第二章 4 『異能と魔術』


 アストル厶に帰還し数日が経っていた。


 外見的な損傷以外も癒えて来た頃。

 リア達はアストル厶の外にいた。

 そこは建物の裏に位置する場所であり、豊かな自然の中整地された広大な土地。



「リアー、なんか新しい技でも思いついた?」


 ルミナはケラケラと笑いかける。


 新しい技とは、異能のことだろう。

 異能とは自身の魔力に心を干渉することで事象を引き起こす力を指す。

 異能に種類はなく、原理上どんな事象でも起こすことが可能であるが、簡単に行使できるものでもない。


「そんな思いついてぽんぽん使えるものじゃないでしょう……」


 リアも悩んでいた。

 原因はリアの行使できる異能にあった。

 異能が使える時点で優れているとも言える。だが、リアの異能であるゼノ・エクスクァトは、威力こそ高いものの隙が大きく、当てるのも難しい。要は使い勝手が悪いのだ。


「使えない私が提案するのもあれなんだけれど、精霊と契約するのはどうかな? 丁度今遠征でいないけれど、アストルムにもとっても強い精霊使いのガーディアンがいるんだよ」


 リゼはどこか誇らしげに語っていた。

 確かに精霊使いはそれなりに希少な存在だ。それも高位の精霊となれば相当の素質を持つ実力者と言える。


 ルミナはばつが悪そうに、


「あー……それね、私達には無理なんだ」


「どうして?」


「私達クラリアスはね、自然からかけ離れた存在だから、精霊との親和性が皆無なんだ。どれだけ魔力適正があっても精霊と契約を結ぶことはできないの」


 リアが説明するとルミナは少し残念そうな表情をしていた。

 ルミナがしょんぼりとする意味がリゼには分かった気がした。きっとルミナは精霊のことが好きなのだろう。

 キラキラしたモノ、美しいモノが好きなルミナには関わりたいけれど一方的に背を向けられるような、そんな感覚に近いのかもしれない。


「そうなんだ……まあ、精霊契約なんてそもそも魔力適正、心の本質、どれも優れた者しかできないからね。素直に扱える魔術の種類でも増やそうか」


 リゼは言ってみたものの、自分自身をも否定している気になってきて頑張ろうという心持ちになっていた。


「魔術ね……よくわからないんだよなぁ……」


 魔術は異能に分類されるものだが、規模は小さく、自身の魔力に心を干渉するための方法が形式化されているため、比較的訓練によって身につく可能性が高い。

 逆に言えば、一般的な心を持っていないと感触が掴みにくい。


「ルミナは色々な異能が使えるもんね。羨ましいなぁ」


「そう言うリゼは基本魔術ならほぼ全て使えるじゃん」


 異能が使えないリゼがファーストの階級まで上がってきた理由はまさにそれだった。

 基本魔術には大きく八つの属性が存在する。

 風属性のウェントス、火属性のイグニス、水属性のアクア、地属性のラピス。

 この四つは基本属性とされるもので、さらに氷属性のグラキエス、雷属性のトニトルス、光属性のルクセア、闇属性のテレブレアが存在する。


 八属性の名称は魔術を行使する時のイメージを固定化するための単語と言われている。

 また、その属性イメージに加え、強度を表す単語としてメラ、ギラ、テラ、ゼラ、クエラが存在する。火属性の最低強度の魔術を行使する時は、メラ・イグニスが詠唱単語となる。

 詠唱単語と言っても、必ず詠唱しないといけないわけではないが、訓練の際に単語とイメージをすり合わせるので、詠唱した方が有利ではある。


 単語とイメージのすり合わせを別の単語にすると、その単語がその意味をもつ。異能の詠唱単語がまさにそれである。


 基本魔術は、強度で言うところのテラまでを指す。

 魔術として、ゼラ、クエラまでの強度は存在するが、その次元まで行くと、魔術と異能の境目が曖昧になるのだ。


「基本魔術は使えても決定打がなぁ……」


「まあ魔術が使えるってことは異能もそのうち使えるでしょ」


 ルミナはゆるりと流す。

 てきとうにそんなことを言うが、異能に属するものが魔術であり、その逆では無い。

 異能が使えるものが簡単に魔術を習得するケースは多いが、その逆はそうそういないのである。


「ぐぬぬ……あ、そう言えばリア達が使ってる武器も異能なの?」


 リゼはリアが使う薄氷のような、淡い光子を放つ綺麗な剣を何度か見たことがあった。

 初見はその美しさに目を奪われる程だった。


「ルミナのは大体異能。でも、私のは異能力じゃないかな。クラリアスは、ラクリマと呼ばれる特殊な武器を具現化する能力を有しているの。武器の形は人それぞれで、具現化できない人もいるんだ」


「リアのラクリマは特別だよねー。あんなにはっきりと存在感の強い武器を顕現することの出来るクラリアス、ガーディアンの中ではリアしか見た事ないよ」


 少し羨ましそうにするルミナ。


「ルミナもあれだけ色々な異能が使えるのにラクリマは使えないの?」


「うーん。見せた方がはやいね」


 すると、ルミナは前に手をかざす。

 目を閉じ暫くすると、手のひらに光子が収束していく。

 そして、徐々に形状が整い始めた頃。


 強い光を発したと同時に──パリン、と砕ける音と共に霧散した。


 ルミナは「やっぱりだめだー」とため息を吐く。


「異能が使えることと、ラクリマを使えることは全く違うんだよね。特にクラリアスにとってラクリマの顕現は、特性的に不得手なんだと思う。クラリスにしか使えない武器なのにおかしな話だよね」


 詳しく説明してくれるルミナの目は、少し遠くを見ているような気がした。



 日も暮れる頃、三人はアストルムヘ戻っていった。



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