第九話 調査

 「え?」

 俺は気がつくとそう口にしていた。原因は先の発言だ。

先ほどマールネさんは、ギンギを追跡すると言い出したのだ。



 「不可思議だとは思わなかったか?」


 疑問に思う俺を見て、マールネさんがそう言うと、ギンギの行動についての違和感を話し始めた。

 何故ギンギはあんな風に挙動不審だったか。何故猫が逃げ出したのか。猫には傷があった。そこから推察するに恐らく暴行を加えられていたのであろうが、何故そのようなことをしたのにも関わらずあんなにも熱心に探し回っていたのか。


 「極め付けは、お前のあの問いに対しての回答だ」


 「え?あの問い……。あぁ〜二億ゾルの依頼を出したかどうか聞いた時のことですか?」


 「そうだ。あの時、お前は"あの依頼"と言ったんだ。それなのに奴は首を横に振った、普通何の依頼か聞くだろう」


 「た、確かに」


 それはつまりギンギは"あの依頼"が何なのかを知っていたということ。だけど、それなら何故。


 「何故、わざわざ隠す理由が?」


 俺はふとそう口にした。それからマールネさんは深く考え込んだ。それから時間が経った時、ギンギが走っていくのが見えた。

 それを見たマールネさんは訝しむ表情でこう言った。


 「直接聞いた方が早いだろう」


    ーーーーーーーーーーー

      ーーーーーーー

        ーーー

 という経緯でありとあらゆる調教を行なったが、ギンギはただ謝るだけで有益な情報は何も得られなかった。

 だが、商人からの依頼、皆で受けることにしておいて良かった気がする。何だかとてもきな臭い感じだ。


 まるで何かの深淵に飲み込まれそうな予感がする。


 「商人からの依頼、断った方がいいんじゃないんですか?」


 俺はそう口にしていた。心から感じる未知への恐怖は止むことがない。この先に進んで、もし、取り返しのつかないことになったのなら…。それならいっそ、受けない方が良いのではないかと、俺はそう感じたのだ。


 「君の懸念も分かる…だが、我々は進まなければならない、立ち止まっている暇はない」


 「……」


 「それに、私たちは冒険者なのだ。理由はそれだけで十分だ」


 マールネさんも恐れているということは遠目で見ていても分かった。それなのに、覚悟の持ち様がこうも違うとは。それを知ってみると、確かにそれもそうだなと納得できる。恐怖、憂虞、憂懼。そのどれもが有るのが当然のものだ。それを感じようとせずに逃避するのではなく、それに立ち向かう勇気が必要なのだ。


 「なら、早く合流しましょう」


 俺がそう言うと、マールネさんは軽く頷き、合意の意思を示した。そうして、俺たちはギガルテさんたちと合流した。その後は他愛もない話をしながら三日の時を過ごした。

 そして…。


 「では、行くとするか」


 「よぉーし!依頼達成すれば二億ゾルか!」


 「フフッ、我が欲するのは魔より生まれし呪物のみ、たかが金塊などに興味はない」


 アポカルトがそう言うとギガルテはニヤケた顔で彼の顔を覗き込むようにしてこう言った。


 「じゃ、今回の依頼俺たち三人で行かせてもらうぜ、もちろん、報酬は俺たち三人のものだからな」


 「断る」


 もう少し言い争いするかと思ったがアポカルトはすんなり引き下がった。どうやら俺の彼への認識は間違っていたようだ。それに比べ、やはり長い年月を共にしてきたであろうギガルテはよくアポカルトのことが分かっているらしい。


 傍から見たらただの親子だ。積年の信頼関係というものはやはり侮れないものなのだろう。俺にはそう言った関係の奴なんて一人もいなかった。


 「雑談はそこまでにしろ、アポカルト、ギガルテ。依頼人が待っている。それと、警戒を解かないことを頭の片隅にでも置いておけ」


 マールネさんは見慣れた光景だったのだろう。至極冷静にそう言ってゆっくりと片足を交互に前に出しながら歩みを進めていった。


 そして、俺たちはいよいよこの屋敷に辿り着いた。

見渡たすだけで分かるとんでもなく大きい白壁、触れるだけで白亜色が指につく。


 手入れはあまりされていないようだが、豪邸なのは間違いない。白壁の門を潜った先には見ているだけで尻込みしそうな程の邸宅がそこにはあった。


 他二人も俺と同じ様な反応をしていたが、そんな俺たちに目もくれずマールネさんは前進する。その様子を見た俺たちは互いに見合い、そして同じように前進した。


 扉が開く音がした。果たしてこれが良い兆しなのか悪い兆しなのかは分からないが、俺たちは恐れず進む必要がある。


 「ようこそ、冒険者の方々」


 白髪で白服を着た一人の商人が軽く笑いながらそう口にしたーーーー



ーーーーーーーーーーーーーーー



 「ハァハァ…」


 「ひぃハァハァ…ひぃ!」


 逃げないと、あの女に殺される!嫌だ!嫌だ!


 ギンギは滑稽な動きで走っていた。足を不規則に動かし、今にも転びそうな前のめりな姿勢で肩を上下に回転させながら振り回しながら走っていたのだ。


 そんなギンギは何かの力に押し倒された。

再びあの女に押し倒されたのかとヒヤヒヤしながら頭をゆっくりと上げると、そこには黒装束を身に纏った老人がいた。



 「計画は失敗したようですね、まぁ良いでしょう。あくまでも調査が目的でしたので。ここからはきっちりと働いてもらいますからね」

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