第七話 初目に見たもの。
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「う、う〜…ん」
凝り固まった体を左右に捻ってほぐしながら、少しずつ体を動かしていく。どうやら長いこと眠っていたようだ。相当体が硬くなってる。
「お、起きたか!?」
一番最初に目に入ってきたのはギガルテの心配している表情だった。次に入ってきたのは呆れた顔のマールネさんだった。
マールネさんは眉間に皺を寄せながらギガルテの方を向いて言った。
「ギガルテ…さん、まずは心配よりも謝罪ですよ」
「あ、あぁ…」
敬語を外しそうになったのか、一瞬口籠もり、マールネさんは慌てて訂正したが…流石にもうバレバレなんだよな。まぁまだ知り合って間もないからきっと時間が経てば俺にも敬語を使わなくなる日はきっと来るだろう。
「謝罪は大丈夫ですよ、元はと言えば俺…私が暴れたのが原因というのは分かっていますので。それよりも…」
なので、そんなことに気は使わずにまず、俺が一番気になっていたことを聴く。先程の流れから察するに俺を気絶させたのはギガルテさんだろう。なら、俺が聴きたいことは…………。
「何日…眠っていたんですか?」
俺がそう言うとその場にいた二人は口を閉じ、下を向いたかと思えば、俺に申し訳なさそうな表情をしながら顔を上げて、こう言った。
「七日だ」
「……あぁぁ〜私の体って大丈夫なんですか?」
「それならご心配なく、一応、こういうときには備えてあったので…」
恐らくその備えというのは結界魔法のことだろう。何となくそんな風に直感が感じた。そう言えば“魔法”の存在について対して詳しく知らないんだよな…。
どれだけ記憶を探ろうともその記憶は出てこない。
俺の推測だが、これは恐らく魔法を知らなかったというよりも俺がエーテルさんの記憶を全て見ていないからだろう。
もちろんそう推測した理由も一応ある。この世界に来てみて分かったんだ。
この世界では魔法は生活の一部である。周りを見渡して見てもよく分かる。魔法によって燃える暖炉。噴水から出る魔法の水。どれもこれも魔法によるもので出来ている。ちなみに魔法の水は飲めないらしいから、いい子は飲むなよ?
話が多少ズレたが、以上の観点から見て魔法の存在を知らないというのはまずないと思う。
この時、俺は気づいた。「あれ?これって何の話だっけ?」と、俺は記憶を必死に巡らせ、何とか繊細な記憶の糸を掴んだ。
そうだ。結界魔法についてだ。どうせだし、マールネさんに聞いておこう。
「あ、ついでにもう一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
俺は申し訳ないと思いつつもあっちにも責任はあるから大丈夫と、現実逃避に近い自己解決をした。
そんな俺の心情に気づくこともなく、マールネさんは淡々と説明を始めた。
「それはですね…」
この世界の知識がある俺にとって、マールネさんの説明は分かりやすかったが、諸君らは何が何だかわからないだろう。
ということで、俺が上手くまとめてみるか。
話を聴く限りこの世界の魔法は基本的に数学とかプログラミングみたいな感じだ。
ある一定の公式が存在し、そこからいろんな方向に分散し、また新たな公式が生まれる。
結界魔法は様々な公式を積み重ねて応用して出来上がる魔法だ。まぁ言わばプログラミングみたいな感じだろう。
正直、そういう系の小説を見てる俺にとって、これは最早常識みたいな感じだが…。
「…という訳です、知らなかったのですか?」
「なんとなく名前だけは…って感じだったんで」
「なるほど…」
妙にマールネさんの態度がそそっかしい気がして、何かを企んでいるのかと思ったがそれは流石に早合点だったので特に考えないようにした。
「もう質問はありませんか?」
俺はマールネさんのその言葉に対して首を縦に振ることで肯定の意を表した。その様子を見たマールネさんは一度だけ少し頷くと、体の向きを変え、机の方に向かっていった。
そして、今にも倒れそうな机に腰掛けて、こう言った。
「では、そろそろ始めましょう、依頼もすでに来ていますし…」
そう言うと、何処からか三枚の紙を取り出し、それを階段状に左手で持ってその内容を目で追っている。何とも重々しい雰囲気。マールネさんが何かを喋り出すのを二人は待っているようだ。そして、それに呼応するようにマールネさんが口を開ける。
「…今回の依頼は全部で三つです」
三つ、出来たばかりと言っていたのにそんなに依頼があるのか。もしかしたら俺が想像していたよりもはるかにすごい所である可能性が出てきた。
まさか、国からの依頼…。
「今回の依頼内容の一つ目は…」
ゴクリと唾を飲み込み、目を見開く。その重い威圧感に思わず尻込みそうになるが、足を地から離さんと踏ん張り体の姿勢を保つ。周りの二人は慣れているからかそんな素振りは全く見せない。
緊張の瞬間、まるで時が遅く進んでいるような感覚。マールネさんの口が徐々に開き、ついに待望の答えが返ってくる。
もし、それを聞いたら俺はどうするのだろうか。そんな不安さえ感じてしまうこの時間はスローモーションであった。
「猫探しです、依頼料は一千ゾルです」
一千ゾル?日本円に換算してたったの五百円!?
予想外すぎた。だがよくよく考えてみれば勝手に期待していたのはこちら側だ。そもそもそんな儲かってるならこんなめちゃくちゃ存在感あるボロい家になんて住む訳ないし。
俺は一体何に期待していたのだ?
となると依頼料についての疑問はない。だが…猫探しって何だ?
「二つ目は不倫現場の盗撮で………依頼料は五千ゾルです」
「おぉ!?そんなにか!!」
ギガルテはそう喜んでいるが、日本円に換算すれば二千五百円だ。ていうか…やってることがまんま日本の探偵じゃん…。
「三つ目は商人からの依頼で…ダンジョンの探索……」
「ん?どうしたのだ?」
「…………」
突然口籠もり沈黙したマールネにギガルテは言葉を投げ掛けたが、彼女はそれを受け取ることなく、ただ左手の手のひらをこちらに向けて静止の合図を送り、再び沈黙した。
実際はこの時間は分にも及ばぬのだろうが、体感では妙に長く感じた。そしてマールネさんはやっと口を開くと、依頼内容を話し始めた。
「依頼料、ニ億ゾル」
つまり、日本円に換算すると……約一億円!?一商人が持ってていい金額じゃないだろ…。
「何か裏がありそうな…」
「十中八九そうだろうな、だが…」
ギガルテさんはその後何も話さなくなったが、言いたいことは何となく分かる。もしこの任務が本当ならば…。今までの生活が一変するかもしれない。
みんなの視線がマールネさんの方を向いた。皆が決定を心待ちにしている。責任を投げつけているように見えるがこれは、そうではない。皆がマールネさんを信じているからこその行動だ。
俺はよくマールネさんを知らないが他二人がマールネさんのことを信用しているのは見て分かるから。俺も同じ行動をする。
「……受けよう、この任務についての責任は全て私が背負う」
長らくの沈黙を破り、マールネさんは意を決したように目を鋭くさせてそう言った。最早マールネさんの敬語キャラの存在が消えつつあることは誰が見ても分かる話だった。
「いや、責任なら俺も負う」
「我もだ、深淵を見る覚悟のない奴が深淵を見るなど許されん」
「俺もよく状況を飲み込みてないんだけど…だけどあんたたちには手を貸すよ、俺も冒険者になったんだし」
二人に流れるように俺もそう言ったのだが、今一つの疑問が浮かび上がった。
俺ってもう冒険者なんだよな?俺はそう考え、周りを見回しても当然答えは返ってこないが、特に誰も疑問に思ってはいないようなので冒険者になったという体で行こうと思う。
「人選はどうする?」
マールネさんの問いに対し、ギガルテは少し思い悩んだ後、手の平を拳でポンと叩き、こう答えた。
「どうせ四人なんだし、一個目と二個目は分かれてやろうぜ」
「三個目はどうするつもりだ?……ぁ……」
マールネさんは自分の敬語が外れていたことに気づいたようだ。マールネさんは咳払いをし、一呼吸すると…。
「どうするおつもりですか?」
「あ…ぁ…、まぁ、み、みんなで行けばいいんじゃねぇか?」
この様子だとギガルテさんも今気づいたらしい。
…今までの行動を見てみて総じて思ったが、何というかすごく無理しているな。何というか敬語を使われると妙に距離を感じる。それは嫌だから…と、思い、俺は二人に対してこう言った。
「敬語、外してもいいですよ、俺も敬語外すんで」
敬語などの言葉は目上の人などに使う言葉。でも、俺たちはこれから仲間として暮らす存在。そんな存在に敬語は不必要だ。
「そ、そうか…なら助かる」
マールネさんは俺の言葉を聞いて吹っ切れたのか、俺への敬語を外してくれた。
「……で、誰と誰で分かれるんだ?」
一度黙ると先程のことは何事もなかったかのように話の本題へと戻った。正直俺からしたらこの三人全員、まだ顔見知り程度の存在にすぎない。
「待て、まだ我はそいつの名を知らぬぞ」
厨二はそう言って俺を指差した。確かにその通りだ。この二人は俺の名前を知らない。対して俺も厨二の名前が分からない。
だが、困った。実に困った。俺はどっちの名前で名乗ればいいんだ?エーテル?それとも花河?
しばらく悩んだ末に俺は決めた。
「エーテル…俺はエーテルだ」
「エーテル…ふむ、良い名だな」
アポカルトがそう言ってくれたので安心した。正直偽名を使っても良かったのだが…エーテルという人物に対する評価を知りたかったのだ。もしかしたらエーテルという人物が大罪人であった可能性もあったので…。
だがこの反応から見るに何も心当たりはないようだ。
「あ、ちなみに性別は不詳ってことにしてくれないかな?」
その方が都合が良いからという理由が本質だが、その本質をぼかすようにして何とか無理矢理説得した。
「なら、こちらも自己紹介をすべきだな、知っての通り、私はマールネ。そしてこっちが」
「ギガルテだ!よろしくな!」
ギガルテはそう言ってその武骨な手で小さな手を挟んで上下に振った。一瞬、腕が吹き飛んだような感覚感じたが、マールネが睨みを効かせてくれたのかその勢いは収まり、俺の両腕は無事だった。
そして最後の一人眼帯を背負う厨二男子は勢いよく片手を眼帯に当ててポーズを決めると口を開いた。淡々と発せられる厨二言語を俺が要約すると…。
アポカルト、それが彼の名だそうだ。
「ふむ、一通り自己紹介を終えたことだし、話を戻そう。エーテルは最初の任務で分からないことがあるだろう…一つ目の任務は私とエーテルに行かせてもらおう」
「承知したぜ!ってことは…俺はアポカルトとか!」
「よろしく頼む、我が同胞、同じ深淵を見届けし者よ」
という訳で俺はこれより、マールネと共に猫探しへと赴き、アポカルトとギガルテは不倫現場の証拠写真を撮りに行くことになった。
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