#1 悪夢の誕生日会

 僕……いや、俺ことベイル・ヒドゥーブルが前世の記憶をゲットしてから4年が経過した。俺は10歳になり今日も貴族としての勉強をボイコットをして魔の森に入っている。今では特訓以外にも目的があるが、少なくともあの森で俺に喧嘩を売る者がいないのが悲しい。

 そんな事を思っていると両親に呼び出された。


「ベイルよ。近い内にアメリア嬢の誕生日会が行われる事になった」

「そうなんだ」


 公爵家というのは金があるようで、毎年子どもたちの誕生会を盛大に行っているようだ。ちなみに俺はただの一度とも出席した事が無い。他の家族は出向いているけど、俺は公爵直々の命令を遂行しているのでスルーしている。


「なので今度はお前も出席――」

「しないよ。いつもの事じゃない」


 そう返事した俺はいつも通り魔の森に向かう。10歳の身空で実家が帰って寝るだけの家になっているのは本当に笑えない。笑えないがそうなっているのもある意味仕方なかった。

 というのも一度夜遅く帰ったらとんでもない騒ぎになっており、俺の捜索の為に騎士団を動員しようとしているからだ。出立直前に戻って来たのでそれも無くなったがその日は激しく怒られたが、俺もキレて大喧嘩。それ以降両親との仲もそこまで良い物ではなくなったのは確かだ。だがハッキリ言って、たかが予備パーツが帰って来ないだけで騒ぎすぎなんだよ。


(……今度は何泊するかな)


 大体誕生日会に行くと一泊はして帰ってくる。そんな状況でこっちも外で休んだ方が良いが明白。そう思っていた。


 ふと、目を覚ますと俺は下から突き上げられる衝撃を味わった。世の女性はこんな感触を味わう事になるのかと思ったのだが。それはともかくとして、何故か俺は女性用の馬車で鎖で拘束されていた。どういう扱いなのか全くわからない。周りは女だらけで俺がここにいるのはおそらくまだ俺が10歳で性欲に目覚めていない事、そしてなにより身体が小さいからだろう。実際席も俺とポーラ、シルヴィアの3人が座っても余裕だったりする。


「何で俺、馬車に乗ってんの?」


 目の前にいる母のレイラ・ヒドゥーブルに尋ねると、レイラはため息を吐いた。


「あんたが誕生日会の出席を断るからでしょ」

「だったら放置しておけばいいじゃない。別に俺は呼ばれているわけじゃないんだし、出席したところでどうせあのオッサンが俺を追い出すに決まってる」


 そう言うと母も長姉のマリアナもため息を吐いた。


「もういっそのこと、招待状を見せた方が早いんじゃないかしら?」

「それもそうね」


 マリアナ姉さんの言葉に同意した母は俺に招待状を見せる。そこには定型文の誕生日会のお誘いがごちゃごちゃ書かれているが、一文だけが大きく書かれている。


「『ただしベイル・ヒドゥーブルのみ、大きな怪我や病気でない限り出席すること』……一体何の嫌がらせだ?」

「実際、今バルバッサ家は4年前に公爵がベイルに釘を刺した件をバレてアメリア嬢がキレているらしいわよ」


 紙を浮かせて手紙を確認する。特に変な嫌がらせのようなものは無い。


「しかしあの公爵閣下が俺の同伴を許可したな。アメリア嬢がサイラス殿下の婚約者になったからって理由で近付くなと言われたが?」

「だからその命令自体が無くなったのよ。良かったわね。これで大手を振って会いに行け――」

「どうだかな」


 母が言っている事をピシャリと止めた。


「考えてもみろ。そもそも俺たちはこれから思春期に入っていき、異性を意識し始める。そんな状況で会う様になってみたら無駄な情緒が加速して面倒な事になるのは目に見えているだろ。幼い頃ならまだ「子ども同士の戯言」で処理できたが今ではそうも言ってられないだろ」


 特にこの世界では10歳から大人の見習いとして認識され、それこそイタズラでキスしようものならシャレにならない。実際前世での記憶だが第二次成長期がその辺りから発言する事も無いわけじゃないしな。


「ベイル、あなた本当に4年前から別人みたいになったわね」

「考えてみればむしろ貴族間の鬱陶しいやり取りなんて煩わしいと思ったから別に良いかと思ったんだよ」


 それに案外、両親の血を受け継いでいるから戦闘経験を積めることが楽しかったというのもあるが。


「そうよ。なんか急に武器を作ったりしてさ」


 隣にいるポーラがそんな事を言うが、こいつはそれのおかげで活動できているんだから文句を言われる筋合いは無い。


「はぁ……帰りたい」

「そんなこと言わないでよ。大人しくしていたら帰れるから。これも貴族の業務の一環だと思ってさ」

「正直面倒なんだよ。ただ誕生日を祝うなんてそんなの家族でもできるじゃん。それなのにわざわざみんなを呼んで盛大に祝わせる理由がわからない」


 それに今更アメリア様に会って何を話せと言うのだろうか。向こうは王太子の婚約者。こっちは男爵家の四男坊。どう考えても不釣り合いで対面して話をするような間柄でも無い。子どもの時ならそれを意識する必要は無かったんだが、もうそうも言っていられない。


「というかただただ面倒だ」

「……兄様。あんまりわがまま言わないで」

「でもなシルヴィア、流石にこの鎖はやりすぎだと思う」


 まるで拘束された猛獣の気分を味わっているよ。俺はここまでされたところで抵抗するけどな。


「あなたは王太子の婚約者になったアメリア様を助けたのだから社交界でもそこそこ有名なのよ? 何もアメリア様だけじゃない。他の貴族だってあなたに会いたいと思っている人が多いわ」


 ポーラがそんな事を言うが、残念ながらそれで思い至るのは俺を経由して権力向上に務めようとする貴族たちしか考えられない。


「下らない。要は見世物だろ。やっぱり帰っていい?」

「別に良いけど、その際私たちが相手になるけど良いかしら?」

「そいつは面白そうだ」


 と言っているとシルヴィアが俺の膝の上に乗って来た。


「こらシルヴィア。はしたないから止めなさい」

「……でもこうしないと兄様が2人と戦うから」


 言われて俺はため息を吐いた。


「……わかったよ。お前に免じて公爵家に行ってやるから」


 それを見て何故か姉2人が防御態勢を取ったのが気に食わなかった。まさか俺がこの2人に手を出すとでも思われていたのだろうか。


 しばらくすると目的地のバルバッサ公爵邸に到着。


「バルバッサ邸へようこそ、ヒドゥーブル男爵とご家族のみなさん」


 出迎えたのはあのアメリア様のお兄さん。確か名前はグレン・バルバッサだったか。金髪碧眼のイケメンだ。権力に関心がないヒドゥーブル家にとっては目に毒でしかないが。強いて言うなら2年前に結婚したフェルマン兄さんの妻のリネットさんが興奮するくらいか。あの人もミーハーの部類だからなぁ。なんて思いながらそう言えばと思いながらポーラを見ると興奮していた。あ、ここにもいたわ。

 ちなみに今日は義姉はまだ子どもが幼い事もあってお留守番だ。子どもの相手など従者に任せれられるほどヒドゥーブル家に人はいないのだ。


「久しぶりだね、ベイル君」

「ええ。では目的も達したので帰ります」

「え? それはちょっと困るな」


 周りは驚いているがそもそも俺を拒絶したのは向こうだし、これ以上参加する意味は無い。そして何より礼服怠い!


「でも帰るにしても馬車が無ければ帰れじゃないか」

「別に馬車が無くても帰れますけど」

「え……?」


 何を言っているんだと言わんばかりのグレン様。そう、別に俺は馬車が無くても帰れる。むしろ馬車なんて邪魔でしかない。ぶっちゃけ一部の家族ができないから使っているのであってそれを無視したら普通に来れる距離だ。そう、来れる距離になってしまった。

 いっそのこと実演してやろうと思っているとグレン様がとんでもない事を言ってきた。


「ところでベイル君、すまないがアメリアと会ってやってくれないかな?」

「……何故です?」

「彼女だって君と離された事は不本意だ。せめてまだ交友を続けられる内にね」


 まぁ、誕生日まではギリギリ、という事だろう。言わば最後のお願いみたいなものだ。もっとも、だから何だという話で――


「もし話を受けてくれたらジーマノイドの整備工場を見せてあげるし、乗せても――」

「わかりました。すぐに行きます」


 サムズアップで答えた俺を見てグレン様は固まった。


「……本当にそれで釣れるんだね」

「むしろ人型機動兵器を体験できるのに無視するなんて馬鹿がする事だと思いますが?」


 特にヒドゥーブル家には遠征用と防御用で2機しかないからなぁ。


「そうだね。まぁ、それで会ってくれるなら良いか」

「安心してください。もし逢引の疑いを持たれても猥談で回避しますので」

「疑いをもたれたらこっちがどうするから大丈夫だよ」


 困り果てた様子のグレン様だが、実際猥談なんて高が知れている。まぁ、そもそも猥談でどうにかできる程ボキャブラリー無いんだけどね。


 メイドに案内された部屋に到着。豪華絢爛という言葉が似合う廊下を歩いていたが正直目が疲れて来た。


「お嬢様、ソフィアです。ベイル・ヒドゥーブル様をお連れしました」

『入ってもらって』


 ソフィアと名乗った女性がドアを開ける。俺は中に入ると他のメイドに対応してもらっているアメリア様がいた。


「久しぶり、ベイル」


 久々に会ったアメリア様は綺麗だった。まさしくどこに出しても恥ずかしくない美人というべきか。正直僕はジーマノイド工場で釣られてここに来たけど素直に頷いておけば良かったと思う程だ。


「…………」

「どうしたの?」

「あ、いえ。お久しぶりです、アメリア様。とても綺麗で言葉を失っていました」


 そこで俺は自分で驚くほどあまりにも素直に言ってしまい、顔を赤くした。


「そ、そう……」


 元々彼女は白い肌をしている為、俺の言った事が恥ずかしすぎたのか顔を赤くしている。しまった。明らかに言葉を間違えた。


「は、話はお父様からすべて聞いたわ、ベイル。ごめんなさい。まさかお父様があなたにそんな事を言うなんて……」

「…………いえ、今思えば公爵の言葉は間違っていなかったと思います。確かにアメリア様のような美しい方に悪い虫を付けたくなかったのでしょう」


 あの時は確かにイラついたのは否定しない。だからこそ俺は努力を始めたが、まだまだ両親や兄姉に劣る実力しかない。そんな弱弱しい虫を付けたところで公爵家にとって百害あって一利なしと言ったところか。


「でも、私の恩人に突然会うな、なんて酷いわ!」

「そう言う事にしておきましょうか」

「何か不服って感じね」


 まぁ、否定はしない。だが個人的に逆に公爵の考えは理解できなくは無い。特に世間一般から公爵にとって俺たちは言わば公爵家の犬程度の価値しかない。そんな犬に飼い犬の手を噛まれことを回避するのは当然と言えば当然だ。


「そうだ。ベイル、あの後どうしたの? シルヴィアに聞いたけど何でも毎日森に入っていたそうじゃない」

「ええ。実はですね――」


 俺はとりあえず、アメリア様に差し支えが無い事を話してみた。しかし何故かアメリア様にとってはあまり刺さらなかったようだ。


「お姉様、お時間です」

「そう? わかったわ」


 お姉様と呼んだのはアメリア様の妹君のカリン様。4年前は確かシルヴィアと遊んでいた女の子だったはずだ。

 時間という事もあって俺は立ち上がった。


「ではアメリア様。私は先に向かって会場でお待ちしております」

「ええ。今日は楽しんでね」


 メイドに案内されて部屋を出るとその後にカリン様も外に出て来た。


「ベイル・ヒドゥーブル」

「何でしょう?」

「……お姉様を助けてくれた事は感謝しているわ。でも、今後はもう気軽に会わないで」


 アメリア様とは勝るとも劣らない、所謂アメリア様が美人系に育つと思われる美少女だとすれば、彼女は可愛い系になりそうな美少女になりそうだ。これが前世ならば数年後の姿で姉妹丼で薄い本が厚くなりそうな予感がする。正直、あまりの可愛さに頬をツンツンしたい。


「聞いているの?」

「…………すみませんが、それは約束できないですね」

「どうしてよ」

「将来的に学園に通わされて私の意思に関係なく交流を持つでしょうから。まぁ、私が貴族社会に対して早々に見切りを付けるか追放処分にでもなって家と関係無くなれば可能性はあるでしょうが」

「だったら私がお父様に掛け合ってあなたを追放処分にしてやるわ!」


 クールに努めろベイル・ヒドゥーブル。あまりの可愛さに襲いそうになるけどクールになるんだ。俺は変態ではあるが紳士でもある。こんなところで彼女に手を出すわけにはいかない。


「それは少し勘弁していただきたいですね」

「でしょう。だったら――」

「もしそれをした場合、私は自由を謳歌する為に様々な地域を旅します。ええ、帝国だろうが共和国だろうがその身一つでフラフラするでしょう。ぶっちゃけ罰足り得ませんね。なんでしたら本日の誕生日会、私は欠席するつもりでしたよ」

「え……?」


 意外そうな声をするカリン様。正直カリンちゃんを愛でたい気持ちでいっぱいだけど相手は公爵令嬢。犯罪者として始末されるのが関の山だろう。


「あと、もっと言いますと私は別に――」

「――そこで何をしている」


 声がしたので振り向くと、そこにはバルバッサ公爵家の当主――アーロン・バルバッサが立っていた。


「ご無沙汰しております、バルバッサ公爵。やらかしてしまいましたね」

「……もう少しマシな言い方は無いのか?」

「ですが事実でしょう? あなたがしっかりと手綱を握っていなかったからこんなことになったのですから」


 と返した。よりにもよって公爵に、である。だが俺としても色々と言いたいぐらいだ。


「まだ子どもの私には理解できない事だと思っていましたか? 今のあなたの立場にとって私というアメリア様にとって心の楔になりうる存在は邪魔でしかないという事くらいは理解できるつもりですよ? 時間が経てば、ですが」

「……相変わらず賢しい少年だ。ならば何故アメリアと会った?」

「グレン様が私にジーマノイドの工場を見せてくれる上にジーマノイドに乗せる言ってくれるので」

「「え!?」」


 そうじゃなければ会うつもりなんてなかったんだよ。

 実際、今の俺にとってアメリア様は美人で近寄りがたい女優を応援する、所謂ファン的な立ち位置に近しい。だから別にアメリア様に対してどうこうという意識は無かった。何だったら百とは言わないがわずかは理解していたからそれもあるし、何より今の状況は俺にとって心地良かったんだ。そして今回、アメリア様に会った事で確信を得た。俺は確かに彼女に近付かない方が良いかもしれない。


「ご安心を。おそらく彼女はもう私と会おうなどとは思わないでしょう」


 そう言って僕はそのまま去ろうとした時、何かを感じて振り向いたが何もいなかった。






 ■■■






 カリン・バルバッサはイラついていた。

 元々彼女はベイルの事が嫌いだった。妹のシルヴィアは自分に従順だから良いが、ベイルはそうじゃない。姉に対して従順というわけではない。そして何より、あの部屋での話が気に入らなかった。

 ヒドゥーブル家は貴族としては異常で戦闘能力が異様に高い。だがそれが10歳の少年に当てはまるかと問われれば疑問を感じるものが多かった。

 貴族ではしばしば、そうやって活躍を誇張する者が少なからずいる。それに気付いた姉を見てカリンもまた落胆したのだ。


(お姉様がどれだけベイルに会いたかったのか……)


 その期待を裏切ったのが何よりも許せない。そう考えた時カリンの周囲が突然暗くなった。


「え? 何これ――」


 その時カリンは突然消えてしまう。しかしこれから始まるのはアメリアの誕生日パーティ。バルバッサ公爵家は一掃忙しくなる。だからこそ、誰もメインになるカリンの心配をする者はいなかった。






 ■■■






 少し遅れて会場に戻った俺は辺りを見回す。少し遠巻きに辺りを見回していると中央あたりが騒がしかった。人々が群がっているのを見て真ん中にいる人たちは少し鬱陶しそうにしている。貴族社会ってあんなものなんだと思った。

 みんな社交界に顔を出しているのでそこそこ友人関係を構築できているらしい。俺は一人でポツンとそこそこ軽めに済ませておく。


(……正直、気になるんだよなぁ)


 さっきここに戻る時に不思議な気配を感じたので軽く見回りをしたがそれらしい影は無かった。ただの気のせいなら良いんだけど。


「やぁ、ベイル。遅かったね」


 次兄のユーグ兄さんが話しかけて来る。俺はジッと兄さんを見た。


「どうしたの?」

「ちょっと気になる事があってさ。さっき妙な気配を感じたから少し見回っていたんだよ」

「そうなんだ」


 俺は途中から真ん中の方を見る。


「ああ、あれ? あれは国王陛下一行だよ。ほら、あそこに青みがかった黒い髪の少年がいるだろう? 彼がアメリア様の婚約者のサイラス・ホーグラウス殿下」


 おそらく俺も同い年だから挨拶しに行けということだろう。初めて見るそのお相手の顔は確かにイケメンだからぶち殺したい。イケメンはすべて許される。髪と同じ色合いの両目を突き刺してやりたいくらいだが、そんな少年は丁寧に挨拶を返している。

 

「正直、凄いよね」

「……意外だね。僕はてっきりベイルは権力に興味ないと思っていたよ」


 ユーグ兄さんに言われたが確かに俺は権力に全く興味ない。権力なんてあったところで高が知れている。だって権力があったところでトラックとハイエースにミンチにされる事を回避できないだろう?


「いや、興味ないよ。ただ尊敬するよ。ああも腐ったものに集るハエの如く群がる人間に対して丁寧に対応できる彼らの対応力は」


 精々ユーグ兄さんに届く程度の声量で答えると兄さんは微妙な顔していた。


「俺には無理だな。全部燃やしてる」

「僕はベイルが活発になってくれて嬉しいけど、そこまで活発になってほしくなかったなぁ……」


 どこか悲しそうな事を言うユーグ兄さん。俺は改めて向こうを見る。

 たぶん国王陛下と思われる男とその両脇を固める女性。そして子どもと同じ青みがかった黒い髪をした女性と、金髪に緑色の目をしている女性だ。


「あのお妃たちが気になるの?」

「お、お妃……たち?」

「あの2人はどちらもウォーレン陛下の妃で、黒い方は南方で漁業を生業としている国から嫁がれたアイリーン様。もう一人はバルバッサ公爵家に並ぶ二大公爵家のセルヴァ家から入籍したジュリアナ様」

「じゃあその近くにいる少女は?」

「あれは第一王女のシャロン殿下だよ」


 つまりあの王様は嫁さん2人連れた上に子どもを見せびらかしている、と。羨ましい。

 俺は改めて王族御一行様を見る。特に気になったのはジュリアナ妃。彼女のボディバランスはなんというか、エロい。ただひたすらにエロかった。もし俺に理性というものが無ければあの胸に飛び込んでいただろう。王様を半殺しにするには十分事足りる理由だ。


「レティシア様もヤバいが、あのジュリアナ様も中々……」

「君は何を言っているんだい?」


 その時、俺は妙な気配を感じた。さっき感じたものとは違う異質な気配。


「ユーグ兄さん、グレン様はどこ?」

「どうしたんだい?」

「周囲を警戒させた方が良い。何か来るよ」


 俺は皿を近くのテーブルに置く。すると地面が揺れると発砲音が聞こえて来た。周りは騒然とし始める。


「な、何だあれは……」

「一体どうなっているんだ?」

「な、何故ジーマノイドがここにいる⁉」


 ダンスフロアにある全面ガラス張り。そこから見えるのはジーマノイドだった。

 人型機動兵器ジーマノイド。それはとても従来的なデザインとは全く違う異質な形をしたもの。その周りにはジーホースたちが姿を現す。


「今すぐジーマノイドとジーホースを出撃させろ!」


 公爵がそんな事を言っている。そこで俺は床に手を付いて辺りを探るとずっと抱いていた違和感に気付いた。


「いない……」

「だ、誰が?」

「カリン様がいないんだ。まさかあの時に既に……」


 だとしたら一体誰が? 全く、面倒な事をしてくれる。


「あの時ってどういうこと?」

「さっきカリン様と別れた時に妙な気配を感じていたんだ。一瞬だったから自分の貴族のイメージによる妄想だと思っていたんだけど、たぶんあの時カリン様は連れ去られている。まさかここに俺以上にカリン様の魅力を理解できるツワモノがいるとは思わなかった」


 ただし手を出したらその時点でそいつは単なる性犯罪者だ。対話をして必要ならば殺さないと。


「ごめんベイル。後半何を言っているのかわからない」

「カリン様は可愛い。記憶した?」

「いや、可愛いかもしれないけどそういう問題じゃないよね?」


 ジーマノイドとジーホースが出ていく。おそらくこれから戦闘が開始されるだろう。その間に招待客は全員逃げようとこっちに来るが、天井が破壊されて2人、降りて来る。


「初めまして、人間のみなさん。私はマルテン・シャックス。魔王軍の将の一人にしてあなたたちを皆殺しにするもの、です」


 楽しそうな雰囲気を持つマルテンと名乗った男は人間とは思えない肌の色をしていた。


「ま、まさか……魔族⁉」

「ええ。私は魔族です。つまるところあなた方の敵ということになりますねぇ、はい」


 俺とユーグ兄さんはできるだけ気配を殺す。所謂機会を伺う為なのだが俺はもう一人の方を見ていた。


「さてみなさん、早速こちらの要求を伝えますね。我々はあなた方の従属を望んでいます。た、だ、し、ウォーレン・ホーグラウス陛下。あなたとそのご家族には死んでいただきましょう。あ、ちなみにあなた方が死ななければこのお嬢さんは持ち帰り、私の配下のゴブリンたちのおもちゃにさせていただきますね」


 ケラケラと笑うマルテン。俺はそれを見て兄さんに念話を飛ばした。






 ■■■






 アメリアはベイルに対してあまり良い印象を抱かなかった。というのもベイルが話してくれたものは実に滑稽なものばかり。貴族は自分の話を誇張して話すことが多いがベイルの話はとても酷いものだった。実際、今ベイルが彼らの近くにいるのも知っているが怖くて移動していない。

 だからアメリアはすぐさま自分の父親に視線を向ける。


「お父様、カリンを――」


 しかし当の自分の父親は顔を逸らす。それを見てアメリアは察した。


「そんな、何故――」

「それが公爵家の務めだ。今すぐ陛下らを逃がせ」


 その時メイドや執事が現れて王族を逃がそうとする。さらには今日のゲストたちについて来た従士たちが非常事態と判断して次々と現れるゴブリンたちに応戦するが、そのゴブリンたちが強くすぐに倒せない。その事に増々ゲストたちの絶望に拍車をかけた。そんな状況で囚われている自分の妹を助けようとアメリアはさらにアーロンに掛け合おうとするが――


「でもカリンが――」

「良いんだ。これは必要なことなんだ!」


 ――何が、必要な事よ


 そう叫びたくなったアメリアだが、近くにいたシルヴィアが肩を叩く。


「……大丈夫です」

「な、何が――」


 シルヴィアが指を差した先は今もカリンがいるはずの場所。しかしさっきまでカリンを持っていた生物の上半身が吹き飛んでいた。その近くにさっき自分を落胆させたはずの少年がカリンを守るように立っている。


「――おい」


 彼も咄嗟の事だったのだろう。しゃがんでいた魔族は少年を見上げる。怒気で周囲を歪ませているその少年は一体どこにその力を持っていたのか身体全体に電気が走っていた。


「な、何だ……何なんだお前は⁉ 今どういう状況かわかっているのか⁈」

「それよりも聞きたいことがある」

「な、何を――」

「お前は子どもが泣き叫ぶのが見たいのか?」


 そう聞いたベイル。一体何を意味しているのかわらかない。当然マルテンもわからずにただ当然のように答えた。


「それも一興だな。それにここには上質なメス共がたくさんいる。連れて帰るつもりだ」

「……そうか」


 ため息を吐いたベイルは頭を抱える。


「戦闘魔導術式「アガートラーム」、起動」


 ベイルの言葉に反応して全身に白い痣が浮かび上がる。同時にマルテンはゴブリンを召喚して飛び掛からせたが影から黒い同数の手がゴブリンを貫通し、魔石を奪う。奪った魔石はそのまま影に呑まれて消えた。


「お、お前、何をして――」

「別に俺はお前の趣味嗜好に口を出すつもりは無い。そういうものは人それぞれ。妄想するのもそいつらの自由だと思う。だが実現させたいならば現実にでなく紙に描け」


 そう堂々と宣言したベイルはどこからともなくすべてが銀で形作られた剣を出し、マルテンに向けて飛ばした。

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