第八話 猫探し
三つの席に三人が各々の姿勢で座り込んだ。かたや垂直に姿勢を伸ばし、かたや姿勢を前のめりにした。
「さてと…貴方が猫探しを依頼した御仁ですね」
「あ、ぁあ、はい…」
緊張しているのか滑舌があまり回っていないようだ。
それだけではない。目の視線も定まっておらず終始、あちらこちらの方を向いている。何だか胡散臭そうな人だが、今回は別に猫探しを頼まれただけだ。気にする必要はないだろう。
「わ、わたくしぃ、商人をやっております、ギンギと申しますぅ」
「…!まさか、貴方があの二億ゾルの依頼を!?」
思わず俺はそう叫んだ。よくよく考えてみれば適当な考察だったが、もしかしたら…という疑念を持った以上それを解消しなければならないのだから仕方ないだろう。
ギンギはその発言に戸惑いを覚えたのか、目の動きがより早くなる。図星だったと、そう思ったが、ギンギは首を大きく横に振った。
そこから長らく沈黙が流れそうになったが、マールネさんが機転を効かした。一つ咳をした後、話の流れを元に戻そうと口を開いた。
「何故私たちにその依頼を?」
「実は以前、雑務にピッタリな何でも屋がいると、ど、同僚から教えてもらいまして…」
便利屋じゃなくて、冒険者だ!と言ってやりたかったが、流石にその気持ちを抑えた。
ふと横を見たら、少しイラついたのか眉をピクピクさせたマールネさんがいた。何とかその感情を抑えようと笑顔を作ろうとしているが、返ってそれの方が怖くなるということは黙っておこう。
「では……今回の依頼内容を詳しく説明していただけますか?」
「は、はい…実はその…私の猫が、行方不明になりまして…この国に入るまでは必ずいたのですが、いくら探しても居なくて…も、もしかして私の子猫は死んでしまったのでしょうか!?」
今までも挙動不審だったが、この発言をした後はより一層取り乱し、今にでも発狂しそうな勢いで席から立ち上がった。その衝動によって席の役割を果たしていた椅子は薙ぎ倒された。
「あ、あぁ…!!なんたること!!許されるはずがないことぉぉおぉ!!!」
「落ち着いてください、私たちが見つけますから」
「本当ですか!?」
荒ぶるギンギをマールネさんがそう宥めると、ギンギは思いっきりマールネさんの両肩を掴んだ。とてもその軟弱な腕から出ているとは思えない程の握力で、今にもマールネさんの肩を折ってしまいそうだった。俺はそれを慌てて辞めさせた。
「あ、ぁ…す、すみませんすみません!」
マールネさんは「大丈夫ですよ」と、言ったが絶対に嘘だ。本当に痛くないのなら片目を瞑る必要はなく右肩を撫でる必要もない。痛みを感じていない訳がない。彼女の顰めっ面が何よりの証拠だ。
「とりあえず、猫が行方不明になるまでどの道を通ってきたか教えてもらえますか?」
「え、えぇ、もちろん」
そうして俺たちはギンギの辿ってきた道を教えてもらった。
「ふむ、なるほど」
「な、何か!何か分かりましたか!?」
「はい、恐らく」
マールネさんはそうとだけ言って、人差し指を何回も前後に動かした。恐らく、着いてこい。という仕草なのだろう。
マールネさんは慣れた足踏みで慎重に一歩を踏み出していく、そして移動すればするほど、何かの強烈な臭いが鼻を突き刺してくる。こ、これは…。猫。
「猫がゴミ箱の食い物を食ってる…」
「……」
俺がそう言うとマールネさんは少し沈黙した。ふとある疑問が脳をよぎった。何故そこまでお腹が空いているのに、わざわざ帰ろうとしないのだろう、と。しかし、その積もる疑問が解消されることはなかった。
ギンギは慌てて子猫の元へと駆け寄り、名一杯に抱きしめた。
「あぁ!あぁ!良かった!良かったですぅ!!」
「この猫で間違いないんですね」
マールネさんが念の為にそう確認を取ると、ギンギは深く頷き、懐から依頼料である一千ゾルとさらに五千ゾルを差出した。
ギンギのその行動にマールネさんは少し間を置いた後、片目を少し細めた。それに気づいたギンギは自分が疑われていることに気づいたのか、首を振った後にこんなことを口にした。
「これは決して怪しい物ではございません!私はただ一千ゾルだけでは割に合わないと思っただけでございます!」
「そうか…なら、遠慮なくいただきましょう」
マールネさんはそう言ってギンギに手渡された貨幣…不死鳥が刻まれた銀貨、通称ゾルと呼ばれる貨幣が多数詰まった袋を受け取った。
「では、私たちはこれで…」
「あ、あぁはい、はい!ありがとうございましたぁ!」
ギンギはそうやって謝礼を述べた後、腰を九十度に勢いよく曲げた。俺たちはそのギンギを背にその場から去っていったのだった。
⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎
猫が暴れている、その鋭利な爪を目一杯に振り回して、その場から何とか逃れようとする。何故?それは、この男が原因だからだ。
「ふふふふ…こ、今度は逃がさない…ひひっ!」
鳴こうとする猫の口をギンギは力強く抑えた。猫はその手を振り解こうとするがその圧倒的な剛力を前にしていては全くの無意味だ。
「躾、躾だ!躾をしないと…また、逃げる…」
ギンギは今にも息が途絶えそうな猫に目もくれず、その場から走り去る。ちぐはぐな姿勢で足を交互に上げて走っていく。
有象無象の人々を押し出し、駆け抜けていく。有象無象の人々はそれを奇天烈に思った。明らかに焦っているような動きをしているのに、何故か笑っているのだから。
「ははっ…はっ…!」
ギンギは今、自分は優しい。という幸福感に満たされている。笑顔が止まらない。あぁ、なんて私は優しいのだろうか。
止まることのない幸福感が彼を包み込む。
しかし、その幸福感はある出来事によって消え去る。人とぶつかる音がした。ギンギはその背をいつのまにか地につけていた。
そう、ギンギは押し倒されたのだ。ギンギは手に持っていた猫を手放していたことに気づいた。瞬間、ギンギが周りを見回すと体を翻し、無事着地した猫の姿があった。
ギンギが再びそれを捕まえようとした時、両手を何者かに押し潰された。ギンギはあまりの苦痛に大声を出そうとするが何者かはそれをさせる隙は与えない。刹那の如く速さでギンギの頭蓋骨を貫通するほどの勢いで後頭部を足で押さえられた。
ギンギは顔面はレンガ道に打ち付けられ、真っ直ぐに伸びていた鼻は折れ、出血を始めた。ギンギに一言も話す隙を与えず鎮圧させた。
そしてマールネさんは一呼吸置いた後に、ギンギを憎悪の目で睨みながらこう言い放った。
「私は依頼人のあらゆる細かい事情に深入りはしないつもりだ。だが、このように平気で命を容易く扱う者は許さないのが私の流儀だ。命という存在の重みを貴様に教えてやろう」
その発言を聞いたギンギは明らかに動揺しているということが体の動きで分かる。
だからといって動きを止めるマールネさんではない…それから長時間に及ぶ"調教"を行なった。調教が終わった時、ギンギは泣き叫びながらその場を急いで去っていった…。
命を粗末に扱った罰だ。当然の報いだろう。
「にしても、よく気づきましたね」
俺はそうマールネさんに問いかけた。それに関する会話を行なったのは…依頼を終え、その場から去った時のことだーー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます