第六話 起点
キシキシと軋む音が立つ。足を地につけるだけでその音が聞こえる。正にボロ家そのものであり、一周まわって誇らしくなってくる。無駄に大きい廊下の先には個室が一つ。
「ようこそ」
マールネはそれ以外の言葉は必要ないと言わんばかりの表情でそう言ってガタガタなる扉をゆっくりと開いた先には……。
今にも崩れそうな屋根、明らかに不安定な形をしている机と椅子。机の上に乗ってる何かの書物はそのせいでいつ滑り落ちてもおかしくない位置にある。
何げなく、俺は机に近づきその書物に触れようとすると、その刹那、悪寒がした。これに触れてはならない。俺の全神経がそう叫んでいる。だが、人間というものは駄目と言われるほど触りたくなるものだ!!
俺は勢いよくその書物を手に取り、その中身を覗くためにそっと開いた。
「これは…魔法陣?何のだ?」
そう言いながら次のページをめくってみれば…………。そこには何かの文字がずらりと書かれていた。記憶を探ってみれば、どうやらこの言語はこの国、ラヴェンナ帝国のものだ。
何とか手探りで解読しようとすると、後ろからマールネが書物に手を伸ばし、俺から無理矢理書物を奪い取った。
「あ、ちょ……」
「何て書いてあるのか分からないですよね?私が読みますよ」
マールネがそう言うと、後ろにいたギガルテはやや目を半開きにして耳を塞いだ。
当然マールネはそんなことは知らないので何の反応もせずにその書物を淡々と読み始めた。
今宵、罪人たる我が人の姿をした獣どもによって堕落した一族の末裔であるグルガン族のバンデットであり、始原ウーヌス力を持つ者。奴は言っている一─省略─一後は預言書の教えに身を委ねるだけだ。
頭の整理が追いついていないのか、物凄く気分が悪くなったが、この書物が何なのかは理解した。要は…。
「これってマールネさんの?」
「は?そんな訳ないだろ」
「え?」
「…ゴホッ……そんな訳ないですよ」
それから少し沈黙が続いた。俺はその豹変ぶりに驚き、マールネさんはそれに対して無かったことにしようと何事もなかったように言葉を発することを選択した。だが、それは逆効果でむしろ俺はさらに疑念を高めてしまった…が、今はあの書物の方が気になるので今は不問としよう。
「じゃあ、その本は誰のなんですか?」
「それは、今この場にはいないですが…………」
マールネが言葉を続けようとすると、それを掻き消す程の声で「わっはっはっは〜!その書物を見たか、新たなる自由への渇望者よ!」という声が俺の耳に入ってきた。その声のした方を見てみれば……白髪美少女でありながら黒と赤の衣装を身につけ、右腕を左手で支え、左目に付けている眼帯を右手ですべらせながら触っている。
当の本人はそれをカッコいいと思ってるのかは知らないが、とてもダサい。正にザ・厨二病と言った感じだ。
「それを読んだ貴様は今何を思う?」
そう言いながら俺を指差した。とりあえずここは褒めておこう。
「感無量でした…………」
俺は目を瞑り、右手の平を仰向て、左手を胸に止めてそう言った。その姿は正に感慨を受けた信徒だ。
もちろん嘘である。だが、どうやらその嘘がバレることはなかったようで、その白髪美少女は微かに笑みを浮かべてこう言った。
「そうか…なら、我と一曲踊るか?」
「えぇ、もちろん、麗しい姫君」
我ながら実にいい返しだと思うが、どうだろうか。
気になるがそれを聞ける雰囲気ではなさそうなので、今は黙ったままで次の行動に移ろう。
そうして俺は冷静にこの目の前にいる美少女の名前をさりげなく聞いた。
「あなたの名は何と申されるか、教えてはくれないでしょうか?」
「………」
「…?」
突然その美少女が黙り出したのか分からなく、つい顔にハテナを浮かべてしまった。一体どういう…。いや、落ち着くのだ。こういう時こそ、冷静に。取り乱してはならない。そう…慎重に…
「言っておくが我は男である」
そう冷静に…。に…。
「え?」
冷静沈着。いつどんな時でも…それが社会の基本。私は冷静になれるはずなのに…いや、違う。それは周りの空気がそうさせていただけだ。今、異世界に身をおく俺は仕事に勤しんでいる気分ではなく家で休暇中の時の方に感覚が近い。
すなわち冷静になれるはずなどなかった。
「えぇぇぇぇぇぇえ!?!??!…………えぇぇ!??!」
驚きの感情が去来し、自分でも収集がつかなくなっている。
その時、「落ち着いてください」という声と共に、柔らかい感触が肩を伝った。感触を感じだ右肩の方に頭を動かしてみると、そこにはマールネさんがいた。
マールネさんは右目を瞑ってそのまま俺の前に出てこう言った。
「積もる気持ちもあるでしょうが、とりあえずここでの活動をお教えしたいと思います」
「あ、はい」
そうやってこの空気感を無理矢理勢いで抑えて、場を保った。もし、あのまま行けば、どうなっていたのかは…神のみぞ知る……なんつって。
しょうもないギャグを披露したからなのか、途端に俺の体が冷え始めた。ていうか今のギャグがなのかすら分からない。
そのような戯れを一人でしていると、そのことを知らないマールネは言葉を続けた。
その口から語られたのは………聞き覚えのある言葉。見たことのある既視感。なろう系を見ているなら知っているであろう単語の数々。
簡単にまとめるとこうだ。
任務受けてそれをこなす。ただそれだけである。強いて気をつける点があるのは任務によって得られた報酬はこの冒険者組合に振り込まれるらしい。
「え?それじゃあ俺はどう暮らせばいいんだ?」
「定期的に給料が与えられます」
その瞬間、俺の全神経に衝撃が走った。給料給料給料給料給料給料所得税所得税所得税所得税所得税所得税所得税!?!????
次の瞬間、俺は体を崩し、手と膝を地につけた。
元の世界でのトラウマとも言っていいレベルの代物。
突然平伏したことに驚いていたマールネに俺は間髪入れずに更なる質問を投げかけた。マールネは混乱するだろうがこれは確かめねばなるまい。
「働けば働く程…給料は増えるのか?」
「え、あ、はいボーナスが……」
「ぐきゃぁぁぁあまぁぁあなたねはにまやなみや!!!!」
体のありとあらゆる神経が麻痺したかのよつに思えば、突然震え上がる。人とはこんな感情を生み出すことが出来るのかとやや感心しながら、発狂する。
いろんな感情が交錯し合い今の俺は狂人と化した。
「滅せよ滅せよ滅せよ!滅せよ〜ーーー!!!?!???!」
そしてその言葉を発した瞬間、目の前は真っ暗になり、俺は気を失った。
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『目を開けよ』
その重なったような声が俺を震えさせた。
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