第二章 3 『覚めない夢』


 夜更け頃、アストルムヘ帰還したリア達はネイトに呼び出される。

 おそらく、特殊治療室へ運ばれた少年についてだろう。


「先程学院から連絡がきたわ。特にリアは気になっているだろうからすぐに報告しようかと思って集まってもらったの」


 リアはそわそわしながら続きを待つ。


「少年の状態は、なぜ生きているのか分からないほど衰弱しているみたい。学院も異例の事態に賢者アウレオ様の意見を聞いたそうよ。状況は悪いものの回復しており、それでも二週間は目を覚まさない見込みということらしいわ」


 アウレオ・アルヴァイスと言えば、フェルズガレアの賢者と言われている者だ。

 賢者アウレオは謎に包まれているが、ヒトの身でありながら数百年もの時間を生きていると言われている。異能の才も突出しており、クロスティア学院とは協力関係にあると言う話は聞いたことがあった。


 ネイトは続けて話そうとしているように見えたが、どう伝えるべきか迷っているようにもみえた。


 ぷつりと会話が止まるように空白の時間が過ぎる。机の上に置かれたランタンの火が揺れ動くのをしっとりと眺めていた。



「で、あの少年は一体何者なんですー?」


 ルミナは長い沈黙に耐えられずに問う。


「まず、純粋なヒト族であることは間違いないそうよ。なぜ、結晶の中にいたのかは不明。衰弱についてはアウレオ様曰く、とてつもなく長い時間が身体機能を低下させたと考えられるが、生きていること自体が異常であると。また、封印に近い技術が用いられているが、フェルズガレアの技術ではまず不可能な領域であると」


「つまり……どういう……?」


 ルミナは簡潔な説明を求める。

 言ってることは理解できるが、結局のところ少年についての情報がほぼないに等しい。


「結論から言うと分からない。けれど、ヒトであることは確かである。フェルズガレア、そしてアストルディアにも未知の存在は未だに多い。だからこそ断定は出来ないが、今とはかけ離れた遠い過去の存在である可能性がある」


 すっと風が通り過ぎたようにランタンの火は靡く。

 数百年もの間生きているとされる賢者でさえ理解の及ばない存在。


 遠い過去のヒトであるとするならば、一体どれほどの時間が経過しているのだろうか。本当に遠い昔の世界を生きていたのだとしたら、その世界のことを聞きたい。


 もし世界が今のようになった原因を知っているのであれば、それは希望の光でもある。ひたすらにフェルズガレアを守護することしか出来ないガーディアンの状況を一変させる可能性がそこにあるのだ。


「あくまで可能性の話よ。少年がもし目覚めた場合は、問題なければアストルムで引き取ることとなっている。本人に聞くのが一番良いと思うわ」


 結局、リアは一言も発することはなかった。

 気になることはルミナが聞いてくれた。ネイトの言う通り、少年が目覚めるのを待つしか無いらしい。


 ガーディアンはフェルズガレアを守るために身を犠牲にしても戦っている。

 少年が遠い過去のヒトだとしたら、目を覚ます前も、後も少年は守ることへの妄執に取り憑かれていることになる。

 であれば、過去、現在、そして未来。この戦いが終わりを遂げることはあるのだろうか。

 終わらないのだとしたら、私達は一体何のために戦い続けるのか。


 いずれ来ることのない平和な世界のために、身を捧げ続ける。

 私達は平和な世界を知らないが、そもそも平和な世界などただの理想であり、存在すらしないのかもしれない。


 苦しむ者が多いか少ないか。表面的に平和に見えるかそうでないか。


 私達が望む平和は世界とはその程度のものでは無いのだろうか。それでもこの世界で生きていくためには戦うしかないのだ。




 ◇◇◇◇◇◇◇



 皆が眠りにつく頃、リアとルミナは食卓の近くにいた。


「リア、ミルクティーいる?」


 ルミナは時々眠る前にミルクティーを飲む習慣がある。リアが大人しくしているのに気づき声をかけたのだ。

 リアはこくりと頷き、差し出されたミルクティーを受け取る。

 何度か飲んだ経験から知っているが、ルミナの作るミルクティーはとても美味しい。渋みは一切なく、まろやかな口あたり、茶葉に至ってはどこから調達したのか分からないほどに良い香りがした。


「何百年も眠り続けるなんて、どんな気持ちなんだろう」


「どうなんだろう、想像もつかないなー……ただ、私は、もしリアがいなくなって、たった一人でガーディアンとして永劫に等しい時を過ごせって言われたら、頑張れないかな」


 ルミナは冗談交じりにそんなことを言う。


 リアは「ふふっ。じゃあ私は頑張って生き残らなきゃ」と優しく微笑む。


「じゃあ寝るね、ありがとうルミナ。おやすみ」


 リアは優しく微笑むと自分の部屋へ戻って行く。

 その背中をつい目で追ってしまう自分がいる。


 冗談っぽく言ったけれど、そうでもない。

 リアの笑顔に何度救われたことか。


 私の知らない私の記憶。

 目が覚めた時からずっと記憶に染み付いた夢。

 その夢を覚ましてくれたのがリアだった。


「……甘い……」


 ルミナはティーカップの底に残った甘い一口のミルクティーを飲み込んで部屋へ戻った。


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