第二章 5 『恥じらい』


 夕暮れ時、リアとルミナはネイトに呼び出されていた。


 机の上に置かれたランタンの火は靡く。その様子を眺めているとす少し心が落ち着くような気がした。

 きっとネイトがここにランタンを置く理由もそれなのだろう。


「リアとルミナに依頼が来ているわ。クラリアスの専任依頼、と言えば分かるかしら」


「損傷したクラリアスの回収……」


 リアは小さな声で答えた。


「そう。ガーディアン五人部隊がリセレンテシア北西のとある遺跡に探索に出たが、まだ帰ってきていない。単独で探索に出ていたガーディアンが様子見に寄ったところ、酷く損傷したクラリアスを発見したそうよ。しかし、それ以外には一切何も残っていなかった」


「何も残っていない……か、そんなことあるのかなぁ」


 ルミナは怪訝な表情でネイトの方を見る。

 本当にそれだけなのか、他に言うことは無いのかと尋ねるように。


「いずれにせよ、クラリアスの回収は行う必要があるわ。クラリアス専属の回収部隊三人に加え、リアとルミナに同行の依頼が来ているの。現場には何も残っていないから回収部隊のみでも問題ないのだけれど、念の為戦力の高い人員を用意するようにという事らしいわ」


 ネイトの表情は少し申し訳なさそうに見えた。前回の件があったからだろう。

 今回は前回のような異例では無いため、そこまで構える必要はなさそうだ。


「了解しました。」

「りょうかいっ。」


 ネイトは二人が出ていくのを見届けると、小さくため息を吐き、靡く火を眺めていた。




 ◇◇◇◇◇◇◇



「リアー。どうしたの?」


 リアが戻ってくると、リゼはすぐに質問する。


「クラリアス専用の依頼がきたみたい。あ、でも危険な依頼ではないから大丈夫だよ」


「言えないやつ?」


 クラリアスに縛りによって話せない情報があるのを知っているリゼは控えめながらも心配そうな表情をしていた。


「クラリアス以外の同行はできない決まりになってるけれど、理由は話せるよ。破損したクラリアス回収の手伝いだね。先行で探索したガーディアンが既に情報提供してくれているから、本当にただの回収になると思う」


「それは良かった、気をつけてね」



「ありがとう、心配かけてごめんね、リゼ」


「大丈夫、仲間を信じることも大切だと気づいたから」


 心配をかけているのではないかと思ったが、リゼの表情を見て安堵した。




 ◇◇◇◇◇◇◇



 翌日早朝、リアとルミナはアストル厶を出発した。

 クラリアスの回収部隊とは現地で合流することになっている。

 そこは、かろうじてリセレンテシアに含まれるさほど荒廃していない自然豊かな木々の萌える道半ば。



「ねえ、ルミナー」


「んー? どうした?」



「単純な疑問なんだけれどさ、私達クラリアスってなんで女性モデルしかいないんだろう?」


 リア達が今まで会ってきたクラリアスで女性以外を見たことがない。あまり意識したことがなかったが、良く考えると不思議である。


「なんでって言われてもなぁ。私達量産モデルだし、私達を生み出しているクロスティア学院自体もクラリアスについては、技術提供されているだけらしいからね」


 量産モデルとは、リア達のようにクロスティア学院生まれのクラリアスのことを指す。といっても、リア達は量産モデル以外のクラリアスを一人しか知らない。そのクラリアスはリア達量産モデルの管理を任されている者である。


「技術提供って、賢者アウレオ様だっけ?」


「そうそう。まず表に出てくることないし、居場所も不明」


 少年の件で記憶に新しい、アウレオ・アルヴァイスである。

 クラリアスについてクロスティア学院へ技術提供をしているという話は聞いたことがある。居場所については謎が多く、いくら探しても見つからないとまで言われている。


「じゃあ、どこかに男性モデルのクラリアスもいたりするのかな」


「クラリアスに限った話じゃないんだけれどさ、生物は心を元に肉体か形成されるのが基本。あくまで推測だけれど、クラリアスの場合その心を作ってしまう技術なわけだから、女性の心しか作ることが出来なかったんじゃないかな? なんで女性って聞かれてもよく分からないけれど」



「じゃ、じゃあさ、例えば、私達が他の異性とそういう事したらさ、その……子供とか……さ……」


 リアはもじもじしながらそんなことを言う。

 ルミナはリアの突飛な発言に動転し、口をぽかんと開けたまま制止する。

 束の間、顔も耳も、色がはっきりわかるほどに一気に熱を帯びていた。


 言いたいことは分かる。

 確かに量産モデルであるクラリアスはガーディアンになる前に一通り自分達の説明はされるが、聞いたことの無い話だ。

 そもそも、教育を受ける時点では身体的にそう言う歳でさえないのだ。


「ん? え、りっ、リアッ、な、何を言ってるの?」


 目も頭がぐるぐるする。

 今にも逃げ出しそうになるくらい恥ずかしい。


「いやっ、単純に気になって……ほら、それが可能なら、クラリアスの子供は男性になるかもしれないじゃん? そもそもクラリアスとの混血なんて有り得るのかって話だけれど」


 ルミナは深呼吸をして話す準備をしていた。

 リアは不思議な顔でルミナの方を見る。


「わ、わかんないけれど、前例がないってことは、で、できないんじゃにゃいの?」


 噛んだ。思考が先行する。

 冷静を保とうとする気持ちが発音を阻害した。


「できないって、何が??」


 リアはすこぶる真剣な表情で聞いてくる。


「しっ、知らないよ!!!! もう行くよ!!!!」


 顔を真っ赤にしたルミナはどしどしと大きな足音を立てながら先に行ってしまう。


 リアは「ちょっと待ってよー」とルミナの後をついて行く。



 とても気になるけれど、ルミナにこの手の話を聞くのはやめておいた方が良さそうだ。



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