第一章 9 『戦いの後』


「……リア」


 背後から小さな声がした。掠れた声は聞き覚えのあるヒトの少女の声。



「リ……ゼ……? 生きて……」


 自分以外誰も生き残っていないと思っていた。



「気絶してた……守るって言ったのに……私……何も出来なかった……」


 リゼの目から涙が溢れる。重症では無いが、衝撃の影響でまともに歩けない状態。その涙の原因は外傷による痛みによるものではなかった。



「そんなことない……そんなことないよ……リゼ……生きててくれて、ありがとう」


 リアは微笑みそう告げた。そして、自らの胸に手を当てる。この感情は、きっと、本物だ。



「ちょっとー……ちょっと。私の事忘れてない??」


「ルミナっ!?」


 突然の声に驚くリゼ。



「クラリアスはこの程度じゃ死なないよー。……ギリギリ」


 自らの能力で傷口を焼き切り、止血したであろう傷口を抑えながら笑うルミナ。



「ルミナ……良かった……」


 リゼはルミナを見て安堵する。ルミナは腹を貫かれ、自分は気絶していたのだ。生きていた仲間がいるだけで心の救いになった。


「うん。リゼもね。リアも無事でよかった」


 リアに向けるルミナの表情は、ルミナが誰に向ける表情よりも優しかった。リアはルミナの瞳を見据えてこくりと頷ずいた。



「……っと、感傷に浸っている場合でもないね。そこにいるヒトがこの状況を作ったということで良い?」


 ルミナは仕切り直すようにリアに問う。



「……そう。私達はこの人に救われた」


「結晶の中から自力で出てきたってこと??」


 ルミナは疑いの眼差しでリアと少年を交互に見る。結晶の強度を身をもって理解したルミナは、信じられない様子辺りを見渡す。先程まであったほぼ全ての結晶が粉砕しており、足を動かすだけで中にキラキラと舞う結晶。



「わからない……けれど、守らなきゃって、そう言ってた。それで……倒れちゃった」


「守らなきゃ……ね」


 確かに信用できる。自らがまともに生きていられる状態にもかかわらず、他人を助ける。守ると言う妄執に取り憑かれているのだ。


 ルミナ達クラリアスからしたら理解共感できることだ。同時にそれはルミナにとって悲しいことだった。ヒトがヒトらしく生きることにおいて、自分を犠牲に何かを守ると言うことは最も不幸なことであると知っているからである。



「でも本当に良いの? この状況を作り上げる程の力、確実に普通じゃない。断言できる」


「うん。この人がいなかったら、私、ルミナ、リゼ、みんないなくなってた。私にとってはそれが全てだから」


「そうだね。私達が救われた事に違いはないね」


 ルミナは満足したように自分に言い聞かせる。リアが無事だったそれだけで今は良かったと思えた。


 そして、リアは変わった。ルミナが望む方向に。

 一番大切な仲間だから、リアには幸せに生きて欲しいと願っていた。これはその第一歩目、そんな気もした。



「リア、ルミナ。その人、私達を助けてくれたってだけではなくて、本質的に悪い人じゃない事は確かだよ。普通じゃないことも確かだけれど……」


 リゼはルミナ達の後をおすように補足する。


「本質的に?」


 リアは考える。この場合の本質とは、推測によるものではなく、なにか判断材料がある、という事だろうか。



「うん。私、精霊使い程じゃないけれど、素精霊がやんわりと見えるんだ。それでね、その人、ものすごい数の精霊が集まってるように見える。私に見えていない精霊の方が多いだろうから、本当に見たことないくらい不思議な光景。その人が今生きてるのも、精霊達が一方的に力を与えてるからだと思う。普通はそんなことありえないんだけれど……」


 素精霊とは、最も小さな精霊である。魔素結合することで特性、属性を持ち、さらに世界に馴染むことで素精霊となると言われている。また、素精霊は上位の精霊に従属し、その精霊の一部となる。精霊が不滅の存在であるのはそう言った理由からと言う説が有力らしい。


「その本質的に良い人ってのは、精霊がたくさん集まってることに関係あるの?」


 ルミナが意図を汲み取る。精霊が一方的に力を与えることは無いという。つまり、少年が精霊から力を無条件に与えられる理由があるということ。



「精霊使いのガーディアンに聞いたことがあるんだ。精霊に好かれる人に本質的に悪い人はいないって」


「なるほど……私達クラリアスにとって精霊は無縁の存在だからパッとしないけれど理解した」


 ルミナは納得したようだ。自分に見えないものを疑っても仕方ない。今はリアとリゼを信じよう。



「それよりどうしようか、この人も置いていくわけには行かないよね?」


 リアが切り出す。ある程度時間も経ち休息もとれた。そろそろ帰還を考える頃合だろう。



「とりあえずアストルムへ帰ろう。それと……」


 リゼは言葉を詰まらせる。



「どうしたの?」


 リアが首を傾げる。ルミナはリゼの問いかけの続きを察しているようだった。



「あのね……聞いて良いのか分からないけれど……アルテア達は……」


「ごめんね、破損した意識のないクラリアスの身体は、例外を除いてその場から動かしてはならないんだ。後で専任のクラリアス回収部隊が来るから、任せるしかないの。詳しくは知らないけれど、酷く破損している場合、生物の医療機関ではなくて専門の施設でないと修復出来ないみたい」


 リアは視線を落とし、申し訳なさそうに返答する。


「そうなんだ……辛いこと聞いてごめんなさい」


「大丈夫、心配してくれたんだよね。ありがとう」


 リゼとリアのやり取りを見ていたルミナは小さく微笑んだ。



「よし。じゃあ帰ろっか」


 ルミナは、地面に落ちていた結晶の破片を左手で拾い、眺めながら言う。


「うん、と言うかルミナ一番怪我酷いんだから。って、また結晶なんて拾ってる」


「なっ、別に良いじゃんかー」


 頬を染めながらキリッと反抗するルミナ。



 幸せそうな二人を見てリゼは思った。魔導式戦闘人形クラリアス。


 心を持たない。

 生物として定義されていない。

 本当にそうだろうか。


 こんなにも、泣き、笑い、苦しみ、慈しみ、自らの存在の意味さえ探し続け、それを見つけることさえできる存在。


 ──それは、自分よりもヒトらしく心を持ったヒトであると。



「ほら、リゼもこっちきなよー」


「うん。ルミナ、肩貸すよ」


「ありがとうリゼぇぇぇ……」



 ルミナはついぞ手に入れた結晶を嬉しそうに左手に持ち、リゼの肩をかりるのだった。



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