第10話 家路



 私、結城かなみ、早くも目論見が崩れる。


 なんと言うことだ。勉強会って二人でじゃないのね。


 完全なる盲点だった。


 そもそも中学の時から勉強は一人でやるもの。という固定観念から複数人で勉強会なんてものは開いたことはなかった。塾の勉強もあくまでも授業であるから複数であって一緒にやっているという感覚はない。


 しかしこの場合さりげなく振られた?と考えそうになって首を振る。いけないいけない。そんなネガティブでどうする。あんなに喜ぶ顔を見て、この人は私に好意がないから複数人で勉強会をしたがるのだと決めつけるには早すぎる。


 まだ勝負は終わっていない。


 いや始まってもいない。大丈夫、多分だけど、嫌いな人の手を握る人はいない。


 勝算は充分にあると見た。そう考えるとなんだ急に前向きな気分がしてきた。と楽観的思考を歩み出そうとした時、不意に私の中のネガティブなもう一人の私が囁く。


「かなみ。忘れてないだろうね。今のクラスの雰囲気は最悪。体育祭もぼろ負け。学級委員としての責任を追及されて先生からの評価もガタ落ち。そんなかなみは大学受験も失敗、ストレスからギャンブルにも手を出して借金で首が回らずに強制労働の道へ‥」


「ひいいい!!」


「ん?どした結城ちゃん。そんな妖怪に話しかけられたみたいな顔して。あ、もしかして見えるタイプ?いいなー私も妖怪見えるようになって妖怪退治とかしたいぞ!妖怪バスター!はっ!」


 路上で奇声を上げては頭を抱えてしゃがみ込んだ私、2メートル先で学校のジャージ姿でカンフーキックしてる女子高生。考えるだけで恥ずかしい。


 生きてるだけで恥ずかしい‥周囲の人‥見ないで‥。


 手で周りからの奇異の目を遮りつつ私は歩みを早める。


 そもそも体育祭も、弓木さんと村本さんの問題も解決していないのだ。ここはまずは冷静になって、物事を一つずつ解決していこう。そう心の中で整理して気持ちを立ち直らせる。


「ご、ごめんなんか急に虫が飛んだ来たみたいで。びっくりして変な声出しちゃった。」

「なーんだ。虫か。そろそろ夏も近づてくるもんねー。ま、その前に梅雨あるけどー。結城ちゃんの家ってこの通り?」

「そ、そうです。この通りの、ポートタワーミライってマンションで‥」

「うわー!それって超高級マンションじゃん!結城ちゃんってやっぱりお金持ち?」

「ぜ、全然ですよ!家はそんな高い階層じゃないですし‥。」

「えー。あんな凄いところ住んでるなんて羨ましいなぁ。お!そろそろ見えてくるね。」

「あ、はい。その信号渡って右側がエントランスなんです。なんかここまで送ってもらってありがとうございます。」

「何を固いこと言ってるのよー!結城ちゃんは友達でしょ!

 私のこともあゆみって呼んでいいからさ!気軽にいこ!」

「あ、ありがとう。えっとそれじゃああゆみちゃんで‥。」

「よーしきたこれ!これで一蓮托生、クラスを盛り上げていけるように頑張ろー!おー!」


 と拳を挙げた松田さんに私も小さく拳を挙げた。


「おー。」

「よし!そしたらこれにて陣中視察は終えたから、私は帰るねー。また明日!」

「は、はい!また明日!」


 明朗快活という言葉がほんとよく似合う松田さんは、軽やかにジョギングで帰って行った。ハンドボール部の松田さんは今日は部活はオフだったらしいのだが、体が鈍ってはいけないと、私と進藤君を残してランニングに出掛けていたらしい。


 帰ってきた彼女は額に汗を流しては、ジャージの前を開けて胸を煽いでいるところを見た時はヒヤリとした。あまりにも無防備で、下着もうっすら透けていたのだ。


 慌てて進藤君からの視線を防ぐと、彼はキョトンとしていたので、どうやら見えていなかったらしい。松田さんが帰ってくると、早々に進藤君は帰る。


 と言い出し、なら私も。と同調すると、


「なら結城ちゃんは送るよ!どんなお家か知りたいし!」


 と送ってもらうことになったのだ。


 走り去った彼女の背中はあっという間に見えなくなったので、私は大人しくエントランスに入り、オートロックを開錠して、エレベーターに乗る。


 エレベーターの前には観葉植物など植えられていて豪勢な感じもするが、慣れてしまえばただのいつもの風景だ。いつもと変わらず7階を押して閉めるボタンを押す。


 35階建ての7階だからなんとも微妙なところだ。利点と言えばすぐに着くところか。


 ものの数十秒で到着してエレベーターから降りた私はスクールバックから鍵を取り出して、通路の一番奥の部屋を目指す。


「ただいまー。」


 と誰も返してはくれない言葉を投げかけては靴を脱ぐ。お母さんもお父さんもこの時間では帰ってこない。


 いつも20時くらいには二人とも帰ってくるが、忙しいと日付を跨いで帰ってくることもしばしばだ。となると料理は誰がやるのか。となり、自然と自分の分は自分でやることが多い。もちろんお母さんが早く帰ってくる時はお母さんがやるが、お母さんを待っていては高校生の胃袋は待ちきれない。


 冷蔵庫にあった野菜、ピーマン、キャベツ、にんじんを簡単に切っては豚こま切れ肉とを入れて炒めていく。あとはもやしも入れる。もやしは安くて量が増えるのでお得だ。味付けは醤油、オイスターソースや鶏ガラスープの素を使い、あとは塩コショウで整える。野菜がしんなりして、火が通れば完成だ。



 元気な時はもうちょい手の込んだ料理にチャレンジすることもあるのだが、今日はさすがに疲れた。手早く作り、リビングのテレビをザッピングしながら食べ終えると、洗い物を済ませて。お風呂へと向かう。シャワーで今日の疲れを流しては、湯船でリラックスする。


「ぷはぁ。」


 おじさんぽいことも普段なら恥ずかしいがお風呂はそれができる。歌を口ずさむのも今なら大丈夫と思い好きなアーティストの曲を口ずさむ。のんびりとした時間に思わず長湯にもなる。するとお風呂の扉が少し開いて覗いてくる視線がある。


「あらー?K-POP?かなみ好きだもんねー。」


その言葉の主はお母さんだ。


「なに?もう。勝手に覗いてこないでよ。」

「あら。お母さんには見せられないようなことしてたの?まあ、かなみも大人だもんねー。元気ねー。」

「別に‥違うもん‥。」


 最近のわざと親密さをアピールするように揶揄ってくる感じのお母さんは苦手だ。


 今までは勉強のことだけだったのに、最近は恋愛についても口出してくる。「良い男は学歴もいい。」とか。「大卒じゃないと家族を養っていけない。」とか。「年収は1500万円以上じゃないと。」とか。恋愛リアリティショーを見てても、とにかくうるさいのだ。


 私はお母さんの操り人形じゃないのに。


 多分お母さんは自分の人生に納得がいっていないのだ。もっと素晴らしい人生を送れたはずなのにって。そしてその願望を私を使って叶えようとしている。


「かなみ?勉強頑張ってるのね。この調子でね。お母さん、かなみには期待してるから。だってお母さんの娘だもん。」

 扉を閉めた向こうでお母さんはお母さん自身に言い聞かせるようにそう言った。

「分かってるよ‥。」


 お母さんの言いたいことは分かる。私が県内の進学校の女子校ではなく、中堅校の今の県立高校に行きたいと行った時。お母さんは凄い冷たい目をして「なんで?」とだけ聞いた。


 私は背筋が凍るほど恐怖を感じた。私はあらかじめ用意した理由、通学時間の短さ、学費の負担の低さを挙げ、あくまで勉強に集中する為、授業のレベルは塾でカバー出来ると説明した。


 するとお父さんが本人がそう言っているならそうするのがベストだ。と言い不満げなお母さんを最終的に納得させた。それでも最後までお母さんの顔は苛立ちの表情を隠しきれずにいた。


 お母さんにとって私は自らの正しさを証明する為の道具なのだ。道具である私が意思を持つ事を、到底お母さんは許さない。

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