第4話 よく頑張りましたね。ご褒美に……

「はいそれじゃあまずは削った部分の歯の消毒からしますね。


 え、消毒ってなんのためにするのかって? それはもちろん虫歯の原因を退治するためでもあるんだけど……

 このあと歯の穴をプラスチックで埋めるんだけど、もしそこに細菌が残ったままだったら、プラスチックの中で菌が繁殖しちゃうんです。

 そうするとどうなるかわかりますか……?」


 声を小さくして、どこか楽しげにひそませ、耳元でささやく。


「歯を埋めちゃうと外からは様子がわからなくなるので、中で気がつかないまま病気が進行して、根元まで腐っちゃって……ある日突然歯が根本からポロッと取れちゃう……なーんてことにもなりかねませんからね。だからちゃんと消毒する必要があるの。わかってくれた?

 ふふ、ありがとう。ちょっと怖がらせちゃったかな? でも大事なことだからね。ちゃんと知っておいて欲しかったの。


 それじゃあこれから、温めて柔らかくしたプラスチックを入れていくね。ちょっと熱いかもしれないけど、すぐに冷えるから大丈夫だよ。

 ほら見える? 今からこれを歯の穴に詰めていきますからね。


 だけどその前に一つだけ注意点があるの。それはね、唾液がついたらダメってこと。唾液にはたくさんの菌がいて、その中には虫歯菌も存在するの。

 普段は問題ないくらいの量なんだけど、歯を削ったばかりで、柔らかくて敏感な歯の神経に触れちゃうと、そこからまた病気が広がっちゃうかもしれないの。そうすると治療のやり直しになるからね。

 ガーゼを入れてるから唾液が溢れにくいとは思うけど、できればあなたの方でも唾液が歯につかないように頑張ってほしいの。お願いしてもいいかな?

 ……ふふ、ありがとう。はい、アーンして。」


 微笑みながら顔のすぐそばまで顔を近づける。


「顔がちょっと近い? でも歯の様子を見ながらじゃないとできないからね、仕方ないのよ。ガマンしてくれる?

 うん、ありがとう。

 それじゃあ、穴の中にペタペターっと。

 ふふ、わかる? 歯が埋まってきたのが。それじゃあもう一度入れるからね?

 唾液がつかないように我慢してね。うん、えらいえらい。ちゃんとガマンできてるね。

 ……はい終わり。それじゃあ次はプラスチックを固めるね。」


 そう言って、目の前に掌サイズの装置を持ってくる。


「次はこの紫外線を当てる装置を使うの。これでプラスチックがすぐに固まるから。そうすれば治療はほとんど終わりだからね。

 じゃあ、アーンして。ありがとう。

 それじゃあ……ここで、ピーッと。うん固まってきたね。もう何回かするね。上からと、横からもやっておこうかな。

 ぴっ、ぴっと。


 はい、これでおしまい。ちょっと簡単で拍子抜けしちゃった?

 そうね。紫外線を当てて固めるだけだから。そうかもしれないわね。

 それじゃああとは、固まったプラスチックを削って形を整えたあと、歯の高さを合わせて今日の治療は終わりです。

 もう少しだから、一緒に頑張っていきましょうね。」


「それじゃあまたお口を大きく開けてくれる?

 ふふ、いっぱい開けてくれたね。ありがとう。ちゃんとお姉さんの言うこと覚えててくれたんだ。えらいえらい。

 それじゃあ削っていきますね。もう痛いことはないから、リラックスしてても大丈夫だよ。


 では開始しますね。

 今削っているのは、プラスチックがはみ出してる部分だよ。

 横とかにはみ出してるから、それを削って形を整えているの。

 それから高さも合わせないとね。噛み合わせが悪いと歯の根本や顎に負担がかかっちゃうから。


 ……うん、これでいいかな。ちょっとお口の中を見せてね?

 うんうん。いい感じだね。


 それじゃあ最後に歯の噛み合わせをあわせますね。

 もし歯の噛み合わせが悪かったら歯に必要以上な負荷がかかって、最悪の場合、歯の根本から悪くなっちゃうので。

 もしそうなったら、歯の神経がダメになって、最悪の場合、腐っちゃうかも……。ふふふ、大変でしょう。

 それに歯が悪いと神経が圧迫されて、偏頭痛の原因になったり、他にも体のいろんな不調を引き起こしたりするのよ。だからちゃんとしなきゃいけないんだからね。


 まずは歯の高さを調べるためのシートを入れるので、はい、歯をカチカチってして、シートを噛んでくれる?

 これで歯に色がつくので、それをみて上の歯との噛み合わせを確認しますからね。

 もう少し強く噛んでもいいわよ? うん、ありがとう。

 じゃあちょっと確認しますね。また顔が近づくけど、少しだけガマンしてくれる?」


 そういうと、またあの恍惚とした声に変わる。


「ほら、本当のあなたの姿を教えて……。本当はどんな姿をしているの? どんなお洋服が好みなのかしら?

 あらあら、なるほど。そういうのが好みなんだ。ふふ、かわいい子ね。それじゃあ今から私がおめかししてあげるからね?」


 恍惚とした声が、また元の調子に戻った。


「わかりました。

 少し削った方がいいみたいですね。はいちょっとお口の中失礼しますねー。

 ここをこうして、ここもちょっと削ってっと……


 うん、これでどうかな。ではもう一度噛み噛みしてください。

 うーん、ちょっとだけ色が残ってるわね。

 もうちょっとだけ削ろうかな……


 ……はい、できました。自分でかみ?みしてみた感触はどうかな? 歯があたってる感じはないかしら?

 ……ちょっとあたってる感じがする? 教えてくれてありがとう。


 うーん、ここかな……? 

 じゃあもう少しだけ削ってみますね。


 はい、これでどうかな?

 今度はちゃんと噛めてる気がする?

 よかった。じゃあこれで治療は終わりだね。

 お疲れ様でした。怖かったのに、よくガマンして頑張ったね。えらいえらい」


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