極夜きょくやというものをご存知でしょうか。太陽すらお近寄りになられぬほど寒寒しい冬の北国の明かぬ夜を呼び習わしました言葉でありますが、決して死の闇に支配された暗黒の世界を示すものではありません。それは、白い真昼の干渉を退けた綺羅星が天上で一斉に円舞を踊る宴の季節なのです。

 ただ、満天の星がさざめく三拍子の音色に身を委ねて舞い踊る中、おひとりばかりまんじりともなさらぬお方がおられました。北の中空を統べる紫微垣しびえんの宮殿におわします、星辰の王者北極星でございます。北天の王はその弥栄いやさか故に円舞の伴侶を持たず、あわれ退屈の身を託たれておられました。やがて明かぬ極夜の宴に飽いた王がひっそりと玉座を抜け出されたとしても、円舞曲の調べに酔いしれる星辰の中に気付いたものはおられますまいし、よしんば気付いたところで舞の足を止めるものなどございますまい。

 とまれ王が伴となさいましたのは、雪白の翼を持つ一羽の海青鶻はやぶさでございます。この瀟洒な従者を肩に、王は純白の雪原の中を当て所のない御幸にお発ちに成られたのであられました。醒めぬ永夜の雪はうっすらと白い光を放ち、空気すら透明に凍り付いてきらきらと輝く様は、天上の世界にも負けず麗しいものでございました。そして蒼く白く凝固致しました或る湖の邉で、王はふとおみ足をお止めになられたのでございます。と申しますのも、湖面には一人の清らかな処女おとめがその裸体を晒していたのでした。繊やかな踵は氷面にほんの微かな傷すら残さないほど小さく軽やかで、靭やかな腕は凍る空気を掻き抱くように音もなく宙を舞い、そして処女は王の眼前でくるりと宙を旋回し、雪よりもまだ白い肌を惜しげもなく披瀝してみせたのでございます。忽然と魅惑された王は、露ほどの躊躇いもなく処女の足元に跪いてお見せになると、そのみ手をお差し伸べになられました。処女は細い項を反らし、王の舞を享けたのでございました。

 中空の星辰が何周の円舞を行ったことでございましょう、明けることのない極夜の中で王と処女は飽かず湖面で肌を合わせ、狂おしいほど熱い舞踏をお重ねになられたのであられます。寒さに凍り真両つに裂けた木の梢の先で海青鶻が見守る中、王は処女の首筋を幾度も愛撫されたのでございました。

 しかしやがて夜は明けるもの、遂に永い夜の終わりを告げる極光が夥しく鮮やかな羽衣を満天に広げたのであります。名残惜しげに東の空におん目をお向けになられますと、曙の光がぼのぼのと青白く地平線を照らし出しておりますではありませんか。白昼の世界に星辰が姿を見せることは、王の身であられましても叶わぬ道理。物憂げに立ち去る王の背なで、不意に翼が凍る空気を払います烈しい音を立てたのでございました。

 それは誰ひとりとして声を立てることも適わない刹那のことでございます。凍る梢を飛び出しました海青鶻が、迷うことなく処女の胸にその鉤爪を深々と突き立てたのでございました。切なげに一度大きく仰け反り、白い雪の重なった湖面に血潮を打ち広げてあわれそこに息絶えたのは、天かける夜空の羽衣の見せた天女の幻なのでしょうか、一羽の大鵠くぐいでございました。

 鎮まりゆく満天の円舞曲の余韻に任せ、忽ちに凍りゆく紅の湖面の上で夜明けの剣舞を舞うのは、紅玉の斑をさした白い双翼でありました。呆然と膝をお付きになられた王が大鵠に寄せた唇を鋭く嘴で貪りますと、海青鶻は北天の何処ともなくへと飛び去っていったのでございます。

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