第一章 8 『結晶に囚われし者』
リアとルミナは完全な変質を遂げる寸前で止められた。
「──ああ゛ぁっぐ」
苦悶の声と共に変質は失敗に終わる。ルミナの腹部を黒い影の腕が貫通していた。
「……なんっ………で……」
リアも動揺のあまり変質は失敗に終わった。前に出たメリエラは半壊状態で吹き飛ばされており、リゼも同様に壁に打ちつけられて落ちていた。その間三秒にも満たなかった。
目の前にいる存在は理解できない。今まで戦ってきたどんなゼノンとも次元が違う強さ。悟ってしまった、倒せるはずがないと。リアの変質が失敗に終わったのは、きっと潜在的に諦めてしまったのだろう。
私達は戦うことが目的であり、戦う為だけに存在している。
私は魔道式戦闘人形。
ヒトの心がないのだから仕方の無いことだ。
心がないのにどうしてこんなにも痛いのだろう。
それもここで終わりと思えたら、少し楽になった気がした。たった一つの存在意義さえ守れない自分に嫌気がする。
黒い影に喉元を掴まれ、持ち上げられたリアの口角は上がっていた。
「……本当にバカみたい……私」
喉元を締め付ける強さは次第に増していく。キリキリと息が詰まる。不思議と痛くなかった。
何もかもどうでもよかった。胸の辺りに大きな穴が空いたような感覚。穴を埋めてくれるのがこの苦しみであるなら、心地よいとさえ思えた。
何も感じない、自分にはヒトの心などない、そう思ってた。
感情さえもヒトを模倣して作られたものだと、そう思ってた。
たった一つの存在意義さえ失った今、なんの感情も無く滅びゆく定めだと。ぽっかり空いた穴を埋めるなにかを探している。
私がもし、クラリアスでなかったのなら、ガーディアンでなかったのなら、一体何を探し、何を求めていたのだろう。
そうか、これがヒトとしての心。私にも一応心はあったのだ。
現実は残酷である。ヒトの心を理解しても、ここで死んでしまう事実は変わらないのだから。
遠のく意識とともにゆっくりと視界が暗くなってゆく。
──音がした。
パリン、パリンと。
戦える者など誰もいないはずなのに。その瞬間、首を絞める強さが緩んだ気がした。意識が微かに戻った。指から震えているのが伝わってくる。
そういえば、何故この黒い影はリアのことをタリア達のように容赦のない攻撃をするのではなく首を絞めたのだろうか。考えて分かるはずもないが、今力が緩んだこととなにか関係があるのだろうか。
意識が完全に戻り目を開けると、正面の人影の閉じ込められた巨大な結晶に亀裂が入っていた。
パリン、パリンと。
その音は氷が割れる音にも、ガラスが割れる音にも似て非なるもの。
この世で聞いたことの無い音色だった。
結晶全体に亀裂が入る。
中の人影から定かではないが、視線を感じた。
──そして。
一閃。
神々しい光の粒子を巻き込み、辺り一体の結晶は風圧だけでダイヤモンドダストのように粉々に砕け、拡散する。次元の違う黒い影の猛攻でさえ、傷一つつかなかった結晶が粉砕したのだ。
その一閃は、黒い影を貫き、リア達が通って来た一つ前の空洞まで繋がる巨大な風穴を開けていた。攻撃の範囲内にいながら、リアは無傷だった。そして、間近で見ていたリアには黒い影が消滅する寸前、心做しか微笑んだようにも見えた。
軌道上には塵一つ残っていなかった。世界の理さえ変えてしまう程の一撃、広く世界を知らないリアでさえ今の一撃が異常であることは理解できてしまった。
一閃を放った存在は、巨大な結晶の前に膝をついていた。それは、純白の髪を持ち、灰色の瞳をした少年だった。
リアは何が起きたか分からず、立ち尽くす。少年に救われた、それは確かな事実だ。
あれほど強大な力を振るった存在が前にいる。見方によっては黒い影の何倍もの脅威になり得るのだ。だが、不思議と恐怖はなかった。
少年は、ふらふらと、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「…………ゃ……」
聞き取れない。
「……も……な………ゃ……」
まともに声も出せないのだろう。外的損傷はないものの、目の前の少年がとてもまともに生きてられる状態でないことはなんとなく察しがつく。
「……まも……らなきゃ……」
「…僕……が……守ら……なきゃ……」
少年はリアの目の前まで来て、倒れ込んだ。リアはとっさに受け止める。少年の守る事への妄執。
かつてはそうでなかったこかもしれない。それは、リア自身クラリアス、ガーディアンとして生きる意味の終着点であるのだろうか。否、そんなに生易しい世界の話ではないと、理解出来てしまった。
そんな少年に助けられた。助けられてしまった。
視界が滲む。リアの目から透明の液体が溢れる。涙と言うやつだろうか。クラリアスが涙を流さないなんて話がある訳では無い。だが、リアが生きてきた中でクラリアスが泣くところを見た記憶は一度もない。
なぜ涙がながれるのだろうか。それは自分が助かったことによる安堵か、何一つ出来なかったことによる悔しさか、それとも何も守ることが出来なかったことによる悲しさか。
あるいは、ヒトの心を理解してしまったからだろうか。
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