第一章 3 『美しい瞳』
宵の口、リゼは一人の少女を探していた。
外に出るには肌寒い時期、アルテア達は暖炉の前に集まり表情を緩ませていた。
そこにリアの姿は見当たらず、自室にもいなかったのだ。
辺りを見渡すと、少し離れたソファーの上に寝転がり、空色の小さな水晶玉を眺めるルミナの姿があった。
「ルミナ。リアが何処にいるか知ってる?」
「うーん。一人になれる所とか? リアはね、いつも自分自身を見ているんだ。誰にも染められない綺麗な結晶」
ルミナはそんなことを言いながら、水晶玉越しにリゼを見る。
真意は分からないが、察するにリア自身のことで悩んでいるというとり方もできる助言だ。
「リアは、何か悩んでたりするのかな……?」
「どうだろう、クラリアスのことだとは思うんだけれど」
自分自身、それはおそらくクラリアスという存在そのものについての悩みなのだろう。クラリアスが他の生物と異なる存在であること。その程度はガーディアンであれば誰でも知っている事だが、詳しい内容はほとんどの人が知らない。
踏み込むべきか悩むが、リアの手助けをしたい気持ちが勝っていた。
「ねえ、ルミナ。クラリアスってどう言う存在なの?」
「ごめん、根幹的な話は私達の権限では出来ないんだ。これは規則ではなく、物理的に話すことができない。そう言う縛りになってるんだ。ただ、言える範囲で簡単に答えると、クラリアスとは『魔導式戦闘人形』の総称だよ」
「魔導式戦闘人形……?」
「うん。文字通り戦う人形。でもね、心の成立ちはリゼ達、ヒトと同じらしいよ」
「心……?」
リゼは頭を抱える。文字通りの戦闘人形だとしたらそれは生物ですらないということ。リアが? ルミナが? そんなことが有り得るのだろうか。
「よく分からないよね、でもそのことについてはこれくらいしか話せないんだ、ごめん」
「こっちこそ変な事聞いてごめん。何となく聞いちゃいけないことなのは分かってたんだけれどね」
「んん。大丈夫。それと、あの……」
らしくない口ぶりでルミナが言いかける。
リゼを見る瞳は水晶玉越しでは無かった。
瞳を見たリゼは思った。
──その瞳は水晶玉よりも綺麗であると。
「……リアをよろしく」
ルミナは少し恥ずかしそうにそう加える。
今のリアを真の意味で救えるとしたら、それはきっとクラリアスでは無いのだろう。
だからこそリアのことは任せようと思った。
「うん、任せて。一人になりたいところ、心当たりあるから。ルミナも何か悩み事あったらなんでも言ってね!!」
リゼは張り切って答えると、駆け足で部屋を後にした。
「悩み事……ね、私は少しの濁りもない綺麗な水晶玉を眺めるのが好きなんだ。好きなものに憧れる。でも、それはあくまで憧れであって、自分がなりたいわけではないんだよね」
水晶玉を大切にポーチにしまったルミナは自室へ戻る。
◇◇◇◇◇◇◇
それはアストルムの外、星月夜に空を眺めるリアがいた。
自然の中、星明かりに照らされ表情を曇らせるクラリアスの少女は、美しくも儚く、今にも消えてしまいそうな、そんなふうに見えた。
「リア。ここにいたんだね」
「リゼ…」
「どうしたの? 寒いでしょ。私でよければ相談にのるよ。もちろん、リアが話せることだけで良いんだ」
「そう……ルミナに聞いたんだね」
リゼは静かに頷く。
僅かな静寂が、儚くも消えかけの少女を攫うように流れる。
ただ、諦めているようには見えなかった。
だから私は少女の次の言葉を待つことにした。
「私ね、思うんだ。私達のしている事は正しいのかなって。私達ガーディアンがいなければフェルズガレアはきっと維持できなくなる。フェルズガレアに暮らす人達を守るために戦う。それは大切なことだと思う。私はクラリアスだから、戦って壊れても良いと思ってる。でもね、仲間が同じように壊れていくのを見るのは辛いんだ」
短い沈黙が胸をキュッと締め付けた。
私がリアにかける言葉はそのどれもが私の言葉だ。
リアが望んでいる言葉ではないかもしれない。
それでも、私は伝えようと思った。
冷たい風が肌を撫で、感情を後押しするように。
「私の仲間はもう何人もいなくなってる。仲間と戦いたかった時、守りたい時、仲間のそばにいることが出来なかった。それは、私がクラリアスじゃないから。理解はしてるんだ。クラリアスと私達とでは決定的に違う点がある。だからこそクラリアスはよく危険な戦場へ送られる。──そして、いなくなる。でもね、理解してるのと、私の気持ちは別物なんだ。私はフェルズガレアのみんなを守りたい。そこにはクラリアスの仲間も含まれているんだよ」
「仲間を守る……? でも、私はクラリアスで、ガーディアンで……」
ガーディアン一つとっても考え方は様々だ。
クラリアスがルミナの言う魔導式戦闘人形だとするならば、考えが異なるのは必然と言えるだろう。
それでも、リゼは自分の気持ちを伝えたかった。
例えエゴだって良い。
幾度なく重ねた後悔の末、二度と後悔はしたくないと、そう思ったのだ。
「リアの考えは間違っていないよ。私はクラリアスのことを何も理解してないと思う。それは、私にもリア達にもどうにもできないことなんだと思う。でも、だからこそ、私は、私の思うガーディアンになる」
リゼはリアの目を見据えて決意したように答える。
エリネル、デリア、アグライア、手を伸ばせば届いたかもしれない。
──次こそは、私が仲間を守るんだ。
「リゼ、ありがとう。これからもよろしくね」
リアはリゼの目を見据えて柔らかな表情で言う。
星影にも劣らぬ美しい瞳は、表情とは裏腹に無機質だった。
それがクラリアス特有のものか否か、リゼには理解出来なかった。
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