第11話 バラバラ
5月15日以来クラスでの練習はなんとか20人をキープして練習は出来ていた。しかし進藤君の提案したLINEでの動画共有もなかなか練習の参加率アップには繋がらなかった。
迎えた6月10日、土曜日。梅雨の晴れ間と言うべき日和に恵まれたこの日は気温も上がり、頭に巻きつけた黄色の鉢巻きも汗が滲んでいた。
私も騎馬戦に参加、あとはクラス競技以外は応援に回っていたが、クラスの皆んなもそれなり盛り上がっていたような気がする。そして競技は順当に進み、全ての競技は滞りなく終了した。校長先生の講評が終わり解散となると、みんながグランドに出された椅子を片付け、教室に戻って行く。
しかしその流れに反抗するように自分の椅子を残してグランドの中央を向いて立っている人間がいる。松田さんだ。
「んーん。やはりというか、なるべくしてなったというか。惨敗だな。これは。」
腰に手を当ててうんうんと頷く松田さん。その横には同じく体育委員である佐伯君が項垂れていた。
「おい。そこで胸を張れるお前のメンタルの強靭さはどこから来てるんだ?」
「はは!なーに!たかが7クラス中7位がどうした?考えてみろ?ベスト8に残ったんだぞ?我々は。胸を張るべきだろう。学年ベスト8!手書きで賞状を作ってもいいぞ?」
「あーあ。ベスト8って7クラスしかないのにベスト8って言ってる時点でやばいよ。そこに来て自作で賞状作るとか傷口に塩塗るタイプかよ‥。」
「ふはは!」
私も「そうだねー。」と愛想笑いを浮かべてみたものの、佐伯君の落ち込みようは理解できる。全員リレー6位、ムカデ競走7位、その他の競技や個人競技で健闘したものもあったが、前評判通り当然の如く最下位の座を射止めた形だ。
やはり団体競技の成績の良かったクラスは上位に来てることからも、ポイントの多い団体競技を下位で終えればこの結果は妥当なのかもしれない。
「おーい!そこの三人。体育祭も終わったし、打ち上げでもやるか?クラス全体は最初からするつもりないみたいだし、しないけど、俺ら4人と佐藤ともう一人くらい誘って飯でも食べようぜ。」
そう言って意外とスラリとした体形に体操着が似合う進藤君が声をかける。今日の体育祭で少し赤く日焼けしている姿はむしろ少年ぽさが増して魅力的だなと思ってしまう私は、棒倒しで彼が上半身裸になったシーンをこっそり写真に撮ってしまおうかと懊悩したのは秘密だ。倫理観との闘いはそれは筆舌に尽くしがたいものだった‥。と回想していると話は進んでいく。
「おお!進藤にしては良いこと言うなー。」
「確かに。この惨敗で全員は無理だしな。そもそも集まらん。」
「そうですね。私もこのまま帰るのは惜しいですし。」
「じゃあ決定な。お店は既に押さえてある。」
「「おお!」」
佐伯君と松田さんが感嘆の声を上げると、進藤君は私に近寄ってきて手を出してきた。
「え?」
「鉢巻。回収しないとだろ?」
「あ、そ、そうだよね、はい。ありがとう‥。」
私としたことが、また変なことを考えていた。手を出されててっきり握手。とか思ってしまった自分が恥ずかしい。
「おお!悪いな!他の生徒のはもう集めたのか?」
「それは佐藤に任せてある。今頃集めた鉢巻で遊んでないか心配だがな。」
「ふふっ。それはないだろう。小学生じゃあるまいし。」
そう言って四人で教室に戻ると、松田さんの予想は外れ、進藤君の予想は的中したことが判明した。
「ふはは!セイクリッドマンども!我が下僕、スキュラの十二の連撃を喰らうがいいわ!!」
鉢巻を指に挟み手指を増やした佐藤君は謎のヴィランに扮して、教室を舞台に暴れていた。それを面白いと笑う男子と無視してそそくさと帰る女子。
「おい。」
ポンと進藤君に頭を叩かれた佐藤君は潔く活動停止し、集めた鉢巻を手渡したところで、「では。私は宇宙の平和を守る活動がありますので。」と帰ろうとするのを制止する進藤君。
「まて‥‥‥ってことだから案内よろしくな。」
何やら耳元で話すと、「ほうほう!それはありがたい!では客人を船まで案内するとするか!」とこちらを向いて近寄ってくる。正直言って佐藤君のテンションにはついていけないのだが、どうやらどこかの打ち上げ会場に案内してくれるらしい。
「俺は、この鉢巻を体育教官室に持ってくから。先に行って始めててくれない?どうせみんなお腹空いてるだろうし!じゃあ後で!」
そう言って教室から出て行ってしまった進藤君を見送ると、佐藤君がジロジロと私を見ては話しかけてくる。
「んーん。前から思ってたんだけど結城さんってセイラに似てるな。」
「え?」
「セイラ・ノーランだよ!知らない?セイクリッドデストロイヤーのヒロインの一人である彼女!知的な女性キャラなんだけど、不意に見せるドジっ子なところも良いんだよねー」
「は、はぁ。」
困惑している私を他所に、そこからは止めどなく溢れる作品愛を語られた。
「第7話、「水の星に生まれて」では主人公のデュソル・クラムが初めて見る海に感動してるところに、地球の名物だからって、焼きそばを持って来るんだけど、そこですってんころりんと、転び、焼きそばをデュソルの頭の上にぶちまけるのさ。その姿が焼きそばマンにそっくりだってめっちゃ話題になってね。なんとコラボ商品も開発されたってぐらいだから恐ろしいよね。しかもそれが意外と美味しいと評判で売り切れ続出だった。って話はファンの中でも鉄板の話なんだけど、理解出来た??」
怒涛の早口で圧倒されて話のほとんどが理解出来ていなかったが、なんとなく、「へぇー。」と流してお茶を濁す。
「おい。なんか分からんが、お店に案内してくれるんだろ?そのデュソルなんたらはいいから早くしてくれ。」
「ええ!他にもまだまだ裏話あるのになぁ。」
早めに痺れを切らした佐伯君がいなかったらあと30分は話を続けていたかと思うと、佐伯君ナイス!と思わず松田さんと一緒にサムズアップを送る。各々制服に着替えを済ませた後、昇降口前に集まった4人は「んじゃまあ行きますかぁ。」と案内を始めてくれる。
「しっかし進藤も思ったより働き者だな。鉢巻の回収なら体育委員の仕事だったのに。」
「え?そうだったのか?」
「えっ?いやぁ佐伯には言ってなかったか?すまんな。私の伝達ミスだ。間違えて進藤に伝えてしまったらしい。」
「え!それじゃ進藤君は知らずにやってるってこと‥。」
話を聞くに、体育委員の生徒は体育祭終了後、クラス全員の鉢巻を回収して体育教官室に持って行って体育教師の確認を貰うように。と指示を受けたのを、何故か進藤君に体育祭終了後に鉢巻を集めて体育教官室に持っていくように。と伝言したとのことだった。
「お前なぁ。」
と呆れる佐伯君だったが、当の本人は気にする素ぶりもない。心根は良い人だけに、罪深いこともある。
「いやぁ。すまんな。私もすっかり勘違いしてた。背格好が似てるから間違えたんだな。」
「んなわけあるか!」
「ほうほう。確かに進藤と佐伯は真面目なところは似てるよな。」
と割り込んでくる佐藤君はちゃっかり話は聞いているようだが、ちゃんと案内してくれているのかと不安になる。何しろさっきからスマホを見続けており、前をほとんど見ていない。電車に乗る時もほぼノールックで快速か、普通列車かも確認せずに乗り込んだ気がする。
「あ、ここで降りるからー。」と言って駅を降りて、するすると人垣を分けては商店街を抜けて住宅街の方へと向かう。こんなところなお店があるのか?と不安になってしまうのだけれど、ここは信じるしかない。15分も歩くと佐藤君の足は止まった。
「ようこそ、我がホームへ!」
「え?」
「ホーム?」
案内されたのはなんの変哲もないブロック塀に囲まれた庭がある築40年程の一軒家だった。佐藤君は敷地内に入っていくと、奥に繋がれた柴犬に、物置から取り出したドックフードをあげ出した。
「おお。デュソルハルバード元気に待ってたか?」
犬を可愛がるのは良いのだけれど、どうも目的を忘れているようなので確認する。
「あのぉ、佐藤君?お宅訪問ではなく。お店を案内してくれるって話だったと思うんですけど‥。」
「おっと。そうだったそうだった。まあデュソルハルバードに餌をあげる任務があったゆえ。案内を忘れていたよ。まあ良い。店はちゃんと案内する。しばし手を洗うのでお待ちを。」
そう言って家に入った佐藤君を待つ間、可愛い柴犬を眺めているのはそう悪くない時間ではある。
「なんて言うか。佐藤は自由なやつだな!元気があってよろしい!」
「おい、松田。お前の褒め方は完全に悪口だ。気をつけろ。」
「何を言う!元気があることは褒め言葉だ!」
「へいへい。そうですか。」
しばらくすると黒いTシャツに前掛けをした佐藤君が現れた。
「ではでは。うちの自慢のお店へと案内しますねー。」
「いや、その前にその格好どうした?」
「え?これがうちのユニフォームよ。あれ言ってなかったけ?うちは居酒屋「チカラ」ってお店をやってるのさ。要は正真正銘の跡取り息子です。では行こうか。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます