第9話 眠り姫
私はどこにいるんだろう。どうにも意識がぼんやりとして頭が重い感じがする。確かに体育委員の松田さんと佐伯君、そして進藤君と今後の方針を話し合っていて、その途中で‥
そこまで頭を巡らせたところで思考を止める。とてもじゃないけど恥ずかし過ぎて、これ以上は思い出したくない。
どうにもここはベッドがあって私が見上げているのは1年2組の教室の天井ではない。普通に考えれば保健室というところだろうが、ベージュのクロスが貼り付けられた天井を見る限りそれも違うだろう。まさか‥意識を失っている間に誰かに拉致された!なんて飛躍した考えも一瞬よぎるがそんな事はもちろんない。
もう少し辺りを見回すと、ベッドの横に顔を預けてすやすやと眠る人がいる。それを見て私は急に意識が跳ね上がった。
「え!進藤君!!」
まずい!と口を塞いで急いで音がなかったように装う。どうしたことだろう。意識をなくして起きてみれば私は好きな男性と密室で二人っきり。
こんなことは少女漫画でも最近は見ない。おまけに相手は無防備。と考えたところではたと、気づく。
私の方が明らかに無防備じゃん‥。
第一に私はどうやってこの部屋にやってきたのだろう。急いで状況把握しようと頭の回転を上げていく。
勉強机には可愛らしい最近流行りのキャラクターの人形がペアでおいてあり、ラグマットは白のふわふわとした絨毯タイプ。テーブルも白い丸テーブルで白を基調としている。
その上にはラタンスティックが6本ほど挿してある透明な瓶がある見た目からしてディフューザーだろう。そして私が被っていた掛け布団も白地に青い色で可愛らしい犬が描かれている。そしてなりよりのこれは重要証拠と言っていいだろう、ほのかに香るアプリコット・ローズの匂い。
間違いない。
女性の部屋だ。
そして‥着衣の乱れはない、大丈夫。
私の貞操は間違いなく失っていない。
一通り安全を確かめると、ベッドに顔を預けて眠りに入っている彼をじーっと見つめる。改めてこんなにじっくりと見ることはないが、色々と発見がある。
彼の睫毛は長い。そして顔の右側の顎のラインにほくろがある。そしてワックスで誤魔化していたので気づかないでいたのだが、少し癖っ毛なようだ。
こうして見るとますます犬だ。子犬だ。特にトイプードルが似つかわしい。はぁ。彼が本物の子犬ならなぁ。今ここで頭をわしゃわしゃしてよしよしして、己が欲求を満たすのに‥と考えては危ない危ない。
セクハラになるところだったと、心を落ち着かせる。
寝ている彼を起こさないようにするりとベッドから抜け出ると、テーブルの小脇に置いてあった私のスクールバックからスマホを取り出す。時刻は5時28分。もうそろそろ夕焼けチャイムが鳴る頃かとぼんやり考えてはスマホをまたバックにしまう。この家の主は私と彼を置いて何処かに行ったのか、家の中は静かだ。
しばらくはこの静かさを味わっていようと。部屋の壁に背を付けては足を伸ばして座ってみる。大きな彼の背中を見つめていると、窓の外から聞き慣れた夕焼けチャイムが鳴り始める。
「家路」ドヴォルザーク作曲、交響曲第9番「新世界より」第2楽章。
この曲は私の家の自治体で使われているものでもう何年も聴き慣れた曲だ。とするとだ、ここは私の家の近くなのでは?と予測も立つ。穏やかなメロディに彼は目覚めを促されたのか、大きく背伸びしてこちらを向く。
「あれ?結城起きてたのか。なんかこううとうとしてたら自分も寝てしまって‥あれ?松田は?」
「いや、私が起きた時にはいなかったよ?」
「え、あいつどこ行ったんだろ。」
「というかここは松田さんのお家なんだ。」
「そうそう。なんか倒れた結城を保健室運ぼうとしたら、今日は保健の早乙女先生がお子さんの体調悪くなったとかで、開いてなくてさ。そしたら松田がうちに運ぶといいよ!って言い出して。松田のやつ言い出したら即断即決!って感じで。それで結城を運ぶの手伝わされたわけ。松田から聞くに、松田と結城の家は結構近いんだって?」
「あっと、そう!最寄り駅が一緒で、多分10分くらいのところ。前に一緒に帰ったことあるから。それで‥」
「なるほどね。それにしても肝心の松田はほんとにどこに消えたんだ?あいついないと帰るに帰れないのに。」
そう言われてみればそうだった。家主のいない家を放置するなんて防犯上よろしくない。そもそも赤の他人を残して家を放置するのもどうかと思うけど‥。そこは松田さんらしいか。
しかしこのまま二人きりもなかなか私としては気まずい。彼が起きてからは、さりげなく女の子座りにしているのだけど、彼は気にする素ぶりもない。私への興味がないのかと、ちょっとがっかりもする。
だからと言って急に接近されたらちょっと恥ずかしい‥。そもそも他人の家でなんて‥だいぶ問題だ。この間に飲み物を取ってくるねとか、他所の家で言えるわけもないし。何か話題はないかと考えを巡らせる。
「そう言えばさ、中間テストあったよね。進藤君はどうだった?」
私としては一番ベターで話しやすい話題だ。私としては中間テストもまずまずの出来だったし、学年総合一位の座は取れたことで安堵していたところだ。しかしその話題を振ると、彼はあからさまに俯いて肩を落とす。
「あ‥えっとだな。頭の良い結城を前にこんなことを言うのは非常に恥ずかしいのだが‥数Ⅰが赤点でした‥。」
赤点‥つまり平均点の半分に満たない点数ということ。中間テストの数Ⅰの平均点は確か50点ほどだった気がするので、彼の点数は25点以下ということだろう。
この成績を期末テストでも取れば5段階評価で2は間違いない。というところだ。そこで私の中で取らぬ狸の皮算用、悪魔の囁きが聞こえてくる。
これはチャンスだと。
まずもって勉強会という仲良くなれる機会があり、なんならお家にお邪魔するという絶好の機会が巡るかもしれないのだ。諸々の下心がバレぬように、私は一つ咳払いをしてあくまで人助けの体を取る。
「コホン。進藤君。学生の本分は勉強です。それが疎かになってはダメです。そこでなのですが‥私で良ければ一緒に勉強会でもしませんか?もちろん体育祭の終わった後で。ですが‥」
恐る恐るその言葉の反応を見ると彼の表情は思った以上に明るい。というか顔近い!!というかさりげなく手を握られた!!
「ほんとか!助かるよ結城!どうにも数学は苦手で。いやぁ。結城に教えて貰えるなら期末は赤点回避できそう!」
「そ、そんなに喜んで貰えるなら嬉しいです。ま、まあ、勉強は最終的には本人の努力ですから、しっかり進藤君も努力してくださいね!」
冷静を装っているが、内心は爆発寸前だ。まともに彼の顔を見れずに顔を背けていると、彼はこう続けたのだ。
「もちろん!後さ、何人か誘ってもいいか?」
「えっ?‥」
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