ファンタジア・チートロボティクス
@tokisaro048
第1章 破天荒な前世記憶保持者、現れる
プロローグ どうやら流行りに乗ったよう……だ?
土曜日、それはその世界に働く人にとっての一般的な休みだ。しかし俺はそれを中休み程度に思っておらず、最近預金に余裕ができたので買って来たプラモデルを、動画サイトの公式アカウントでアップされている自分が好きなアニメを見ながら組み立てていた。毎週の楽しみではあるが実はそこまで頭に入っていない。
正直なところ、プラモデルも素組みだし大して力を入れていなかった。
「……俺の人生って、なんだろうな」
カレンダーを見ると、そこには「2025年」と書かれている。
(そろそろ12年、か)
俺は今年で30歳になる。その事を思い出した俺は子どもが小学六年生になり来年卒業なんて年まで頑張って働いていたと理解した。
12年前は確かに楽しかった。趣味が合う友だちとアニメやライトノベルの事で盛り上がり、バイトで稼いだ金で新冊やキャラグッズを買っていた。友人たちとはプログラミングでゲームとか作って、将来は人型機動兵器とはいかないにしろ、とんでもないロボットを作ろうなんて話をしていた程だ。その友人も大学や短大に進学しているからかろくに連絡を取り合っていない。俺も進学しようと思えばできたが、そうした場合弟妹が中学卒業と同時に働きに出る事になっていた。というのもその12年前に俺の両親は交通事故で死んだ。
当時高校3年生だった俺は推薦で大学入学は決まっていたが、中学生と小学生の弟妹の未来を考えると資金が足りないという事で叔父が社長をやっている会社に就職する事になり今に至る。幸いな事に遊びでプログラムを組んでいた経験が生きて高卒ながら出世街道まっしぐら。この前も何人かと一緒に難易度が高い案件を任されてつい昨日、プロジェクトを完遂して打ち上げした。
だがその弟妹も既に大学まで卒業して就職済。弟に至っては彼女持ちだ。正直蹴りたい。大丈夫。身体の頑丈さで言えばアイツの方が頑丈だ。
そう、つまるところ俺の生きる希望というものは既に果たしている。これから大学に入り直す事も妹に勧められたがこの歳だ。今更大学に行ったところでというのもある。あと、この怠さはたぶん昨日までのプロジェクトとその打ち上げの疲れだろうか。確かに飲みすぎたという気持ちはある。
(最近じゃ、ゲームすらやる気になれなかったからな)
というかスマホの画面確認すらまともにしていない気がする。高校の時は休み時間に毎日アプリで1日実質1話漫画読んでいたけど、今ではその気力もない。三大週刊雑誌もここ最近はご無沙汰だった。
『ドッキドキラヴィング! 発売一周年記念! 新キャラ「ベイル」を攻略できる有料DLC配信決定!』
気が付けば動画サイトのページが切り替わり最近配信されたらしい。ね、ネーミングセンスひでぇな。って言うかこれ乙女ゲームのCMかよ。なんか、ヒロインと悪役令嬢らしき奴が話をしている。
(というか俺、どれだけ疲れてんだよ……)
気が付けばプラモデルも途中で止まっていた。多分意識が一時的に飛んでいたのかもしれない。だとしたら本格的に疲れているかもしれないな。念のために明後日は仕事を休んでおくか。
会社の人事担当に連絡を入れておく。幸いその辺りの融通が利く会社なのでこういう急な連絡も対応してくれるのがウチの会社の利点だ。
幸い、既に午後八時。風呂にも入り終わっているので歯磨きだけして先に寝る事にした。
ふと、思っていたことがある。もし子どもの頃はただ遊ぶだけじゃなくてしっかり身体を鍛えていればもっと動けたんじゃないか、と。
まだ思うには早すぎると感じてしまうが、それでもここまで苦しい思いをするならどうしても疑問を抱かずにいられなかった。
目を覚ますと、まず目に入ったのは天井だった。
見た事がない、子どもが寝るには大きすぎるベッドに身体を預けていたようで身体を移動させるたびにフワフワしている。
「……えっと、僕は……」
そうだ。僕の名前はベイル・ヒドゥーブルだ。
それにしても不思議だ。昨日までここまで脳をスムーズに動かすことなんてできなかったはずなのに。もしかしてさっきまで見ていた夢が原因なのだろうか。
「うみゅ……」
一瞬、脳裏に「誰?」という言葉が過ったけど、僕はこの子を知っている。
僕と同じ黒い髪をした少女。彼女はマノン・セバスティアン。ヒドゥーブル家に仕える従士の一族の出だ。僕と歳が近いから将来は彼女が僕の専属従者になるのかもしれない。そう思うと何故か股がムズムズした。
それはともかく、まだ眠いしもう一度寝ようとするとドアがいきなり開けられた。
「おはようございます、ぼっちゃん。朝ですよ!」
「……まだ眠い」
「どうせ遅くまで絵本を読んでいたんでしょう? 全く。本を読むことは否定しませんがせめて時間は考えてください」
一般的にメイドと言われる格好をしているおばさん……もとい、バーラの声に反応してかマノンが目を覚ます。流石は娘という事だろう。
「マノンったら、またベイル坊ちゃんと一緒に寝て……申し訳ございません」
「別に良いよ。まだまだ僕らは子どもなんだし、一緒に寝たところで子ども同士仲が良い程度にしか思われないしね」
それに僕は別にマノンの事は嫌いじゃない。マノンもたぶん僕に懐いてくれているのでそれこそウィンウィンだろう。あと、ほっぺがぷにぷになのがポイント高かったりする。
そんなことはともかく、まだベッドが恋しい僕はその場で寝る事を選ぶがバーラがある事を言って目を覚ました。
「そう言えば今日でしたか、バルバッサ公爵家の方々がお見えになられるというのは」
寝る理由が消された瞬間だ。
そう、今日はバルバッサ公爵家という、僕たちのヒドゥーブル男爵家を興す時に後ろ盾になってくれたお偉い様一家と会合する日だ。昨日兄弟全員集めて話をしていた。
なんでも、僕と同い年の女の子がいて僕はその子の相手をしないといけないらしい。妹のシルヴィアにも同い年がいるのでその子のお相手だそうだ。正直かなり面倒だ。聞くところによると権力がある人間は下の人間に理不尽な命令をするらしい。あぁ、嫌だ嫌だ。そんな相手とか絶対に嫌だ。
正直僕は四男で将来性が無い。一般的に権力がある家に媚びて自分の未来を手に入れる必要がある。それが貴族というものだが、僕には性が合わない。そんなことをするくらいなら家を出て錬金術とか鍛治とかで暮らしていくつもりだ。どうかまともな相手であることを願っている。
渋々、僕はマノンと一緒に起きる事にした。
「ねぇバーラ」
「何です坊ちゃま」
「もし今日の会合、上手く行かなかったらまたマノンと一緒に寝て良い?」
「……あまり喜ばしい事では無いのですが、良いでしょう。ですがあなたは男爵令息、そしてマノンは従者の子どもなのです。あまり親密にならないようにお願いします」
「……なんか嫌だなぁ、そういうの」
「貴族というのはそういうものですよ」
ピシャリと言われてしまうが、僕はそういう考えはやっぱりあんまり好きになれなかった。
身支度を済ませ、僕らは入り口前で彼らを待つ。両親に加えて総勢7人兄弟となれば大所帯だ。なにせ1番上の兄が既に16歳になる歳から通う学園に通っている程だ。
「来たぞ」
父のラルド・ヒドゥーブルの言葉に僕らは反応する。豪華という言葉が似合う馬車。それが僕らの屋敷の玄関前に泊まる。御者が降りて扉を丁寧に開けるとバルバッサ一家が姿を現す。
おそらく現当主が降りてその夫人が当主の手を借りて降りた後に確か1番上の姉のマリアナ・ヒドゥーブルと1つしか違わない次期当主のグレン・バルバッサ。彼を見た時に空気が一変した。流石はイケメン。イケメンが全てを支配するのだろう。いかにも自信家に見えるその風貌。どうせ若い頃から女を取っ替え引っ替えしていると思ったところで妙な違和感を感じた。
(あれ? なんで僕はそんなことを思ったんだ?)
不思議な感覚だった。別に敵対意識があるわけじゃ無い。なのに何故か彼に対して妙な嫉妬心抱いている。
そんなことを不思議に思っていると、場所から何かが飛び出してきた。
「こら、アメリア!」
その子はまっすぐ俺の方に走ってくる。そして途中躓いて倒れそうになったのを僕が数歩前に出て受け止めた。
(あれ? 女の子って気軽に触って良かったんだっけ?)
そんなことが脳裏によぎったが、特に周りから指摘されないので立ち直るのをサポートした。
「ご、ごめんなさい。受け止めてくれてありがとう」
そう言われた時の顔はとても可愛いと思った。これが天使なんだろう……天使って、何?
「私、アメリア・バルバッサ。あなたは?」
「……ベイル・ヒドゥーブル」
お互位に名乗る。それにしても活発な少女だ。でも確かに子ども時代はそういう女の子って案外多いよね……ん?
さっきから違和感を持っているとアメリア様は笑顔を向ける。
「もしかして楽しみだったんですか?」
「ええ。ずっとわたしと同じ歳の男がいるって聞いて会いたかったの」
「え?」
何を言っているんだろう。僕は別に彼女と会いたく無いし、そもそも僕は男爵令息で向こうは公爵令嬢。天と地ほどの差があるのは確かだ。そんな僕に会いたいなんて一体どういう事だろうか。
「わたし、これまで同い年の男の子に会ったことが無かったから」
「文字通りの箱入り娘ってことですか」
すると父上に拳骨を入れられた。多分手加減をしているだろうがかなり痛い。
「気にするな、ヒドゥーブル男爵。君の息子の言う通りだ。息子ならば多少のヤンチャも見逃されようが、娘となるとどうしても、な。その反動かこうもお転婆になってしまったが」
「むしろ箱入り教育で道理なのでは? その歳で人間の悪しき部分なんて見なくて良いでしょうに」
そう返すと公爵は僕を見て驚いている。
「どうやら君は国語を理解しているようだな。驚きだよ」
「ありがとうございます。と言っても僕は箱に入る事を望む箱入りのエリートなだけです」
そう言うと公爵令息のツボに入ったのかクスッと笑う。
「どういうこと?」
「ただの引きこもり……言い方を変えれば家でのんびりと過ごすのが好きな人間なんです」
「でも外で遊ぶ方が楽しいよ?」
「そういうのは人それぞれですから」
そう会話を避ける。同意してほしかったのか頬を膨らませてムーッと唸る。でも実際そういうものだ。
僕は別に外で遊ぶことが絶対的な正義とかそう言う主張はしない。馬鹿らしいとすら言われても知るものかというのが本音だ。どうせ僕にはみんなのように戦闘の才能が無い。
大体5歳くらいになると家で適性を見られる事になる。剣を持たされて父と戦ったがそこまで動けるまでも無く、魔法を使ってもあるのは大体の人間が使えるような生活魔法程度。本を読んだりしたがそれでも僕の魔法は発展しなかった。だからもう、魔法には早々見切りを付けた。努力なんてしたところでそれが自分に返ってくるわけでもない。
だから僕は早々に見切りを付けた。今はちょっとした自分探し中である。そんな言い訳が妙に心がチクリとする。
「でもあなた、本当は何かをしたいと思っているよね?」
そんな事を言われて僕はビクッとなった。
「な、何でそんなことを……?」
「なんとなくそう思っただけ」
そこで僕は素に戻った事に気付き、また父に殴られた。
あれから一時間後、話し合いもそこそこにそれぞれ歳が近い者たちが交流をすることになった。姉たちは歳は近いが公爵令息と会話をするつもりは無いらしい。その代わり相手の奥さんとの会話に盛り上がってる。そして令息の方は長男のフェルマンが相手をしていた。さっきの挨拶で俺に対して警戒心を見せていた妹さんはシルヴィアと交流を持っている。
ちなみに僕は隙を見て抜け出そうとしていると、アメリア様が俺に近付いて来る。
「ねぇ、つまらないから抜け出さない?」
そう言われた僕は頷き、2人で部屋を出る。僕らの様子を、というよりも僕の監視をするためか公爵家から聞いた従者が一緒についてきた。アメリア様はあんまりそれを良しとしないのか僕の手を繋いで階段をササっと登っていく。
「お待ちください、アメリア様!」
従者たちが追ってくるが、彼女は逃げるのを止めない。移動中に考えてたけど、僕はとりあえず今後の付き合いが長くなるかもしれないアメリア様を優先する。
「こっち」
自分の部屋に向かって走り、部屋を開けて中に入る。2人が入った後に部屋の鍵をかけたのを見てアメリア様は笑う。
「ありがとう」
「どういたしまして」
僕らはその場で座って休憩。少しすると興味を持ったのかアメリア様はキョロキョロと辺りを見回した。
「本が多いのね」
「ええ。僕、読書家ですし、兄姉のように戦闘の才能はありませんから」
僕の家――ヒドゥーブル家は戦闘訓練を重点的に行っている。なんでも男爵家として地位が低いから就職先を選べるようにらしい。
それにそもそもの話、ヒドゥーブル家は十数年前に父のラルドが単身でダンジョンを攻略した事、王家に献上する際に母レイラとの婚約話も知っていたらしく、そこからの話で結婚と同時に貴族となったらしい。そして、後ろ盾になったのがアメリア様の実家のバルバッサ家。一体何を企んでいるのやら。
「……まるでお兄様の部屋ね」
「どういうことですか?」
「お兄様の部屋にもジーマノイド関連の本が並んでいるのよ」
それを聞いて僕の背筋がピンとなった。見ていたのかアメリア様が俺を見てフフっと笑う。
「ジーマノイド、好きなんだ?」
「ええ。ダメですか?」
「ううん。将来はジーマノイドに乗るの?」
どうなんだろうと考えてしまう。
ジーマノイドとは、平均10m程の人型機動兵器だ。元々は5m程の4本脚で移動するものを指していたが、昔勇者召喚された勇者が自分の大作と称した人型機動兵器で、当時の人間にとってそれこそ天才級の人間が複数でようやく相手できるサイクロプス族をたった1機で撃破し、最後は魔王城に特攻をかけて自爆した結果、魔王軍の戦力を大幅に削ったという逸話を持つ。しかしその活躍に反して人々はジーマノイドをそこまで発展させなかった。
基本的な製作はできるし、モビルナイトやカノーネナイトといったタイプ別の機体も存在するがあくまでパーツ修理や同機の新規製造に留まっている。
「体力無いから無理かな」
正直なところ、そっちに関してもあまり興味が無かった。いや、興味を持てないのかもしれない。
「じゃあ体力を付ければ良いじゃない!」
「でも――」
「でもじゃない! それにわたしたち、まだ子どもなのよ? ベイルが本当にしたい事は実現できるかもしれないじゃない!」
そうは言うけど、僕にはとてもそうだとは思えなかった。
そもそもポーラ以外の全員がほとんど天才レベル。特にロビン兄さんの槍術やマリアナ姉さんの魔法なんて子どもの僕でも一級品だと思えるくらいだ。アレに肩を並べられるとはとても思えない。
「ねぇ、良かったら一緒にわたしと魔法の練習しない? わたしの家だったら一流の魔法使いに教われるし、そうすればベイルだって他の人たちみたいに強くなれるわ!」
正直、乗り気じゃなかった。でもここで拒否すれば嫌われると思った僕は彼女に嫌われたくなくて頷いた後にある事に気付く。
「あ、でもそうなると僕が公爵領に行くのかな? というか、行ってもいいのかな?」
「ちょうどお父様も下にいるし、聞きに行きましょう」
そう言ってアメリア様はドアを開けて外に出る。僕もそれに続くけどアメリア様は一緒に練習できる人ができて嬉しいのか気持ちが逸っていたみたいだ。淑女らしくない機敏な動きで階段の方に移動。僕は少し危ないんじゃないかと思って早足で移動していると、階段の前で彼女のスカートの裾を踏んづけてしまった。
その時、僕の中で何かが弾け、思考がクリアになった。
■■■
アメリアの従者がその事態に気付いた時、隣からバチッという音がしたと認識した後、ダンッダンッと連続して音が聞こえた。それに気を取られた従者はマズいと思ってアメリアの方を見る。ほとんど階段に身体をぶつけそうになっていたアメリアの前にさっきまでアメリアと一緒にいたベイルが身体を滑り込ませたのだ。
すぐさま移動した従者。彼女もそこそこ戦闘訓練を受けていた事もあって素早く動くことができたのでそのすべての動作を認識することができ、驚きを隠せなかった。
ベイルがアメリアを守ってもその次がある。むしろ勢いよくぶつけたことでベイルが下になっていたが反転して今度はアメリアが下になる。そんな事をすればアメリアが大怪我すると思ったベイルはアメリアを素早く抱きしめて手を浮かせる。
「ウィンド」
するとベイルの手から出た風によってアメリアとベイルの位置を入れ替えてベイルが下になる。ベイルは何度もアメリアを庇って自分が下になり、階段を転がって行く。さらに風魔法で常にスピードを出していたこともあって大きな怪我をしていたがそれでも彼は構わないと言わんばかりに自分が下になり続けた。
ふと、気が付いたアメリアは辺りをキョロキョロと見回す。大人たちが信じられないという顔をしている。
「一体どうし――」
立ち上がろうとしたアメリアは何か柔らかい感触を押した事に気付いて下を見ると、そこには血だらけになった子どもがいた。
「…………え?」
アメリアには理解できなく、辺りを見回す。だが何度探そうともベイルの姿は無い。
「嘘でしょ……ベイル……なの……?」
「失礼します」
フェルマンがアメリアを抱える。それに抵抗しようとするがフェルマンはあっさりとアメリアを抱えてそこから離れ、医者やレイラが子どもに近付く。
「これは……」
「どうしたの?」
「かなり損傷が激しい。一体どこから知識を得たのか体内で魔法を使用している形跡がある。そして何度も身体をぶつけた痕。これはたぶん……」
ふと、アメリアは自分の指に血が付いている事に気付く。
「じゃあ、ベイルは――」
それを聞いたアメリアはその血だらけの子どもがベイルだと気付いた。
「残念ながら、回復は見込めない。いや、回復したとしても元の生活に戻れるか……」
ベイルの身体は打撲が大きく、落ちている間に変な落ち方をしたのか両足が骨折し変な方向に曲がっている。打撲も多数あるが、血はアメリアを守る為に常に自分の身体で防いでいた為、何度か擦って切っていたのだ。
さらに最後に頭を思いっきり打っている。折れてはいないが首は痛めていた。ちなみに血が出ているのは魔法を使用した時の反動だ。
ベイルはあの時、アメリアが危ないと感じて無意識に体内に雷属性の魔法を発動させて身体を酷使。魔力を対外に排出した後、乱暴に体内に戻した事で肉体が損傷し、血が出たのである。
そんな事情はあるがアメリアは全く知らず、わかった事は自分のせいでベイルがあんな目に遭っていること。彼女は自分のせいでベイルを――自分の友人を傷つけたと理解した。
「ベイル……ベイル!」
しかしフェルマンがこれ以上がマズいと思ってその場から離れる。
「待って! ベイルが――」
「今あそこにあなたが割って入ったとして、愚弟の治療が遅れるだけですよ」
「でも――」
フェルマンは無視してアメリアを離そうとした瞬間、ベイルが血を吐いた。
「ぐ……が……」
しかし痛みで満足に動けないらしい。それを見てアメリアがより一層暴れるがフェルマンがなんとか抑え込んだ。
「まさか、そんなあり得ない……」
ベイルが復帰している事に驚いているのは医者のホレスだった。
「今すぐ治療だ! 彼を運ぶぞ!」
その号令を皮切りに人が動き、ベイルが運ばれていく。そしてベイル自身は自分を見て困惑しているアメリアを見て安堵し、気を失った。
■■■
目を覚ますと、妙に気持ち悪かった。
不思議に思いながら念のために近くに挿してあった体温計で測ってみると、38.9℃と小さなモニターに出ている。それを見て疲れた出たのだと理解した。
(……そう言えば今日は日曜日、か)
そう思いながらスマホの画面を見ると、そこには「日」曜日ではなく「月」曜日と表示されている。信じられなくてテレビの電源を入れるとニュース番組がやっていた。
『本日未明、コンビニに設置されたATMを破壊して今も逃亡をしており――』
番組表に切り替えるが、やはり月曜日。どうやら昨日は丸一日寝ていたようだ。
「……マジかよ」
どうやらかなり疲れていたらしい。その上疲れが取れずに熱が出る、か。嫌な予感がしていたから休みを取っておいたが、こんな事になるとは思わなかった。
だが状況的には幸いした。少し辛いが寝ている間に身体が最適化してくれていたおかげである程度自由に動ける。例えばインフルエンザにかかっても薬を飲んで二日目三日目では動けるというアレだ。そのおかげでなんとか移動できる。
実際、熱を出している状態でもやろうと思えば自転車に乗れたりするものだしそういうことだろう。だから俺は服を着替えて外に出た。
そして数分後、タクシーを呼べば良かったと思った。それほどまでに俺はフラフラだった。
幸いなことに今の俺はそこそこお金を持っているので往復程度のタクシー代は苦じゃない。今からでもタクシーを呼ぼう。
そう思って少し移動して大通りに出る。いつも通りの騒音。今は朝の9時を過ぎた頃。目的地に移動していると前の方をベビーカーを押した女性がいるが、周りから厳しい視線を向けられる。人通りが多いこの場所でベビーカーは邪魔なのだろう。信号が赤になっていたのでふと考えてしまった。実際、実情はどうであれ疲れて仮眠を取りたい時に赤ちゃんが電車の中で泣いてしまうと少し困ってしまう。俺寝たいんだよって泣きたくなるのは確かだ。でも赤ちゃんって結局のところ不満とかを泣く事で解消しているのもあるんだよな。しゃべれないし、それで釣られる騒ぐおっさんおばさんがむしろうるさいまでもあるよね。最近では赤ちゃんや子どもが突飛な行動をするホームビデオで癒されているが、少しして俺も嫁が欲しいと泣きそうになる。欲しいけど手頃の女で済ませたいわけじゃない。
現実逃避をしていると気が付けば信号が青になっていた。渡り始めると歩道の方がなにやら辺りが騒がしいので何かと思えば暴走しているハイエースがパトカーと走っているのだ。そのスピードはとても100㎞/hで収まっている数字じゃない。そしてここが歩車分離式の場所だという事に気付いた俺は嫌な予感がし、急ごうとする。
赤信号でありながら曲がろうとしたがハイエースは曲がり切れず対向車線に入る。マズいと思った俺は目の前を歩ている女性を突き飛ばした。
そうか。俺の両親ってこんな痛い思いをして死んだのか。息子の俺がハイエースとトラックに潰されたって知ったら悲しむだろうか。
そういえばさっきの女性は大丈夫かな……あ、大丈夫そう。もしねん挫とかしていたら悪いな。ただ、死ぬよりはマシかな。緊急回避ってことで許してほしい。
……あー、やっぱりタクシー使うべきだったかな。あの二人、兄まで交通事故で死んだって知ったらどう思うだろう。せめて転生先も人間が良いな。最近転生ものも現在社会に転生とかしているし。いや、この際だからせめて異世界に転生させてほしい。
積んでたプラモ、ちゃんと組み立てておいてほしいな。あと、人型機動兵器に乗って見たかったなぁ……。
■■■
目を覚ました僕は、アレを記憶と理解するまでそう時間がかからなかった。いや、直感的にそう感じた。まるで30年弱の人生を歩んでいたという感覚。
「……もしかして」
ある事に気付いた僕はある本を本棚から引っ張り出してある記述を確認する。それは――勇者召喚。これが意味する事が分かったのだ。
「そうだ……つまり……」
僕はとんでもない事を知ってしまった。何故この世界にジーマノイドが存在するのか、何故ジーマノイドがこれ以上発展していないのか。そして、僕が何をするべきなのか。
少なくとも、もうあんな事で死にたくない。もし僕が真面目に魔法の練習をしていればあんな事故は起こらなかった。
将来的に僕は彼女の取り巻きになるだろう。でもその先はたぶん御家的にも彼女と一緒にいることは無い。でももう、あんな無様な姿を晒すのは嫌だった。それに、前の自分の死因そのものが力の無い者の死に方そのものだ。
「だからせめて、家族を越えなければ話にならない」
しかしあの家族を超えるというのは至難だ。どうしたものかと考えているとドアが勝手に開けられた。基本的にドアを勝手に開けるという礼儀知らずをするのは一人だけ。そう、精々マノンちゃんぐらいだろう。
それがビンゴだと認識すると、マノンちゃんは固まっていた。
「べ、ベイルさまぁ……」
「あ、おはよう」
マノンちゃんで思い出したが、そういえばアメリア様は無事だろうか。そう考えているとマノンちゃんが俺に抱き着いて来た。顔をぐりぐりと押し付けているのはちょっと怖い。あ、鼻水着いた。それでもグリグリ止めない。ちょっと……いや、かなり可愛い。
「もうマノン。あんまりベイル坊ちゃんの邪魔をしちゃ……」
バーラが俺を見て持っていた洗濯籠を落とす。俺が起き上がっているのがそんなにビックリすることなのだろうか。
そんな事を考えていると、バーラが洗濯籠を持って部屋から出ていく。せめてマノンちゃんを引き剥がしてほしかったんだけどなぁ。もう彼女の顔は鼻水と涙でくしゃくしゃだ。そう思っていた僕はこれから地獄が始まるとは思いもよらなかった。
僕がアメリア様を助けてから一ヶ月が経過していた。しかし僕は普通に歩くことができるし身体検査が行われて異常無しと判断されたが、そこから何故か行われる侍女たちのアプローチ。しかしマノンバリアが作動して追い払われる。そんな日々が続いた。
魔法の練習に取り組んだ事で母親は嬉しそうにしていた。でもゴメン。魔法だけじゃないんだ。
そしてある日、魔法の練習をしているとバルバッサ家の馬車が来たので家族総出の出迎えをする事になった。
(正直面倒くさい……)
兄姉はもちろん妹も俺の方を見る。
「どうしたんだよ」
「どう考えてもアンタのせいでしょ」
同じ不良品扱いされているポーラに言われるが、僕は悪い事はしていないと反論する前に馬車が来たので前と同じように直立不動で待機していると御者がドアを開けて先に降りて来たお兄さんに補佐をされながらアメリア様が降りて来た。それを見て僕は安堵する。どうやら大きな怪我も無く健やかに育っているらしい。
(……良かった。女の子に怪我でもあったら流石に評判が――)
突然のボディタックルに僕は焦った。
「あ、アメリア様? どうされました?」
顔を上げたアメリア様は泣いていた。あ、これ二度目だと思った時、彼女は泣き始める。
「良かった……良かったよぉおおおおお」
これ、どうすれば良いんだろうと周りを周りを見ると誰もが目を逸らす。あ、また服が汚れる。せっかくの美少女が形無しだ。
「落ち着いてください、アメリア様」
「でも……でもぉ……」
こんなに泣いてくれるなんて男冥利に尽きるだろうか。とはいえこのままだとマズいと思って俺はお兄さんに視線を送る。悟ってくれたのかお兄さんは俺の方に来てくれた。
「ほらアメリア、これ以上は」
だが俺に抱き着いてアメリア様は離れない。俺はすぐさま両手を挙げて自分は触れていないと意思を示す。もし触っている事が問題となってしまったらマズいと思った故の行動だ。しかしお兄さんは笑みを浮かべていた。
「僕は本当に大丈夫ですから。気にしないでください」
「本当に……?」
「そもそも僕の怪我ってほとんど練習不足によるものだって話ですから。今ではあんなことが無いように練習しているんですよ」
だから安心して。という気持ちで俺は言ったがアメリア様は固まった。
「…………そう、なんだ」
するとアメリア様はそのまま反転して馬車に戻る。どういうことだろうかと思っていたがお兄さんが困った顔をしていた。
「君はアメリアの事は嫌いなのかな?」
それを聞いた僕は反射的に答える。
「そんなわけ無いじゃないですか。あんな可愛い女の子、早々いないですし」
「そ、そう。つまりそう言うつもりは無いわけか」
「さっきから何が言いたいんですか? それともさっきの場面では抱きしめた後に頭を撫でても良かったんですか? それとも頬ずりもプラスしろと? やっていいなら実行しますが?」
「い、いや、わかった。君がアメリアの事が好きなのはよくわかった」
納得してくれてなによりだ。でも流石に相手が相手だ。安易に手を出すつもりは無いし、貴族だからと偉ぶってむやみやたらに女に手を出すなんて以ての外だと思っている。
「ともかく、今回の件はとても助かった。君がアメリアの事を庇ってくれたおかげで彼女に傷一つ無かったよ」
それを聞いて僕は安堵する。その結果そのものが僕が求めていた言葉だ。
安堵の余韻に浸っているとアメリア様と入れ違いで公爵が姿を現したが、何故か彼は酷くご立腹だった。
「少し彼と一対一で話がしたい。良いだろうか?」
「は、はい!」
父がそう言うと公爵が僕の手を掴んで移動させる。
「父上、彼は――」
「話は後だ」
しかしいきなりの事で訳が分からないが、 何の話だろうか。もしアメリア様のさっきの件で怒っているのならば彼女が如何にして可愛くて愛でるべき天使なのかを教えてやろう。
そう思っていると公爵は俺を誰もいない場所に移動すると突発的に聞いて来た。
「お前は今回の件、どう思っている?」
「そうですね。アメリア様にお怪我が無くて良かったと思っています」
「……だろうな。これでお前たちヒドゥーブル家は我々バルバッサ家に対して大きな借りができたわけだ」
それを聞いて僕はイラっとした。
「貴族というのは碌な教育がされないんですね」
「……どういうことだ?」
「男が見知った女を守ろうとするのは当然でしょう。ましてや、アメリア様のような美少女なら尚更!」
公爵は驚いていた。全く、この人は何もわかっていない。
「それを借りだのなんだのと……借りだと言うのならアメリア様をハグしてきても良いですか!?」
「ダメに決まっているだろう。未婚の女に何をするつもりだ」
「ハグをした後に左腕で抱きしめたまま頭を撫でるつもりです。それで納まらなかったら頬ずりもします。何でしたらほっぺにチューもしましょう」
「君は自分が何を言っているのか理解しているのか!?」
「わかったつもりで言っていますよ。ですが、そんな事をしてはいけない事も理解しています。さっきも殴り飛ばされる事を前提に言っていますし叶わない事も知っています。そして、僕はあの時ただ彼女に怪我を負って欲しくないと思って行動したまで。それを借りだのなんだのと下らない。私はそんな事の為にあの人を助けたわけじゃないんです。大体そういう下らない話は大人同士でやってください。もしくは僕が大怪我をしたのでそれを理由に彼女に関係を迫ると考えていると思っているなら今すぐ自分の愚考だったと切り捨てて忘れてください。まぁ、何度か家に通うつもりではありましたけどね。彼女と一緒に魔法の練習をしようと約束しましたので。その時は一泊させてもらえたらとは思っています」
「…………図々しいな、君は」
「そんな。幼気しかない子どもを放逐するなんて悲しい事を言いませんよね?」
「言うつもりは無い。それくらいさせてやろう」
ある程度公爵から与えられたストレスも発散したので安堵する。
「君はアメリアの事が好きか?」
唐突の質問に僕は固まったが、少しして頷く。
「ま、まぁ……可愛いですし。そ、そりゃあ身分差もあるし難しいとは思っていますよ。でも友だちぐらいなら――」
「君は今後、アメリアに近付くな」
突然そんな事を言われた僕は固まった。
「な、何故? 確かに好きですけど恋愛とかに発展させるつもりもありませんし、せめて友人とかでも――」
「君が倒れている間にアメリアと第一王子であるサイラス殿下との婚約が決まった」
そう言われて僕は固まった。いや、待て。婚約? もう?
「ところでその、サイラスデンカはおいくつなのです?」
「知らないのか?」
「ええ」
そもそも僕、貴族の事をそこまで知らなかったりする。
「君やアメリアと同じ今年6歳になる」
「あぁ、つまるところ親同士の決めた結婚ということですね」
「そういうことになるな」
「そうですか。それはおめでとうございます」
「心がこもっていないように聞こえるが?」
「むしろ親の野望に子どもが巻き込まれているのにどうやって心から祝えと? でも僕には全く関係ない話ですね。なにせ僕は所詮男爵の四男坊。挙句に今あなたにアメリア様と出会う事を禁じられたので取り巻きにすらなれないようですし、これでは碌な就職先も見込めないですね。大人しく冒険者になって余生を過ごすことにしますよ」
「そうしてくれ。話は以上だ。では、私たちはもう帰る」
そう言い、離れていく公爵。彼が見えなくなった後、僕はそのまま部屋に戻った。
■■■
バルバッサ公爵家が去った翌日。ラルド・ヒドゥーブルはベイルの部屋の前に訪れた。
ドアをノックしても返事がない事にどうしても考え込んでしまう。
(やっぱり、そう簡単に気持ちは切り替わらないか……)
今では率先して魔法や意外な事に魔法のみに頼らず、剣もしっかり覚えようとしているのを知っているが、流石に昨日の今日だ。
ラルドは昨日の話をバルバッサ公爵令息のグレン・バルバッサと共に様子を見に行った。最近力を付けつつあるベイルがもし逆上して怒ったら問題だと思って様子を見に行っただけだが、そこでアメリアがサイラス殿下と婚約したと聞いて取り繕っていたがアレは明らかにショックを受けていた。そこで部屋に戻っていたのは意外だったが、おそらく泣いていたのだろう。
(……将来的にはマノンちゃんと一緒に冒険者活動でも良いか)
この世界には4月から始まる新年度して16歳になる令息令嬢たちは王都にある学園に通う事になっている。しかし家の事情を始め諸々の事情で免除される事も無い話ではない。だからせめてそれくらいの融通は利かせてやろうと考えていたところに一人の従者が階段を駆け上がって来た。
「だ、旦那様! 大変です!」
従者に呼ばれてラルドが下に降りると、ベイルが何かを引きずって戻って来た。それは――冒険者ギルドにおいてBランクに分類されるブラックパンサーだ。
「お、おいベイル! 何だそれは⁉」
「……喧嘩を売られたから狩って来た」
ラルドは信じられないという顔をしている。それほどまでの異常を見せつけたベイル。ラルドは人を呼んで運ばせようとしたが、ベイルが妨害した。
「どうしたベイル? 疲れただろう? 今日の剣の訓練は午後からにするから――」
「いらない」
ベイルは台車を持ってきてなんとかしてブラックパンサーの死体を乗せる。
「お、おい、どこに行くんだ」
「コイツを元手に魔法書を買いに行く」
そう言うとベイルは台車を持って町の方に移動する。それを見てラルドはもちろん、その光景を見ていた従者たちも信じれられないという顔をしていた。
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