第二章 6 『オムニシア』


 リア達が辿り着いた場所は、壊れかけた遺跡のようなものが点在している場所だった。


 リセレンテシアには地下迷宮と呼ばれるような場所や遺跡などが多数存在する。

 探索し尽くされた遺跡については、住居を建てるために整地してしまうことが多いが、ここらに住居を構えようと考えるヒトはいないのだろう。



「一番大きな壊れた遺跡の入口ってあれじゃない?」


 リアはすぐに目標を見つけた。

 そこには、リア達よりも一回り小さな少女達が身の丈に合わない荷馬車を誘導していた。

 少女達は情報通り三人いるが、黒づくめの制服に顔半分を覆うほどのマスクをしており、外見的特徴はつかめなかった。


「クラリアス回収の護衛に来たガーディアンのリアです」


「ルミナでーす」


「オムニシアのアリスです。私達は基本的に名乗らないので、何かあれば私に言ってください」


 小さな少女達は会釈する。

 オムニシアとはクラリアス回収部隊の名称である。アリスも偽名だろうか。

 詳しい事情は知らないが、名乗ることに何らかのデメリットがあるのかもしれない。


「ないと思うけれど、もし戦闘になったら任せて。よろしくお願いします」


「よろしくねー」


 オムニシアの少女達の表情は読み取れないが、リア達に向けられる眼差しは、同一の特徴を持ちながら憧れの色が垣間見えた。



 リア達は遺跡に足を踏み入れる。

 崩れかけた広い入口から階段を下っていく。

 神樹麓に存在した大迷宮に比べると、どこか人工的な造りに見える。

 いつの時代か、何かを目的とし意図的に造られたものなのだろう。

 遺跡の外ほど内部は風化していなかった。

 定期的に発光石が配置されているため、地下でありながら視界は悪くない。

 通路を道なりに進んでいくと、少し広めの祭壇のような場所に辿り着く。


「あれ、隠し扉かな? 既に開いちゃってるけれど」


 祭壇の裏に小走りで向かったリアは、不自然に出来た入口を確かめる。


「事前情報から推察するに、その入口の先が目的地です」


 大荷物を背負ったアリスは淡々と答える。

 これ程小さな少女が全く疲れる様子なく仕事を遂行する。

 リアも量産型クラリアスとして生まれは同じはずだが、この子達は中でも特殊に思えた。


「ありがとう。じゃあ行こうか。ルミナは最後尾からお願い」


 アリスを含むオムニシアの少女三人を前方をリア、後方はルミナで警戒しながら進む。入口から更に続く階段を下る五人の足音は反響する。


 束の間、反響していた足音がピタリと止まる。


 目的地の広間に辿り着いたリアは「結構広いね、薄暗いし」と辺りを見回す。


「──モノ・ルクセア」


 リアが詠唱すると、生成された三つの光源が空間に固定され、昼光色が広い空間を優しく照らした。

 リアが使ったのは光の魔術だが、その応用である。本来攻撃に使用する光属性のルクセアを環境光として利用していた。


「光属性の魔術……」


 アリスは光源を静かに見つめる。声のトーンや様子から悪い意味での言葉でないことは感じとれた。


「ガーディアンとしてはあまり戦闘に役立つ魔術じゃないんだけれどね……」


 リアは少し照れながらアリスの方を向く。確かに便利だが、戦闘においてこの応用魔術を使ったことは一度も無い。空間を照らす方法は他にも色々存在する。

 戦闘時は自分の魔力と時間を利用してまで、この魔術を行使する余裕がないのだ。


「リアは光属性に親和性高いからねー。謙遜してるけれど、それだけでも珍しいな素質だよ本当に」と、ルミナが補足するように割り込む。


 アリスは小さく「……羨ましいです」と零す。


 リアとルミナに憧れの眼差しを向け、魔術を羨む。アリスと会った時からずっと存在する一定の距離感。

 オムニシアの少女達は何か深い事情があるのだろう。

 事情を知らないうちは安易に足を突っ込むのは避けた方が良さそうだが、どうしても伝えたいことがあった。


「私はアリスちゃん達のこと全然よく分からないから、余計なことはあまり言えないけれど、一つだけ。アリスちゃん達は、私と同じ量産型クラリアス。だから、私達に出来ることはきっと出来るようになる。それに、アリスちゃん達は私達に出来ないことだって既にできてるんだよ」


「私達にできていること……」


 アリスは考えるが、分からなかった。

 それはきっとアリスの置かれた環境のせいだろう。リアは、その環境を打開するきっかけだけでも良いから、与えたかったのだ。


「破損したクラリアスを回収すること。つまり、アリスちゃん達は私達を救っているんだよ。酷く損傷したクラリアスはオムニシアでのみ回収することが可能。アリスちゃん達以外には救うことが出来ないんだ。こうやって今回は手助けできてるけれど、本来は私にも出来ないこと」


 アリスは「で、でも……回収したところで……」と、言葉を詰まらせる。


 リア達にもにその先は理解できた。

 アリスが言いたかったのは、回収したクラリアスについてのことだろう。

 回収されたクラリアスは蘇生可能と言われている。だが、今までに戦闘で酷く損傷し回収されたクラリアスについて、その後の姿を未だに見たことがないのだ。


「確かに私達は一般的な生物として当てはめた場合、普通じゃない。でも、戦って壊れたままより、君たちが回収してくれたら嬉しいと思うけれどな。君たちのおかげで救えた命は必ずあるよ」


 ルミナはいつも以上に真剣な表情で、アリスと向き合いそう告げた。

 偽善で言っているのでは無く、確たる理由を持っているようにも見えた。


「……そう、だといいな。話を逸らしてしまってごめんなさい。仕事に戻りましょう」



 相変わらず表情の分かりにくいマスクをしているが、リア達よりも無機質で特徴的な目は、些かに光を宿したようにも見えた。



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