第一章 4 『少女の決意』


 整備された道、複雑に立ち並ぶ建物で反響する轟音。

 リア達はリセレンテシアの街中でゼノンと戦闘を繰り広げていた。


 リセレンテシアは、世界の根源とも言われている巨大な神樹の付近を囲うように存在するフェルズガレア一栄えた街である。

 クロスティア学院、アストル厶、その他ガーディアン施設などが多数存在し、フェルズガレアの中でも一段と安全とされているため、人口密度が高い。

 逆に、人工物が多いこともあり、ヒト族以外の人種はリセレンテシアを避ける傾向もあるらしい。


 そんな安全な街であるが、ゼノンの発生は避けては通れない災害だ。心を持った生物が死亡した時、ゼノンへと変質する可能性は誰もが秘めている。



「──ギラ・ルクセア!!」


 詠唱と共に煌びやかな光の一閃がゼノンに突き刺さる。


 ヒト三人分程の大きさのゼノンを前に、リゼは杖を構えていた。

 杖は魔術の補助をする触媒であり、リゼの持っている杖の先端にあしらわれた魔石はナイトシェルという貴重な魔石を削り出したものだ。

 触媒を使うことで魔力を効率的に使用することができる。

 中でも、ナイトシェルは無色透明の魔石で、あらゆる属性に効果を発揮すると言われており、複数属性を利用する者に適した魔石と言える。

 リゼが選んだ理由も正しくそれだった。



「──エレクア!!」


 ルミナは怯むゼノンへ追撃を行う。

 紫紺色の電撃がゼノンの動きを完全に封じる。


 そして、リア一直線に加速すると、剣尖は直線を描くようにゼノンを両断した。



「ふう……街への被害がおさえられて良かった」


 リアは安堵する。

 手に握る薄氷のように澄んだ剣は、青い光子の拡散と共に消滅した。



「連携完璧じゃん私達!!」


 リゼは目を輝かせ二人を見る。

 それはリアとルミナも思うところである。

 リアとルミナの息がピッタリなのは当然なのだが、様々な魔術を器用に使いこなすリゼの存在が二人をきれいにまとめあげていた。


「さ、帰ろっか」


 ルミナは足早に立ち去ろうとする。が、その不自然な様子を見てリゼが一言。


「ルミナ、帰るなら方向逆じゃない?」


 ピタッと固まるルミナ。

 確かにリゼの言うことは的を射ている。

 ルミナの方向から帰ると、かなり遠回りになるのだ。



 その様子を見たリアはふふっと笑い、


「なんか少しお腹空いたなー。甘いものでも食べたいなー。

 あ、そう言えばあっちの方に良く行ってたケーキ屋があるんだよね。ちょっとよってかない?」


「ケーキ?! 良いね、行こう!! こっち?!」


 乗り気になったリゼは先頭を行く。リアは場所を教えるために負けじと追いかける。

 そんな二人の後を俯きながらてくてくとついて行く少女は紅潮を振り切るように走り出した。




 ◇◇◇◇◇◇◇



 その夜のこと。

 アストル厶のガーディアンはネイトに招集された。

 どうやら、リア達がアストルムへ移動になってから、初めての大きな依頼が来たらしい。



 ネイトは「今回の依頼内容を説明するわね」と、少し怪訝な様子で話し始める。


「……目的は神樹の麓に位置する大空洞の探索」


 その内容を聞いた誰しもが疑問に思っただろう。


 束の間、沈黙を破るようにリゼは前に出ると、


「ちょっと待ってください。神樹の麓が不可侵領域であることくらい、ガーディアンなら誰でも知ってることですよ」


 そう、神樹の周辺は不可侵領域とされている領域が存在し、誰もが立ち入っては行けないという暗黙のルールがある。クロスティア学院はそれを規則と定め、ガーディアンはそれに従う義務があるのだ。


「そうね。ただし、その大空洞がある場所は、不可侵領域外の地下迷宮区最深部。言い換えれば、大空洞のみが不可侵領域内だということ。そして、前回探索したガーディアン達は気づかず進行してしまった」


「そのガーディアン達はどうしたんですか?」


「………帰ってきていない」


 ネイトは言いづらそうに告げる。

 何故そのような場所を探索させたのか、何故帰ってきていないのか、あまりにも情報が欠落している。


「そんな……」


「 大空洞にはきっと何かある。けれど、不可侵領域内であることがわかった今、なぜ今回のような依頼が来るのかという疑問もある。それでも私たちはやれることをやるしかないわ。今回の探索にでる編成を発表します。リア、ルミナ、アルテア、タリア、メリエラ、以上」


 五名全てがクラリアス。

 危険度の高い得体の知れない依頼には基本的にクラリアスが選ばれる。それはクラリアスの持つ特殊な力に所以する。

 そして、その事実を知る者は極一部と言われている。


 だが、それ以上に、一人の少女にとっては自分の知らない所で仲間を失うのが耐えられなかった。


 ──それが当たり前に受け入れられているこの世界が、過去の自分が、許せなかった。



「……私もっ、私も行かせてください!!」


「リゼ、あなた自分が何を言ってるのか分かってるの?」


 普段大人しい少女による突然の叫びに面食らうが、それでもネイトは冷静に聞き返した。


「私はガーディアンです。私は私の大切な仲間を守りたい」


 リゼは真剣な眼差しでネイトを見つめる。

 仲間を守れなくしてなにがガーディアンだ。


「それは、あなたが死んでもしなければならないことなの?」


「リア達が死ぬのが分かっているような口ぶりですね」


 ネイトさんには感謝している。

 それでも今回は譲れない。


「あなたが死んで、リア達を殺すことになるかもしれないわよ」


 ネイトは冷たく言い放つ。

 それはリゼが死んでゼノンになった場合の話をしているのだろう。

 今のリゼにとって一番辛い未来を提示することで、覚悟を試しているのかもしれない。


 それでも、私の覚悟は揺るがない。

 今まで見過ごしてきた命の重さは、そんなに軽くないからだ。


「私がここでついて行かず、リア達がいなくなったら、私が殺したも同義です」


「……そう、分かったわ。リゼを今回の編成に加えます」


 この時、初めてネイトの瞳が揺れた。

 心做しか桃色の瞳からは、悲しみの色が見えた気がした。


「以上。出発は三日後よ」




 ネイトの説明が終わると、各々は元の場所へ戻っていく。

 遅れて部屋を後にするリゼは後ろから声をかけられる。



「リゼ、リア達のことをお願いね」


 短い言葉。

 だが、それが本心であることが理解出来た。


「はい。必ず生きて戻ります」




 ──今度こそ、仲間は私が守る。



 ヒトの少女は胸に手を当て、もう一度、強く決意したのだった。



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