第二章 9 『真実の色』


 リスティルアークが立ち並ぶ部屋。

 そこにクラリアスの器たる肉体はいた。


 自らの存在を知る手がかりを前に、待望の眼差しで待つ。ティシュトリアの唇が開く様を見ていた。

 知りたい感情と、不確定な不安の感情が交錯する。


 ティシュトリアは一呼吸おくと話し始める。


「君達クラリアスに核のようなもの、ヒトで言うところの心臓があることは知っているよね。身体の作りはヒトを模倣して作られているけれど、心臓だけは違う。その核の名は"ニュークリアス"という」


 リアは無言で頷く。クラリアスの核とも言われる存在については聞いたことがあった。


「ニュークリアスはクラリアスの核であり、クラリアスそのものである。」


 リアは息を飲む。胸のあたりが圧迫されるような感覚。

 ニュークリアスがクラリアスそのもの。クラリアスを構成する核ではなく、クラリアスそのものだと、そう言ったのだ。それは、捉え方よっては大きく意味が異なる。


「言葉通りの意味よ。さっき言った通り、どんな生物も心が無ければただの器だと。他の生物だってそう。魔導式戦闘人形であるクラリアスの成り立ちが他の生物と同じと言われているのはそのせい。ただ、人工的に作られたクラリアスについて、他の生物と一つだけ異なる点がある」


 確かに生物として死んだものの肉体は消滅するか、変質するかである。つまり、心という存在が器に宿ることで生物として成っているのだとすれば、クラリアスと生物は同一と言える。


「他の生物と異なる点。それは、ニュークリアスさえ無事であれば、何度でも蘇生が可能ということ」


「──っ!!」


 リアは驚きの声を漏らすが、その言葉を聞いて色々繋がった点もあった。

 知る限り、ほぼ全てのクラリアスがガーディアンとして戦っていること。

 危険な戦場にクラリアスのみが選ばれること。


 たが、一つの大きな疑問が残った。

 クラリアスに対し情報規制がされていないのだとしたら、なぜクラリアスが蘇生可能である事実を噂程度にしか知る者がいないのだろう。厳密には知ってるクラリアスもいるのだろうが、ファースト階級であるリア達が知らないのであれば、多くのクラリアスが知らないだろう。


 その疑問は、程なくしてリアではなくルミナの口から問われることとなる。


「あのさ、ちなみに蘇生されたクラリアスの記憶ってどうなるの?何となく察しがつくけれど」


「自分からその事実に気づいたか。一つ話しておこう。確かに、クラリアスが蘇生可能であることを君達に話してはいけないという決まりはない。だが、回収したクラリアスがどうなるか、聞かれて君達に話したのはこれが初めてだ。君達ガーディアンのために生み出されたクラリアスはそう作られている。だからこそ、自身の存在について疑問に思う者自体珍しい」


 ティシュトリアは感心したようにルミナの回答にあっさりと答える。


「なるほどね。だからオムニシアがいるんだ」


 ルミナは少し投げやり気味に納得する。これから聞かされることが、ろくな内容でないことは既に確定しているからだ。


「理解が早くて助かる。オムニシアがいること、その護衛がファースト階級以上のクラリアスにしか認められていないこと。全てに理由が存在する」


「……記憶を消すことにはどんな意味があるんですか」


 リアは食い気味に問う。

 その質問にどんな意味があるのか、記憶を消すことの理由はリアには何となく分かっていた。

 だが、これは気持ちの問題だ。ティシュトリアの口からその答えを聞きたかったのだ。


「最初に言っておく。私は君達のことを大切に思っている。クラリアスとしてこの任に着いた時からたった今まで、その気持ちに変わりはない。リア、君は特に特別なヒトとしての心をもっている。ニュークリアスはヒトの心を模倣して作られたものであり、そのプロセスはヒトの心そのものだ。だからこそ問おう。ヒトは死を体験することがあるのか。」


 分かりきっている質問だ。そんなこと、ある筈がない。

 死んだ時点で消滅するかゼノン化するかの二択である。


「私は思う。一度死を経験した者がその記憶を持って再び戦場へと足を運ぶ、それは耐え難い苦痛だと。それも一度や二度じゃない。何度も何度も生死を繰り返す。それがどんなに辛いか、君達に理解できるか? それに、クラリアスの蘇生自体、本来であれば推奨はできないんだ。いくらニュークリアスが無事でも、新たな器に移し込むことは簡単では無い。心の純度が落ちていくんだ。記憶を消すことには心の純度を保つ理由もある」


「心の純度? 良く分からないけれど、落ちるとどうなるの?」


 ルミナの頭の中にも様々な疑問が浮かんでいるようだ。


「簡単な話、概ね君達がヒトの感情と呼んでいるもの、それが薄れていく。例えばリア、さっき言ったように君は特別だ。だけれど、それは一度もクラリアスとして死を経験していないことが理由の一つでもある。リアの心の純度はクラリアスとして生まれた時から変わってないことにも所以する」


「そんな……」


 リアは傷心する。ルミナも奥歯をキリリと噛み締めていた。

 死ねば死ぬほど、感情の無い人形になると言っているのだ。あまりにも無慈悲だ。そんなことをするのであれば、何故心なんて言うものを私達に与えたのだろうか。


「リア、ルミナ。聞いたことを後悔しているかい? 私は君達よりもずっと長い時間を過ごしている、君達が知りえないことも知っている。だからこそしよう、君達が今感じていることへの助言を。私はそもそもクラリアスは死ぬべきでは無いと思っている。本当であれば君達を戦場へ送り出すことさえしたくないんだ。だが、その要求を通すことは難しい。それ程にフェルズガレアの状況は悲惨なんだ。だから私は今の立場についている。君達が君達のまま、存在できるよう存在した意味を残せるように」


「君達のまま存在できるようにって、感情が失われていくんでしょ。感情なんてあるだけ無駄なんじゃないの」


 投げやりに聞くルミナ。


「異能を使うことに例外は存在しない。もし君達が心を持たない文字通りの人形だとするならば、異能も、それに含まれる魔術も行使することはできない。なぜ戦闘に特化したはずのクラリアスがガーディアンの高階級にほとんどいないと思う?」


 クラリアスは危険な戦場に送られるからだろうか。高階級の危険な戦場であれば、蘇生不可能なまでに破損してもおかしくない。

 だが、答えはそんなに生易しいものでは無かった。


「さっきも言ったように、クラリアスが蘇生された時、心の純度が落ちていく。それが何を意味するかわかるね? 蘇生する度、弱くなるんだよ。記憶を消去され、もちろん階級も落とされる。他の誰もその事実に気づく者はいないだろう。その弱くなったクラリアスは、まず階級が上がることは無いだろう。酷いと思うかい? だが、その事実は変えられない。戦う為に生まれた君達が戦う術を失った時、君達の存在はどうなる? ただ……その事実を否定する一つの救済とも呼べるものがある。感情を失っていくクラリアスがその存在を刻める方法。感情があるほど発動を拒み、感情が無いほどに躊躇なく発動できる力が」


 存在を刻める方法、それはニュークリアス=オーバークロックのことだろう。クラリアスの核と言われるニュークリアスを暴走させることで強大な力を手に入れ、力を使い果たした時、そのクラリアスは完全に消滅する。


「ニュークリアス=オーバークロックは、ヒトの感情を失ったクラリアスに力を与え、繰り返される苦痛から解放する仕組みでもあるんだ。そして、その力はクラリアスの中でも量産モデルである君達だけが有している」


 苦痛から解放? 本当にそんなのだろうか。見方によっては使い物にならなくなった不良品に爆弾をつけて特攻させているようなものだ。

 ただ、自分がもし力を失って、価値ある"何か"を守れなくなるならば、"死にたい"という感情も芽生えるかも知れないと、作り物である冷え切った心のどこかでは思ってしまった。


 リアとルミナはただ黙っていた。あまりにも多くのことを知った。

 情報規制されてないとは言え、話さないという選択肢もあったはずのティシュトリアが話したことには様々な理由があるのだろう。ただ、気持ちを整理する時間が必要だった。


 ラミエナがティシュトリアに何かを伝えていた。


「リア、ルミナ。特殊治療室にいる少年が目を覚ましたそうよ。学院長と賢者アウレオ様も来ているらしいわ。君たちも行って来ると良い」


 今は別のことを考えたい。そんな気持ちもあったのかも知れない。

 リア達は突き動かされる僅かな原動力を元に特殊治療室へ向かうのだった。



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