第一章 深淵と後悔

第一話 崩壊した景色

悠久の時を経て、私はついにその命を散らした。最後の死の瞬間の出来事は今でも覚えている。


 血まみれになって、横たわる人物。それを嘲笑うジェスター。何故奴は笑っていた?


 そして何故、彼は…アラマスは私を殺したのだ?

死して尚、私はその事を考える。無意味なことだと知っていながらも思考を積み重ねる。


 そうするしか出来ないのだ。今までかつて友として同じ道を歩んだ者に殺されたのだ。それを潔く受け入れられるはずがない。


 私が二十年の年を重ねた頃に奴と出会った。

女人であり、龍人、龍と人の子。荒廃の地グルーテルで生まれたその時から、規格外の力を持っていた私は大勢の者達から恐れられ軽蔑されてきた。


 だが、アラマスは違った。どんなに恐ろしい存在だと言われても彼は私と良くしてくれた。彼が言ったあの言葉、「俺たちは一生友達だ!」今でも忘れられない。軽蔑しかされて来なかった私に対して彼は友人と呼んでくれた。

 私はそんな彼に信頼を寄せていた。


 だからこそ、分からない。何故…。



 ただ一方的にその人物は嘆いた。それは哀れと思える程にどうしようもない様だった。

 しかし、その人物…ロヌス・エーテルは突如としてその思考を止めてしまう。


 理由は単純だった。先ほどまで見ていた光景とは全く違う異世界に来たのだから。


 「な…何だこれは」


 最初こそ、そう呟き慌てふためいていたが、時が経つにつれそれは収まり、冷静にその答えを導き出した。


 「ジェスターか」



 思い当たる人物と言えば彼しかいない。

いつも愉楽だけを求める変人であり、七王連盟に所属していて“愉悦の七王“と呼ばれる一人。


 だが、それがどうしたというのだ。そんなことを知った所でこの状況はどうしようもない。


 私はそう思考し、特に何も考えずに自分の体をポンポンと叩き、探ってみる。


 「角がない」


 虐げられたものの一つがその体から消えている。

何処か安堵の気持ちを感じた。だが、残念ながらその気持ちを長く感じる訳にはいかない。


 角が折れた…というわけではない。あの角は生半可な力では折れないし、折れたとしても断片ぐらいは残ってしまう筈だ。なのに、それはない。


 それに今気づいたが、異変があったのは角だけではない、身体つきも違う。違和感を感じなかった理由は分からないがこれもきっとジェスターの仕業だろう。


 どうするべきか頭を悩ませ、親指を顎に当て考え込んでいるとその思考は途中で遮られた。視界が再び暗転したのだ。


     ーーーーーーーーーーーーー


 よし、まずは整理しよう。



俺は死んだ…はずだ。なのに…これは何だ?

何で俺はこんな荒廃した世界で普通に息出来てるんだ?

 


あのジェスターとやらの仕業なのは間違いないが。




 俺は俺の身に起こった不可解な出来事に頭を悩ませる。もしかして、今のは夢?いや、ありえない。にしてはリアルすぎるし…。


 俺は自分の意見を否定し、その証拠を見せるように俺は視界を広げた。

 そこにあったのは日本語で居酒屋と書かれた看板が地に落ち、そしてその地には緑などは一切なく、あるのは地盤が崩れ、建物が崩壊している…ただそれだけの殺風景が広がっている。


 「明らかに夢みたいな光景だけど…」


 俺の最初の死因は隕石に激突したから…普通に考えればそこから齎される二次災害は相当なものの筈だ。…のならばこの光景にも説明がついてしまう。


 念の為俺は自分の体を確認する。そこまで大きくない息子、角が生えてない頭、至って普通、恐らくこの体は正真正銘俺の体だろう。


 「あ〜くそっ…何がなんだか…」


 頭で理解できてもやはりこういう超常現象を受け止めろというのは流石に酷だ。


 だが、これで分かった。恐らくどちらかが死ねば俺たちは体が入れ替わり、その過程で体が再生するのだろう…。その証拠として本来なら俺は死んで粉々になったはずなのに、体がある。そしてジェスターも言っていたがあの体の元の持ち主は俺の体に入り込んだと言っていた。


 ……だから、どうしろと?


 こんな崩壊した日本で何をしろと?


 「………仕方ない。時間潰すか」


 俺はそう言って何気なく辺りを見渡す。



 「にしてもボロボロだな、隕石相当すごかったんだな」


 これを見る限り、生きている者は俺を除いては一人もいないだろう。恐らくは動物や微生物でさえも。まぁめちゃくちゃタフなクマムシは生きているかもしれないが…。どちらにせよこの光景を目にしてしまったら何も生きていないと思うのが普通だ。

 


 「…そうだ!」


 俺は何の前触れもなく、突如としてその結論に辿り着いた。



 「紙に記そう!」


 そうすればもう片方の体の主とコミュニケーションを図ることが出来るはずだ。もし、俺があっちの状況を何も知らないまま、あっちの世界でもう片方の一人が死ねば、状況を理解出来ないまま死ぬのは目に見えてる。


 俺はあっちの世界…なんか分かりづらいな。

そうだ、俺が元いた世界を“初めの世界“って呼んで、あの異世界のことを“二の世界“と呼ぶことにしよう。…俺は二の世界のことをよく知らない。ジェスターの出身が何処で、もう片方の一人の名前は何なのかすら俺は知らない。


 「よし!そうなればまずは……てか紙がねぇ…」


 そう言えばそうだった。こんな荒廃した世界に綺麗な紙やそれに書くためのボールペンなんてある訳ない。


 やべぇどうしよう。



 とりあえず探してみよう何かあるかもしれない。



 …それから…どれくらい経ったかは知らないが…まぁ大分時間が経ったのは間違いない。


 そして収穫について何だが…。俺は何やらとんでもないものを見つけてしまったのだ。


 それが何なのか?それは俺の視界にすでに映っている。


 崩れ落ちた瓦礫の中に隠れていた地下扉から見えたのは…



 「研究所」


 白い壁に包まれているその空間はまさに神秘的に感じることが出来る。

 俺はそこにもしかしたら人がいるかもしれないと希望を持ったが人は誰一人として存在していなかった。あるのは綺麗なままの死体だけ。何故地下にもこんな被害が起きているのは知らないが…死体には不可解な点がある、それは誰一人として苦しそうな表情をせずに首を吊って死んでいる点…。俺はとにかくその死体たちから目を逸らしつつ、研究所を探索していた。


 そうしていると俺は目的である紙とボールペンを見つけた。

表に何かが書いてある紙を、裏返しにして俺は手紙を綴った。



 『拝啓、これを見ている君へ、私の名前は花河と申します。俺はそっちの世界について何も知らない。そして君も恐らくこの世界を知らないだろう。だからこれからコミュニケーションを取ろう。この手紙に…。これを見たら、何か書いてくれよな!』


 俺はそう書いた。もちろん日本語で。言語が分からなかったら詰む。



 紙に書きたいことを書き終えた俺はとりあえずこの研究所を隅々まで調べ尽くそうと考え、足を一歩踏み出した時。



 ………………視界が暗転した。

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