第二章 10 『新たな景色』


一面真っ白な先進的かつ清潔な空間にリア達はいた。

そこは、通常の治療室。クラリアス専門の治療室とも違い、いかにも技術レベルが高い装置が多く配備されている。


リアとルミナが到着すると、既にリゼも合流していた。


「やあ。リア君、ルミナ君、リゼ君。」


最初に声をかけてきたのはアスタロテ・ランヴェレダード。クロスティア学院の学院長である。滅多に目にする人物では無い。

アスタロテはヒトでありながら、学院創設時からずっと学院長をしていると言われている。

学院長創設は約500年前であり、それが本当であれば500歳を超えることになる。

そして、驚くべきは外見の若さである。中性的な顔立ちで性別は分からないが、歳は二十歳程度に見えた。

灰色の髪に虚無に満ちた灰色の瞳。その表情からは一切、感情と呼べるものを感じなかった。


「学院長、私達の名前よく覚えてるねー」


ルミナは感心する様子を見せるが、それは皮肉を含んでいた。

学院に所属するガーディアンの数は数千人を超える。中でもクラリアスについては何度も蘇生可能であり、記憶、名前、器としてとの身体も変化することを知った。とてもでは無いが一人のヒトに把握できる情報量を超えている。


「当たり前のことだ。君たちだけじゃない。この学院に所属する全てのガーディアンの名前と、把握できうる個人情報は全てもらさず私の頭の中に入っている。今はあまり話す時間がないけれど、ルミナ君が知りたがっていることを一つ教えよう。──クラリアスを使い捨ての駒として利用したのは私だ。そして、そこにいる、アウレオ・アルヴァイスがクラリアスを生み出した存在だ」


ルミナは眉を顰める。それはルミナが聞きたかった回答だからである。そこまで聞くつもりも、答えて貰えるとも思っていなかった。

灰色の冷酷な目から伝えられる事実は、少女の胸を抉るように突き刺さる。


「よさんか、アスタロテ。悪い癖じゃぞ。相手は年端もいかない少女じゃ。もう少し言い方があるじゃろ」


見かねて横槍を入れるのは、フェルズガレアの賢者と言われるアウレオ・アルヴァイスである。見た目は明らかに老翁だった。

シワの多い肌、白く長い髭、年季の入った大きな杖。アスタロテ同様長寿だと思われるが、こちらは何百歳と言われても納得の見た目である。


「知性ある生物は真実を知ることで成長する。知るべきは真実だ」


「それは時と場合には限ると言っているじゃろ」


「いいや限らない。その甘さが子供達を傷つけていることに気づかないのか」


「もう良い、平行線じゃ。その話はまた今度にしよう」


「良いだろう」


アスタロテはふいっと顔を背けるとルミナの方を向く。


「すまないねルミナ君。不快な気持ちにさせてしまった」


ルミナは機嫌悪そうに無視するが、話を進めることには協力的な姿勢を見せる。


「と、言っても私の力は既に枯れている。説明は少年自身にお願いしよう。起きたばかりで申し訳ないが、説明してくれるかい?」


アスタロテは説明を委ねた。力が枯れているとはどういうことだろうか。


「……ああ、大丈夫だ」


白髪の少年はゆっくりと目を開く。少しずつ顕になる瞳は彩度の低い赤色をしていた。

その様子はヒトとしてはあまりにも儚くも美しく、柔らかな表情は慈愛に満ちていた。


「……すまない。説明と言っても、現在の僕におおよそ記憶と呼べるものが無い」


「何も覚えてないのですか? 名前とか」


リアは心配そうに尋ねる。倒れた少年の姿が脳裏から離れない。

自分のことを何も覚えていないのに、必死に何かを守ろうとしていた少年の姿が。


「名前か………」


少年は考え込むように一点を見つめる。


「………レナ」


少年は言った。

レナ、名前だけ見ればさほど特別ではない。

最悪の勇者レナ・アステルについてはフェルズガレアに浸透していない。

仮にアストルディアの記録書の内容が正しいとしても、レナ・アステルは崩壊した世界の勇者だ。いくら目前の少年が過去のヒトであるとしても、そう結論づけるのは無理があるだろう。

だか、それでも少年がただのレナであるとは思えなかった。


「アウレオ、どう思う」


「わし自身の眼球で直接見たいものじゃな。ここから得られる情報は少ない」


自身の眼球とはなんのことだろうか。原理は分からないが、今ここにいる老翁はアウレオ本人ではない、ということだろうか。


「不甲斐ないことだが、正直なところわしにもようわからん。ただ一つ言えるのは、レナと言ったか。少なくとも今のレナからは魔力を感じない。否、魔力を感じないからと言って魔力が無い。というわけではないようじゃ。どこかで似たような感覚を…………わしがかつて見た完璧な存在…………いや、なんでもない。忘れてくれ。」


アウレオは何かを思い出すかのように言いかけるが、諦めたように訂正する。



「そこにいるリア君によると、レナ君が結晶を砕いて未知の敵を一振で消滅させたとのことだが、何か覚えているかね」


アスタロテはリアを見た後、レナを見据えて尋ねる。


レナはリアを見て束の間考え込むと、


「……声が聞こえた気がした。…………っつ」


レナは頭を押さえる。思い出そうとして頭痛に苛まれたように。


リアは「あまり無理しない方がっ……」と、心配そうにレナを窺う。


「すまない……何かすべきことを忘れているような、だが思い出せない……」


レナは悔いるように俯く。途方もないほどの時間を水晶の中で過ごしたのだ。その肉体、精神の状態は想像もつかない。


「リア君の言うことも一理ある。レナ君、目覚めたばかりで申し訳なかった。今後はそこにいるリア君達と同じ施設で生活してもらうことになる。ここにずっと監禁する訳にもいかないからね。アストル厶には手練も多い。そして、君の事情を一番知っている者達がいる。一緒に生活し、多くを学ぶと良い。では、またの機会を楽しみにしよう」


アスタロテはそう告げると、アウレオと共に部屋を出ていった。




リアは「えっと、どうしようか」と、困ったように視点をぐるぐると迷わせていた。


「また、リアがレナ君を背負って連れてけば良いんじゃないー」


ルミナはいたずらにそんなことを言う。


「っもう、ルミナはまた変なこと言う!! ……でも、本当にどうしようか、レナ君は歩ける、のかな?」


リアは戸惑いながら尋ねる。

レナが特殊な対象である以上に、そもそもリアに男耐性がないのだ。今まで女性モデルしか存在しないクラリアスと共に多くの戦いをくぐり抜けてきたのだから仕方ない。

そんな二人の様子をリゼは微笑みながらみていた。


「……レナで良い。少し混乱しているが、身体的には問題ない。案内してもらえればついていこう。それと……僕をここまで運んでくれたのは君らしいな、ありがとう」


「いっ、いえいえ。助けられたのは私達の方だよ。こちらこそありがとう」


「私からもー、リアとリゼを守ってくれてありがとう。あ、私達のことも呼び捨てで良いからね。そっちがリア、私はルミナ、よろしくー。それと……」


ルミナはリゼへ自己紹介を促すように視線を送る。リゼはハッとしたように、


「紹介遅れました、私はリゼ・レグラントです。私のこともリゼで良いです。私もあなたに救われました。ありがとうございます。アストルムについては、リアとルミナよりも詳しいので何かあれば聞いてください」


「リア、ルミナ、リゼ、世話になる」


三人の少女に感謝の言葉を述べられる少年の姿は、小さな勇者のように。

同名で語られる最悪の勇者の面影は微塵も無かった。



──そしてレナを含めた四人の新たな生活が始まる。



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