第12話 チカラ飯
佐藤君の自宅から徒歩3分、商店街の方へと戻っていったことは少し気にかかるけど、いや、多分前を通り過ぎた道ではあるのだけど、そこは忘れることにした。ようやく着いたお店の看板には居酒屋「チカラ」とあり、どう見ても未成年が気軽に立ち寄ってよさそうなお店ではない。何せ居酒屋なのだから、お酒がメインのようにも思える。
「ねぇ。佐藤君?私達高校生なんだけど‥。」
「大丈夫!うちは居酒屋って言ってるけど、焼き鳥がメインだから。他にも色んな料理とか、お酒も出してるから居酒屋って言った方が都合の良くて。まあ、入ってよ。」
そう言われると断ることも出来ずに、店の引き戸を開ける。
「いらっしゃいませー!」
と威勢の良い声が響く。カウンターの奥、焼き鳥を焼きながら体格の良い渋めの男性がこちらを見てくる。するとみんなを押し込むように後ろから佐藤君が押す。
「6名様ね!今日は自分も食べるから!」
「おお!亘!友達連れてきたのか!奥の席取っておいたぞー。って咲空君いねぇじゃなねぇか。咲空君から電話来たから、てっきりあの子が幹事かと思ったのに。」
「ああ。咲空は後から来るよ。それよりとりあえずおしぼりと、お水は俺やるから、お通し出して!」
「はいよ!いつも亘がお世話になってます。みんな体育祭お疲れ様。ささ、みんな座ってー。」
愛想の良い割烹着を着たおそらく佐藤君のお母さんに誘導されて席に着くと、佐藤君が手早く水とおしぼりが出してくる。
「あ、ありがとう。」
「んーん。慣れてるな。これは見事だね。」
「いやしかし、佐藤の実家が居酒屋とはな。知らなかった。」
店内は木のテーブル席にカウンター席、お客さんは既に10名ほどが入っており、私達が入るとほとんど埋まるような形だ。
「まあ、あんまり言ってないしね。同じクラスで知ってるのは咲空ぐらいだよ。まあ、そんなことはいいよ。メニュー見る?おすすめはぼんじりとかせせり。普通にももとか、ねぎまも美味いよ。あとだし巻き卵かなぁ。五目ご飯とかも好きだなぁ。締めはお茶漬けかなぁ。」
パッと渡されたメニューのフォントが可愛い丸文字でとても店主の趣向とは思えない。これだけ見ても、お店のことは佐藤君のお母さんが仕切っているのだろう。座席数だけ見てもテーブル席が20席プラス、カウンター5席ほどの規模感を三人で回しているとなるとかなり大変そうだ。
「ほうほう。なかなか豊富なメニュー!私はガッツリ肉が食べたい!もも、ぼんじり、ねぎまをそれぞれ4人前とりあえず頼むのはどうだろう?ついでに枝豆と、だし巻き卵、五目ご飯も貰おう。」
松田さんは他の人に気を使う振りしつつも、かなりお腹が減ってるようで、目を輝かせては食べ終わった後の追加メニューも考えているようだ。
「そうだな。俺も五目ご飯と、このエビとブロッコリーのサラダを貰うかな。」
「よしきた。そしたら俺も五目ご飯と、だし巻き卵と、揚げ出し豆腐かな。」
次々と三人は注文を決めるのに、正直言ってまだ選べていない。でもこう言う時って早めに決めて始めるってのが普通なのかな。でも変なの頼んで後悔したくないしと考えると余計に迷ってしまう。
「えっと、結城さん?追加で頼めるからとりあえず結城さんは土手煮とかでいいかな?」
「えっと‥はい!この土手煮で!」
「はい!毎度!」
学校の感じと違うハキハキとしたら感じの佐藤君に押し切られてメニューを頼んでしまった。
しかし土手煮ってなんだろう。
煮込み料理なのは間違いない。しかしそれ以上の情報がこのメニューには載ってない!写真とかあれば良いのになぁ。とは思うけど、クラスメイトのお店に来て、写真ないのは選びづらいとか言えない。
こうなれば意地でも食べるしか。と悩んでいると、松田さんが入り口の方を見ながら
「そう言えば、6人って言ってたけど、あと一人は誰来るんだ?」
とキョロキョロと外の方を気にする。
「確かにな。進藤のことだから適当に暇な人間を連れてくるんじゃないのか?」
「おいおい、適当に暇な人間って佐伯、お前だって悪口じゃないか!」
「あ、確かに。わりぃ。」
「まあまあ。せめて私達だけでも次の行事に向けて協力していきましょ。今回の協力体制は必ず次に生きますよ!」
と一応前向きな事を言ってもみたりするのだけれど、内心は不安しかない。良くも悪くも個性強い人が多いし、協力的な人を集めても全員で纏まるイメージは皆無だ。
「うむ!結城ちゃん良く言った!さすが学級委員!」
と松田さんから肩を組まれて激しく揺らされると脳内が溶けそうだ。
「は、はいぃ。」
「はい、お待ち。お通しね。ゴボウチップス。」
「おう。ありがとう佐藤。」
「おう!どういたしまして。あ、ソフトドリンクあるけどどうする?ここだけの話、ソフトドリンクと酒は利益率高めに設定してるから割高なのよ。俺は水で我慢するのがおすすめ。」
店の人らしからぬヒソヒソ話による提案は学生には良心的な提案だ。確かにソフトドリンクの値段を見ると500mlで300円は高いだろう。
「ふふふ。それは良い事を聞いたな。佐藤、その分私が料理を平らげてやる!どんと持ってこい!!今宵は宴ぞ!」
席を立っていちいち宣言する感じなのは松田さん恥ずかしいからやめてほしいけど、そのノリに完全に同調してる佐藤君もやはりというか確信的にそっちの人間だ。
「おおよ!店のありったけ食ってくれ!」
と固い握手と友情が紡がれたところ、佐伯君はちゃっかりゴボウチップスを食べている。
正直言って私もこのノリには付いていけそうもないので、ゴボウチップスを食する。あれ、美味しい!この病みつきになりそうな塩加減とパリッとした食感そして香るゴボウの風味がたまらない。せっかくの打ち上げだ、恥ずかしいノリには付いていけないけど、私も食べるのは賛成だ。
今日は打ち上げだからご飯はいらないとお母さんにはメッセージを送ってある。そう言う付き合いにはあまり良い顔をしないお母さんだけど、今日くらいはいいだろう。美味しいものは人生を豊かにすると言うけど、本当にそうだ。
このゴボウチップスだけでこのレベルなら、他の料理も期待できそうだ。そんなことを考えながら、ゴボウチップスをさりげなく食べ続けていると、店の引き戸が開く。
「いらっしゃいませー!」と威勢の良い声が飛ぶと、「どうもです。おじさん。」と言ってようやくと言うか待ち望んだ人が来た。
「お!咲空君じゃないか。お友達達もう始めてるよ。いっぱい食べて行ってくれや!」
「はい、ありがとうございます。」
その声を聞きつけた佐藤君と松田さんが声をかける。
「おーい!咲空!こっちだぞー!」
「うむ!お勤めご苦労!大義であった。」
「いや、二人とも酒飲んでないよな?なんか変にテンション高いぞ。」
そう言って座席にやって来た進藤君は私の斜向かいに座った。
「咲空は料理はどうする?焼き鳥はもう頼んであるぞ。後は個別メニューだな。枝豆も松田さんが頼んだぞ!」
「んーんと、それなら俺はとりあえず焼き鳥だけでいいかな。肉食べたい気分だし。」
「はいよ!じゃあ咲空はコーラでいいな?」
「うん。」
「よし。すぐ持ってくるから待ってな!」
何事もなくソフトドリンクを注文した進藤君に三人はキョトンとする。
「え?何?みんな水なの?」
「いや。佐藤がソフトドリンクは割高だから水がいいんじゃないか。と言ってくれてな。それでみんな水なんだ。」
「うそ!アイツ〜!店に来る時にやたらと喉乾いたか?飲むか?って聞いてくると思ったらそう言う事か!!詐欺だ!」
不満そうに眉を寄せる顔は進藤君にしては珍しい。レアな表情ゲット!と内心ほくそ笑んでいると視界の端に人影がある。
隣のお客さんにしてはあまりに進藤君と近い間隔で座る存在は一瞬背後霊のようにも見えた。するとその存在は音を発して周囲に存在証明する。
「いや、それに気づいてない進藤が悪い。私はいつも水を飲んでいた。そしてこのお店で最もお得な商品はつくね。原価率が高くて美味しい。」
その存在は、さも普通な顔をして進藤君の会話に割り込んで来た。長い髪で顔を隠しており表情は読み取れないが、よく見ると制服は間違いなくうちの学校の生徒だ。
「うわわ!い、いつの間に!おぬし、さては忍か!」
「私どちらかと言えば間者。色んな情報を調べるのが好きだから。」
明らかに怪しい雰囲気の人だが、この人は進藤君が呼んだ友達なのだろうか?だとするとだいぶ個性が強い。そして存在感が極端に薄い。
いや存在感をわざと消していたのかもしれない。進藤君ってもしかして変人好き?しかも女子?と疑惑の目を向けつつ、どうにかして会話をして情報収集を図る。
「あの‥そちらの方はどなたですかね?」
「ああ!ごめん!紹介が遅れた。うちの学校の1年5組の轟舞、亘と同じく小学生の頃からの友達。今回色々手伝っててもらってさ。その慰労を兼ねて誘ったわけ。まあ変なやつだけど、仲良くしてください。」
進藤君が軽く頭を下げると隣の轟さんはギロリと前髪の間から進藤君を睨む。
「おい、そんなことはどうでもいい。進藤。私はタダ飯が食えると聞いたからここに来たんだぞ。ちゃんと奢るだけの金は持ってるんだろうな?」
「ああもう。はいはい。ちゃんと轟の分は払いますよ。」
「ふん!ならいい。もし約束を違えようものなら、進藤の恥ずかしい写真を学校中にばら撒いてやるからな。」
その言葉を聞いて思わず反応してしまう私がいた。進藤君の恥ずかしい写真ってどんなだろう。
もしかして小さい頃の写真かな。いやもっと過激なやつかも。でもそんなの見たら進藤君可哀想かなぁ。とか思いつつも、この轟さんとの交友関係は有益な気がすると私の中の勘が告げている。
私は良い人間ではないと自覚しているが、罪は犯したくないとも思っている。薄氷を踏むような時もあるやもしれないが、ギリギリのラインを保ってはいる。
「おいおい。そんなことしたらお前が捕まるぞ?あんなの他人に見せられるわけないだろう。」
あ、あんなのぉーーー!
と心の中で歓喜したのは秘密だ。そこに松田さんがニタニタと笑みを浮かべる。
「ほほう?察するにキスだな?キス。接吻とでも言い換えようか?」
「おいおい、松田やっぱり酔ってるな?そんなわけあるかよ。轟、お前も余計なこと言うなら奢らないぞ。」
「まあいい。進藤の黒歴史など吐いて捨てるほどストックがある。」
「お!何か盛り上がってたみたいだな。そしてトドロッキー!来てたのか!相変わらず存在感薄いな!」
「佐藤。お前は相変わらず存在感がうるさいな。」
二人の親しげなやり取りから佐藤君と轟さんは昔からの知り合いである事は予測がつく。でなければ普段の様子から考えるに女子生徒とあんなにフランクに話すことは考えられない。
「それは毎度のことよ。で、料理が持ってきましたぜー。咲空はとりあえずコーラ、他のみんなは水でいいんだよな。焼き鳥と、枝豆、五目ご飯に、だし巻き卵、揚げ出し豆腐に、ほい、土手煮ね。」
テーブルに並べられたのを見るとかなり頼んだ気がするが、気になっていた土手煮が目の前に来ると、私はまず安堵した。大根と煮込んだ牛すじ、アクセントにネギを乗せた料理であり、そんな奇抜な料理ではなかったのだ。
丁度いい量そうだし、おそらくシェアするのが前提な気もする。
「よし、じゃあ全員揃ったし、水だけど、乾杯するか?」
「そうだな。もちろん乾杯の音頭は結城ちゃん頼んだよー!」
突然佐伯君に音頭を、と言われてビクッと!反応してしまった。いや、こう言う時って何言うんだ。なんかお疲れ様〜みたいなこととか、頑張りましょ〜とかそう言う感じのことを言って無難に終わらせればいいのだろうか。そ、そうだ。そんな奇抜なことは言わなくてもと心の中で整理をつけて、とりあえず立ってみる。
「おお。結城ちゃん!頼んだぞ!」
と松田さんから囃し立てられ、その時何故かふと進藤君の方を見る。優しい顔で微笑んでくれている。それを見たら何を言おうとしたのか全てが飛んでしまい、私は混乱状態に陥った。そして私は言った。
「青春バンザイ!!‥‥乾杯!!」
恥ずかしい。顔から火が出るとはこのことだ。咄嗟に出た私のワードチョイスのセンスの無さが露呈する。
それでも沈黙の1、2秒の後、「結城さんナイス!カンパーイ。」と進藤君がフォローしてくれたおかげで、とりあえず打ち上げは始まった。
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