第13話 また頑張ろう


 打ち上げは想像以上に楽しかった。出て来た料理も、とても美味しく。土手煮はまた食べると決意するほど、甘い味噌と、大根と牛すじのハーモニーが素晴らしすぎて、感動ものだった。進藤君が、「あ、土手煮頼んだんだー。めっちゃ美味しいよね。自分も貰っていい?」と聞かれてシェアした時は、これは間接キッス。と考えたが、よくよく考えたら佐伯君のエビとブロッコリーのサラダを頂いた私は佐伯君とも間接キッスをしたことになる。と気づき、その考えは抹消した。


 みんなでお腹いっぱいに食べた後、佐藤夫妻にもお礼をちゃんと言って会計を済ませた頃には時間は20時を回っていた。時間も時間ということで、私達は今日は解散とし、各々帰宅の途につくこととなった。


 方向の違う進藤君、佐伯君とは別れ、帰る方向が同じ松田さんと私、そして轟さんという妙なスリーショットで帰ることとなった。

「じゃあなー!」と元気で見送ってくれた佐藤君に軽く手を振り、駅の方へと歩いていく。足取りが軽い松田さんは少し前を歩き、私と轟さんが付いていく形で歩いていく。


「そう言えば、轟さんは5組の打ち上げとかなかったの?」

 

 今思えば気づくのが遅い私ではあるのだけれど、何か会話のとっかかりが欲しかった。それくらい向こうから話す気配がなかったからだ。


「あーあ。うちのクラスは部活動の方針で打ち上げに参加しない生徒が多いのだ。あ、別に君らのクラスみたいに仲悪いとかではないぞ。うちらのクラスはむしろ体育祭には積極的な方だしな。」

「そうなんだ。でもなんでうちのクラスが仲悪い‥っいうか、ちょっとギクシャクしてるって知ってるの?」


「そりゃ弓木芽衣と、村本知花の喧嘩は校内中が知ってるからな。ほれ校内の生徒が鍵アカのSNSに載せていたものだ。見るか?」

 

 そう言って取り出したスマートフォンの画面には中庭の様子を上階から映している様子が撮影されている。その中心には弓木さんと、ダンス部の三人だ。


 しばらく話していたかと思えば、弓木さんが思いっきし村本さんの頬を叩く。それに負けじ劣らずに、村本さんが弓木さんの頬を叩く。


 今見ても心臓に悪い。



「うわわ。こんなの撮ってる人いたんだ。」

「まあ、人間なんて醜いもんだからなぁ。人の不幸が面白くて仕方ない連中もいるのだよ。ま、私も人のことは言えんがね。クックック。」

 

 最後の笑い方が怖すぎて轟さんと友達になろうかと思っていた私はこれはやめておこうかと、ほんの少し距離を取る。


「そ、そうなんだねぇ。」

「人の不幸と言えば。結城かなみさん。クックック‥あなた、進藤咲空のこと好きでしょ?」


「ふぇ?!?!」


  想像以上の急展開に動揺して思わず奇声を発してしまい。自分の変な声にも驚く。


「ちょ、ちょっと、待って。ど、どうしてそうなるの?進藤君はただのクラスメイトだってば!」


 前を歩く松田さんに聞かれぬように小声で話す。すると、またスマートフォンの画面を見せてくる。そこには鍵をかけており学校の生徒は一人も繋がっていないはずの私のサブアカウントの画面だった。


「おっほん。読み上げますと。4月24日SS君、今日も学級委員の仕事で一緒だった。凄い可愛い。字も綺麗でやっぱり好き。5月11日、全体練習もメンバー揃わず。でもSS君が頑張ってる姿が見れて私的には役得。5月31日、SS君の提案で動画撮ってるけど、本音はSS君だけ切り取って撮影したい!こっそりリールに流したらダメかな?などなど。SSって進藤咲空のことだよね?んーんなんだかだいぶ熱を上げているようですなぁ。」


 長い前髪で表情は見えないが、絶対今悪い笑顔浮かべてた。

 

 しかしどうして轟さんがそれを見つけたのかと。不思議でしょうがない。フォロワーわずか10人の小規模アカウントで、承認した人もちゃんとツイートとかを見て確認したのに。


 考えても仕方ない。ここはシラを切るのが最善策だろう。何せ細心の注意を払っていた私は学校名も、私の名前も一切出していない。SSなんてありきたりなイニシャルだけで適当なことを言っているに違いないとそう踏んだ私はあくまでも平静を装う。


「ええ。誰それ?そんなアカウントなんて知らないし、轟さんの気のせいじゃないかなぁ。」


「ほう?じゃああのうるさい娘にバラしてもいいな?おーい!」


 咄嗟に轟さんが手を振る前に押さえ付けては、力一杯、羽交い締めする。


「こら‥轟さん?大人しくしないと、スマホ叩き割るよ。」


「むぐぐ。そんな力どこから。わ、分かった。あの娘には教えぬ。」


「よろしい。じゃあ離すけど、いい?そのアカウントのことは忘れること。そして一切の口外を禁ずる!」


「ほいほい。分かったよ。まったく1年2組の女は暴力女しかおらんのか。」


 約束を取り付けると私は轟さんを解放する。こう見えても体育会系な吹奏楽部の腕力を甘く見てもらっては困る。


 押さえ付けられた肩と腕を動かしては動作を気にする轟さんの様子を見て松田さんが首を傾げる。


「ん!何?二人で仲良く何やってたの?」


「別に!ただ虫がいて、怖くて轟さんに抱きついてしまったの!気にしないで!」


「ほほう?それなら私のカンフーで蹴飛ばしてやったのな!ハッ!」


 なんと扱いやすい‥純粋は罪かもしれない。

 

 はぁ。なんとか誤魔化したが、帰ったらすぐにあのアカウントは削除だ。まったく迂闊に恋愛の話とか出来ないじゃん。この末恐ろしい轟舞という女の正体はなんなんだ。


 懐疑的な視線を送っていると彼女はこちらを見つめ返す。そしてフッと口の端を上げる。


「まあ、進藤のことならなんでも私に聞くとよい。好きな食べ物、好きな動物、好きなタイプ、おまけに性癖もな。」


 性癖、私はどうしてか性癖という言葉に私は思わず興味を惹かれた。どうしてと惹かれたのかと問われても、どうにかしてたから。としか答えられない。答えるとボロが出そうだから。


「ねぇ‥その言葉ほんと?」


「お嬢さん。私は情報を売る時は嘘はつかないよ。必ず満足する結果をお約束します。」


 その言葉はまるで邪悪な悪魔のような甘い誘い文句ではあったのだけれど、不思議と嘘ではない気がしていたし、何より、小学生以来の友達であり、進藤君がわざわざ友達だと言って連れてくるあたりはかなり親密な関係とみた。ならば情報の確度も高いはず。そう考えた私は短絡的にも悪魔と契約を結ぶ。


「轟さんその情報、いくらで売ってくれるの?」


「ふふふ。今は出血大サービス。しかも進藤なら特別プライス。500円でいいよ。」


 500円!


 その価格に思わず飛び付かない者はいない気がするが、安い値段に罠な気もする。


 渡したら最後、情報を渡さない気なんじゃないかと疑る心。しかしどうしても知りたいという好奇心が勝ってしまう。


「千円よ。倍額出すから、進藤君の情報を専売で売ってちょうだい。もちろん裏切ったらただじゃおかないから。」


「もちろんよ。恋する乙女の願望を、叶えるのも私の役目ですからね。クックック。」


 財布から出した千円札を渡すと、長い前髪の間からニヤリと口の端が上がったのが見えた。


「おーい!電車遅れるよー!二人とも急ぎたまえー!」


 いつの間にか10mは離された距離にいる松田さんが呼んでいる。「はい!すぐ行きます!」と声をかけては私のスマートフォンを出す。


「ほら、轟さんも早くQRコード読み取って!松田さんに勘付かれるでしょ。」


「ほいほい。お望みの情報は今日中に送ろう。適宜追加料金を頂ければ交友関係や血縁関係、テストの成績までなんでもお調べしますよ。どうぞ今後もご贔屓に。クックック。」


 交換したLINEのアイコンが眼鏡の男性が後ろから魔女に箒で腰を突かれている画像。所謂魔女の一撃と呼ばれるギックリ腰をモチーフにした画像をアイコンにする高校生ってやっぱり変な人。と思ったが、これが彼女なりのユーモアなのかもしれない。と納得したが、やっぱり変な人。という印象は最後まで変わりそうもなかった。


 その夜、轟舞からLINEの通知が来た。お風呂も終わり部屋でゆっくりしていた私は何気なくその通知を開いた。するとそこには驚くべきほどの情報量だった。


 まず最初には好きな食べ物。とあり、おにぎり、具はシーチキン、梅干しが好み。とある。おにぎりが好きだなんてとても純粋な少年ぽくて好きだ。


 嫌いな食べ物はパセリ、オクラ。これはなんとなく避けれそうな食材なので安心。好きな動物は犬で、家では飼うことが許されなかった進藤は友人である佐藤の家の犬をしばしば可愛がっている。これは有益な情報だ。


 佐藤君の家はもう知っているし、偶然を装って会うことも可能かもしれない。と考えていると、次に飛び込んできたのは、進藤君の住所だった。


 「うそ!」と思わず声が出ては抑える。これはまごうことなく彼の個人情報だ。


 こんなの知っていいのだろうか。と不安になりつつも、後でさりげなく進藤君本人から聞き出して知ったことにしようと悪知恵を働かせる。


 更に下にスクロールすると、性癖の項目だ。ドキドキしながら見ると、そこには足フェチ。所謂絶対領域と呼ばれるようなニーハイソックスの女性を好む。とある。ニーハイかぁ。と考えては来週の休みにでも購入しようと決める。


 しかし思ったより過激な性癖じゃなくて良かったと安心した。もっと過激なことが好きとか言われたら‥と考えてまた恥ずかしくなる。次だ、次!とスクロールしていくと、好きな女性のタイプとあるではないか!これは!と思い、一旦深呼吸してから見る。するとそこには、ロングヘアーの女性を好む傾向があり。眼鏡女子に惹かれると過去に発言しており、眼鏡女子を恋愛対象として見ている。とある。


 それを見た私は頭がぽわーとなって勝手に幸せな気分になっていた。それって私はアリってことだよね!良かった。本当に良かった。スマートフォンを胸に当てて上を見上げると、なんだか今日一日の疲れが全て癒される気がする。


 幸せの余韻をたっぷり味わった後、まだあるのかな?とスクロールしていくと、少し行間が空いた後に、お楽しみ。とある。リンクをタップすると、そこにはとてもじゃないけど見ているのは恥ずかしいくらいに卑猥な格好の女性が、男性を攻める。という所謂セクシー動画だった。


 突然の卑猥な音声に慌てて閉じると、リンクの先には「進藤はこう言うのが好きだよ。(冗談だけど笑)」とあった。

 

「あーーー!!もう!腹立つ!!」


 途中まで真面目に読んでた私が馬鹿みたいだ。これだって全部嘘かも知れないのに。


 そう思ったらほんとに悔しくて恥ずかしくなった。ベッドの枕に突っ伏しては、足をバタバタさせて行き場のない感情を消費していると、もう一通の通知が来る。


 とりあえず見て、文句の一つでも言ってやる!と思い、通知をタップする。


 すると、「サービス」と書かれたメッセージの次に来たのは進藤君が柴犬と戯れる動画だった。やばい。これはやばい。可愛いと可愛いが合わさって最強になってる。アイドルだってこんな可愛い動画はなかなか撮れない。すぐさま保存して何度も見返した。これだけでも千円払った価値はある。


 私は短くこう返信した。


「ありがとう。また頼むね。」


 するとすぐに、サムズアップのスタンプが返ってくる。


 それを見届けると、私はそのまま眠りについた。

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