壱
世界のはじめというものを見たことがあるものは凡そあられますまい。我々の命は余りに短く、また偉大なる先人が文字という情報をその手に得られたのは恐らく世界のはじめよりもっと後世のことでございますので、どうあってもそのときの様子を正確に知ることは難いのであります。
ただ多くの物語を
さて、しかし巨大な蛋から世界が孵化する前に、ひとつだけ先行して飛び出した動物があったと申しましても、俄には信じ難いことでございましょう。ましてそれが鴉であったと申せば、
鶏蛋の中の黄身がただ一つの細胞で、それが分裂によって無数に数を増やし多細胞生物である
ところが孵化を迎える段になり、蛋の中では物議が持ち上がりました。今この世界が孵化致しましたところで、十分に育ちうる環境は整っておりますでしょうか。もしくは凡ての動物達が無事繁殖しうるほどに成熟しておりますでしょうか。もし不備があれば世界は育つ前に亡びてしまいます。さりとて斥候を送ろうにも、一番いしかいない誰もが、失敗時の自種の亡びんことを恐れ名乗りをあげません。やむなく撰び出されたのが、不吉な黒い翼と嘲るような嗤い声で嫌われものの鴉でございました。
ところが鴉は鴉で野心を持っておりました。と申しますのも先述の通り鴉は蛋の中で既に嫌われており、やがて世界が孵化しましたたところで他のものどもとうまく行きませんのは知れきっておりました。他に先駆けて蛋をい出、覇者となることを望んでいたのでございます。そこで番いの鴉は蛋を暖めます太陽へと迷わず飛び去り、そこで無数に数を増やして参りました。蛋が孵化したのは、ようよう鴉の子らのほんのひとにぎりが地上へ舞い戻った後のことであります。
今日、世界中にあらゆるものが繁殖しておりますが、太陽で繁殖することが適いましたのは、世界がまだ未熟の内に参りました鴉だけでございます。他のものは皆世界と共に生まれましたため、重力もしくは摂理という軛から逃れられず、太陽へと参ることができません。太陽の表面は、今日もただ鴉だけが縦横に飛び交っております。
ただもし嘘だとお思いになられましても、お確かめになられようとはお思いなされませぬように。眼をお潰しになられては、つまらぬことでございます。
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