二大公爵家「セルヴァ家」の当主と宰相を兼任する当主ハンフリー・セルヴァだ。ベイルの近くに行っていたサイラスを迎えに来たようだ。


「今ので終わり?」


 マリアナが尋ねるが、ベイルは首を横に振った。


「冗談。相手はドラゴンだ。スタンさせたとはいえ生きているだろうよ」

「でしょうね。って事で変わりなさい」

「ふざけんな。こいつは俺の獲物だ」

「あんたばっかりズルいのよ」


 姉弟で喧嘩を始める2人におそらくハンフリーを追って来たのだろうか、近くに来たアメリアが割って入る。


「そ、そこまでです!」

「アメリア様、何故ここに――」

「そんなの、ベイルが心配だからでしょう。私と同じ歳の少年が戦って心配しないわけないじゃないですか!」


 その様子を見てマリアナは複雑そうな顔をしていたが、突然沸き上がった気配に振り向く。正気を戻ったらしい紅竜級が立ちあがった。


「流石はドラゴン。俺の想像を遥かに超える回復速度だ」

「何でそんな冷静なの!?」

「モンスターを相手にしている時は常に最悪の事態を想定するのは普通だろ。人間は知恵で成り上がったがモンスターは獣としての質が高い。せめて首を斬れれば良かったが」


 そんな物騒な事を言うベイルにアメリアは驚きながらもベイルの身体の発光から眼を逸らす。


「それはともかくだ。そこのあんた、2人を連れてさっさと戻ってくれ。あと他の奴らをとっとと逃がせ。時間稼ぎは辛い」

「……今は指摘しないが、態度を正さなければ損をするのはお前だぞ」

「だったら貴族を貴族にするんだな」


 その時、紅竜級はベイルの近くにいるメス――つまりアメリアに目を付けた。それに気付いたアメリアはまるで蛇に睨まれたカエルの如く足が動かなくなる。ハンフリーが手を繋いでいる状態で突然座り込んでしまった。


「あ、あなたは一体――」

「そういうことかよ」


 ベイルは気付いてすぐに魔砲を飛ばす。しかし紅竜級はもう手加減をするつもりは無いのかその場で回転して身体全体をアメリアたちにぶつけようとした。

 その時アメリアたち3人はもちろんレイラとマリアナたちも横側からの衝撃で吹き飛ぶ。それによってその場に取り残されたベイルはダメージを食らった。それだけならば常人ならばともかくベイルならば生きている可能性があったが、ここに来てある液体がベイルにかかる。それは――血だ。

 モンスターの血は種類によるが、毒にも薬にもなる。しかし相手はドラゴンな上に何の処理もされていない不純物の塊。それを大量に浴びたベイルの全身を毒が瞬く間に広がり、悲鳴を上げる間も無く倒れた。


「ベイル!」


 ベイルが倒れたのを一番に気付いたのはアメリアだった。駆け寄ろうとするがハンフリーに、そして吹き飛ばされた事で近くにいた彼女の兄のグレンにも止められる。


「離して! ベイルが!」

「ダメだ! 危険すぎる! 今の彼に触れたらアメリアなら一瞬で――」


 その時、彼らの近くに一機のジーマノイドが着地した。


『よくやった。これでもう人間に反抗の気力など湧かないだろう』


 マルテンの声がしてまだ逃げていない彼らはそのジーマノイドを見る。


『改めて聞け、人間共よ。その少年の勇気に免じ、降伏するならば命だけは助けてやろう』


 勝ちを確信した声にマリアナは攻撃しようとした瞬間、視界の端にベイルが立ち上がるのが見えた。


「何をしているの⁉ それ以上動いたら――」

「やっぱりダメだわ。尻尾切れた時は行けるかと思ったが、練度不足か」


 ケタケタと笑うベイル。いきなりの事にその場に残っている者たちは全員が驚いている。ドラゴンの血をまとも、全身に浴びてまだ生きている事に驚いていた。

 するとベイルの周りを突然何かの力の放流と思う程に魔法が覆う。何かと思って見ようとするレイラだが泡などでよく見えない。というのもベイルは自分の服をすべて吹き飛ばし、全身を洗った後に普段着に着替えたのだ。だがおそらくそれをまともに見れたのはこの場に一人もいない。


「やっぱりこの服が一番落ち着くな」


 普段着と言えど先程まで着ていた服よりも綺麗に整っており、何よりも防御力が高い。所謂ベイルの狩服なのだ。

 全身黒をベースに赤と白で所々彩られたベイルの姿。それ以前にマルテンはまだベイルが生きている事が不思議でならなかった。


「認めよう、ドラゴンよ。お前は強い。だが切り札はこちらにもある」


 するとベイルの後ろに突然、突然ジーマノイドが現れた。

 それはどこの国にも存在しない上に、まるで作り立てのような綺麗さを持つ。同時に胸部にライオン、背部に蝙蝠のような翼、蛇のような尻尾を持つ異質中の異質。まるでキメラの特徴を持つ人型機動兵器。

 その姿は貴族たちはもちろん、レイラやマリアナと言ったベイルの家族ですら驚きを隠せない。


『馬鹿が。ジーマノイドに乗らず姿を現すなど、壊してくれと言っているようなものだ』


 そう言ったマルテンは自身のジーマノイドで接近戦を仕掛ける。より完全に相手のジーマノイドを破壊する為に選んだ手段。それは確かに正解だったかもしれない。

 しかしマルテンのジーマノイドは途中で動きを止める。


「つれないな。破壊する前にその性能を知りたいとは思わないのか?」

『お前、何をした!?』

「重力を操り、動きを制限しただけに過ぎない」


 そう言うとベイルの身体が浮かび上がり、コックピットに位置するであろう腰部に移動する。その状況に驚いた周囲だが独りでにコックピットが開いてベイルは中に入った。

 本来ならばそこで魔法が途切れるかもしれない。しかし重力変動は止まることなくコックピットハッチが閉ざす。


『行け! ドラゴンよ! アレを破壊しろ!』


 羽ばたこうとする紅竜級だが、既に拘束されて動けない。


『クッ……こうなれば――』


 なんとかしようと動くマルテン。しかしベイルは待とうとせずにコックピットに入りスタートボタンを押しながらシートに座った。そこにはいつもの[MODE simulate]と表示されているのをスライドさせて[MODE actual battle]に変更した。

 モニターとサブモニターには様々な表示がされた後に周囲の状況はもちろん、目の前で拘束されている一頭と一機の重力変動を解除し、シートベルトを拘束して頭部にカチューシャのようなギアが装着される。操縦桿を握ると同時にベイルのジーマノイドの目を模したメインカメラが青く光る。


『さぁ、始めようか。ジーマノイド同士のガチンコバトルを』

『調子に乗るな、人間風情が!』


 動けるようになったことでマルテンのジーマノイドが近付いてエネルギソードを抜いた。それは所謂ビームサーベルの用で使用者の魔力をエネルギーとして抽出、使用している。そして同じものをベイルも抜いて鍔迫り合いを始めた。


『嘘だろ! 何故お前が、人間のジーマノイドがそれを持っている⁉』

『標準装備だ、覚えておけ!』


 パワースペックはベイルの方が高いのかマルテンのジーマノイドが弾き飛ばされた。しかし向こうのジーマノイドが滞空しているのを見て貴族たちは驚きを隠せない。

 今はまだ地面を走っているだけのジーマノイド。あの飛行能力を獲得できれば自分の地位を大きく向上できるだろう。しかしそれはベイルの方も同じだった。

 そう、ベイルのジーマノイドも空を飛ぶ。慣れているのかふらつくという事はない。


『ふ、ふざけるなぁああああッ?!』


 思わず叫んだマルテン。それを聞いてベイルは怯んだ。


『何故人間のジーマノイドが飛行できる⁉ 一体どうやって我々の技術を奪った! 我々がどうやってその飛行技術を扱えるようになったのか、わからないとは言わせないぞ!!』


 あまりの怒鳴り声。しかしむしろベイルの方もヒートアップする。


『ふざけるな! 機体奪取は定番中の定番だが、まだやっていない!』

『何がやっていないだ! その技術を持ちながら――』

『自分で完成させたに決まっているだろ。あ、いつになるかわからないけどお前らの所に機体奪いに行くから』

『調子に乗るなよ人間!!』


 マルテンがメカメカしいライフルを出してベイルの方を発砲する。しかしベイルはすべてエネルギーソードで撃ち落とす。


(流石にここで銃撃戦はマズいか)


 できなくもないが、その場合まだ逃げていない者も死ぬかもしれないと予想したベイルは無理矢理接近戦に持ち込もうとした。しかしそこで紅竜級が乱入してくる。ぶつかってベイルの機体を揺らした。


『クッそが!』


 少し離れたところで機体の体勢を立て直したベイル。しかし同時にベイルの身体に異変が起こった。彼の身体が震え始めたのだ。


(一体どういう……まさか)


 ベイルにある1つの心当たりが過る。それは――ドラゴンの血。

 本来ならばベイルがこうして戦う事など不可能なほどだ。それでもベイルが立ったのは戦闘狂としての本能がそうさせたのだ。そこから来る集中力を利用しただけに過ぎなかったが、マルテンの叫びで解除された。

 

『そうか。やはりドラゴンの血はお前を侵食していたのか!』


 ベイルのジーマノイドの動きが悪くなったのを見てマルテンが興奮する。マルテンもドラゴンを従わせる以上はその症状を見た事があるのだろう。


『当然だ。ドラゴンの血をまともに浴びた奴は死ぬ! たまに魔力保有量が多い者が生き残る事はあるらしいが、そういうものは得てしまった莫大の力に呑まれて数日で死ぬ! お前はもう終わりだぁああああッ!!』


 マルテン機から何度も魔砲が飛び、それをまともに食らうベイル機。次第に浮かせる魔力が供給できなくなったのかバランスを崩して落下する。


(……確かに、身体が……重い)


 まるで発熱した時のと思いながらベイルは意識を保とうとするが無理らしい。機体がそのまま落下していくとモニターにアメリアの顔が映った。


『死ね! 人間!』


 マルテンが止めを刺すつもりで接近。その時、ベイルの脳裏に走馬灯が流れ始めたのだ。

 それはマルテンが近付くからか、それともベイルの身体を侵食するドラゴンの血がそうさせたのか、ともかくその時ベイルは確かに見た。マルテンが捕まえた女に対して酷い事をしようとしているのを。


(せっかくの……たんじょうびなのに……)


 その言葉が脳裏に過った瞬間、ベイルは外に出ていた舌を思いっきり噛んだ。激痛を走らせて意識を保ったベイルは舌から血が流れているのも構わずに操縦桿とモニターを操作した。


『何ッ⁉』


 機体の体勢を立て直したベイルはそのままマルテンの機体にタックル。それを見て紅竜級がベイルに対してブレスを放とうとした瞬間、周りから見えないがおそらく声で察したのだろう。


『じゃあな』


 実際、とてもいい笑顔をしていたベイル。紅竜級の首を何かがバッサリと切断した。それによって紅竜級は落下。突然且つ鮮やかに命を絶った事で周りは騒然としていた。


『何で……何で……』

『だって勿体ないだろう? せっかくのジーマノイドのガチンコバトルで、俺が作った俺の考え得る最強の機体をお披露目できないってのはさぁああああああああッ!!』


 そう宣言したベイル機はさっきよりもかなり早く移動してエネルギーソードで攻撃。マルテンの反応が辛うじて間に合った事で攻撃は防がれるがベイルにとって些事でしかない。


『だが距離を取ればこっちのもの――』


 マルテンの考えも一瞬で破壊される。ベイル機の両肩には大きなバレルが展開されており、そこから魔砲が飛び出したからだ。


『何で――』

『火器武装の搭載は常識だろうが! それとも俺が下の奴らに遠慮して使用しないとでも思っていたのか? 冗談じゃない。何で俺が、逃げ惑うことしかできない雑魚の為に遠慮しないといけないんだ? それに貴族なんだからこれくらいできて当然だろ。できない方がおかしい』


 それを言われて唖然としたのは貴族たちである。そしてレイラも少し反省していた。


「あいつにちゃんと話しておけばよかったわね」

「ベイルにまだ話していなかったの?」

「そうじゃなかったらあんな発言しないでしょ。まさか爵位が高い=戦闘力が高いと思っているなんて誰も思わないし」


 レイラは幼いベイルに対して少し放任的なところがあったと反省している。ベイル自身も場合によって平民――さらには冒険者として活動する事がなんとなくわかっていたのでむしろマナーよりも戦闘力を上げておけば良かったと思った程だ。場合によっては自分の相手ぐらいは守れるくらいには、と。それが蓋を開けてみれば戦闘力は想像以上に上がっており、ジーマノイドの個人所有。一体どうやって調達したのかわからないが、少なくとも現時点のホーグラウス王国ならば欲しがるだろうと考えている程だ。もっともその行為に及んだ時の暴走も想像できているが、したとしても自分たちで無ければ止まらない事を知っているし干渉するつもりは無い。


「そもそも予想外過ぎたわ。まるでポーラの分まで持ってきたのかと言いたくなるほど魔力を多く生まれて、魔力保有過多で死にかけたから魔力の動きを抑えて安定させていたのにいきなり難易度の高い魔法を発動させるし、アーロンの馬鹿が余計な事を言った翌日にダークパンサー狩って来るし」

「え……?」


 驚いたのはたまたまベイルの事が心配で近くにいたアメリアだった。


「今の、どういうことでしょうか?」

「これはこれはアメリア様――」

「挨拶はいりません。それよりも、私の父が余計な事を言った翌日にダークパンサーを狩って来たって」


 それを聞いてレイラは驚いてアメリアを見て、少し考えた後に言った。


「事実ですよ。私と子どもたちが食事中、姿を見せない主人がベイルを呼びに行っている時にベイルがダークパンサーを狩って戻ってきたのです」

「……じゃ、じゃあ、ワイバーンを狩ったのも――」

「一体いつ重力魔法で飛行能力を得たのか知りませんが、ある日群れを倒してきましてね」


 近くで聞いていたサイラスも驚いてレイラに近付く。


「じょ、冗談だろう? そんなこと、子どもができるわけ――」

「では上をご覧ください」


 サイラスは言われるがまま上を見る。そこには今まで全く見た事がないタイプのジーマノイドが自在に飛び、戦っていた。


『ふざけるんじゃねえぞ!』

『さぁ、ショーダウンと行こうか』


 突然ベイルの機体から人ひとりと同じくらいの大きさをした魔石が飛び出して魔砲を発射。突然の手数に動揺したマルテンは回避に専念。しかしダメージを食らい続ける。

 その時マルテンの機体に通信が入った。


『マルテンよ。陛下より離脱命令が出た。帰投しろ』

「ふざけるな! このままおめおめと引き下がれと? 冗談じゃないぞ!」

『陛下は今回の件で大変心をお痛めになられている。今帰投すれば今回の件は不問にするとおっしゃった』


 その言葉にマルテンは動揺を隠せないと同時にまだ自分に出番があると安堵する。


「……仕方ない。ジーホース部隊は?」

『生き残りは離脱させている。後はお前だけだ』

「良いだろう」


 するとマルテンは自分の機体を反転させて離脱――しようとした。しかしそこで彼は自分の考えが安直だったと知る。


『逃がすかよ!』


 ベイルが追って来た。しかしミサイルを食らえば怯むだろうと考えてマルテンはミサイルポッドを展開して発射。ベイルはすぐにシールドを盾にして攻撃を防いだ。しかし、そこからは予想外過ぎた。


『キマイラ、フォームチェンジだ』


 その言葉が気になったマルテンは背部のカメラ映像をモニターに移す。そこには信じられないことが起こっていた。

 今まで人型だったジーマノイドが四足歩行の姿に変形したかと思えば、その場で微動だにしなくなる。一般的にライオンに近い形となるがマルテンにはそれは四足歩行のモンスターとしか気付かなかった。

 そして人型では胸にあった顔が口に移動し、エネルギーが収束されていく。


『ガオンデストラ・レイ! シュートッ!』


 黒いエネルギーの塊が発射される。しかしそんなものは発射される事はわかっていたマルテンは回避しようとしたが、叶わなかった。機体の制御が利かずに直撃した。


『そんな……そん――』


 マルテンが完全に消滅。ベイルはスッキリした顔をして人型形態にモニターで操作して戻す。着地するまでに変形を終わらせたベイルは次第に落下スピードを緩めて着地。左膝を付いてコックピットハッチを開いてベイルが姿を現す。

 ベイルが着地した時は少しふらついたようだがなんとか持ち直した。とりあえず事情を聞こうとレイラが近付こうとするがベイルは紅竜級の死骸に向かっていく。


「……何をしているのベイル」

「こいつは俺のものだ」


 紅竜級に触れようとした瞬間、物々しい音がする。ジーホースが現れてベイルを取り囲む。後部に付いている大型のボックスから兵士が現れてベイルを取り囲んだ。


「それ以上動くな」


 どう見ても自分に対して向けられている敵意を感じたベイルは両手を挙げずに止まる。


「待ちなさい! 一体誰を取り囲んでいると思っているの⁈」

「黙れ。我々は王族に対する反逆分子を制圧しようとしている。邪魔をするというのならばあなたも拘束しますが?」


 しかし、彼の相手が悪かった。笑みを浮かべているがとても冷たいそれを浮かべているレイラは相手を殺そうとしているのですぐにマリアナが止める。


「落ち着きなさい! 今ここで暴れたところで問題はベイルをどう回収するかでしょう?」

「黙りなさいマリアナ。亀が数匹死んだところで大した問題じゃないわ」

「ほう。ではあなた方もほば――」


 ――ドサッ


 物音がした方を全員が見ると、ベイルが倒れていた。


「彼を確保しろ」


 その命令によってベイルは王国軍に確保され、ベイルがキマイラと呼んだジーマノイドも紅竜級の死骸も回収される。その間にレイラは助けようとしたがマリアナにずっと止められていた。

 本来ならば誰かここで止めに入るべきなのだろうが、それを行える程の体力が残っている者はいなかった。それほどまでに悲惨な状況で、生きている者は自分の生存をただただ安堵するだけ。それでもどこか心のどこかにしこりが残っているのも確かだった。

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