第一章 7 『黒影』
タリアの胸は黒い影のようなものに貫かれ、その衝撃により身体の一部が飛散したように見えた。
神秘的な光景に目を奪われたと言えど、移動から攻撃までの速度は異常でタリアが胸を貫かれるまで、誰もが反応することが出来なかった。
驚愕の声を漏らすリア達。タリアを破壊した黒い影はリア達の前に姿を現す。
それは、ゼノンのような異形でも、強力な魔獣でも無かった。
ヒトでありながらヒトで無くなった者。黒く爛れた肌に、生物としての機能を失ったであろう器官の数々。
ヒトの姿をしているため、ゼノンでないことは明らかだ。
以前、精霊使いについて少し聞いた事がある。
精霊使いが精霊の力を行使することは、個人が異能を行使することとは別の方法であり、ある意味での抜け道でもある。
また、契約については古来から世界との繋がりが強い精霊達にとって、自らの力を委ねる相手を選び、その上で力の用途を制約するために行う。
精霊契約した者は、その契約を破ると例外を除き咎人となる。
──曰く、咎人は黒き肌を持つ、人ならざる者であると。
実際に見たことはないが、語られる咎人の姿こそが、今目の前に存在する黒い影のようにも感じた。
リアの目には一人の少女のように映っていた。外見的なことでは無い。ただひたすらに、結晶に閉じ込められたヒトを守っているように見えたのだ。
黒い影は、表情も壊れて読み取れないが、赤黒い双眸は穿つようにこちらを睨んでいた。
刹那、爛れた唇が動いた気がした。
発せられた微かな音は、リア達が理解できない言語か、聞き取れなかっただけなのか。ただ、今まで感じたことの無いほど、不気味で恐ろしいと、心が感じ取っていた。
「──プラエ・サングレス」
危機を感じたアルテアは真っ先に行動した。詠唱と共に、アルテアを中心にリア達の周囲を囲う半球状の結界を展開する。
アルテアのあらゆる器官から血が流れるが、ものともせず、結界に力を注ぐ。アルテアが行使した異能は、自らの魔力と肉体を糧に強力な結界を構築するものである。故に自らの魔力量を超えた規模の力を結界として展開することが出来る。
その頃、黒い影の正面には複雑な模様の刻まれた円陣が形成される。空気は振動し、空間中の魔素が円陣の中心に収束されているようにも見えた。
魔素とは空気中に漂う魔力のようなもので、その起源は精霊の中で最も最小である素精霊と近い存在とされている。
魔素を利用することを可能としている時点で、その存在が限定されてくる。精霊使い、咎人、そして詳しくは知らないが、アストルディアの異能とは異なる能力を行使する者達の中に、魔素を利用できる者がいるという話をリア達はクロスティア学院で聞いたことがあった。
だが、黒い影は果たして魔素を利用しているのだろうか。その様子は一方的に魔素を喰らっているようにも見えた。
そして、黒い影が攻撃を繰り出すよりも先に、アルテアの結界が完成する。
少女は大量に流した血の上で、何とか立っていた。自らの血肉を限界まで糧とした結界の構築の完成、苦痛よりも安堵が上回っていた。
結界の中、リア達は戦闘態勢を整える。
──間に合ったと思った。守れたと思った。
刹那、少女の幻想は、ヒトの姿をした異型から放たれた禍々しい光線により、結界諸共、薄氷のように容易く砕かれた。
その強固な結界が破られることは、アルテアの破滅を意味していた。結界が破られる寸前、アルテアは自らを犠牲にするつもりで結界を強化したのだ。
結界により拡散した光線は、大空洞の地形を破壊した。
それでも、辺りの結晶だけは無傷のまま佇んでいた。
結界により、リア達は一命をとりとめた。
「リア、ルミナ、リゼ、私が時間を稼ぐ」
メリエラは、そう言い残し、ボロボロの身体で立ち向かう。
また仲間を失うのか。否、それだけは防げねばならない。そのためにここに来たのだから。
リゼは「私も行ってくるね」と一切の迷いなく一言うと、メリエラの後を追う。
何故そこまでできるのか。
ヒトとして生まれ、ヒトの心をもっていながら、何故そこまで戦えるのか。身を犠牲にするのは私達クラリアスだけで十分だ。
ヒトでさえない私達人形が価値あるヒトを、憧れたその心を持つヒトを守れないのであれば、私達の存在は本当に無価値だ。
それだけは否定したい。私が私として今、ここに立つ意味だけは他の誰にも譲れない。
だからこそ──。
──私達が戦わなくては。
──私達が守らなければ。
「──リア」
「ルミナ──」
二人はお互いの目を見て確認するように覚悟を決める。
「「ニュークリアス=オーバークロック」」
二人は変質するように。
肌には幾何学的な光の模様がゆっくりと滲み出る。その模様は流動するように発光体を全身に巡らせる。
そして、特徴的な目も彩度が上がり、虹彩は発光していた。
ヒトとは思えないほど綺麗な髪と肌、特徴的な無機質な瞳。それでも、外見はあくまでも表面的なものであり、リアとルミナのような感情があれば、ヒトと呼ぶに値する存在だった。
しかし──。
──今の二人の存在は、とてもヒトと呼べるものでは無かった。
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