第3話 あぁこの瞬間がたまらないの……
「はい、それじゃあお口、アーンしてください。
ちょっと奥の方にガーゼを詰めますね。唾液が歯についちゃうと菌がついちゃって大変なことになるので。これで吸い取っちゃうんです。
よいしょっと……。もうひとつ詰めちゃいますねー。んしょっと……。
うん、これでいいかな。
それじゃあ準備が整ったので、始めましょうか。一緒に頑張りましょうね。
ではお口の中に失礼しますね。すぐ終わりますから緊張しないでくださいね。お姉さんに任せてくれれば大丈夫ですから。
うーん、ドリルがちょっと奥まで届かないなあ……。
もう少しだけ大きくアーンできる?
……ふふ、ありがとう。そんなに頑張って広げてくれるなんて。お姉さんのために頑張ってくれたんだ?
それじゃあお姉さんも頑張っちゃおうかな。
……んっ、よいしょっと。では始めますねー」
歯を治療するドリルの音が響く。
その間に混じって、恍惚とするような声が響いた。
「ふふふ。歯を治療するのって、ぞくぞくするんですよねえ。お客さんもそうでしょう?
ほら、少しずつ削れてるのがわかりますか?
ああ……真っ黒でボロボロだった歯がどんどんキレイになっていく……
私の手で、ダメな子供たちが、ちゃんとした子に戻っていく……
あぁこの瞬間がたまらないのよねぇ。
ほうら、ここですか? ここが悪いのかしら? あらあら、どんどん白くなっちゃって……本当のあなたを見せてちょうだい?
あなたはこんなものじゃないでしょう?
もっと真っ白で、純白で、天使のような本来のあなたを見せてちょうだい。
ほうら見えてきた。私の純真無垢な天使の姿。こんなとこに隠れてたのね。とーっても悪い子なんだから。うふふ。
え、なんだか歯に話しかけてるみたいだって?
実は、そうなの。私、歯がとても好きで、みんな私の子供みたいに見えちゃって……。ついつい話しかけちゃうのよね。
変な人って思った? こんなお姉さんのこと、嫌いになっちゃったかな?
……気にしない? むしろ優しそうな人でよかった?
ふふ、そう言ってもらえてお姉さんも嬉しいわ。お礼に、たーっぷり優しくしてあげるね。
あなたのお口、とっても治療しがいがありそうなんだもの。」
とろけるような声が、急に真面目なものに戻った。
「あ、痛いところがあったらちゃんと手をあげてくださいね。
治療中に動いたら悪いからとか、ちょっとくらいならガマンしようとか、そんなこと考えちゃダメですよ?
嘘をついたってわかっちゃうんですからね。そんな悪い子はお仕置きですよ?
歯医者が治療中にするお仕置きってなんだかわかりますか? それはもちろん……
ふふふ。知りたくなかったら、ちゃんとお姉さんの言うことを聞いてくださいね。
痛いってことは、神経が生きてるってことなんですから。そこまで削ったら健康な歯までダメになっちゃうってことでしょう。わかりましたか?」
少し怒ったようだった声が、柔らかいものに変わった。
「……はい。ちゃんと手をあげてくれましたね。えらいえらい。ご褒美に頭も撫でてあげましょう。
言ったでしょう。お姉さんに隠し事はできないって。ちゃんとわかるんですからね。これからはお姉さんに嘘はつかないで、ちゃんと正直に全部話すこと。わかりましたか? 約束ですよ。
うん、よし。
それで、ここが少し痛いんですね。麻酔はちゃんと打ったから、ここまでは虫歯も進行してないってことなんでしょう。
結構深くまでやられちゃってたけど、根本の部分は少し残ってたみたいですね。
それはとてもいいことなんですよ。土台があるのとないのだと、歯の治療の仕方も全然違ってきますから。
これも、あなたが勇気を出して治療に来てくれたからですね。えらいえらい。
それじゃあここは残しておきますね?
それとも、ここも全部削っちゃいますか? ふふ。冗談ですよ。
それでは次はこっちの細いドリルで削っていきますね。
これで悪いところを取りつつ形を整えていきますからね。
はい、ではまたアーンして。
ちょんちょんちょんーっと。形を整えて、と。
……はい、終わりです。よく頑張りましたね。
痛くなかった? うん、それならよかった。
それでは削った歯のかけらが口の中に残ってますから、またクチュクチュしてくださいね。
できましたか? それとも、またお姉さんがお手伝いしてあげよっか?
あら、1人でできたのね。残念。またいっぱい甘やかしてあげたかったのに。
でも、上手ですね。えらいえらい。
さて、これでもう歯の治療はほとんど終わったようなもの。
あとは削った部分を消毒して、歯を埋めて、それで終わりですからね。
あともうひと頑張りしましょうね」
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