断罪された悪役令嬢が送られてきますが、修道院はゴミ箱ではありません!

ひるね

断罪された悪役令嬢が送られてきますが、修道院はゴミ箱ではありません!

 それは、初夏の日差しのまぶしい午後のことだった。


 辺境の離島にある聖マライア修道院。

 その古ぼけてすり減った石づくりの廊下を、一人の少女が歩いている。

 修道女見習いの服を着ている。茶色の瞳にはよく言えば落ち着いた、悪く言えば退屈を隠さないジト目の表情を浮かべている。唇をへの字に引き結んでいるとわかりにくいが、笑えばきっとかわいいだろうなと思わせる少女だった。

 だが、少女はそんなことに興味はありませんと言わんばかりにずんずんした足取りで廊下を進み、最奥にある厳めしい扉をノックした。

 中からは「どうぞ」という声が聞こえ、見習いの少女は小さい声で「失礼します」と言って扉をくぐる。


 昼間だというのに、部屋の中は暗い。院長室は半ば物置と化しており、上部にある小さな明り取りの窓からしか日が差し込まないからだ。

 その中にまるで骸骨のような老女の姿を見つけると、お化けを見つけたような気分になって少女は少しだけ体を固くする。

 だけどそれを悟られぬように努めて冷静に、


「院長さま、何か御用ですか?」


 と行儀よく尋ねると、院長は少女に向かって愛想よくほほ笑んだ。


「ああ、ミーナ、よく来たね。おまえに新しい子のお世話をお願いしようと思ったんだよ」


 面倒な用事を言いつけるときほど、院長の愛想がよくなることを少女はすでによく知っていた。

 ミーナと呼ばれた少女は嫌な予感と共に唾を飲み込む。

 それでも、予感が外れていることを心のどこかで期待しながら、おそるおそる院長に尋ねる。

 

「ま……まさか!!」


 だが、その期待は院長の返事によって即座に裏切られることになる。

 

「そう……追放された悪役令嬢がこの修道院に送られてくる。ここで面倒を見るからね」

「またですかー!?」


 ミーナは天を仰いで叫んだ。


 まさしく「また」であった。

 この修道院には定期的と言っていい程の頻度で、悪辣非道の限りを尽くし、その罪によって追放された令嬢、すなわち悪役令嬢が送られてくるのである。


 小国の乱立する大陸から少し距離があり、権力闘争から無縁である小さな島の小さな修道院というのが、おそらく諸国の高貴な人々のお気に召すのだろう。

 いかに悪道の限りを尽くしたご令嬢でも、島に閉じ込めてしまえば牙を抜いたも同然。

 貴様のことは許せん。この王都には不要であるし、二度と顔も見たくない。だが清貧を旨とする修道院で、それまでの絢爛豪華な暮らしを没収され、汗水垂らして労働するなら溜飲を下げてやる。ざまあみろ。

 きっとそんなところなのだろう。


 なんてことだ。

 ミーナはそう思う。

 修道院はゴミ箱じゃないんだぞ。「いらないもの」を投げ捨てておいて知らん顔なんて、そんなこと許されるわけがない。

 

「そろそろ馬車がついた頃だよ、すぐに行っておやり。あとはいつも通りに相手すればいいからね。じゃ、頼んだよ」


 用事を言いつけたらすぐに立ち上がって退散した院長の手元に金貨があったことを、ミーナは見逃さなかった。


 どうせまた、報酬に目がくらんで厄介ごとを引き受けたに違いないのだ。そして、その尻拭いをするのはいつも自分の役割なのだ。

 院長は賭け事に目がない。きっと悪役令嬢を引き受けた謝礼金を元手に、今日は島主をはじめこの近辺のお偉いさんがたと賭博や飲酒に明け暮れるのに決まっているのだ。

 

 これもまた、いつもの話であった。


 院長はとんだ生臭シスターである。自他ともに認めているし、その評価はまっとうであるとミーナも思う。

 だが、生臭なのは院長だけの話ではない。この修道院のシスターたちは皆、多かれ少なかれシスターと呼ぶには風変わり過ぎる趣味を持っていたし、この修道院にいる人間が真摯に神に祈るところなんて、ミーナは一度も見たことがない。

 そもそもこんな辺境で、真摯に祈る人間なんかいるものか。神に祈りを捧げて飯が食えるわけではない。質素清貧なんてお題目を唱えたところで寒さが凌げるわけでもない。

 だから、この修道院ではとっくの昔から祈りなんて放棄して、シスターたちは代わりに毎日畑仕事に精を出しているのだった。

 神像が捧げられるべき祭壇には畑で収穫した豆が捧げられるようになって久しい。


 修道院は祈りの庭。シスターは敬虔で純潔の神の花嫁。そんな幻想はそれこそ首都の汚れ切ったゴミ箱にポイするべきなのである。

 ミーナも特にそのことに異論はない。祭壇に豆が捧げられているのも、朝の祈りの時間にみんなで畑の水撒きをするのにももう慣れた。

 ただ、一つだけ納得いかないことがある。


 それが、各国から追放されてくる悪役令嬢の世話だった。


 ミーナは「まったくもう、院長さまはいっつもそればっかり!」と肩を怒らせながらもずんずんとした足取りで修道院の入り口に向かい、車止めにつけられた立派な馬車の扉をパアン! という音を立てて開いた。


「きゃあ!」


 馬車の中にいた少女が驚いて声を上げる。

 金の巻き毛と青い瞳、キツそうでも美貌と呼べる容姿を持つ少女だが、今は涙で台無しである。

 ミーナは馬車の隅まで後ずさって怯えながらこちらを見上げる少女に向かい、手も差し伸べずに言い放つ。

 

「さあ、さっさと立って、こちらへ来てください!」


 少女はミーナの気迫に気圧されて、おそるおそるといった風に声を出した。


「あ、あの、わたくしは……」

「話はこちらで聞きます。今は足を動かして!」


 少女の発言に声をかぶせてそう言ったきり、ミーナは肩を怒らせてもう一度ずんずんと歩き出した。

 金髪の少女は訳もわからぬまま、しかしこれ以上馬車の中に止まるわけにはいかないと考えたのか、おっかなびっくりといった足取りでミーナの後ろをついていく。


 ミーナはそのまま、礼拝堂の後ろに備え付けられた小さな懺悔室に入った。入り口はふたつ。間仕切り越しに向かい合って、お互いの顔を見ないままでも会話できる仕組みだ。

 ミーナは向かいの席に座り、金髪の少女にも席に着くよう促した。


「え、ええと……」

「さあ、ここであなたの罪を告白しなさい。一体なんだって、こんなへんぴな修道院に追放なんてされたんですか?」


 つっけんどんな口調のまま、ミーナは言う。

 ここに送られてきた悪役令嬢なんて売るほどいるが、えてして最初はめそめそしているものである。

 だからミーナはまず最初にここに連れてくることにしている。これからここで暮らすにあたって、不満は全部最初に吐き出させるべきなのだ。過去を悔やんでばかりでは何も変わらないのだと気付かせるべきなのだ。

 そうしなければ、新たな道を歩くなんてできないから。


 それきり黙ってしまったミーナの前で、『悪役令嬢』の少女はしばらく戸惑うように視線を彷徨わせていたが、やがて意を決して話しはじめた。


「わ、わたくし、キャサリン・ロードバーグと申します……」


 そんな自己紹介から始まったのは、おおむねこんな話だった。


 公爵令嬢として生まれたキャサリンは、幼いころから王太子の婚約者となるべく教育されてきた。刺繍、ダンス、詩の暗唱、勉強に社交、しかし王子はキャサリンに冷たく、それどころかぽっと出の平民出身の女性を寵愛して愛人として囲い込み、それに忠言したキャサリンを自分の想い人をいじめた加害者呼ばわりして公衆の面前で婚約破棄を言い渡し、身分を剥奪して修道院に追放したのだという。


 なんてよくある話だろう。

 ミーナはそう思った。

 いっそ清々しいほどに典型的な断罪と追放だ。断罪する側に教科書でもあるのかと思うほどだ。


「わ、わたくしが悪いのですわ」


 ミーナが顔面全部を使って呆れの表情を浮かべていることには気づかず、キャサリンは涙ながらにそう訴える。


「わたくしが至らないから、王太子殿下はあんなことをおっしゃったんです。カリナ嬢だって、きっとわたくしが何かしてしまったことで傷ついて、……全部わたくしが悪いのです!!」


 涙ながらに語るキャサリンを見ながら、これはいけないとミーナは思う。

 すっかり自責感情に染まりきっている。


 どうしようもない状況に放り込まれたとき「自分が悪い」と思い込み、自分が変われば状況は改善すると根拠のない思想を抱え込むものが時々いる。

 しかし、現実はそんなに簡単じゃない。そもそも自分の価値を認めてもらえなかったからこんなことになったのだ。

 今更自分が変わればみんなが認めてくれて救われるなんて考えは、お菓子よりも甘すぎるとミーナは思う。


「なんでそう思うんです? あなた、本当にそのカリナ嬢をこっぴどくいじめ抜いたんですか?」

「皆が言うのだから、きっとそうなのでしょう」

「『皆が言う』? なら、あなた自身はどうなんですか。いじめようと思っていじめた? それとも、何かの拍子にいじめに見えるようなことをしてしまった?」

「ええ、きっと後者なのだと思います。だってあんなに……泣いて……」


 と言いつつキャサリンが泣く。

 それでもミーナが根気よく聞きだしたところ、件の平民女性カリナ嬢は王太子に案内させた王の御前でキャサリンにいじめられたと涙ながらに訴えたという。

 それは誰が見ても涙を誘う舞台のように美しい弁論で、それを聞いた誰もがカリナ嬢に同情し、誰もがキャサリンを責め立てたらしい。


 極悪、高慢、権力を笠に着て身分の劣るものを害する女に王太子妃が務まるはずがない。

 王太子とカリナの話を聞いた全員がそう言って、キャサリンを表舞台から遠ざけ、この修道院に送り込んだ。


 それを聞きながら、ミーナは口をはさんだ。


「ちょっと待ってください。それっておかしくないですか?」

「え?」


 涙ながらに懺悔していたキャサリンはきょとんとして聞き返す。


「だって、あなたは何もしていないんでしょう? 少なくとも悪意を持ってカリナ嬢を害したりはしていないんでしょう? なのにどうやって、カリナ嬢はあなたのいじめを立証したんですか?」

「そ、それは、だって王太子殿下がそう言って、王もその主張を認めたのです。疑うなんて、誰にもできるわけ……」

「っはー!! 『王太子が言った』だけで証拠になると! 権力者が言えば赤いリンゴも白くなるってわけですか。もーそれ権力の一番嫌いなところですね!」

「お、王権を冒涜する気ですか!?」

「こんなへんぴなところで王権もなにもあったもんじゃないですよ! 権力だけでおまんまが食えるなら世の中に飢餓なんてないんですよ!」

「ふ、不敬ですよ!」

「悔しかったらひっ捕らえて王都に連れて行けばいいんです。だけどそんなことできないでしょう? あなたにはもう、貴族の身分なんてないんだから!」

「な、なんてこと……」


 追放されたとはいえ、キャサリンは箱入りで育てられた公爵令嬢だ。ミーナの歯に衣着せぬ物言いなんて今までの人生で初めて聞いたのかもしれない。

 気が遠くなったのかふらりと頭を揺らしたキャサリンだが、それを見たミーナはさらにキツい言葉を投げかける。


「ちょっと、そんなところで気を失わないでくださいよ、懺悔室は狭いんだから、倒れたらどこかに頭をぶつけます。これ以上バカになりたくないでしょう?」

「ば、ばか!!??」

「ええそうですよ。あなたはおバカさんです! そんなんだから、ぽっと出の平民カリナ嬢に付け込まれるんです!」

「な、な、」

「ほら、怒ったらどうです?」

「か、感情のままに声を荒げるなんて、まともな教育を受けた令嬢ならもっとも恥ずべきことですわ。そんなことできるわけない!」


 もうすでにけっこう荒げている。そうは思ったが、そこで一度、ミーナは黙った。

 唐突な静寂が懺悔室の中に満ちる。

 それを経て、さっきまでぷりぷりと怒っているような物言いばかりしていたミーナが、いっそ慈愛さえ感じる声音で、告げる。


「あなたは怒るべきです」


 キャサリンはミーナの急激な態度の変化について行けない。

 その間にも、ミーナはキャサリンに、まるで子どもをあやす母親のような穏やかさで語り掛ける。


「私に怒ってもいいですけど、それだけじゃありません。あなたをこんなところに送り付けた、王都の人たちに対して怒るべきです。王太子とその愛人に騙された。家族も誰も庇ってくれなかった。トカゲが尻尾を切るみたいにあっというまに見捨てられて、持っていたものを全部奪われて、二度と生きては帰るなと言い捨てて見知らぬ辺境の島に送られた。あなたは、これ以上ないくらいひどいことをされたんです。違いますか?」


 ミーナの長台詞を聞いているうちに少し冷静になったのだろう。

 キャサリンはミーナの言葉をかみ砕くように黙り、そして、向かいに座っていても届くかどうかわからないほど小さな声で、


「わたくしだって、怒ったわよ……でも怒ったところで、何も変わらなかった。誰もわたくしの話を聞いてくれなかったし、誰も信じてくれなかった。だったら泣いている方がマシじゃない。カリナ嬢がそうしたみたいに」


 と呟いた。

 耳のいいミーナはそれを完璧に聞き取って返事をする。


「そんなこと、ないですよ。少なくとも泣いているよりは、怒っている方がエネルギーになります」

「エネルギーなんてあったところで、使い道がないじゃない。こんな辺境の島でこれからシスターをやるのに、そんなものいらないわ」

「いいえ。あなたは今まで、王太子妃になるために自分の時間を使って努力してきたんでしょう? これからはそんなこと、一切する必要がないんです。これからは自分の時間を、自分のために使っていい。自由になったんですよ! だからこれから、あなたは何がしたいですか?」


 泣き腫らした目を上げて、キャサリンはミーナに視線を合わせた。

 その目は、皮肉を混ぜた笑みの形に歪んでいる。

 

「家族からすら見捨てられたわたくしに、なにができるっていうの?」

「なんでもできますよ。生きているんだから」


 自分の後ろ向きな発言に、即座に返事したミーナに驚きの視線を向けるキャサリン。

 その様子を見ながら、いい調子だ、とミーナは思う。キャサリンの傷ついた心は、まだ生きている。まだ修復可能だ。彼女はまだ、諦めていない。


「想像してください。あなたはもう自由です。なんでもできます。だったら一番、なにがしたいですか? 言ってみてください。私たち、生臭でもシスターです。迷える子羊のためなら、なんでもお手伝いしますよ」


 穏やかに語るミーナの前で、キャサリンはしばらく考え、それから冷たい声で返事をする。


「あなたの言う通り、わたくしは……今まで、権力を持つ者に従っているだけでした。家の決めた結婚。押し付けられた王太子妃教育。婚約者だからという理由だけで好みでもなんでもない男のご機嫌を伺い、だけどどれだけ努力したところで、あの王太子はわたくしの努力も成果も評価しなかった。それどころか愛人と一緒にわたくしを陥れ、汚名を着せて追い出した。王都の貴族たちは、そんなわたくしをあっという間に見捨てた。わたくしは、確かに怒っているのだわ。なんでもできると言うのなら、あいつらに目にもの見せてやりたいわ。……でもこんなの無理ね。こんな田舎じゃ、そんなことできっこないもの」


 まるでミーナを試すように、その言葉には棘が含まれていた。

 きっと彼女にとっては意趣返しだっただろう。

 先ほどのやり取りでミーナに馬鹿にされたと感じた彼女が、精いっぱいやりかえすための攻撃だったはずだ。


 しかし、ミーナはキャサリンの口に出した「やりたいこと」を聞いて、今までにないくらいにっこりと笑うのだ。


「いいですよ」

「え!?」

「何を驚いているんです?」

「だ、だってわたくしは、王都でわたくしを陥れた人々に復讐したいと言ったのよ? そんなの、シスターが認めるわけ……」

「あら、聖マライア修道院を舐めないでくださいね。復讐のお手伝いなんて簡単です。いくらでもお手伝いして差し上げますよ」


 そしてミーナはキャサリンを促し、懺悔室の外に出る。

 その前にある礼拝堂には、修道院のシスター全員が呼ばれもしないのに集まっていた。

 それぞれがニコニコ、というよりニヤニヤと笑っている顔を見ると、彼女たちが闘志を燃やしてやる気に満ちているのが、キャサリンにも十分伝わってくる。


「こ、これは一体……?」

「なにも心配することはありません。私たちは、聖マライア修道院に所属するシスター。全員があなたの味方です」

「な、なら、どうして皆さん、そんなに闘志を燃やしていらっしゃるの?」

「ふふ、安心してください。これはただ、新たな獲物を手に入れた喜びのあまり血気に逸っているのです」

「なにも安心できないんだけど!?」

「仕方ありません。こんな田舎では、生きがいなんて限られる。そんな中に『復讐したい』なんて願いを聞いたら、この修道院のシスターが大人しくできるはずがありません」


 キャサリンはミーナの言葉を聞いて、青ざめた顔をして、彼女に向かってひとつの問いを投げかける。


「あなたたちは、一体なんなの……?」


 ミーナは心外だ、というような顔で、キャサリンに応じる。


「あら、ご存知でしょう? 私たちは聖マライア修道院のシスターです」

「普通のシスターは『復讐したい』なんて言葉に賛同して闘志を燃やしたりしないのよ!」

「ええ、もちろん。私たちはちょっと特殊なのです。だって私たち、生まれながらに神にお仕えしていたわけではございません。この修道院のシスターは皆――元・悪役令嬢なのですよ」


 聖マライア修道院。ここは定期的に『悪役令嬢』が追放されてくる修道院。

 ここに勤めるシスターたちは、全員かつて各国から追放されてこの修道院に来た女性である。

 ミーナはキャサリンにそう告げた。

 つまりミーナも含め、この修道院のシスターは全員「追放された元・悪役令嬢」なのである。


 ある者は無実の罪で、ある者は無実ではない罪で。追放されたとはいえ大貴族の端くれとして持参金を持つ者がいれば、王子妃としてエリート教育を受けた恩恵で知恵を持つ者もいた。体を動かすのが得意な者も、畑の世話など、貴族にしては変わった趣味を持つ者も。

 最初はただの修道院だったそこに一人、一人と悪役令嬢が集まるうちに、いつしか悪役令嬢しかいなくなった。


 もともといた司教はかなり昔に転属願いを本部に出してどこぞに逃げて行った。

 それもきっかけだったのだろう。

 実家から、王家から追放された。修道院の規律もなんのその。縛るものがなくなった悪役令嬢たちは、ここに自分たちの砦を作ることにした。

 資金を、戦うための知恵を分け合い、皆がそれぞれ、自分を蔑ろにした相手に復讐を遂げるための砦。それがこの修道院の正体である。


 だが、今ここにいるシスターたちはとっくに自分の復讐を終えている。それほどの実力が、すでにこの修道院には集まっていた。

 それでも多くのシスターがこの修道院に残っているのは、新たな悪役令嬢が現れたとき、その復讐の手助けとなるためだ。

 自分が最初に『追放された悪役令嬢』としてこの修道院を訪れたとき、当時のシスターたちが復讐を助けてくれたように、自分も誰かの力になるためだ。


 それに、復讐はとても楽しい。自分の実力を余すことなく発揮し、やられたことを倍返しにしてやり返す行為は、いくらやっても飽きることがない。それに目覚めたからこそ、ここにいる。


 シスターたちのやる気は十分だ。かつての悪役令嬢たちは自分の中に残る復讐の残り火をもう一度燃やし、キャサリンの復讐を助けるだろう。


「私たち、復讐は得意技です。だからなんでもできますよ。何がしたいですか?」


 聖マライア修道院の説明を終えてキャサリンを見つめるミーア。

 その茶色い瞳をまっすぐに見つめ、すべてを理解したキャサリンはこう答える。


「なんて素敵な修道院なの! 田舎だって馬鹿にしてごめんなさい!」




 その後の話である。

 キャサリンは国に戻ると軍部と結託してクーデターを起こし、王位を簒奪して初の女王となった。

 貴族制を廃止して議会を開き、共和制を樹立していずれは立憲君主として君臨するつもりであるらしい。

 不当な重税を当然のように課していた貴族たちに反発する民衆はキャサリンを支持し、立場を追われた貴族たちは諸国に散り散りになって逃げて行ったと聞く。

 キャサリンの元婚約者である王太子とその愛人はクーデターを境に姿を消し、二度と表舞台に立つことはなかった。

 一時期は王権奪取のために潜んでいると囁かれたが、キャサリンに知識と策、陰謀を授けたシスターが容赦するとは思えないので、おそらくは「そういうこと」なのだろう。


 だが、あっという間に革命を成し遂げた新王キャサリン・ロードバーグ。その背後に、辺境の修道院のシスターたちがいたことは誰も知らない。

 知る必要がないのだ。この修道院は、追放された悪役令嬢のための場所であって、脚光を浴びるべき場所ではないのだから。


 ただ、キャサリンは革命後、聖マライア修道院に寄進を惜しまなかった。そのおかげでぼろぼろだった石床も壁も修繕出来たし、院長はほくほくした顔でまたどこぞに出かけて行った。

 そこで、今もミーナたちは暮らしている。


 キャサリンから届いた近況報告の手紙を朗読したあと、ミーナは礼拝堂に集ったシスターたちと共に、豆が捧げられた祭壇に向かって祈りをささげた。


「迷える子羊に、悪役令嬢の導きがあらんことを」


 ここは聖マライア修道院。修道院といえど、信仰の場としての機能は失われて久しい。

 だけど、決して「いらないもの」として扱われた悪役令嬢を閉じ込める場所じゃない。


 ここは悪役令嬢が復讐のために、牙を研ぐ場所である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

断罪された悪役令嬢が送られてきますが、修道院はゴミ箱ではありません! ひるね @genso07

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ